怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第73話 命に迫る

 何が起きた。わからない。見えない。

 視界が、黄色い(もや)で覆われたからだ。

 

「なん、だ……!?」

 

 いつのまにか、部屋中に黄色いガスが充満していた。どこから出ている。鹿津宮(カツミヤ)は慌てて手で空を掻きながらあたりを見渡した。どこもかしこも濃霧が立ち込めているような景色だが、リビングの中央、ソファのあたりが特にガスが濃いとがわかる。

 

(まさか、()()()()に)

 

 出所の予測はついたが、解明は後だ。普段の生活でこんな色のガスが吹き出すことなどありえない。明らかに、何者かに仕掛けられている。

 

 吸ってはいけない。直感が告げていた。

 

 外に出なければ。そう思って窓辺に寄り、カーテンを開けたところで停止する。

 

 窓の外に見知らぬ人間が立っていた。全身が黒い装衣で覆われている。だぼついた上下の繋ぎは防護服だろうか。特徴的なのは、頭部。顔面は完全に覆われていて、表情が一切窺えない。視界を確保する両目の位置のバイザーと、口周りの強固なマスク。体格から男だと勘繰ることはできるが、性別を判断できる要素はない。

 

 得体が知らない人物を前にして、鹿津宮は動けなくなる。ただ必死に、頭を回した。

 

 先ほど白銀(シロガネ)という男は、扉の前で通信端末を操作していた。そして、直後にガスが発生。その間入り口のドア前を陣取っていた。

 彼がこのガスを発動させた可能性は高い。そうであれば、窓側に待ち伏せていたこの人物も白銀の協力者か。人員を配置し、鹿津宮を逃がさない体制を整えている。

 

 花梨から情報を引き継いだ鹿津宮を始末するための布陣だ。一つ目がガス、二つ目がガスマスクの男。

 男は微動だにせず、部屋に入ろうとはしない。だが、窓のそばに立っている以上、鹿津宮も外に出られない。

 

 駄目だ。脱出を妨害されている。なす術なく、反射的にカーテンを閉めた。

 

「ぐっ……あ!」

 

 足に力が入らなくなっていた。何時間も正座をした時の様に震え、感覚も薄い。

 ガスを吸ってしまったからか。何か強力な毒性があるようだ。

 膝を突くと汗がしたたり落ちた。汗の滴はひっきりなしに頬を伝い、ぱたぱたと床に増えていく。

 何より、呼吸。吸おうとしても、喉が動いてくれない。血の巡りが遅いのが自分でもわかる。胸は痛みだし、震えが止まない。

 

(せめ……て、換気扇)

 

 ボタンに手を伸ばすが、届かない。

 

「ぐ……」

 

 立ち上がろうとしたが滑り、左肩から崩れ落ちる。こうなっては、もう起きられない。

 

(何なんだ……?このガス……)

 

 花粉を思わせる色合いの靄は、驚くほど早く鹿津宮の肉体に作用した。

 

 ここまでか。汗が目に入り、霞む視界をさらにおぼろげにさせる。

 結局、何もわからぬままらしい。この期に及んで、悔しさが身を貫いていた。

 勝てないのか。やはり姉には。最後の最後まで、無力感を払拭できないのか。

 

「……じ……ぅじ……」

 

 声が聞こえる。誰かが入ってきて、会話をしているのか。自分で無意識のうちにうわごとを言っているのだろうか。もうその区別すらつかない。

 

「じ……!杏次(キョウジ)!」

 

 ぐらりと頭が揺れる。肩を担がれているのか。ほんの少し覚醒した鹿津宮は横を見た。

 そこに見たことのある男の表情。クイロが地球人に擬態した際の、中年の男の顔があった。

 

「ク……イ、ロ」

 

「大丈夫か!逃げるぞ!」

 

 腕が動かされる。

 

 どうやってこの部屋に入ったのだろう。そしてどうやって出るつもりなのか。

 疑問を言葉にしようとした時、ふっと体が浮いた気がした。

 

「…………あ?」

 

 身体中が軽い。深いプールに飛び込んだような浮遊感に包み込まれている。視界が暗いのは、目を閉じているからでも、毒の作用でもない。

 

 本当に、闇に飲み込まれたからだ。

 

 どん、と尻餅をつく。いつも通りの感覚と同時に、視界も明るくなる。

 目の前に椅子と机。右にドア。左には大きい窓。

 

「無事か!」

 

 隣でクイロが肩をゆする。今はベッドに寄りかかっている状態か。自宅ではないが、ありがちな間取り。

 ビジネスホテルの一室だ。

 

