怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第72話 シンプル イズ

 やにわにかかってきた、母親からの電話。その内容は、姉・花梨(カリン)の死を伝えるものだった。

 実際に母の口から告げられている。これが意味するのは、すなわち「姉は死ぬかもしれない」という予測を越えた、一つの事実であるということ。

 

 疑いの余地なく、姉は死んだ。

 

 鹿津宮がそれを伝えると、クイロはカウンターの向こうで数歩後ずさる。バックバーと靴のかかとがぶつかって、並んだ瓶が音を立てた。一言、「そうか」と呟く。予期していたとはいえ、ショックはかなり大きいようだ。

 

「……お母様は、なんと」

 

「出張先の惑星イメルで、借りてた部屋の中で死んでるのが見つかったそうだ。姉貴の旦那が、連絡に全く応じないのを不安に思って現地の警察に連絡したところ、遺体で発見されたって」

 

「死因は」

 

「まだ聞いてない。だが、他殺じゃなさそうだった」

 

 少なくとも遺族には、遺体の状況が説明されるだろう。電話口の母はひどく取り乱していたが、「殺された」というような説明はしていなかった。

 

「クイロ、俺はお前と会ってから、姉貴に2日おきに電話をしたんだ。だが、全く出なかった。イメルむこうの時差を考慮して連絡を入れたんだが」

 

「……2日おきにしたのには、何か理由が?」

 

「頻繁に連絡を取り合う仲じゃなかったからな。急に鬼電するのも不審に思われるだろ」

 

「思われるって、誰に」

 

「姉貴の命を狙っていた奴だ」

 

 命を狙う。こんな言葉を実用的に使う日が来るとは。

 今のところ他殺を示す証拠はない。だが姉が遺言を残したことを考えれば、他殺ではないと断じるのは早計すぎる。

 

「犯人は姉貴を殺した後、ケータイの履歴なんかも調べるかもしれねえ。俺から鬼電をかけた履歴が残ってたら怪しまれるから、2日おきにしたんだ。まあ2日おきに電話するのも普段じゃありえないんだが、向こうからかけてなけりゃそこまで不審じゃない」

 

「だが、私と君が会ったのが5日前。その時から電話に出なかったということは」

 

「姉貴は5日前の時点で死んでいたのかもしれない」

 

 クイロは俯いた。カウンターに置いた手は握りこぶしを作っている。かすかに、震えていた。

 

「聞け、クイロ。数日前に姉貴が死んだってことは、今日まで空白の時間があるよな。その空白の時間は、姉貴が調査した内容を他人に漏らしてないか、ガサ入れされた可能性がある。さっき言ったように電話やら何やら、調べられてるかもしれねえ」

 

 はっとクイロが顔を上げた。潤んだ目が見開かれている。

 

「お前と、お前が協力を仰いだペガッサ星人に危険が及ぶ。もちろん俺にもな。お前は姉貴とどんな方法で連絡を取ってたんだ」

 

「……地球で普及しているケータイ通信機器のメッセージ機能だ。端末は私も花梨も架空の名義で登録した、いわゆるトバシのケータイを使っている」

 

「サーバーは」

 

「海外のものを経由しているから辿られる可能性は低いが……確実ではない」

 

 鹿津宮は額に手を当て思案した。

 用心した方がいい。事故原因に関する調査を引き継いでいることが漏れれば、殺意はこちらにまで及んでくるかもしれない。

 

「店は……少しの間占めた方がいいんじゃないか。不特定多数と接触するのは危険な気がする。俺も警戒しながらしばらく過ごしてみようと思うが――」

 

 静かだな、と思ってクイロを見る。目がやや虚ろで、張りのあるベストも少しくたびれたように感じられた。複数のショックを、うまく受け止めきれていない。

 

「すまない」

 

 クイロは眉根に深くしわを寄せる。

 

「冷静でいなければならないと、わかっているんだが」

 

「いいよ。俺も正直驚いてる。今までもあまり実感はできてなかったんだ」

 

 姉が、死ぬとは。

 

 熱く、優しく、気高い。そんな人間だから、幸せに人生を謳歌すると思っていた。やるべきこともやりたいことも終え、家族に看取られていくものだと。おそらく弟の自分には叶わない、理想の形で生を終えるものだと思っていた。

