つい数日前、その日の座学と実技討伐を終えた夜のこと。
すぐに部屋を出た。試験期間中の生活は、怪獣墓場の
ルームは運良く空いており、適当な席に座ってビデオ通話の環境を整える。
ほどなくして画面に若い男が映った。格好は科学者然とした白衣だが、額の中央で分けられた髪はミディアムほど、明るい金髪だ。瞳が青く、目鼻立ちもくっきりとしている。外国人だろうかと直感的に思った。
「あーどうも。浦菱唯さん、ですよね。今回あなたのMA装備作成を主幹担当しました、坂本エルマっていいます」
「よろしくお願します」
「いや、申し訳ありません。本来ならもっと早くそっちに提供できるはずだったんです。上司に
「あの、私の
浦菱は本題を迫る。坂本という男、日本語が非常に堪能なのに加え、話好きそうだ。
「ああ、すみません。では」
簡単な本人確認とメテオールアーツの基礎内容説明を受けてから、いよいよ詳細な部分の説明に入った。
「浦菱さんが今回申請し、こちらで作成したものは、『磁力怪獣アントラー』の装備になりますね」
浦菱は口をつぐんで頷いた。
アントラーはモシリスにいた時最も多く戦い、討伐した巨大怪獣だ。その実績があったからこそ、装備の作成を願い出ることができた。
S4が部隊で巨大怪獣を討伐した場合、その怪獣に対する経験値を示すポイントと、怪獣の遺体から採取される素材の一部を部隊構成員は獲得できる。このポイントと素材を研究開発部に提供することで、専用装備であるMAの作成を申請できるという手順になる。
申請に必要となるポイントも素材も、1種類の怪獣を1体や2体倒しただけでは足りない。MA作成を申し出る隊員はある怪獣を繰り返し討伐する必要があり、それが可能なだけの実力者でなければならない。必然的に、自己のMAを持つS4隊員は一握りだけである。
浦菱もアントラーとの戦闘経験は豊富であったものの、MAには届かなかった。それが今可能になったのは、野笠と篠山のおかげだった。
ポイントと素材の管理については、各隊員に委ねられている。ここでいう管理とは、万が一自分が死亡した場合に、研究資料として開発部に提供するか、特定の隊員に相続するか、などの選択も含まれていた。ドナーカードのような形式に近い。
野笠と篠山は生前、保有していた全てを浦菱に受け継がせることを表明していた。無論、討伐データも素材も換金可能な数値ではないため、同じ部隊の者に相続させる選択は珍しくない。しかし、いうなればそれらは形見だった。
尊敬する先輩2人が積み上げた戦いの証が一つの形になる。感謝と、緊張があった。
「この防具の特徴としては」
坂本の話を聞き逃さぬよう、気を張っていた。
「防御力に関しては、全MAで
「中の、下……」
思ったよりも、低い。
悄然とした様子が顔に出すぎていたか、坂本は「そう不安にならないで」と笑った。
「防御力は装備自体の性能とイコールじゃありません。怪獣の素材を用いているだけで相当の強度はありますし、MAの数自体が膨大ですので全体と見比べた立ち位置はあまり重要じゃありません。巨大怪獣の数だけMAはありますからね」
「なるほど。では、防御を過信しない方がいい、というくらいの認識でしょうか」
「そんな感じですね。必要以上に防御の薄さを懸念する事もないですが。また、その分かなり軽量ですので小回りは利きます。それで」
ここからが本題、と坂本は姿勢を正した。
「MA『リンク』の説明に入ります」
いよいよだ、と浦菱は身構えた。
MA『リンク』。怪獣装備の真骨頂であり、特殊科学技術を駆使することで「怪獣が実際に有していた能力」を再現するという特異な性能だ。どういった仕組みで作用しているのか、浦菱の理解は遠く及ばない。あえて人間を例に取るのであれば、皮膚の下を這う筋肉を擬似的に再現し、その筋肉を収縮させて「鳥肌」を人工的に立たせるようなものだろう。
坂本は一層真面目な顔つきに変わった。
「アントラーの能力でもっとも特筆すべき、恐ろしい能力はなんだと思います?」
その問いに、浦菱は迷う間もなく「磁力光線です」と答える。クワガタのような大顎や地面を潜行する能力も厄介だが、討伐する上で一番警戒すべきは光線だった。顎の間から放たれる光の波は、あらゆるものを引き寄せる。
「その通り。あの磁力光線を僕たちは研究し、MAに取り込みたいと思っていたんです。そもそも、生物の体から調整可能な磁力を発生させるというだけで興味深いのですが、アントラーはそれを放射状ではなく直線上に絞るという能力があります。アントラーの体内にみられる、磁石と同等の働きをもつ細胞の存在を加味してもこの軌道になる原因は奥が深く、だからこそ興味深くもあり――」
