怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第63話 ふたつがひとつに

 佐納奏(サノウカナデ)は以前、殻島の父親と同じ部隊で戦っていた。その事実が判明した以上、佐納には話しておくべきだろう。殻島勇玖(カラシマイサク)について。そして、彼と浦菱(ウラビシ)自身を結びつけた湖田永晴の事故に関しても。

 

(……でも、迷うな)

 

 佐納に話してもよいものか。

 湖田が巻き込まれた墜落事故には不可解な点が多くある。生存者の八十川(ヤソガワ)安生(アンジョウ)から聞いた、聴取における情報の齟齬。湖田自身の「UFOを見た」という発言。それに加え、バルタン星人が送った地球へのメッセージの中には、「墜落事故にはダークバルタンという種族が原因に深く関わっている」という文言もあった。だが1体のダークバルタン――とおぼしき個体、でしかないが――は、怪獣墓場で自分たちを助けるような行動を見せている。

 これらの不気味な経緯がある。それが迷う理由だ。

 

 しかし、迷いとは裏腹に、言葉は喉まで出かかっていた。試験が終わって気が緩んだせいだろうか。

 

 湖田に会いたい。その思いを、誰かに吐露したくなっていた。思い人を探している。そのために戦っている。そのきっかけがバルタン星人にあると睨んで、特錬隊員を目指している。経緯を誰かに打ち明けたい。そんな純粋な欲求が胸を()く。

 でも、もし佐納に何かがあったら。

 

「今度は、ちょっと怖い顔になったね」

 

 はっとして顔を上げると、佐納がまっすぐにこちらを見ている。

 

「初めて会ったときも、そんな感じの顔だった。(ユイ)ちゃん、何か抱え込んでるでしょ」

 

「いや、そんな」

 

「私は話せとも、話すなとも言わないよ。ただどっちにしても、決める理由が私に対する気遣いであってほしくない」

 

 全て見抜かれている。こうまで言われたら、甘えてもいいだろうか。

 いや、甘えてもいいだろうかという思いが、既に佐納への気遣いになってしまっている。私が憧れた人がこうまで言っているのだ。甘えなければ、失礼に値する。

 

「ありがとう(カナデ)。少し、聞いて」

 

 佐納は、神妙な顔つきになり、一度ゆっくり頷いた。

 

「…………私は、ある人を探してる」

 

 長い話を、佐納は静かに聞いてくれた。

 

「――そして、奏と出会って、今に至る」

 

 全て話した。湖田の事故、大切な部隊の仲間を2人失ったこと、殻島が消えたことも。なんとか感情の昂ぶりを抑えて話しきることができたが、佐納はその努力を見抜いているかのように沈痛な表情だった。

 

「大変、だったね」

 

「…………まあ、うん。そうだね」

 

 そんなことないとは言えなかったし、言いたくなかった。

 

「すごく強く心に残っている人が、いなくなって。その人を探そうと頑張ってたら今度は大好きだった同じ部隊の先輩が亡くなって……1年以内に受けていいショックは、とっくに越えてるよね」

 

「唯ちゃんは、本当に」

 

「でも、まだ私は止まりたくない」

 

 浦菱は目線を上げた。佐納に語るわけでも、誰に話すわけでもない。ただ自分に言い聞かせるため。目の前に鏡があるかのように虚空を睨んだ。

 

「野笠さんと篠山さんが亡くなった時、『人が死ぬ』っていうのはこんなに辛いんだと思った。こんなに動かせない……抵抗することもできない事実があるんだって。だから、余計になんだよね」

 

「余計に?」

 

「余計に、湖田先輩と殻島を諦められない」

 

 二人は『死亡』ではなく『行方不明』と発表された。それは生きているという意味ではなく、単に死亡が確認できない、遺体が見つからないといった状況から導かれた表現だ。

 

 でも、『不明』だ。湖田も殻島も、いまだ生存と死亡どちらとも定まっていない。不確定に放置された二人の命運は、浦菱にとって残酷で、でも希望だった。()()()()()()()()()()()()()()()のが、野笠たちとの違いだった。

 

「私は生存を信じた。信じてここまで歩いてきた。たとえ事実がどうであれ、この歩みを止めたくないし、引き返したくないの」

 