 

 若くして、自分よりも先に死ぬとは思っていなかった。

 

「でも、びっくりしてるだけだな」

 

「だけ、とは?」

 

「悲しくならないんだよ」

 

 わずかに酒が残るグラスを、ぼんやりと眺めた。

 

「お前に会って、姉貴が死ぬかもって言われたときも、実際死んだって聞かされた今も、涙は出てこない。ただ、驚いてるんだ」

 

 クイロは大きくショックを受けていた。母親は泣いていた。おそらく父も。花梨の夫も、子も、友人も、関わった人間はきっとすべからく悲しみに浸る。そういう存在だ。

 

「でも……別にいいだろ、姉貴」

 

 天井を見上げた。点在する青紫の小さな照明。まるで星空のようだ。初めて来店したときよりも強く、宇宙を感じた。

 

「あんたを尊重できなかった俺だから……俺だけは、今この瞬間も、悲しみじゃなくたっていいよな」

 

「尊重、か」

 

 クイロが不思議そうに繰り返した。

 

「杏次。君は先ほど、『俺は姉貴を尊重できなかった』と言っていたね」

 

 幼い頃からずっと、花梨は杏次に対し慈悲をもって接していた。優しく、明るく、他の誰に対してもそうするように、弟に対しても話しかけた。

 その態度は、姉と比較され続けた杏次にとって唯一無二だったが、だからこそ本人は嫌だった。自分にまで優しく関わったことで、姉の欠点はゼロになる。完全無欠なその姿をありありと見せつけられ、いよいよ姉には勝てないとわからされたからだ。だから杏次は、積極的な姉の姿勢に対し、ある時はおざなりにあしらい、またある時には反抗した。

 

「ああ、言った」

 

「尊重できていなかったのは君だけではない。花梨もだと思う」

 

「は?」

 

「花梨もまた、君の意思を尊重できていなかったんだ」

 

 お互いにお互いを重んじることができていなかったと言いたいのだろうか。だが、どうして花梨の方まで。

 戸惑いを表情に出すと、「あくまで私の考えだが」と前置きした上でクイロは語る。

 

「君は、花梨から慮ってもらうことを忌避していた。でも、花梨はそんな君の意思を無視して話しかけてきた。これは君が言う、尊重できていない、ということなんじゃないのか?」

 

「……何言ってんだおめえ」

 

 思っていたよりも浅い意味合いだった。

 

「そりゃあ、俺が嫌がってることを姉貴はしてたんだから、たしかに尊重できてなかったんだろうよ。でもおそらく、俺を害する目的で話しかけたわけじゃねえだろう。『優しくされると余計に差を感じて嫌だった』なんてみっともない思考で姉貴に反抗してた俺の方が、尊重できていなかったって評価になるだろ」

 

 仮に、姉が自分を罵り、他人に混ざって冷遇していたら、それはそれで姉に対する不満感情が募っていただろう。唯一、嫌う正当性が確保される点がマシなだけだ。

 だが、反論に対しクイロはきょとんとしている。

 

「花梨が話しかけた目的や君が嫌悪していた理由なんて、そこまで関係はないんじゃないか?ただ、花梨の厚意に反した君のように、花梨もまた君の拒絶を受け入れなかった。相互にできていなかったことがある、というだけで」

 

「そうかもしんねえけど、でも、なんでわざわざ言ったんだよ」

 

「悲しみじゃなくていいだろ、なんて、確認するような物言いだったからさ。悲しみが生まれない事を、私はおかしいことだと思わない。それをわざわざ、花梨にことわりを入れるような口調だったものだから」

 

 余計なお世話だ、と言おうとして喉にとどめた。

 目的や理由は関係ない。ある種、姉と自分の間に介在していた思いを捨象した発言は、先日鹿津宮自身が口にした内容と重なる部分があるように思えた。

 

――私は結構、人のコミュニケーションというものは単純だと思っていますので。

 

 八十川と安生に向けて言った言葉だ。ふたりは、湖田が自分たちを信頼していないのではと勘ぐっていた。その不信を和らげるために半ば即興で作り上げた発言だったが、考えそのものは鹿津宮の心情を真っ直ぐに伝えている。

 

――花梨が話しかけた目的や君が嫌悪していた理由なんて、そこまで関係はないんじゃないか?

