2025年もこの話は続く予定ですので、よければお付き合いください。
前話はパワードドラコを討伐したところで終わっています。
もうしばらく、この部屋から出ていない。浦菱は首を傾け、窓の右に面した窓の外を見た。日はとっぷり暮れ、窓には横になっている自分の姿が反射して浮かび上がる。昼間であれば見慣れた街並み、そして奥には砂漠の景色が見えるはずだ。
浦菱は、惑星モシリスに帰ってきていた。
パワードドラコを討伐し、エスケープで拠点まで帰った後、疲労と重傷から医療班の世話になってしまった。限界までMAを使用した事による体への負担、そしてドラコの攻撃を受けた佐納と浦菱。体の具合を鑑み、ふたりの実技試験はドラコとの戦いで終わりとなった。だが幸いにも、最後の筆記試験は監視付きの病室で受けることができたため、内容としては全て修了している。
受験者の隊員たちは終了後、本配属地の惑星・自治体に戻り、通常の職務を受けながら結果を待つ。が、昨日帰ってきたばかりの浦菱の体はまだ痛みが尾を引いている状態。
入院は、絶賛継続中だ。
「あ、起きてた」
窓とは反対側から声がした。振り向くと、浦菱と同じく入院着姿の佐納がビニール袋をぶら下げて入室するところだった。彼女とは相部屋だ。
「購買でパン買ってきたよ、二人で分けよう」
「あ~助かる。何買ってきたの?」
「えーと、コロッケサンドと、焼きそばパン。あと揚げパンと、カツサンド」
「また高カロリーな品揃えね……」
男子高校生か。まあ、7割は佐納が食べるしいいだろう。
封を破ってカツサンドを口に入れる。隣のベッドで佐納も焼きそばパンにかぶりついた。
「なんか、時間がゆっくり流れる感じがするね」
「だね。怪獣墓場ではずっと討伐実技か勉強だったし、その前もいっぱい任務に行ってたから」
ひとまず、目の前にあった試験はやりきった。今はとりあえず療養に専念すればいい。達成感も相まって、その環境が心地よかった。
しかし、この安らかな時間だからこそ、やらなければならないことがある。
「奏」
最後の一口を飲み込んだ浦菱は、佐納に向いた。
彼女と、話をしなければ。
「んぐ……どうしたの?」
「……一回揚げパン置いてもらっていい?」
「あ、ごめん」
「奏はさ、まだ、前みたいな戦い方を続ける?」
「前みたいな……」
「自分の身を傷つけるような戦い方のこと」
佐納は表情を変えなかった。ただ、黙ったまま目線を下げる。
「私は」
浦菱は姿勢を変え、ベッドの側面から足を出して座る。左隣の佐納のベッドに向かう形になった。
「私は、やめてほしい。あなたのその行動が、ウルトラマンへの憧れと自分の無力感から来てるってことはわかったよ。だからこそ、簡単に変えられる行動じゃないってことも。でも、私はやっぱり辛い」
そう、簡単に変えられない。だからこうして、向きあって話をした。試験期間中の、なあなあで終わった会話を決着にしたくない。
「あなたが傷つくのが……奏が、自分の弱さを自分だけで埋めようとしているのが、私は辛い」
ほんの少しだけ、佐納の眉が動いた。しかし、全体的な表情はやはり変わらない。
「私は、自分の弱さを忘れられないと思う」
何度か瞬いてから、佐納は口を開いた。
「私の力がウルトラマンに及ばないこと、私がアペヌイで人を助けられなかったこと、唯ちゃんと組む前所属してた部隊が、バラバラになったこと。全部が辛いけど、全部忘れられない」
「……うん、なかったことにはできない」
「……こんなにも、なかったことにしたいのにね」
ふっと、佐納が翳りのある笑顔を作った。
「誰よりも前線に出て傷を受ければ、アペヌイで死んだ人と同じ苦しみを背負ってる気になれた。鎮痛剤を飲まずにいた時もそう。同時に、強くなれた気がした。私は誰よりも勇敢に戦えている。人々の安全に貢献できている、って。そんなのは全部、気持ちの問題なのにね」
言い切って、佐納は包帯が巻かれた腕をさすった。痛んだのか、表情が歪む。
「結局、自分のことしか考えてない。都合よく考えて、理由をつけて……どうにか以前の弱い自分を消そうとした。強い自分を作ろうとした。でも……結局は等身大」
佐納は浦菱を見つめた。手の傷を見ていた時よりも、より苦しげな表情だった。
「唯ちゃん、私に言ったよね。『佐納奏として戦って』って」
「うん」
「私として戦うって、一体どういうことなんだろう。私一人じゃ、わからなくて」
「……
浦菱は、ゴウの言葉から結論を出した。
「支配されないこと。左右されないこと、だと思う」
「それは、何に?」
「何でも。自分にも、他の誰かにも、怪獣にもウルトラマンにも。助けられなかった罪悪感があっても、憧れに届かない無力感があっても、それに振り回されない。ただ、戦う」
このことを彼女に対していうのは、心苦しさがあった。