そこから坂本は自分の世界に没入し、荷電だの磁性体だのモノポールだの、夢中で仮設を語り始めた。正直、まったくついて行けない。ついて行けないが、突っ込んで聞くと長引きそうなのでわかった風の相槌を貫いた。
「――それで、僕たちはアントラーの磁力光線についてこう結論を出しました。『大顎を中心にU字磁石のように磁力を発生させ、同時にその磁界を直線上に収束・延伸させている』と」
「なる……ほど……?」
「つまり、磁力以外にその方向を位置づける強力な力が働いているんです。どちらかというと、アントラーの光線は対象を引き寄せる磁力そのものよりも、その調整にかかる力の方が特異なのかもしれません。シミュレーションを重ねた結果、アントラーの背中にあるスカイストーンという器官がこの力を生じさせているとわかりました。そしてこれは、重力への抵抗に繋がります」
「では私のMAの能力は、重力が不安定な惑星でも安定して活動できる……
「いえいえ。それ以上です」
「では、さらに強力な?」
「ええ。そもそも時間制限付きの『リンク』で発揮される能力が重力の無効化なんかじゃ弱いでしょう。ずばり、アントラーの装備は重力を掌握します」
掌握?とのオウム返しに、リクは優しく答えた。
「『リンク』発動後、防具に備わる
熱を帯びる坂本の弁に乗せられ、浦菱も感嘆の唾を飲み込んだ。
「MAリンクの識別名は『
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体が軽くなった気がした。それは気のせいではなく、浦菱の背にくっついていた水色の意匠が装備から離れ、地面すれすれに浮遊する。しかし、その重量以上に体から重荷が落ちた感覚があった。MAどころか、一切の服を脱ぎ捨て、疲労や不安感さえもその場に置き去りにしたかのようなかつてない身軽さ。
前に、進みたい。
そう思ってボードの火を噴いた時、圧倒されるほどの速度で前に動いていた。
「これは――」
速い。今までどれだけボードに負荷をかけても、こんな速度には到達しなかった。それに感覚が奇妙だ。自分が速くなったというよりも、周りが遅く見なったような。自分が速度を上げているというよりも、高速に至るための環境をお膳立てされているような。
いや、事実その通りなのだ。坂本の言った通り、前方に進むという意志とアクションにMAが反応し、離脱した背甲が反重力を形成して一切の抵抗を削ぎ落とす。自分以外の隊員が、怪獣が、縛られ拘束される気圧のしがらみに、自分だけは無罪放免を言い渡される。
初めての感覚。怪獣の力を借りなければ決してたどり着けない境地。
胸中で賞嘆したが、圧倒されている暇はない。今立ち向かうべきは、ドラコだ。
ボードに体重をかけ、勢いのまま進んでいく。足を狙う、と思った時には右のエッジがドラコの足側面を切り裂いていた。
〈ギィエエエエエ……!〉
巨体がぐわりと
(私自身が……速さに慣れないと)
MA自体は、重力を掌握する力があると坂本は言っていた。しかし、その性能を自分のものにできるかは浦菱にかかっている。唐突に獲得した速度に、浦菱自身も目を回していた。
ドラコが振り返る。まだ膝を突かせるほど大きなダメージは与えられていない。MAの時間は有限だ。止まっていられない。
「あ゙あ゙!!」
一気に加速したと同時に、ドラコも行く手を阻まんと翼を前方に大きくはためかせた。
「唯ちゃん!」
遠くから佐納の叫びが聞こえた。が、問題ない。風圧は一切感じず。ただ閑静な空気だけが浦菱の前にあった。
じり、とたじろいたドラコが今度は前方で翼を重ね合わせ、真下の方向に向かって下ろす。だが垂直方向に降りかかるはずの風圧も、浦菱には通用しない。それどころか。
「ふんッッ!!」
ボードを手に、大きく、跳んでいた。跳躍の際も、障害となる風圧、そして重力を感知。スカイストーンが浦菱のアクションに応え、それら一切を無効化する。いうなれば、刹那の無重力状態。MAの基本性能向上による跳躍と駆け合わさり、浦菱の体はドラコの肩口あたりまで上昇していた。
「あああああああああああ!!」
空で再度ボードを履き、ドラコの肩に着地。そこでショックマインを設置と同時に起爆した。表皮は硬い感触があったが、肉の爆ぜる音と焼ける匂いを拾う。ダメージは、確実に入っている。
(勝てる!)
