すなわち、墜落事故を追っていること、姉の
「そう断ずるのは早計じゃないか」
前傾になって座る鹿津宮の上から声が降る。クイロだ。
「他にも可能性はあるんじゃないか。例えば……君から花梨への電話とか」
鹿津宮はクイロと出会った日から計2回、2日置きに電話をかけていた。いずれも通話には出なかったが、クイロはこの連絡を取ったことで、情報が漏れたのではと疑っているようだ。
「君を責めるわけじゃないが……電話をすることなんて滅多になかったんだろう?花梨を殺害した者達がケータイを調べたら、君に辿り着くことも考えられる」
「八十川と安生は
「そういうわけでは」
姿勢を正しクイロを見据える。
「以前、ふたりに会った時は仕事終わりだった。会う時間や場所の打ち合わせをする中で、俺の勤務時間や行動範囲を伝えちまった。今回の遠隔ガスが、俺が乗る電車内で俺の鞄に仕掛けられたのは、たぶんその情報が流用された」
クイロは口をつぐんだ。加えての反論はないものの、その表情には不満が残っている。
「……が、たしかに俺の着信履歴が原因ってのもありえる。だから……今、はっきりさせる」
鹿津宮はケータイを操作し、電話番号を表示した。
「…………クイロ」
鹿津宮は一度、深呼吸をした。
「お前は以前、『姉貴も俺を尊重できてなかった』って言ったな」
「ああ」
関係を深めようと勇んで話しかける花梨を、鹿津宮は疎んでいた。鹿津宮が抱いていた「疎ましい」という感情を花梨は考慮できていない。クイロはそう言ったのだ。
鹿津宮にとっては目から鱗の知見だった。
「俺が、姉貴の『話がしたい』って思いを尊重できてなかったのと同じだって言った。それで、俺は思ったんだよ。俺達の関係は単純だったんだって。それは少なくとも俺の人生にとっては貴重で、他人と接する上での礼儀の一つかもしれないってことも考えた」
でもな、と鹿津宮は続ける。ケータイを握る手に、少しだけ力がこもった。
「俺はダブスタ上等のひねくれ者なんでな。礼儀は後回しだって判断した相手は、とことん斜めに見てやる」
クイロがケータイの画面を覗き込んだ。
「……かけるのは、彼女か」
表示されていたのは、安生の電話番号だ。
番号をタップする。クイロにも聞こえるようスピーカー通話にした。コール音が連続する。数十秒を置いて、繋がった。
『は、はい、安生で――』
鹿津宮は瞬時に自分の喉に手をやり、親指で喉仏の下あたりをぐいと押し込んだ。
「ゴホッ!ゲホゲホ!ゲホッッ!」
『え?か、鹿津宮さん!?』
「ゲホッゲホ……!っはあ、はあ、安生、さん」
傍らのクイロが、何の真似だと身振り手振りで疑問を示す。鹿津宮は口の前で人差し指を立てた。これは必要な演技だ。
「す、すみません急なお電話を。ですが、緊急事態なんです……!」
『緊急事態って……何があったんですか?』
「今日、駅で八十川さんとばったりお会いして、夕食がてら墜落事故のお話をさせていただいたんです。そしたら店内で……何者かからの襲撃に巻き込まれてしまいました。毒ガスを、吸ってしまったんです」
『ちょっと……意味がわかりません!何なんですか切りますよ!』
「落ち着いて聞いてください!」
電話を切られかねないと感じ、鹿津宮は引き留める。既に嘘を重ねているが、ここからが肝心なのだ。
「重大なのは、この襲撃に八十川さんが巻き込まれたことです。彼も毒ガスを吸ってしまいました」
『……え?ど、どうして
「わかりません。ですがおそらく、狙われたのは私かと」
『それは……墜落事故の謎を追っているから、ですか』
「……おそらく」
安生の声が震え始めた。
『映斗は、今どうなってるんですか』
「……すみません。私よりも重症で、話せません。今救急車を呼んでいます」
答えがない。色白の顔が一層蒼白になっている安生の姿は、想像にたやすかった。
「この事故の真相を暴くと不都合がある存在がいるみたいです。安生さん、すぐに外に出てください。部屋に毒ガスが仕掛けられている可能性がある!」
『わ、わかりました。一旦切り――』
「あー、ちょっと待ってください」
鹿津宮は演技をやめ、落ち着き払った口調で語る。
『え?』
困惑と苛立ちの声が、電話口に通った。
『一体、何なんですか』
「安生さん、あんただろ。俺の情報漏らしたの」
ここまでの問答で、鹿津宮はそれを確信していたのだ。
核を突いたと思ったが、反応はない。長い静寂。電話を切られたかと思ったが、通話時間は継続している。
『……なんの、話ですか』
「まずは謝らせてくれ。今の電話は半分嘘だ。俺は今日八十川さんと会ってないし、当然八十川さんはなんの被害も受けてない」
『映斗は、ってことは、あなたは?』
「俺が毒ガスで死にかけたのは本当。っていうか、もういいよ。知ってたんだろ」
『ふざけ……ふざけないでください!』
音割れした音声が鼓膜を叩く。
『なんで私が鹿津宮さんの情報を売るんですか!そもそも誰に』
「S4において外星人との交流がある人間、あるいは内閣の外惑星開発戦略本部みたいな組織じゃねえか。俺もそのくらいしか見当はついてないが、姉貴の調査を厄介に思う人物ってそのあたりだろ」
『し、知りません、そんな、そんなこと……』
声がつっかえ、先ほどとは別種の動揺が会話に現れ始めている。鹿津宮は内心ほくそ笑んだ。
