怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第6話 ある依頼

「このデザイン超懐かしいな」

 

 落日の陽が窓から届きそうな屋内。殻島はベンチに腰掛け、手にしたジュースの缶を眺めていた。

 

 レラトーニ夜蛍市のS4基地。地方防衛局に勤める殻島がなぜ基地の方にいるのか。

 今日は殻島の上司に基地まで赴く用事があった。その上司が殻島に対し、見学がてら付いて来いと言ったのだ。

 S4基地はレラトーニ県内に複数あり、外惑星地方防衛局も基地と併設、あるいは近場に立てられていることが多い。夜蛍市も歩いて5分ほどの位置に広範な敷地をとって基地が存在していた。

 

「俺は知り合いの部隊に顔出してくる。殻島くん荷物持ってるよね」もう業務終わる時間だし、局に寄らずにそのまま帰っていいから」

 

 上司から直帰の許可が下りたため、挨拶をして裏口に向かった。正門よりもこちらの方が帰路に近い。

 通路に隊員はまばら。S4隊員の残業は少ない。非常時や事務が切羽詰まっている時などは例外だが、基本的に訓練も任務もスケジュールが組まれているため、それに合わせた活動となる。

 

 すぐに出ようと思っていたところ、裏口そばの自動販売機に幼い頃よく飲んでいた缶ジュースのパッケージを発見し、反射的に購入してしまったのだ。 

 

「アホみたいに飲んでたなこれ」

 

 『ウルトラサイダー』。かつて地球を救った光の戦士、ウルトラマンの胸部デザインを模した350ml缶は、殻島の手にしっかりと冷気を伝えていた。

 

 幼い頃、暑い外で飲んだ時の爽快感を思い出した殻島はごくりと唾を鳴らす。

 渇いた喉に流し込む。美味い。シュワッと弾ける懐かしいウルトラな炭酸飲料だ。缶はすぐに空になった。

 

 缶をゴミ箱に捨て、帰ろうとしたその時、

 

「ああ君、丁度良かった!」

 

 男の声が背後から聞こえた。周囲に自分以外人はいない。

 振り返ると、見覚えのない中年の男が歩み寄ってくる。小綺麗なグレーのスーツから、比較的重要な役職に就いている人物だということが伺える。

 

「君、見たところS4の隊員ではなさそうだね」

 

「ええ。防衛局員ですが」

 

「ならいい。私の後に付いてきてくれ」

 

 そういって男は基地の中に戻ろうとする。なにか頼み事があるのだろうが、殻島に了承を得ることはしないし、頼む理由も明かさない。

 流石に情報不足だと感じ、殻島の方から一つ問う。

 

「あの、何か仕事ですか?俺は何をすれば」

 

「ここでは言えないが大切で重大な任務だ」

 

 中年男は急ぎ足を一瞬だけ止め、背後の殻島を打ち見る。

 

「市長直々のご依頼だ」

 

 

 

 

 

 殻島は男の後に続きエレベーターで最上階の3階まで上る。房の中で自己紹介を交わし、男の名前が市長秘書である小松(コマツ)だとわかった。そこから複数の作戦室を横目に、つかつかと迷いのない足取りの小松を追う。奥の扉を超えた時点で、今から行くところは、果たして自分が足を踏み入れていい場所なのかと得も知れぬ不安を抱く。

 

「ここだ」

 

 小松が止まったのは、基地に慣れていない殻島でも最奥だとわかる部屋だ。ゲートの上に、『重要作戦室』と表記がある。

 

「小松です」

 

 どこかにカメラかインターフォンがあるのか、その場で一声かけるとゲートが自動で開く。

 

「失礼します」

 

 殻島は思わずそう言った。先に入室した小松に倣ったというのもあるが、S4隊員でない自分がこんな場所に来るのは言葉通りに失礼に値するのではないかと思ったがゆえだ。

 室内は薄暗く、戦闘隊員の視点を共有する目的で置かれているであろうモニターが青い光をぼうっと放っている。それに向かう形で置かれたチェアには女性オペレーターが一人座していた。

 

 そしてもう一人。彼女らを監視するように数歩後方に立つ男がいた。

 

「任務に当たってくれそうな者を連れてきました」

 

 小松の報告を受け、男が振り向く。予想していたとはいえ、その人物が目の前にいることに殻島は瞠目した。

 

「初めまして。市長を務めている、羽村(ハネムラ)だ」

 

 右手を差し出したのは、この地夜蛍区の区長羽村鎮男(シズオ)だった。殻島も恐る恐る手を差し出すと、引き寄せるように両手で握手をしてきた。

 年の頃は50半ばだろうか。中年らしく腹は出ているが、上背も肩幅もあるためだらしなさは目立たず、むしろ貫禄さえ感じさせる風貌だった。

 

 この男が市長に就任したのは、たしか一昨年だったか。前市長の任期満了で行われた市長選に出馬し、その座を獲得している。2期8年を継続していた前市長にも競り勝っていた。