着地し、痛みに悲鳴を上げるドラコを見上げた。
勝てる。この怪獣に勝てる。人間の技術で。人間の力で。
――――――――――――――――――――
「……勝てますかね」
坂本からの説明を受けた浦菱は、俯いた。彼に対し聞きたかった訳ではない。ただ、無意識のうちに披瀝していた。
「不安ですか?」
「……そうですね、はい」
自分がここまで弱気になっているのが以外だった。
自分は、自分にとって大事な人間のためにしか命を張れない。佐納と揉め、その図星を突かれたという引目がある。しかし、それはそれとして、戦いに影響させなければいいだけの話だ。少なくとも、怪獣墓場に一般人はいないのだから、ただ特錬隊員を目指して戦えばいい。
(頭ではわかってる。でも……)
おそらく疑い始めてしまっているのだ。どんな覚悟や誇りがあっても抜け出せない、人間という種そのものの弱さから。
やはり、佐納と同じようにウルトラマンと比較してしまっているのだろうか。いくら強力な装備を身に纏っても、いくら訓練を積んでも、人間の範疇を超えることはできない。
「MAの性能を信頼していないわけじゃないんです。でも、今まで何度も怪獣には圧倒されてきました。とても、力の差を感じるんです」
後にゴウの話を聞けば、そうした落胆を胸に抱いてなお、戦い続けることが大事なのだとわかる。だが、心に積もった無力感の澱は、簡単に溶けてくれない。
「電球を扱うことができるのは、エジソンだけですか?」
坂本の、肩肘張らない口調の問いかけが、浦菱の顔を上げさせた。
「違いますよね。それと同じです」
同じですと言われても、と浦菱は困惑した。
「つまりですね、あなたの力は、あなた一人の力じゃない。ここまで築き上げてきた人類の、地球人の能力と知恵の結晶があなたに味方しています」
坂本は背もたれに身を預け、楽な姿勢で語る。
「自慢じゃないですが、僕はあなたより頭がいい」
「は?」
「そして僕よりも頭のいい人もMAの作成には関与しています」
「それは……かなり自慢なのでは」
「でも、僕は怪獣と戦えない」
その言葉に、一抹の諦観を感じ取った。
「筋力がない。体力もない。今からS4入隊試験を受けたとしても絶対通らないし、万が一通っても厳しい訓練についていく根性はありません。だから、あなたに託すんです」
「私に」
「あなたに」
坂本はもう一度言った。こちらが納得できるかどうかは関係なく、その意味を飲み込ませようとする力強さを感じた。
「僕たちの知恵と努力と時間が、あなたの装備に詰まっています。
坂本の青い目が、健気な光を宿していた。
「どうか、胸を張ってくれませんか」
浦菱は、無意識に頷いていた。
野笠隊長、篠山さん、力をお借りします。その時も、胸の中で唱えていた。
そうだ。ここに至るまでに、無数の人の力がある。MAとは怪獣の力を借りたものだ。しかし、借り物にするまでに積み重ねられた人々の知識と労力は、他でもない人間のもの。今を懸命に生きる人間の知識と、すでに世を去った人間の経験。膨大で、連綿と続くそれらと浦菱は結びつく。繋がる。MAという究極の装備を通して。
願わくば、これを誰かのために使いたい。大切な人を守るために発動したい。苦しむ人を、痛みに喘ぐ誰かを、その時助け出すことができたら。
私は、自分を誇れるだろうか。
これもきっと、