怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第71話 姉弟

 鹿津宮(カツミヤ)は航行機墜落事故に関する己の見識をクイロの開陳した。それは姉の花梨(カリン)が示したとおり、「ダークバルタン」は航行機事故の原因に関与していないというもの。

 ダークバルタンという種族は現在属しているバルタン星人の体系を離れ、新天地で独立を図りたいという思いがあった。そこで、新天地候補に挙がる「惑星アペヌイ」でエネルギーを確保するために、エネルギー開発知識のある湖田を守ろうとしたのではないか、という内容だった。

 

 ペガッサ星人本来の姿に戻っているクイロは、この考えを聞き深く考え込んでいる。自分の見解を査定されるようで、内心は落ち着いていられない。引き締まった表情で彼を見つめた。

 

「一つ、質問をいいだろうか」

 

 クイロは突き出た目をきゅっと細めた。

 

「アペヌイは火山が多かったはずだ。現に進出している地球の国家は地熱発電に大きく依存していると聞く。バルタンもアペヌイを拠点にするのなら、わざわざ湖田の知恵を借りずともいいのでは?」

 

「地熱発電ができてんのは、マジで神みたいな立地条件が重なってるからだ。地球の中じゃ日本と中国しか進出できてないんだが、それも立地条件が限られてるのが理由。アペヌイの火山は活発すぎて不安定な山が多くてな。だからこそ、諸星研究室も地熱以外のエネルギー獲得を期待してるんだろう」

 

 クイロはカウンターから一歩引き、「なるほど」顎のあたりを抑えた。

 

「すごいな、よくここまで」

 

 クイロは心から嘆賞してくれているようで、やや安堵する。

 

「大した量じゃねえよ。根拠のほとんどは姉貴の資料とニュース、八十川たちから聞いた話だ」

 

「いや、すごい。すごい……のだが」

 

「……まあ、引っかかりもあるわな。うん、俺も言わんとすることはわかるけど、ここは一旦胸の内にとどめてくれよ」

 

「かなり無理矢理というか……その、想像、妄想の域に」

 

「言うなって」

 

 笑い混じりにため息をついた。

 

 そう。ほぼ妄想だ。今わかっている情報をつなぎ合わせてそれっぽく説明して見せただけにすぎない。「独立を企図していた」という話もアシルにいる異星人からの伝聞だし、電磁ホールの「経年劣化による破損」説が覆ったわけではない。それに、根拠にした姉の資料が、そもそもダークバルタンを擁護するようなものばかり。そこから導き出した結論なら、やはり「ダークバルタンは墜落を引き起こしていない」という主張に寄っていく。

 さらに言えば、個人的に引っかかった『湖田が出自を偽った』点についても解明できていない。穴だらけの結論報告だった。

 

「だが、君に頼らなければ得られない情報が山ほど見つかったよ。礼を言う」

 

 だがそれでも、クイロは頭を下げた。深々とした礼は、地球の作法を学んだのだろうか。わからないが、ひたすらに真摯で、切実な感謝の形だった。

 頭を上げたクイロは「大変だっただろう」と労う。

 

「本当に驚きだ。以前店を訪れた時から5日しか経っていないのに」

 

「まあ、空いた時間は全部調べ物をしてたよ」

 

「……すまない、正直君がここまで真剣に取り組んでくれるとは予想していなくて、それに関する驚きが大きい」

 

「言ったろ。姉貴に勝ちたいんだよ、俺は」

 

 グラスを見つめた。半分ほどになったラドラーからは泡が失せ、明るい黄色が向こう側の景色を歪めて映す。

 姉と自分は、どちらが酒が強いだろう。わからない。姉と一緒に飲む場面はほとんどなかった。

 

「どうして、君は花梨との勝敗に拘るんだ?」

 

 クイロは自分のグラスを傾け、残りを飲み干した。

 

「この前は、花梨に絶対勝てない、と言っていたね」

 

「その通りだよ。わかるだろ。姉貴は機密事項を扱う官僚。俺は都内にある鉄鋼事業会社の営業。俺の会社に下請けを頼んだ会社ですら、どっかの下請け。差は歴然だな」

 

「地球人の価値は、所属する組織だけで決まらない。もちろん、個々の能力でも」

 

「昔の俺に言ってやってくれ。喜ぶよ」

 

 鹿津宮も、残りの酒を飲み干した。

 