 

 その時のニュースは、当時大学生だった殻島もちらりと目にしていた。

 

(外惑星の自治体方針って割と注目されるんだよな)

 

 一般的には、外惑星の市など一介の自治体に過ぎない。それでも羽村の市長就任は短い内容ながら全国ネットのニュースに載っていた。

 

 理由として考えられるのは、「調査地(チョウサチ)」の開発が関わっているためだ。

 

 夜蛍市はレラトーニ県の東端あたりに位置する。すなわち市の境界線は、日本の居住区といまだS4が探査を行っている段階の「調査地」と呼ばれる地帯との境界線だ。調査地は日本でも、ましてや海外が保有する外惑星領土でもない、ほぼ未開拓地。せいぜいS4隊員が安全に活動するための土壌が整っている状況だ。

 

 しかし、調査地の中でも比較的探査が進んでいる調査地がある。そのような場所は新しい居住区の開発先になりうるため、次にどこを拡大するか、という議論が日々行われている。

 

 当時、夜蛍市に隣接する調査地ともう一つ、県北西のあたりの調査地の2つが次の開発候補として挙がっていた。結果として夜蛍の方の調査地は整地過程が多いということが決め手で、展開されたのは北西の方だった。

 

 とはいえ、夜蛍に近い調査地は今後も継続して候補に挙がる可能性がある。仮に次の議論で夜蛍から先に国土が設けられる場合、開発への支援姿勢や土地・インフラなどの整備には市長が関わってくる。開発とはいわば「国土が増える」ということ。地球だけで生活していた時代では起こり得ないケース。その増えた国土の使われ方は、隣接する自治体が関わってくる。多少なりとも注目されるのはそれが理由だ。

 

 もっとも、羽村が市長となったのはその2択議論が終わった後。歴はまだ浅く、越してきたばかりの殻島は羽村がどんな人間なのか知らない。知らないが、こうして普通に会話できる立場にないことは重々承知している。

 

「あの、俺は何でここに」

 

「うん、時間もないから説明してしまおうか」

 

 羽村は一度咳払いをすると、両手を背後で組んで言った。

 

 

「君には、怪獣退治をしてもらいたい」

 

 

 目を見開いた。

 

 怪獣退治。その言葉を頭に染み込ませるのに数秒かかり、馴染んでからようやく衝撃を受けた。父やハルの話を聞いていたため、意味そのものは理解できる。できるからこそ、頭が真っ白になるというよりも、疑問が慌ただしく脳内を輻輳する驚き方だった。

 

「どういう……ことですか」

 

 曖昧な質問をなんとか言葉にする。

 

「混乱するのも無理はない。正確にいえば、君に課す任務は人の捜索と救助。怪獣退治はその過程だと思ってくれ」

 

「人命救助?」

 

 羽村は鷹揚に頷き、説明を続けた。

 

「現在、S4隊員が一名ミッション遂行中に行方がわからなくなっているんだ。考えられるのは、こちらで位置情報を把握するドライバーの破損か紛失。あとは……あまり考えたくはないけど死亡している場合だね」

 

「死亡……」

 

 その言葉が殻島の人生で一番実務的に響いた瞬間だった。

 羽村の左やや奥に従者のように控えた小松が腕を組んだ。

 

「そうなった以上隊員がどうなっているか断定できんからな。実際に人間の目で確かめてもらいたいというわけだ」

 

 大まかだが頼まれていることはわかった。所在がわからなくなった隊員の捜索・救助といったところだろう。だがまだ、殻島の脳内に最も大きい疑問が横たわったままだ。

 

「なぜ、俺に頼むんですか」

 

 基地の外で、小松は「丁度良かった」と言い、その後S4隊員でないことを確認していた。それはすなわち、S4隊員以外だと都合がいいということだろうが、その理由が不透明だ。なぜ自分である必要性があるのか。それを質しておきたかった。

 

 問いをうけた羽村は少し困った表情をしたが、訊かれることを想定もしていたのか、順序よく会話を主導する手応えも感じているような雰囲気だ。

 

「実は……その行方不明になった隊員に課したのは極秘の任務だったんだ」

 

「極秘任務?」

 

「そう。実地に赴いた隊員や、オペレーターの彼女たちも、私の私的な依頼を受けて働いてくれている」

 

「えっ、ちょっと待ってください」

 

 S4の任務は本来、地方防衛局がすべて編成・管理している。それなのに。

 

「局を通していない任務、ってことですか」

 

 人が住む領域を拡大するという目的、あるいは脅威となり得る生物の討伐や環境調査の必要性。まずはS4が実地調査やドローン探査でこれら目的・必要性を弾き出す。そして達成するための「任務」は、防衛局側が有する情報、例えば法令や管理装備、過去の戦歴から導き出す任務の難易度などをS4側と協議しながら形にしていく。すなわち、隊員がいまだ未開拓の地に出撃する任務には必ず防衛局の目が行き届くはずなのだ。

 