 不確定な二人の命運を、自分の中でだけは一つに絞った。絞って、その決定を抱えてここまで来た。

 

「絶対に」

 

 生きている可能性に、浦菱は最後の最後まで縋る気だった。そのか細い希望を胸に戦う。彼らの所在を探りたいから。二つに一つの命運を、誰よりもその目で確かめたいから。その結果がどうであろうと構わない。たとえ自分の信じた命運と違っていても。

 

 自分の行く末が、抗えない一つの命運に定まったとしても。

 

 はっと浦菱は気づいた。自分の手に、佐納の手が重ねられている。

 

「また、怖い顔」

 

 佐納は静かに言った。彼女の手を、温かいと思った。

 

「唯ちゃん」

 

「どうしたの」

 

「私、唯ちゃんを手伝おうと思う」

 

「……え?」

 

「探すよ、私も。湖田永晴さんと、殻島勇玖さん」

 

「どうして……奏には何のメリットもない。むしろ危険な目に遭うかも」

 

「それでも……ふたり一緒なら」

 

 佐納は重ねた手に力を込めた。

 

「言ったでしょ。私はウルトラマンみたいになりたいって。あれ、まだ諦めてないよ。自分だけを危険に晒す戦いはしないけど、もっと強くなりたいとは思ってる。強いS4隊員っていったら上級の特錬隊員でしょ」

 

「そりゃ、そうだけど」

 

「そこで活躍してみたいんだ。もしも今回の試験が合格だったとして、特錬になれた後、ダークバルタン掃討の任務にも参加するつもりでいる。唯ちゃんも同じでしょ」

 

「もちろん、そのために特錬を目指していたんだし。でも危険なのはそれだけじゃないんだよ。湖田先輩がいなくなった宇宙航行機の墜落事故には何か裏があると思う。八十川さんと安生さんのSNSが消えたり、証言に矛盾があったりした。安易に首を突っ込むな……なんて偉そうなこと言えないけど、でも」

 

 得体のしれない不気味な何かが、こちらに手を伸ばしてくる可能性はある。

 

「私個人としては、あまり多くの人に関わってほしくない」

 

「……唯ちゃん自身は、もう深く関わっちゃってるのに?」

 

 奏は心配そうな顔で首を傾げた。

 

「他の人に危ない橋は渡らせたくない。でも自分はもう渡ってる。自分はリスク承知だから大丈夫、他の人はダメ。それじゃあ、いままでの私みたいだよ」

 

「うぐ……」

 

「だから、一緒に行こうってことだよ」

 

 ぐい、と佐納は額がぶつかりそうなほど顔を寄せた。

 

「私は特錬隊員としてもっと強くなりたい。唯ちゃんはダークバルタンを倒して二人を探したい。目的は一致してるよ。唯ちゃんさえよければ、また二人で戦おうよ。危ない橋を、少しでも安全に渡るために」

 

「奏」

 

「それに、大切な人なんでしょ。湖田さんに、殻島さん。湖田さんが巻き込まれた墜落事故は、私もニュースで見て気になってた。それに殻島さんは……お世話になった隊長の息子さんだから」

 

 浦菱は自然と、佐納の方に手を伸ばしていた。腕を回し、彼女の方に顎を乗せる。頬と頬が触れあっていた。

 

「唯ちゃん?」

 

「私から、言ってもいいかな」

 

「なあに?」

 

「…………これからも、よろしく。よろしくお願いします」

 

 くっついている左の頬が震える。佐納が笑っているのだ。「うん、よろしく」と震動が伝わる。

 

 対面した中では二人目だ。自分にとって大事なものを、一緒に抱えてくれる人間。殻島勇玖以来の、心強さ。

 

「はい、重いし暑いから離れて……あれ、唯ちゃん泣いてる?」

 

「泣いてないし」

 

「そうだよね、唯ちゃん強いもんね」

 

「子どみたいなあやし方しないで……っていうかとにかく、特錬試験の結果が早く知りたいわ」

 

「あ……あーあーあー」

 

 佐納は耳を叩いて聞きたくないですと主張する。

 