杏次(キョウジ)。単なる興味だが、君から話を聞きたいんだ。花梨のことについて。私たちの種族を救おうと奔走してくれた、地球人の女性について」

 

「お前は姉貴と話はしなかったのか。親しかったんだろ、こんな無鉄砲な遺言に乗っかるくらいには」

 

「したさ。君のことも聞いたよ。天邪鬼(あまのじゃく)な弟だと」

 

 舌打ちが出た。思ったより大きい音が出た。最初こそ遺言の話に乗ることを断固拒否していたのに、結局全面的に協力してしまっている。そんな自分を、天邪鬼という言葉で適確に表されたような気がして癪だった。

 

「でも、君の口からも聞いてみたいんだよ。君にとっての花梨について……いや、少し違うか。私は君の話も聞きたいんだ」

 

「……俺の?」

 

「随分と驚いた顔をするんだな。ああ、私は聞きたいんだと思う。私たちと共に戦ってくれる、君たちの話を」

 

 目の前にグラスが差し出された。先ほどとは異なるショートカクテルグラス。白の中に緑を一差ししたような色のカクテルが満ちる。度数はやや高そうだ。

 

「嫌だというなら決して無理強いはしないよ」

 

「そうかよ、わかった。嫌だけど話してやるよ」

 

 一度、ぼうっと天井を見上げた。この店特有の青い照明が映る。この明かりが作り出す、どこか不可思議で落ち着いた空間が心地よかった。

 カウンターになおり、クイロを見る。

 

「……鹿津宮花梨は、頭が良かった。スポーツ万能だった。顔が良かった。話も面白かった。他人への気遣いを忘れないのに、他人に気遣いをさせない関係性を作ることに長けていた。だいたいの分野で、天才って呼ばれるくらいの能力はあった。ざっくりとこんな感じで説明できる」

 

 暗唱のように、つらつらと姉の特徴をあげつらう。

 

「じゃあ、俺は。俺のことはなんて説明すりゃいい」

 

 話す内に、目線は無意識に下がっていった。目の前のグラスを手に取り、ほんの舐めるだけの量を喉に流し込んだ。

 

「『姉とは違う』。その一言で足りるんだ」

 

 鹿津宮花梨は、杏次より2年早く生まれた。遡れば立つのは早く、言葉を覚えるのも早かったらしい。乳児の段階においても、優秀な人間としての片鱗を見せていた。

 

 花梨を産み育てた両親は、自身の子どもを『そういうもの』だと思ったのではないか。

 杏次はそう考える。自分たちの子どもは優秀。頭脳も身体能力もきっと高い。将来は華々しく活躍する人物になる。親は子に対し、誰しもそういった希望を抱くものだが、娘の成長を見守る中でその希望は確信へと近いものになる。

 

 男の子が生まれる。果実から取った姉の名前の流れをくみ、(あんず)の字をあてがわれた。

 

 その子は、普通だった。一般的な子どもと比べて明確に欠けているわけではないが、姉のような才気は感じられなかった。

 

 両親は落胆する。しかし家庭内には既に理想の娘がいた。その事実と存在をよりどころに生活が営まれていく。花梨を褒め、習いたいものを習わせ、買いたい物を買ってやった。

 杏次は幼くして、自分と姉に対する両親の接し方が違うことに気づいた。その理由が、自分と姉の能力差からくることもまた理解していた。

 

「俺は時々、もっと馬鹿にうまれてりゃよかったと思うよ。待遇の差に気づかないくらい、馬鹿でお気楽だったらよかったのに」

 

 小学校に上がると、比較してくる人間の規模は広がった。教師は優秀な姉のことを知っている。杏次に対する接し方は決して不当ではなかったが、言外に比較しているのを杏次は感じ取った。

 中学と高校は学校が違っていたが、地域は近い。花梨との比較という呪縛から逃れられなかった。

 

――鹿津宮って生徒、テニスで全国行ったらしいじゃん。

――向こうの中学で生徒会長もやってるんだって。

――うちの学校にも鹿津宮って奴いなかった?

――いたよーな気がする。珍しい名字だし。

――え、姉弟?

――ガチ?いた『気』がする程度の奴が姉弟なん?