 一方、頼まれた案件は羽村市長の極秘かつ私的な任務。冷静に考えれば、この時間に隊員が出撃していることはないはずだ。通常のプロセスをすっ飛ばして行われるこの職務、正当な依頼とは言いがたいのではないか。

 

「け、権限踰越などと思うなよ」

 

 小松があせあせと訂正するが、その慌てた言動は後ろめたさの表れだった。

 

「区長は実際の危機をこの作戦室で感じられたために隊員に任務を下したのだ。言うなれば……特命、そう特命で派遣したということで――」

 

「小松くん。気持ちはわかるが弁明はかえって怪しまれてしまうよ」

 

 口が早くなる秘書を羽村が柔らかい言葉で諫めた。

 

「これは私がこの区、ひいてはレラトーニに住む全ての人々の安全を守るという目的にたち、必要性に駆られて下した任務だ。とはいえ、その形式は表に出すのが憚られるものになっているのも事実」

 

「概要は理解しました。ではなおさら、俺のような部外者にやらせるのは適さないのではないですか?むしろS4の隊員に請け負ってもらった方が内部で解決できるのでは」

 

「いい着眼点だが、だからこそ君にやってもらいたいのだ。君のような、局の人間に」

 

 少しずつ羽村の肚が読めてきた。羽村の頼みは正規ルートを外れた仕事、歯に衣着せねば汚れ仕事と言っていい。それを露呈させたくないと同時に、少しでもその汚れを他人に着けたいと思うのが道理だろう。殻島という無関係かつ防衛局の人間を一枚噛ませることで、その任務自体の正当性を保証しようとしている。

 

(内部で解決したいわけじゃなくて、共犯者を増やしたいってことか)

 

 S4も広義における行政には含まれるだろうが、怪獣退治を専門に行う機関にのみ任せては、まるで仕事を押しつけひた隠しにしたように見えてしまう。だからS4ではない殻島がうってつけである、という思惑なのだろうか。

 

 だが、殻島とてそんな役割は御免だ。

 

「市長本人が指揮をお執りになるのなら俺の手はいらないと思いますよ」

 

「いやあ、一介の自治体の長というのはみんなが思うほど大した器も信頼もないんだよ。公には決してさせないが、もしものために」

 

 お世辞で逃げ切ろうとしたが、羽村の是が非でもという態度は崩せない。市長という立場であるならば極秘任務それ自体がまかり通りそうなものだが、本人はどうしても抵抗があるらしい。

 

 表沙汰にしたくない仕事など断りたい。そう思う殻島は極めて一般的な思考の持ち主だろう。

 そして何より、引っかかるのは怪獣退治という点。依頼を飲めば、自分はS4隊員と同様にレラトーニの戦闘領域に繰り出し、怪獣と戦う羽目になるのだろう。

 

「いや、怖すぎるでしょう……」

 

 恐怖を感じるのも正常な思考だと思う。その上、ハルの話を聞いても明確なイメージが湧かない自分がそんなことをできるとも思わない。

 

「まあまあ、君が怪我をするようなことは万に一つもないから」

 

 羽村が安心するよう働きかけるが、殻島の心に変化はないしそもそもその言葉が疑わしい。

 

 しかし。

 

 その一方で想起してしまったことがある。隊員が行方不明になったと区長から聞いたとき、一人の人間の名前が脳内に浮かんだ。

 

 

 

 湖田永晴。

 

 

 

 イメルの墜落事故で唯一行方知れずとなった人物。件の彼と特命で派遣されたというS4隊員ははからずも同じ境遇となっている。彼らはどんな思いでそこにいるのだろうか。孤独に怯え、怪獣を恐れながら、押しつぶされそうになる胸の中で切実に助けを願っているのではないか。

 

(馬鹿か俺は……)

 

 殻島は己の思考に呆れた。

 

(3週間以上経ってまだ見つかっていない湖田が生きてるわけ……)

 

 そもそもなぜ、今になって湖田のことを考える必要がある。記憶の端にしか残らない、自分にとって取るに足らない人間のはずなのに。

 

 なぜ。どうして。

 

「頼むよ殻島くん、君しかいないんだ」

 

 羽村が答えを急かす。

 断るべきだ。他言しないと誓えば、羽村も帰してくれるはず。

 

「俺……」

 

 今度は父の言葉がよぎった。

――必要以上のモンを背負おうとするな。やるべきことだけキチッとこなして、やんなくてもいいことは他の奴に任せとけ。気楽にやりゃいいさ。

 

 どちらかでいえば、羽村の依頼は明らかに「やんなくていいこと」に入るだろう。彼は殻島に命じたわけではなく、願い出たのだから。

 自分は防衛局員。怪獣退治など、人命救助など職務の外だ。

 

 ひたすらに自分に言い聞かせ、殻島は口を開く。

 

「やります。やってみます」

 

 殻島は捨てきれなかった。己の心に、ほんの少しだけ灯った「やらなければならない」という責任感を。

 

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