光の巨人への憧れや、アペヌイで感じた罪の意識が佐納に自傷的な戦い方をさせているのは事実だ。だが、それを背負うと決断したのもまた彼女自身だ。彼女にとって痛みの伴う、それでも大切な重荷であったはずだ。背負った歩んできた一歩一歩に、誇りはあったはずだ。たとえ、浦菱が望まない歩みだとしても。
「いいのかな」
佐納は目を細め、苦しそうに呟いた。
「私は、罪悪感や無力感に左右されなくても……厭わなくてももいいのかな」
「いいんだよ。さっき、奏が自分で言ったじゃん。なかったことにはできない、忘れられないって」
厭わないこと。それは、無力感や憧憬を綺麗さっぱりなかったことにするわけではない。
「奏自身でそれがわかってるなら、それだけの責任感があるのなら、いいんだよ。少なくとも、私はそう思う」
結局、浦菱が伝えたいことは一つ。
あなたなら大丈夫。そう言いたかったのだ。
彼女がどれだけ自分を弱い存在だと思っても、ウルトラマンとの格差に絶望しても、隣に自分がいる。浦菱唯という一人の人間が、「あなたなら大丈夫」と胸を張っていられるということ。
一応は、伝わっただろうか。
「そっか」
佐納はどこともなく視線を漂わせた。寝起き直後のように、ぼうっとした様子だったが、それからすぐに、口元に笑みがむずむずと現れ始めた。
「んふふ、ふふ」
「ど、どうしたの」
「そっか、そうだよね。唯ちゃん言ってくれたもんね、『私はあなたに憧れてるって』」
たしかに言った。浦菱がドラコと戦う前だ。
「私に憧れてる子が隣にいるんだもんね。だったら、危険な戦い方はできないなぁ」
「え?」
「だって、唯ちゃんにその危ない戦い方を真似されちゃ嫌だもん」
「……言うようになったじゃん」
ほぼ同時に堪えきれなくなり哄笑が弾ける。佐納が自分のことを「子」なんて言ったことがあっただろうか。年は5つほど彼女の方が上だが、あまりその差を意識したことはなかった。それなのに、急に背伸びをしたようでなんだかおかしい。
でも、彼女は「隣にいるんだもんね」と言ってくれた。佐納もまた、浦菱と肩を並べていたいと思っているということだ。これからも一緒に戦いたいと思ってくれているのなら、隣に「その子」がいるのなら、きっと。
もう自分から血を流すことは、ないだろう。
おかしくて笑ってしまった部分もあるが、半分は安堵から来る笑みだった。
「でも、私すごく嬉しかったんだよ」
佐納は口もとを抑えて、懐かしむように言う。
「唯ちゃんに憧れているって言われたのが、本当に嬉しかった。誰かの憧れになれるなんて、まるでウルトラマンになれたみたいでさ。あ、また比較しちゃったね」
「でもさ、あの時は『ウルトラマンなんか知らない!』って半分勢いで言ったけどさ、実際私たち人類の働きも結構すごい思うんだ」
浦菱はふと、彼女にもう一つ言おうと思っていたことを思い出した。試験期間中の浴場で、彼女がのぼせていてできなかった話。
「奏さ……
「どこかで、聞いたことがあるような」
「300年くらい前……地球人が外惑星に進出して、レラトーニとかモシリスの土地を世界諸国が各々の『領土』にするために動きはじめた時代にできた言葉なんだけど」
「うーん、どんな内容だったっけ」
「すごく簡単に言えば、人類は宇宙を舞台に世界規模の大戦が起こる可能性を示したレポートだね」
思いがけぬ内容に、佐納がびくりと肩を震わせる。
「国家が有する資源、資金、軍事力には当然格差があった。その格差は、外惑星を開拓するための国の技量と持久力に直結する。さらに、惑星ごとに得られる土地や資源の内容も異なっていて、それが国家ごとに独自の成長と発展をもたらす」
先日、浦菱は後悔された星征予想の内容を見返していた。膨大な本文全てを読むことはできなかったが、公開後のはるか未来を生きる浦菱から見ても、提唱者は非常に慧眼だったと思う。
「その結果、それまでギリギリで保たれてきた国際的な勢力均衡は崩れる。その崩れた力関係を反転させたい、あるいは維持したい、そう感じた国家同士で結託や反発が生じる」
「じゃあ、それが大国間で起きた場合……複数の国家を巻き込んでの戦争が起きる――」
「かもしれない、ってのが星征予想の内容。外惑星にあるたくさんの利権を巡ってね」
唐突な、世界大戦を匂わせる話題に佐納は面食らっていた。しかし、そこから困惑した表情へ移り変わる。
「でも、その話って」
「うん。今ならわかるよね、そういった大規模な戦争は現時点まで一度も起きていない。星征予想は、外れたんだよ」
世界大戦と名のつくものは、はるか昔、第二次世界大戦で最後である。怪獣や異星人が地球に進行するよりも以前のことだ。それから人類は科学を発展させ、外惑星進出、さらには居住という段階に至っても、国際的な危機を回避し続けている。
