「一つ聞きたいんだが」
鹿津宮は、カクテルを作り始めたクイロに問いかける。
「姉貴は事故調査のことも、命を狙われてるって感じたことも、お前に話したんだよな」
「ええ」
「なら、お前らペガッサ星人は姉貴を助けようと思わなかったのか」
クイロの腕が、ピタリと止まった。メジャーカップを今にも取り落としそうになっている。
「……聞き方が悪かったよ。助けなかったことを非難したいってわけじゃない。ただ不自然なんだ。調べに協力して情報収集をしてたってことは、姉貴に恩を感じてるんだろ。それに、おそらくまだ存命だってあんたはさっき言った。それでも、死を悟った姉貴を助ける行動は起こせなかったのか、気になっただけだ」
「助けようと、したんだ」
クイロの手つきは、再び洗練されたものに移り変わった。
「そもそも、調査の一件を私が耳にしたとき、既に嫌な予感はしていたんだ。したがって、惑星イメルで職務に当たる花梨には、念のためボディーガードをつけた」
「ペガッサ星人か?」
「いや、私たちよりも荒事が得意な、ゴドラ星人という種族だ。アシルで少々繋がりがあり、用心棒のように我々が2名雇ったんだ」
「念のためにしちゃ随分と本気で姉貴を囲ったな。まるでSPだ」
「当然、護衛できる範囲は限られていたが、いないよりはマシだと思った。だが……意味がなかったんだよ」
続く言葉に、うっすらと予想がついた。
「死んだんだ。ゴドラ星人は2名とも」
やはりか。予想通りとは言え、胸中は波立つ。
鹿津宮はしばし記憶を探った。
「……惑星イメルで外星人の死体発見なんてニュースは、ここんとこなかったがな」
「ゴドラ星人が着用していた擬態装置が、花梨の出張先の自宅まで届いた。血がべっとり付いた状態でね。アシルから正規のルート以外で手配した品だから、警察には届けられなかった」
警察に助けを求めるのはたしかにナンセンスだ。花梨が負っているのは大規模な航空事故。調査には当然国も絡み、花梨がその最中で触れてはいけない謎に触れたからこそ命を狙われていると予想できる。ならば公的機関が取り合ってくれる保証はない。
「花梨が命の危機に気づいたのは、このあたりだ。情け容赦ない連中を相手取ってるのだと、嫌でも理解させられたよ」
「それで、遺言を残したって順序か。なるほど」
「その後も私たちペガッサ星人がボディーガードを買って出たが、花梨は拒んだよ」
クイロの瞳に、悔恨の色がよぎった。
「種族全体に危険が及ぶのは避けたい。そう言っていた」
「姉貴らしいよ」
「それに、みすみすやられるようなことはない。勝算があるとも言っていた」
「勝算?なんだそりゃ」
「すまないが、それは私にもわからないんだ。……と、出来上がりだ」
鹿津宮の前に、ロングカクテルが差し出された。
「お待たせしました。ジントニックです」
「どうも」
口を付けると、弾ける炭酸を感じる。次いで酸味、後に残るのは清涼感のある香気。なかなか美味い。
「……で、姉貴の遺言とやらは」
鹿津宮は本題を迫る。「お待ちを」とクイロは身をかがめ、カウンターの下からクリアファイルを取り出す。挟まれていたものの中から数枚を引き抜いた。取り出す際にガチャリと音がしたため、鍵をかけて保管していたのだろう。
「しかし紙かよ。
「アナログの方がかえって管理がしやすく、盗難の心配もない。花梨がそう考えたのだろう」
広げられた紙は、黒字横書きの文書だった。ものによっては箇条書きであったり文章であったりとまとまりがなく、花梨自身がまとめたものなのだろう。
「花梨の主張は、墜落事故の原因はダークバルタンにないというもの。そう考える根拠がここにまとめられている」
鹿津宮は目を細める。「根拠1 ダークバルタンの規模」と書かれているのが見えた。
「根拠1は、私や、現在アシルに住むペガッサ星人に聞き込みを行って辿り着いた根拠になる」
「ちょっと待て、姉貴は3年前にアシル関連の仕事は辞めて、今は運輸安全委員会だろ。なんで今もアシルのペガッサ星人から話が聞けるんだ」
「花梨は地球で働いている私に話をして、私がそれをアシルの仲間に伝えた。私というパイプを経由すれば、直接の繋がりを持っていなくても情報を聞き出せる」
「さっきのボディーガードもこのルートか。かなりグレーなやり方……いや真っ黒だなどう考えても」