「何、した……?ワープか……?」

 

「ペガッサ星人の能力、『ダークゾーン』だ。隠密行動と、離れた距離の瞬間移動を可能にする。定期的に君を見晴らせてもらったんだが、ちょうどピンチだったな」

 

「なんで、ちか……使え……」

 

 なんでそんな力が使えるんだ。異星宥和政策で地球に場所を借りている身のはずなのに。

 ろれつが回らず、問いが言葉にならない。

 

「地球人の技術では、星人の特殊能力を全て封じるなんて不可能だ。国内に滞在する異星人は厳しい審査の上、社会に溶け込むための教育を受けるに留まる。よって、能力の制約はない。異星宥和政策は、星人側の全面的な協力によって初めて保証されるシステムなんだ。……まあ、私は現に守れていないが」

 

「なる、ほ……オェ……」

 

「だがそのおかげで、君を救うことができた」

 

「ゲホッゲホ!オエェッ……!ゲホォ!」

 

「救ったというにはまだ早いな」

 

 鹿津宮の前に、水の入ったペットボトルが差し出された。

 

「まずは水分を摂れ」

 

 クイロの指示より前にペットボトルを掴み、すぐさま口を付けた。一口で7割方胃に収めると、その反動からか今度は強烈な吐き気に襲われる。すぐさまトイレに駆け込み、水分過多になった胃の中身を全てぶちまけた。

 

「ク、イ……もう、いっぽん……」

 

 ユニットバスの外に震える手を伸ばすと、クイロは新しい水のボトルを握らせてくれた。それを再び飲み、吐く。これを繰り返した。

 

「オエエエエエエッッ……!」

 

 汗が止まらない。首から上は熱いが体は悪寒がする。視界はちかちかと明滅した。その間、クイロは背中をさすっていてくれた。はるばる地球に来てやることが、地球人のゲロ介助とは不憫なものだ。さすられているだけの自分は、より情けない。だがそのおかげで、徐々に体の中が軽く、楽になっていく。

 

 嘔吐しながら、鹿津宮は考えた。なぜ自分は殺されそうになっている。それは姉がまとめた調査を引き継いだからだ。では、なぜ引き継いでいるとばれた。情報は、どこから漏れた。

 不思議なもので、ゲロにまみれる便器を見ていると逆に思考が冴えた。おそらく、情報が漏れた部分は――。

 

 500ミリリットルのボトルを、3本空にしてようやく収まった。ふらふらになりながら部屋に戻る。

 

「次は、これを」

 

 クイロが再び差し出したのは、アスリートなどが使う経口の酸素缶だった。それを口にあてがい、ゆっくりと呼吸する。10分すると、呼吸も落ち着いてきた。

 

「助かった……マジで」

 

「気にすることはない。無事で良かった」

 

「俺は……何をされたんだ?」

 

 問うと、クイロは顎をさすって考え込む。

 

「君の部屋に充満していたガスは黄色かったな。症状は?」

 

「……呼吸が苦しかった。あれを吸った後、どうしてもうまく息が吸えなくなってな。胸も痛かったし……。それから、気分も最悪だった。限界まで酒に酔った後フルマラソンしたみたいな」

 

「吸っただけで呼吸不全と強烈な嘔吐感か……地球由来のものではなさそうだ。あの色、おそらく宇宙植物ジュランの花粉か」

 

 「なんだそりゃ」と鹿津宮が怪訝な顔をする。

 

「外惑星に生息する、大樹のように巨大な植物だ。この植物が撒く花粉には毒性があって、地球人の拒絶反応は君の症状と一致しそうだ。種にも別の特殊な効果があると聞くが」

 

「……そのジュランの花粉ってやつ。仮に俺が、人間が吸って死んだら、死因は何になる」

 

 クイロの眉間に、深いしわが刻まれた。

 

「心臓の機能が劣化して……何と言うんだったか。心不全、心筋梗塞に近くなるだろうか。それがどうかしたのか?」

 

「つい先日姉貴の死因がわかった。心筋梗塞だったよ」

 

 目をしばたたかせるクイロに、鹿津宮は捕捉する。

 

「心筋梗塞ってのは、まあ地球人にはありがちな死因だ。姉貴みたく健康な人間が急に発症してポックリ逝くこともある。が、毒物やなんかで人為的に引き起こすことも不可能じゃない」

 

「……君を襲ったガスは?あれに心あたりはあるか」

 

(かばん)だ。俺の仕事用鞄に、時限式で噴射するガス弾みたいなものを入れられたんだろう」

 