 

 不思議なもので、当人に聞かせまいとする陰口ほど、当人の耳にたやすく届く。そしてそれを忘れるのは至難だった。

 

「小学生の頃には、もう姉貴を嫌ってたな」

 

 自分はどこまでいっても鹿津宮二世(にせい)なのだ。杏次ではなく、『花梨の弟』。あるいは、『駄目な方の鹿津宮』だった。他者の視線と言葉から、言外の真意を読み取る力が培われた。

 

 何をやっても上には姉がいる。比較されるのが嫌で、姉が手を出していない分野を極めようとしても、「簡単に姉に追い越される」という恐怖があった。身に入るわけがない。

 勝ちたかった。打ち負かしたかった。劣等感と同時に、強烈な敵意を燻らせ続けた子供の頃。しかし、胸の中で燃えるその火が、姉を焼く日は来なかった。

 

 杏次自身が、ようやく『そういうもの』だという状況を受け入れたのは高校の頃だった。花梨は自分とは完全に別格の存在で、たまたま血が繋がっているだけ。比較されても、皮肉られても、笑って受け流せるようになった。ただ、その後も姉への苦手意識は拭えていない。

 

「で、今に至る。……悪いな。結局自分の話ばっかりだ。これからは、姉貴の話」

 

 もう一度グラスに口をつける。飲みやすいが、アルコール自体は強く感じるのがなんだか怖い。

 

「俺は姉貴が嫌いだったが、姉貴は俺のこと嫌ってなかったと思うよ。自意識過剰って言われたらおしまいだけどな」

 

 花梨は積極的に話しかけてきた。幼い頃から発揮されたコミュニケーション能力を、他者と同じように弟にも()いた。

 

「キャッチボールして遊ぼうよ!」

 

 俺は花梨が投げる球を取れないし、俺が投げる球は花梨にとって簡単すぎる。

 

「じゃあ、上手な取り方と投げ方教えるよ!」

 

 教えてもらってもできなかった。

 花梨には才能があるからそのやり方でできるんだ。俺には無理だと反論したら、今度は別の方法を教授してきた。

 

 どういうわけか、少しだけ投げられるようになったのだ。

 

 花梨は杏次を褒めた。特に、自分とは違う視点を持っていることについて弟を賞賛した。

 

「姉貴にできなくて俺ができるようなことは何一つなかった。それでも、できるようになるまでの過程と工夫、頭の使い方なんかを褒められた記憶がある」

 

――ああそっか!杏次みたいに考えれば解きやすいのか!私文系だからさぁ。助かるわー、理系の弟。

 

 花梨は誰よりも、自分と杏次が違うことを理解してくれていたのではないだろうか。不思議な感覚だが、彼女に呼ばれる時だけ、己が「杏次」だと自覚できたような気がした。

 

 姉は優しく、快活で、何より杏次自身を尊重していた。唯一と言っていい存在だった。

 

「だから、俺は、姉貴が嫌いだった」

 

 花梨だけが優しい。その事実は、ただ姉の絶対性を補強するだけだった。

 

 花梨も自分を嫌っていれば。出来の悪い弟だ、どうして自分のようにできないと罵ってくれれば。自分が姉を嫌う正当な理由になった。辛かったかもしれないが、姉を嫌悪するロジックは成立した。

 

 だが現実は違う。姉は弟を(おもんぱか)っていた。それに反発する弟は、周囲から見てなおさら醜悪に映ったはずだ。心優しい姉にすら心を開かない、頑固で閉塞的な人間だと。

 何より、杏次自身が耐えられない。自分に対する思いやりが、姉を手が届かない世界まで運んでいた。自分を嫌う相手にすら優しい笑みを向ける、聖人の証明になってしまった。

 

「俺は姉貴を嫌ってやったよ。自分から何かをすることはなかったが、姉貴の前では粗暴に振る舞ったり、わざと無視をしたりした」

 

 だが、それに対抗するように花梨も杏次に寄り添おうとした。半ば無理矢理な会話の切り口で会話を仕掛け、暇があれば遊びに誘った。

 

 花梨は、必死に杏次に手を差し伸べた。杏次は、必死に花梨を嫌った。

 

「俺は姉貴を尊重できなかった」

 

 平行線のまま、花梨は都内の大学に進学した。城帝大学法学部。日本トップレベルの学歴を携え、官僚になった。結婚をし、男の子を出産し、外惑星開発戦略本部での経験を糧に運輸安全委員会へ転職した。

 

「そして、訳わかんねえまま事故を調べて、訳わかんねえまま殺されそうになってる。……はは、後半なかなかハードな人生じゃん」

 