組織の情報保護統制を真っ向から無視して私的利用している。そしてそれは、目の前のペガッサ星人も同じだ。友好協定を結んだペダン星人やメトロン星人でさえ、一般人との個人的な交流は禁じられている。これは異星宥和地区であっても同様だ。
日本本土で営業や居住の許可をもらった外星人には、腕時計やアクセサリーを模した地球人擬態装置が支給される。人前に出る時は、必ずスイッチを入れ、地球人として振る舞わなくてはならない。店でもどこでも、あくまで地球人同士の交流という建前は遵守しなければならないのだ。
どこかに外星人がいる『かもしれない』という地域の形成が形成される。外星人も自分たちと同じ共同体にいるという意識の醸成によって、地球に住む国民の外星人不安感を和らげる目的が大きい。『かもしれない』という、ある種テーマパークのような本政策には批判もある。しかし、外星人が地球で暮らすための審査は厳しく、それだけ安全性には注意を払っている。現状目立ったトラブルも起きていない。
「先ほど話したように、今アシルにいるペガッサ星人はもともと流浪の身だった。長く宇宙をさすらい、その中で得た情報。そして、アシルに住む他の異星人から聞き出した情報をまとめてある」
ここから文書は箇条書きだった。
ダークバルタンについて……
・強い(戦闘能力がシルバーバルタンよりも高い)
・数が少ない
・シルバーバルタンからの独立を目指している
・やさしい
「ざっくりしてんなぁ」
「ここで要点になるのは、真ん中の数が少ないという点だ」
クイロが紙に人差し指を置く。
「ダークバルタンは、いわゆる少数民族らしい。マジョリティのシルバーに対して、ダークはマイノリティにあたる種族であり、バルタン全体の立ち位置において影響力が大きい方ではない。この一種族に、地球を敵に回す必要性や余裕があるだろうか?」
「あるだろうか?って聞かれてもな。そもそもバルタン星人の組織体系を知らねえし」
「仮に地球への敵対的意思があったとして、攻撃するのが小規模の宇宙航行機というのは違和感があるだろう。一機落とされたとして、地球全体の損失には全くならない。失われるのは機体と、乗客が最大で50人ほどだから」
たしかに、なぜコロニー衛星や地球本土ではなく航行機が狙われたのか、という議論はニュース等でなされている。
「一理あるかもだ。航行機1コ墜とすだけなんて、むしろ挑発的に映る。地球人の怒りを買うだけで、数が少ない異星人の取る策じゃなさそうだ」
「その通り。さらに、1つめと3つめの要素も絡んでくる」
文書から目を逸らさず、グラスに口を付けた。涼やかな香りと自然な酸味は、付き合いで行く飲み屋の安酒とは違う。アルコールは感じるが、すっきりしていて酔いが回りにくいのが助かった。
「前提として、ダークバルタンの戦闘能力はシルバーバルタンよりも高い」
「小数精鋭って感じだな」
「そう。そしてシルバーは、その能力を買っていた。ダーク族をシルバーの戦力として運用していたらしい」
「何?」
それは、ダークバルタンを支配していたということか。
「圧倒的に数で勝っていたシルバーバルタンは、ダーク族に対し生存を確保する代わりに、自らの戦略兵器として戦いに駆り出していたそうだ。地球でいえば、S4にあたる仕事になるのだろうか。他の惑星を攻める際の、兵士として用いた」
「だから、ダークは独立を目指してるってことか」
おそらくダーク族は戦いや、命の危機に晒される荒事を押しつけられていたのではないか。クイロはS4に例えたが、一つの職業として確立されているS4と比較すれば、劣悪な環境だと考えられる。
戦力として運用。兵士。クイロはそう言った。
奴隷という単語を連想してしまう。もっとも、ペガッサ星人の情報筋が正しいと決まったわけではないが。
「非力な種族さ。個体としての能力は高いが、勢力として弱い。地球に喧嘩をふっかけるような真似は、しないはずだ」
「……いや、別の見方もできるな。独立を目指すなら、どこかの星の領土が欲しいはずだ。そのために地球の航行機を襲ったとも考えられる」
「襲うのが機体である必要はないだろう」
「『ダークバルタンには地球の航行機を破壊する能力と意思がある』。そうわからせれば、地球人への脅しになるだろ。地球の領土を明け渡せば、今後機体を襲わないでいてやる。そうやって交渉もできたはず」