 部屋で最もガスが濃かったのは、鞄を置いたソファの付近。ガスはその周辺から発生したと考えるのが自然だ。

 鹿津宮は頭を抱える。

 

「俺は朝も夜も電車を使う。すし詰め状態の満員電車だ。いつ入れられてもおかしくはねえ。……やろうと思えばいつでも殺せたって事だな」

 

 その時、ポケットに入れっぱなしにしていたケータイが通知を受け取った。

 画面を点けると、一件のメッセージが新しく来ている。そこに記された内容に、思わずケータイを取り落とした。

 

「なんだ。何が来ていたんだ」

 

 クイロが狼狽え問い詰める。鹿津宮は拾い上げ、画面をクイロに向けた。

 身に覚えのない連絡先から届いたメッセージ。

 

 

 

『依頼通りお前の姉は始末した』

 

 

 

「な――」

 

 クイロは先ほどよりも大きく動揺し、椅子から立ち上がった。

 

「どういう、ことなんだ」

 

「……このメッセージのおかげで、少し読めてきたぜ」

 

 片目を細め、再度文面を見た。

 

「やっぱり姉貴は殺されたんだ。おそらく、俺に仕掛けたガスと同じやり方で」

 

「では、犯人も」

 

「同じだろうな。単独犯かはわからねえが」

 

 姉は心筋梗塞で死亡。その数日後に弟も同じ死因で死亡。先ほど来た、『姉は始末した』というメッセージ。

 

「犯人は、姉貴殺しの罪を俺に着せたいらしい」

 

 姉を殺した人物、あるいは組織が仕組んだシナリオはこうだ。

 

 鹿津宮杏次は、姉である花梨に殺意を抱き、他人へ殺害を依頼する。殺害に用いたのは毒ガス。心筋梗塞という身近にある死因を偽装するため毒ガスを指定し、依頼先へ手配する目的で杏次自身も同じ物を所持していた。だが、杏次はそのガスを誤って自室で散布し死亡してしまう。

 『始末した』のメッセージは、杏次が他人に殺しを依頼したことの証左。同じ死因とメッセージの履歴から、警察の捜査が入れば容疑者候補は杏次に集中する。

 

 方法は単純だ。遠隔で起動できるガス噴射機を鹿津宮のバッグに忍ばせ、持ち帰らせる。尋ねてきた白銀という男は、鹿津宮が自宅にいるかの確認だったのだろう。自室以外、例えば街中でガスを噴射してしまえば余計な混乱を招く。同時に、白銀とガスマスクの男はドアを塞ぐ役目も担っていた。だからこそ、扉の前で待機していたと考えられる。

 

 クイロは「たしかに」と頷く。苦い顔だが、納得はできているようだった。

 

「このタイミングでメッセージを送ったのは、ガス爆弾が発動した後だからか。ガスを吸って死んだ後はメッセージを見られない。身に覚えのない『依頼』に疑問を抱くこともなく、証拠として残るだけだ」

 

「ちゃんと死体を確認してからメッセージを送ればよかったのにな。ま、そこは敵のミス」

 

 鹿津宮はメッセージ画面を操作し、検索画面で『ジュラン』と検索する。

 ほとんどヒットしない。

 

「お前が言ったジュランってのは、レラトーニやワッカみたいな、地球人が進出した外惑星に生えてるもんなのか」

 

「いや、おそらくない。以前地球人の居住地域があった『惑星ピリカ』には存在が確認されていた気もするが、たしか100年以上前に怪獣災害があってから人類は撤退したんだろう?」

 

「だな。今惑星ピリカに人類はいねえ。つまり普通の人間じゃ手に入らねえんだよな。花粉を取得するルートがあるとすれば、星人と外交するか、アシル経由くらいなもんだ」

 

 クイロもまた、当惑から頭に手をやった。整えられた髪がぐしゃりと潰れる。

 

「犯人は、S4、あるいは外惑星特別戦略本部*1などの星人と関わる組織……か?」

 

「だな。まあ湖田の事件に関して姉貴を狙うって事は、そのへんの機関じゃねえかとは思ってたよ」

 

 ジュランの花粉ならば、警察の捜査もかいくぐれるという点で都合がいい。仮に鹿津宮がガスで死んだとして、警察が遺体や部屋を調べれば、ジュランの花粉が検出されるかも知れない。だが、ジュランは地球が管理している星では発見されないため、検出された成分を「ジュランの花粉」だと断定ができない。原因不明で終わりだ。

 