「いや、大丈夫だと思うわよ。最後のドラコは奏がとどめ刺したし、私もアシスト評点たくさんもらってる。結構デカいポイントだと思うけど」

 

「でも私、途中で部隊の足引っ張っちゃったし、最後のテストも自信が……まあ今更考えても仕方ないかぁ」

 

「そういうこと。果報は寝て待とうよ、文字通り」

 

「あ、じゃあ唯ちゃんが探してる湖田さんについて気になったんだけど」

 

 横を向くと、佐納が細い目がこちらを向いている。二人部屋だというのに、手でついたてを作った。

 

「…………彼氏さん?」

 

「違っ……!」

 

 佐納といい殻島といい、なぜこうなんだ。佐納に対し、湖田は単に「大切な人」とだけ伝えたのだが。そんなにわかりやすいか。

 

「絶対違くないじゃんその反応」

 

「いや、違うから!その、彼氏では確実になくて」

 

「彼氏候補?」

 

「そんな上から目線じゃないし!でもなんていうか……高校時代の私の勇気と?湖田先輩の好みによっては?彼氏……であったかもしれないけど」

 

「高校からってことは、もう3年以上?一途~」

 

「はいはいうるさいうるさ――」

 

 ふて寝をかまそうと寝転がった後、何か変なものが見た気がした体を起こした。

 寝ているベッドの対面、その床に何かが。

 

「か、なで。あれ」

 

 やはり、そこにある。白いはずの病院の床が、黒い。

 目の前の床に、真っ黒な円が誕生している。直径1メートルほど。シミや汚れでは断じてない。何かが付着した程度の濃さではない。穴だ。深い深い穴が、そこに生まれたように見える。

 

「え、何、これ」

 

 佐納もそれに気がついた瞬間だった。

 

 穴が、ぶくぶくと黒い泡を立たせる。泡は水柱のように小さく波立ったかと思うと、そこからずるりと大きな何かを吐き出した。

 

 人間だ。しゃがんだ男が一人、穴の上に姿を現している。黒い髪、スーツ姿。年はわからない。

 

 こいつは何者だ?そもそも、地球人なのか?いや、出現の予兆だったこの「穴」は明らかに人智を越えた力。星人の能力か。

 

「カメラ」

 

 男は数度首を回し、病室の隅にある監視カメラを発見した。

 

「俺の右手斜め上、だいたい3メートルくらい。()()()

 

 浦菱もカメラに目をやる。驚いたことに、監視カメラの前にも先ほどと同様の黒色が出現し、レンズを遮った。

 監視カメラを、無効化された。

 

「いや、驚かせてしまって申し訳ないです」

 

 立ち上がった男は、微笑を浮かべて一歩を踏み出した。歳は20代後半ほどに見える。とても自然な、人好きのする笑顔に警戒心をゆるめそうになる。しかし、それこそが男の目的だろうと浦菱は睨んだ。

 

 浦菱はよく動く方の足で掛け布団を蹴り上げる。ぶわりと舞った布団は、おそらく男の視界一杯に広がったはずだ。その隙に浦菱はベッドから降り、姿勢を低くして距離を詰める。布団が床に落ちた瞬間、待ち構えていた浦菱男の首元に手を突き出した。

 

「がッ……!」

 

 男の悲鳴は押し殺される。浦菱は男の顎を左腕で押し上げ、壁まで退かせた。さらに、足を踏みつけてやる。両手は自由になっているが問題ない。空いた浦菱の右拳が、男のみぞおちに照準を合わせていたからだ。少しでも反抗すれば、訓練で培った腕力をねじ込むつもりでいた。

 

「く、が……」

 

「あんた誰だよ。っていうか、『何』よ」

 

「唯ちゃんやめて!」

 

 背後から、佐納の声が飛んできた。

 

「その人は多分、危害を加えるつもりはないよ」

 

「どうしてわかるの!」

 

「さっき出てきたときの暗闇……アレは移動手段に見えた。S4の転移装置みたいに、どこかとここを繋げてきたんだよ」

 

「どうしてそれが、こいつの無抵抗を保証になるの

 

「危害を加えるつもりなら、あの暗闇を使っていつでもできたはずだよ!それこそ私が一人で買い物に行ったときにでも。でもその人はわざわざ二人でいる病室にやってきた。それに、今だって――」