無論、星征予想が示したとおり、領土の策定や惑星に関する国際的な法整備は混迷を極め、衝突まで紙一重というところだったらしい。が、そうした過去を積み重ねて、少なくとも表面上は平和と呼べる世界を保って今に至っているのだ。
「外れた、って断言はできないか。正直今も、これから先も、人類全体が戦争に突入する可能性はゼロにならない。それでも私たちが生まれて、今まで生き続けてるまで、地球の命は維持されてきている。この歩みにウルトラマンは関与してない。人類の偉業って言っても、間違いじゃないよね」
風呂場で話したときは、アシルの利権を巡る争いを想像してしまった。その繋がりとして星征予想のことを佐納聞こうとしたのだ。
事実、アシルに関する動きも、手放しで安全だと言い切ることはできない。それでも。
――優劣じゃなくて事実を見ろよ。
ゴウはそう言った。ここまで人類が進んできた歩みは、紛う事なき現実だ。ウルトラマンではなく、自分と同じような人々が作り上げてきた道だ。
「図々しいようだけど、でもそれでいいじゃん。私たちは、私たち人類を存続させるためにちゃんと働けてるよ。これからも、やるべきことをやっていこう……なんて考え方は、奏的にどう?」
「……悪くない、かな」
「なんか上からじゃない?」
「唯ちゃん自分で図々しいって言ってたじゃん」
ふたりでまた笑った。佐納のはにかんだ表情は、リラックスしていて、憂いなど微塵も感じない。以前に比べ、よく笑顔を見せてくれるようにようになったなと、何だか誇らしかった。
安堵した浦菱はベッドに戻り、サイドテーブルにおいた軽食を手に取る。
「やるべきことをやろう、か」
口をもぐもぐさせながら佐納が独りごちた。
「何か引っかかった?」
「ううん。ただ、やるべきことをちゃんとやろうっていうのが、前にいた部隊の隊長の口癖で」
「それは、アペヌイの時の」
「……うん、解散しちゃった人たち」
声のトーンが沈んだが、「すごくいい人達だったんだ」と続けた声は持ち直していた。
「ちゃんとその日の仕事をキッチリこなそう、そうすれば、夕飯が美味いぞって」
「明るい人だね」
「うん。もう一人の隊員さんも几帳面だけど気さくで。バランスのいいチームだったと思うなぁ」
自分で言っちゃうか、というツッコミを飲み下した。きっと、本当にいいチームだったのだ。佐納にとってとても居心地がよく、だからこそ怪獣侵攻の被害と怪我で解散となってしまったときは心に穴が空いたのではないか。
「特錬試験終わりましたって報告だけしとこうかな」
「試験行く前は連絡はしたの?」
「うん、『行ってきます』って。でも結果出てからの方がいいかな?」
「いや、無事終わりましたって報告はしといたら。奏の活躍、喜んでくれるんじゃない?」
「そうしよう!またいつか、三人で集まれるといいな。マエハラさんと、カラシマ隊長」
瞬間、目を見開いた。
「奏、今、名前」
「え?」
「あんたがいた部隊の、隊長さんの名前って」
「カラシマさん?」
「字は!?」
思わず詰め寄った。
「えっと……貝殻の殻に、福島県の島だよ。珍しいよね」
カラシマ。殻島。
偶然の一致か?いや、以前彼――
彼の父はS4として働いていた。アペヌイの怪獣侵攻で体を壊したとも。そして同じ内容を、モシリスの合同葬儀で出会った彼の叔父、
間違いない。殻島勇玖の父親は、以前佐納と部隊を組んでいた。
「…………はは」
肩の力が抜けた。どういう種類かもわからない笑いがこみ上げてくる。
「ふふ、あははっ。はは、あれ」
少しだけ、涙も溢れていた。
「唯ちゃんが壊れちゃった……」
「違うって、平常。ただ、世間は狭いなって。奏、その殻島隊長に息子がいるって話、聞いてた?」
「うん。たしか大学生くらいだって」
「その息子がさ、今年モシリスの防衛局入ってきて、私知り合ったの」
「へぇ~。え?えぇっ!?嘘ぉ!」
その反応も納得だ。佐納もひとしきり驚いた後、「世間狭いねぇ」と呟く。
「唯ちゃんその息子さんと仲良かったの?」
「え、いや、どうなんだろ。仲がいい、というか、いや悪かないけど」
「あ……もしかしてその、男女のお付き合い的な」
「それはない。マジで、マジで皆無。……まあでも、いい奴だったなぁ」
「
「今はいないんだよね、そいつ」
え、と佐納が言葉に窮する。
殻島勇玖。佐納と出会ってから3ヶ月と少し経つが、彼について触れたのは初めてだった。
話しておくべきだろう。勇玖の父親と佐納に関係があるとわかった今がいいタイミングだ。これまでの経緯、すなわち、殻島との協力と共闘。そしてその根本に位置する目標、湖田永春の捜索についても。
そう頭ではわかっている。
(でも、湖田先輩の事故は……)
だが同時に、浦菱の心には迷いが生じていた。
佐納に、話してもいいものか。