 

「……なるほど、一理あるかもな」

 

 自分も八十川や安生と同じということか。自分のこととなると、必要以上に物事を斜めに見て、その裏に何があるのかを考えてしまう。

 だがそれは、鹿津宮を苛んだ他者からの目線と同義と言える。鹿津宮の評価には、必ず花梨の要素が入り込んだ。

 

 不要だ。もっと単純でいい。

 クイロはそれを言いたかったのだ。そして数日前、生存者のふたりに対し、鹿津宮自身も同じことを言った。きっと、頭のどこかでわかっていたんだろう。他者の視点を、過度に複雑化しないことの重要性を。

 

 単純なものの見方が常に正しいとは言えない。言葉や態度の裏を察せないことが、かえって無礼に値する場面は多いだろう。だが同時に、態度や状況を真正面から受け取ることが一種の礼儀だとも思う。それができない他人が、ずっと嫌だったのだから。

 

 であれば、鹿津宮と花梨。お互いがお互いを尊重できていなかった、というクイロの味方にも理が生まれる。

 思えば、花梨とのコミュニケーションは至極単純なのかもしれない。鹿津宮は姉を避け、花梨は弟に寄り添った。相容れない立ち振る舞いを、生まれて30年近く繰り返してきただけだ。

 

 姉の死に際して悲痛な気持ちは生まれないし、そのことに罪悪感も感じない。きっと、これが適切なのだ。花梨と杏次。この世に生まれたふたりの姉弟の、最適解といえる感情だろう。

 

 鹿津宮は目を閉じた。

 

――どこにも、いなくならないでね。

 

 自分向けられたメッセージの最後の一言だった。耳の奥、姉の声で響く。その声は明るくて、懐かしくて、やはり鬱陶しかった。

 

「…………死ねねえ」

 

 鹿津宮は目を開いた。「杏次?」とクイロが心配そうに小首を傾げる。

 

「姉貴が死んだってことは、この時点が姉貴のゴールってことだ。勝つには、姉貴と同等の情報を持った上で生き続けなきゃならねえ」

 

 姿勢をただし、残っていたグラスの中身を一気にあおった。

 

「こっから事故を調べる時はより慎重に動く。だが、絶対に途中でやめたりしねえ。今、この墜落事故の犯人に関する謎が、俺に残った最後の土俵なんだ」

 

「……ああ、その通りだな。花梨が私たちの残してくれたものだ。とことん突き詰めたい」

 

「杞憂に終わるといいんだが、一応言っとく」

 

 クイロを真っ直ぐに見つめた。これ以上、酔いが回らぬうちに。

 

「死ぬなよ。クイロ」

 

「君もな、杏次」

 

 ペガッサ星人の瞳が細められる。薄く微笑んでいるのだろう。

 やがてバックバーに振り返り、瓶を手に取った。

 

「こんな時だが、もう一杯だけ飲んでいかないか」

 

「こんな時だけど、もらうよ」

 

 鹿津宮は、ネクタイを緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉の訃報を受けた日から2日が経過していた。鹿津宮は仕事を終え、自宅アパートへと戻ってきた。

 

 クイロと最後に話したのもまた、訃報を聞いた日だった。当日は、姉の命を奪った何者かが自宅に仕掛けをしているのではないか、などというところまで考えが及び、戦々恐々としながら自宅に戻った。が、実際はいつもと変わらぬ部屋であり、それから今日までも異変はない。

 

 明日は、姉の通夜がある。鹿津宮の実家は埼玉県。花梨は外惑星で死んだため、遺体の搬送に時間がかかり、遅めの通夜となった。そのまま翌日は、地元の斎場で葬式が執り行われる。そのため明日以降は職場に忌引きをもらい、帰省するというのが鹿津宮の予定だった。

 

 喪服を準備していた時、インターホンが鳴る。時刻は20時前。不振さが募る。

 鹿津宮はモニターまで寄り、通話ボタンを押した。 

 