 

 浦菱も理解していた。男が手を上げている。最初は抵抗する気かと案じたが、喉が詰まって苦しそうに震える両手からは、敵意を感じない。降参の意か

 

 腕と同時に、体を引く。

 

「げほっ……おぇ」

 

 男は咳と嘔吐きを交互に繰り返し、落ち着いたところで顔を上げた。

 

「随分と、警戒されてるな」

 

 その表情から、笑みが失せていた。皮相だけだったようだ。今は、常に首を絞められているのような苦しげな顔で浦菱を睨む。

 

「まだ唯ちゃんの質問に答えてもらってません」

 

 佐納は男に毅然と問いかけた。

 

「あなたは、誰なんですか」

 

「俺は鹿津宮(カツミヤ)。佐納奏ってのは、どっちだ?」

 

 こいつ、奏の名前を。

 浦菱が再び飛びかかる前に、佐納が「私です」と答えた。

 

「ああ、血気盛んじゃない方ね。ちょっと安心した」

 

「なぜここに?」

 

「あんたを連れて逃げるため」

 

 鹿津宮はぴっと佐納を指さす。その手首を、浦菱は掴んだ。

 

「意味わかんないんだけど」

 

「だろうな。痛え」

 

「説明してよ。さっきの黒い穴は何?どっから来たの?逃げるって何から?どうして奏を」

 

「痛いんだよ。力を緩めろ」

 

「きちんと話すまで緩めない。抵抗するなら折る」

 

「わかったから——」

 

 鹿津宮が観念した時だった。

 

『もしもし?浦菱さんに佐納さん?』

 

 女の声が響いた。振り返り、佐納がナースコールの通話をオンにしたのだと知る。

 

「すみません、点滴もう少しで終わりそうで」

 

 その名目で人を呼ぶ作戦か。

 奏ナイス!浦菱は口の動きでそう伝えた。男の目的は不明だが、急に病室に現れ、入院患者のうち1人の名前を知っていた。通報しても誰も咎めない怪しさだ。誰か看護師か、最悪医務ロボットでもいい。男の異常性を理解する者が増えればそれでいい。

 

「マジかよ、それは困るな。……仕方ない、佐納奏」

 

 鹿津宮は忌々しげに片目を窄めた。

 

「お前に、特別な薬が処方されるかもしれない」

 

「特別な、薬?」

 

「防毒マスクみたいな、厚手のマスクの形をしたやつだ。呼吸機能の安定化を図る、みたいな理由でな」

 

 浦菱が掴んでいない方の手を口元にあて、形を示す。

 

「それがなに?」

 

「もし出されても、絶対に服用するな。わかったな」

 

 「え?」とふたり同時に言った時、すでに鹿津宮の足元には現れた時と同様の黒色が生じている。やがて液体とも気体ともいえぬその黒色が吹き上がった。

 

「うわっ!」

 

 浦菱は思わず手の力を緩める。その一瞬で男は手を振り払うと、完全に闇に飲まれた。

 

「明日の夜にでも、また来る」

 

 吹き上がった黒い靄が再び落ちる頃、鹿津宮の姿は消えている。同様に、足元の黒い円も。

 

「えっ……は?何、怖」

 

 謎の男が姿をくらまし、素の反応が出る。白昼夢にも思える、唐突で短い接触。

 だが、何かがある。あの男が現れた理由が、どこかに。

 

「奏、さっきの鹿津宮って奴、知り合いじゃ――」

 

 振り向き、佐納の異変を察知した。

 

「ない、よね?」

 

見開かれた目と蒼白の顔面。そして顔下半分を覆うように手の平を当てている。最後に鹿津宮が言った「マスクの形の薬」を再現しているのか。

 

「……うん、知らない人。でも、あの人が言ったマスク型の薬、見たことある」

 

「え?どこで」

 

「着けてた」

 

「だから、誰が」

 

「殻島隊長」

 

 吸った息を、吐けなくなる。佐納が口にしたその名前にただただ驚き、「は?」という困惑の声のみがこぼれた。

 

「殻島隊長がアペヌイの怪獣侵攻で体を壊した後……服用してた」

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