「警察に通報も、やめておいた方がいいな」

 

 犯行組織が公的組織であり、権力を持っていれば、警察に圧力をかけることができるかもしれない。それに、捜査や聴取に巻き込まれ、身動きが取れなくなるのも厄介だった。クイロが花梨の死を伝えたときと同様、警察を頼るのはためらわれる。

 

 沈黙が部屋を支配した。ひとまず、鹿津宮は無事。しかし、安心できるかといえば全くそんなことはなかった。

 

 やがてクイロが、最大の懸念を口にした。

 

「どうして、杏次が狙われたんだ」

 

 声が震えている。

 どうしてだろうなぁ、と鹿津宮は背を傾け、ベッドに両手をついた。気楽に構える杏次が信じられないのか、クイロはずいと寄った。

 

「花梨を狙っていた魔の手が君にまで及んでる。すなわち、君が墜落事故に関する調査をしていたと相手方に察知されたんだ。情報が漏れているんだぞ!」

 

「その通りだな」

 

 色を失ったクイロを見つめる。言葉は発さず、ただ、じいっと。

 

 「もしかして」と、クイロが気づく。

 

「わかっているのか。情報がどこから漏れたのか」

 

 鹿津宮は答えない。静かに考えを整理していた。

 

 情報が漏れるルートとしてまず考えられるのは、クイロと姉の繋がり。花梨とクイロ相互間のメッセージのやり取りを察知された可能性が浮上する。サーバーや端末は察知されないよう工夫をしたとクイロは言ったが、完璧である保証はどこにもなかった。

 

 が、これはない。なぜなら、ペガッサ星人であるクイロが自由の身だからだ。

 仮に花梨とクイロの繋がりが暴かれたのなら、クイロが異星宥和政策の許可を得たペガッサ星人であるということもバレる。ペガッサ星人の能力『ダークゾーン』は、推測する限り、暗闇を介して離れた地点を移動する能力だ。自由自在にワープできてしまうような能力を、敵勢力が警戒しない訳がない。クイロの拘束は最優先事項になるはずだ。

 

 では、クイロが拘束されていないという事実から導かれるのは何か。

 

「…………杏次?」

 

 クイロの体は硬直したまま、表情だけが険しさを増していた。

 

 クイロが鹿津宮を売ったというパターン。これが、次に浮上する。花梨が追う謎の危険性を認識したクイロが、身の安全を図るため鹿津宮の情報を渡す、ということは十分に考えられた。

 

「クイロ」

 

 鹿津宮は真っ直ぐ視線を注ぐ。クイロの瞳の奥深くに潜るような感覚があった。せわしなく上下する瞼。今人間に擬態している彼の瞳は、ペガッサ星人本来の姿の瞳と変わらない。色も、形も同じだ。

 息を吐くと同時に俯く。思わず、笑っていた。

 

「どうか、したのか?」

 

 クイロが訊く。この男が自分を裏切った?

 

「……ありえねえな」

 

 ない。それはない。

 

 そもそも本当に自分を裏切ったのであれば、能力を駆使して救出する必要もない。だがそれを抜きにしても、可能性はゼロだと断言できた。

 このペガッサ星人は純朴すぎる。実直で、嘘が苦手で、信じると決めた地球人にとことんついて行ってしまう男だ。現に今も、驚きと狼狽を隠しきれずにいる。子どもの無邪気さにも似た純粋な人柄は、裏切りを否定するのに十分すぎる。

 

「ま、まさか私が君の情報を売ったと疑ってるのか!?してないぞそんなことは!」

 

「わかってる。だからありえねえって言ったろ」

 

 慌てふためく姿がまたおかしくて、鹿津宮は苦笑した。

 現状、花梨とクイロの繋がりはバレていない。クイロが裏切ったわけでもない。

 

「じゃあもう、情報漏洩の場所は一つしかねえわな」

 

「一体どこから」

 

 消去法だった。おそらく、クイロに関してはノーマーク。わざわざ秘密の情報を弟に託してきた花梨が、死の間際弟との繋がりを残すようなミスをするとも考えにくい。ならば他、鹿津宮が墜落事故の謎を追い始めてから新たに接触した人物。

 

八十川(ヤソガワ)安生(アンジョウ)

 

 鹿津宮はベッドに座ったまま、ゆっくりと体を前方に傾けた。

 

「この二人から情報が漏れた。あるいは、こいつらが俺達を売った」

*1
内閣府の一部局。外星人との交流・折衝を行う。花梨がかつていた部署とは異なるが、業務内容は類似しており、顔見知りもいた。

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