 小舟に揺られているような感覚があった。少し酔いが回ったか。

 

「ありがとう」

 

 クイロはこちらを見つめ、はっきりと礼を言った。

 

「なんで礼を言うんだ。お前たちの種族を救った恩人を、人生をかけて嫌ってた奴だぜ、俺は」

 

「私にはまだわからない。君は、本当に花梨を嫌っていたのか。わかっていたんだろう、彼女が強い思いやりを持っているということは」

 

「俺を思いやってくれたことと、それでも俺が姉貴を嫌うことは両立するんだよ。言ったろ、尊重できなかったって」

 

 悄気(しょげ)たのか、クイロの目が下を向く。鹿津宮は長いため息を吐いた。

 

「姉貴を好きになれなかった。大人になって、盆や正月に家族で集まる機会があってもあんまり話はしなかったさ。ただ、どうしたって根っこにあるのは俺の身勝手な(ねた)(そね)みなんだ」

 

 少しだけ、意外だった。自分でこれまでの感情を言葉にすると、存外驚くことがある。自分はこんなことを思っていたのか、と。クイロがいなければできない体験だった。

 

「姉貴が嫌いだ。昔は、死んじまえって思ったことも二度や三度じゃない。それでも」

 

 この気持ちは、ずっと揺るがなかったように思う。

 

「姉貴が()()()()人間だとは、ついぞ一回も思えなかった」

 

 結局、この世界で光を浴びるのは姉だと、鹿津宮花梨だと理解していた。彼女は自分が浴びた光で、他人をも照らそうとしてしまうのだから。

 

「だからあのメッセージには納得がいかなかったんだろうな」

 

「メッセージ……先日見せたものか?」

 

「ああ。姉貴の夫と子どもに対する内容は一つもなかった。……それじゃだめだろ」

 

 せめて残された者には納得できる説明をしておくべきだ。それを欠いて、単に調査のことについて書かれたあのメッセージに、鹿津宮はどこか苛立ちに近い違和感を覚えてしまう。

 

 クイロは俯き、少しの間目を閉じていた。もともと真っ黒なペガッサ星人の肌に、さらに濃く影が刺しているように見える。

 

「辛そうだな」

 

「花梨は、命の恩人だったと言ったろう。本当に彼女の仕事には助けられたんだ。そして、それ以上に、私たち異星の者達とも友として付き合ってくれたんだ。放浪の末、ようやく見つけた星がアシルでよかった。何より……彼女に出会えてよかったと、振り返っていたよ。花梨の……家族か。たしかに痛ましいな」

 

 クイロは手元のグラスに手を伸ばしかけ、「ん?」と首を傾げた。

 

「そういえば、杏次。君はさっき、辛そうだな、と」

 

「あ?ああ言ったけど」

 

「私の表情がわかるのか?」

 

 そんなに驚くようなことだろうか。今はペガッサ星人本来の姿とはいえ、目の動きや仕草からある程度は感情が読み取れる。

 

「少しはな」

 

 ぶっきらぼうに答えたとき、ケータイが鳴った。手に取り、しばし固まる。

 

「誰からだ?」

 

「……おふくろだ。普段は滅多にかけてこない」

 

 一瞬クイロと目を合わせ、通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

 出てしばらくしてから聞こえてきたのは、か細く、弱々しい母の声だった。聞き取りづらいと感じながらも、鹿津宮はなんとか内容を理解する。

 

 衝撃。鹿津宮は数秒固まり、そして、演技をした。

 

 狼狽え、おののき、口に手を当てて声を不明瞭にしてみせた。通話口のむこうでは、母が同じ様子で話している。もっとも母の場合は演技ではなく、鹿津宮よりもかなりひどい取り乱しようだった。やがて数回相槌を打ち、通話を切る。

 

「何があったんだ」

 

 クイロがおそるおそる聞く。鹿津宮はクイロに向き、意を決して口を開いた。

 

「姉貴が死んだ」

 

「……今、なんと」

 

「おふくろが電話で姉貴が死んだことを伝えてきた。()()()()()だ」

 

 これまでクイロから聞いたのは、「死ぬかもしれない」という予想。その響きが真実味を帯びても、予想の域を出なかった。

 だが、今の連絡は別物だ。姉の死が、たしかに両親の耳に入ったということ。

 

 鹿津宮花梨は、本当に死亡した。

 

 

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