「だが、事故後にダークバルタンから地球に対してコンタクトはなかった。脅す意思が彼らにあったとは思えない」
鹿津宮は黙りこくる。これもクイロの言うとおりだ。
ではそもそも、事故を起こしたのは何者だろう。かつて地球は無数の異星人に脅かされ、ウルトラマンと対怪獣組織で討ち払ってきたのだ。事故後に脅しの声明等がなかったことからダークバルタンを犯人候補から除外しても、可能性は無数にある。
「…………ん?」
ダークバルタンから脅しの声明はなかった。ダークが墜落事故に関わっていると主張しているのは唯一、シルバーバルタンのみ。ダークとシルバーには種族間の確執。
クイロを見た。
「墜落事故は、シルバーバルタンの自作自演か?」
クイロは、一瞬目を見開いた。
「それが、姉貴の主張なのか?」
「その通りだ。一人で辿り着くとは、驚いたが」
「うるせえよ。その可能性もあるってだけだろ」
ふんと鼻から息を吐いた。
そう、あくまで可能性だが――。
シルバーバルタンは独立を試みるダーク族を厄介に思っていた。子飼いにしていた者たちが手元から離れようとする状況は、何かと面倒だ。一方ダーク側も、自分たちを支配していたシルバー側に良い感情を持っていないだろう。
おそらく種族間の溝は深いのだろう。シルバーはダークを再び支配下に置くのではなく、始末したいと考えていた。しかし相手は少数とは言え戦闘に優れた種族。戦っても、シルバー側に損害が出る。ならば別の宇宙人を、ダークバルタン討伐にけしかければいい。
白羽の矢が立ったのが地球だ。シルバーは今年の3月に航行機を襲い、その後モシリスも襲撃した。その後で地球にコンタクトを取り、自分たちがやった侵略行為は全てダークバルタンによるものだと説明する。そうすれば、地球人はダーク討伐に動いてくれる。
「はっ!考えてて馬鹿らしくなった。ほぼ妄想だぜこんなの」
「それでも、つじつまは合うだろう」
「一つの情報筋から無理くりに繋げただけだ」
「そうかもしれないな。可能性があるだけだ。ついでにはなるが、4つめの根拠にもここで触れてあげてほしい」
箇条書きの一番下に指が置かれる。「やさしい」と書かれた項だ。
「やさしいってなんだ、ふざけてんのか。好きな異性のタイプ聞いてんじゃねえんだぞボケ」
「止まらないな君は。これも、ペガッサからの情報筋だ。アシルで、ダークバルタンとかつて交流のあった異星人から聞いたらしい。戦闘能力は比類ないものだが、その反面性格は穏和。シルバーバルタンをはじめとした、数多くののバルタン星人よりも争いを好まない性格だと言っていたらしい」
頬杖を突いて聞いた。まだ整理しきれず、頭に入ってこない。
そもそも、シルバーだのダークだの、バルタン星人に種族が会ったこと自体、ひと月程前に理解したのだ。今更種族間の性格の違いなどと言われてもピンとこない。
たしか、ウルトラマンがいた時代は複数のバルタン星人が地球に来訪した記録が残っている。「初代」や「二代目」のように名前が付けられていたが、目的はどれも侵略だった。どいつもこいつも、地球は植民地、地球人は邪魔な先住民という認識しかなかっただろう。それを今更、やさしい種族だなどと。
大昔に侵略しておいて、バカ言ってんじゃねえよ。だがその言葉は、声にならなかった。
大昔。たしかにそうだ。今のダークバルタンに対して、関係のない昔のことを引き合いに出すのは憚られた。
――お姉ちゃんはできたのにね。
――本当に花梨先輩の弟?目つき悪いじゃん。
――お姉さんと全然似てないよねぇ。
自分で融通できない事実を、自分の評価の根拠にされる。それが全ておかしいとは思わないが、鹿津宮が好きな理屈ではなかった。
「……疑問はある。シルバーバルタンが墜落を画策したとして、どうして事故直後に地球にコンタクトをとらなかった。なぜモシリス襲撃という段階を挟んだんだ」
「君は鋭いから話が進めやすい。次の根拠を見てくれ」
なれなれしくなりやがって、と思いながら頬杖を解いた。目線を別の用紙へと移す。少し先の内容もちらりと目にした。小見出しのような表示は、主要な根拠の内容か。
残りは、2つ。
根拠2 死亡した乗客の一人、山村研司について
根拠3 生存者 八十川映斗・安生百合の話
できれば次回あとがきで、ここ2~3話分くらいの内容をざっくりまとめたいです。
書いてて整理が必要になってきました。