「どちらさまですか」

 

『あの……鹿津宮花梨さんのご親族の方ですか』

 

 比較的若い男の声がした。やはり姉の関連か。早くなる自分の心音が聞こえる。まるで警報のよう。

 誤魔化すか。いや、部屋の前には『鹿津宮』という珍しい名字を掲げてしまっている。

 

「……そうですが」

 

『私どもは、運輸安全委員会で働いておりました。花梨さんの、同僚です』

 

 姉の同僚を名乗る男の声。事実だったら申し訳ないが、正直なところ怪しい。尋ねてくる時刻も常識外れだ。

 インターホンのモニターには男がいる。髪を固めたビジネスマン風の男が、恐縮そうな居住まいでいた。

 

『私は白銀(シロガネ)と申します。夜分遅くに申し訳ありません。花梨さんに担当していただいた仕事のことが気がかりで、こちらまで伺わせていただきました』

 

「どうしてうちまで?」

 

『花梨さんに……こちらの住所までと頼まれまして』

 

「姉に」

 

「ええ、もしもの時、渡してほしいものがあると」

 

「もしもの時……?」

 

 姉貴は自身に降りかかる命の危機を、クイロ以外にも伝えていたというのか。

 

 ありうるな、と鹿津宮は思った。

 姉は抜け目ない人間だった。物事を進める際のミスを極限まで減らす努力をする。あるいは、ミスした際のリカバリー案も。

 この同僚たちは、姉が放った二の矢ということか。クイロと同僚、ふたつに情報を分散させ、片方が自身の敵となる存在に確保されたとしても片方は生き残るようにしたと。

 

 素早く頭を回す。だとしたらこいつらが持っている情報は何だ。わざわざ分散させたとしたら、クイロに伝えた情報と同等の重要度だろう。用紙にまとめた内容の他、どんなものがあるだろうか。

 

――勝算があるとも言っていた。

 

 不意に、クイロと出会った日の話を思い出す。クイロは、花梨が自分にも明かしていない「勝算」を持っていると言った。勝算。勝つ算段。命を狙われると悟った上でそう言い張った。つまり、命を狙いに来た相手をやり過ごすほどの何かが姉にはあった。それが情報だとしたら?

 

 欲しい。それがあれば姉に勝てる。姉に勝ったと、思うことができる。

 

 だが、この男が味方である保証もない。モニター越しに身分証を提示させるか?いや、せいぜい自分には顔写真と本人の照合くらいしかできない。提示されたとして、その身分証を本物かどうか見定める材料はなかった。

 もし本当に姉が殺されていたのなら、おいそれと出るわけにはいかない。出た瞬間に一刺し、ということもあり得た。

 

 迷い、鹿津宮は結論を出す。

 

「……すみません」

 

 憔悴した声を作った。

 この男は怪しい。帰らせるべきだ。

 

「姉の訃報があまりに突然だったもので……あまりお目にかかる気分ではありません」

 

 真実花梨の同僚として情報を預かっているのなら申し訳ないが、我が身の安全には替えられない。石橋は叩きすぎなくらいに叩いておくべきだ。 

 

「申し訳ありませんが……お引き取りを」

 

『……そうですか。いえ、こちらこそ大変失礼いたしました』

 

 白銀はインターホンに向かって律儀に礼をする。

 よかった。すんなり帰ってくれそうだ。ほっと息をつき、通話終了ボタンに触れようとした時。

 

 白銀が頭を上げる。顔に張り付く、能面のような真顔。

 そのまま足を動かすことはせず、懐からケータイ情報端末を取り出して操作した。

 

(なんだ?)

 

 困惑する鹿津宮をよそに、白銀は画面の操作を続ける。

 やがて、ケータイ端末から顔を上げた。インターホン越しだが、目が合っている。偶然ではない。鹿津宮がいまだ覗いていることを察知している、怜悧な眼光だ。

 

(なんだよコイツ。早く帰ってくれよ)

 

 モニター映像を切ろうとした次の瞬間。

 

 爆発音と共に、部屋が小さく揺れた。

 

「な――!?」

 

 何が起きた。わからない。見えない。

 

 視界が、黄色い(もや)で覆われたからだ。

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