「仮に、俺を殺そうとした組織を『X』として話を進める。ついさっき、Xの遠隔操作で部屋にガス撒かれて、ほうほうの体で逃げてきた。振り返ってみると、『俺が墜落事故を独自調査してる』って情報がXに知られたのは、あんたか八十川さんが原因だとしか思えないんだわ。試しに電話でカマかけてみたら、やっぱあんたで間違いなさそうだ」
『どうして私だと思うんです!?』
「最初、俺が毒ガスを食らったって言ったときは『切りますよ!』って冷たい反応だったのに、八十川さんの名前を出したら『どうして映斗が』ってあからさまに慌てだしたよな。ショックだね、俺のことは心配してくれないのかよ」
『友達なんだから当然でしょう!別に不自然じゃありません!』
安生は強く非難する口調だ。彼女の言い分にも納得はできるが、先に「八十川と会っていた」ということを伝えた上で、改めて『どうして映斗が』という反応は不自然だ。致死のトラップを仕掛けること、そして対象は鹿津宮一人のみであることを知っていたからこその反応といえる。
「それにさっき、俺が『すぐに部屋から出てください』って忠告したとき、随分聞き分けがよかったな。俺達が命を狙われた状況に陥ったのに、外に出ろって忠告をすんなり聞き入れるか?普通は戸締まりして部屋の中で用心したいだろ」
安生は毒ガスが用いられること・密室内が危険であることも事前に知っていたのだろう。しかし鹿津宮から聞かされたのは、攻撃対象でなかった八十川が被害を受けたという事実。
Xは手段を選ばない。協力者である自分も自身も抹消の対象に入っているかもしれないという思考に行き着く。動揺と恐怖を感じるだろう。
鹿津宮を始末するという目的に協力し、Xに情報を流した。しかし、Xと接触したという事実そのものが、Xにとって不都合であったとしたら。自分も同じ方法で始末されるかも。なら、既に室内に仕掛けがあってもおかしくない。これがおそらく安生の思考の流れ。
「外に出ろ」、「ガスが部屋に仕掛けられている」という忠告には、違和感を抱かなかった。
『さっきから聞いていれば……』
安生の声には怒気が満ちている。数日前に会った、おとなしめの印象はほとんど上書きされていた。
『ほとんどが憶測じゃないですか!第一どうして私に?映斗にも、電話したんですか!?』
「いや、二択決め打ちであんたに電話をかけた。ちょっと考えたら、この前の話の時から違和感あったんだよ」
再度画面を確認する。やはり通話は切られていない。どうやら聞いてくれるようだ。
「まず、集まる場所を店じゃなくて八十川さんの自宅にした点。あれ、安生さんが提案したんだよな。墜落事故に関する情報交換、湖田についての追及は、オープンな場でしない方がいいっていう警戒があったんだろ」
「……以前、原因が不明のままSNSが削除されているんです。警戒するに決まってるでしょ」
「たしかに。でも、あんたには前提知識があったんじゃないか」
『前提知識?』
「墜落事故の真相に迫る情報を持っている・追っているだけで命を狙われる』、って事実だ」
Xが最初に安生に接触した時期は不明。鹿津宮と会う前かもしれないし、後かもしれない。
だが、鹿津宮を始末するという目的を伝えていたのなら、墜落事故を深追いする人物が抹殺対象であると推定できる。その「深追いする人物」と公共の場で話をしようものなら、その場に居合わせた赤の他人が話を盗み聞きする可能性があった。
「この事実を把握してりゃ、おいそれと外で話そうなんて言えないよな。X側が消したい人物が増える。あんただって大量殺人に加担したくないはずだ。そりゃ話し合いはプライベートな場に持っていきたいだろ」
『そんなこじつけ――』
「まだあるぞ」
ふたりと話した詳細な内容を思い起こす。
「帰り際、八十川さんが、湖田の過去を知らなかったことについて『あんま深掘りするべきじゃなかったのかなぁ』ってぼやいた時、あんた同調したろ。『過去って知られたくないこともあるもんね』って」
『それが、何か?』
「どの口が言ってんだよって内心思ったよ、あんた、湖田について調べようとした発起人だろ」
先日の話し合いにおける、八十川の言葉を思い出す。
――俺、最初はちょっと抵抗あったんです。湖田のプライバシーに関わるかも、みたいな。でも、やっぱり色々知りたくて。やろうって言い出した百合に乗っかる形で。
事故後、湖田自身について掘り下げようという試みに対しての発言だった。これも言い出しっぺは安生。進んで過去を探ろうとした本人が、「過去って知られたくないこともあるもんね」と言うことに、違和感を覚えていた。
『言うでしょうそれくらい!過去の行いを反省して、みたいな……自然な発言です!』
「発言自体は自然なんだけど、なんかあんたの言葉は薄っぺらかった。演技しているように思えたんだよ」
『なんでそんなことわかるんですか!』
「わかるんだよ。俺には」
姉と比較され、色眼鏡で見られる局面の多い人生だった。その過程で鹿津宮は、他者が自分を本当はどう見ているか、何を隠し、何を取り繕っているかがうっすらとわかるようになった。やがてそれは、対象が自分以外でも想像できるようになる。
クイロの表情が読めるように、彼が裏切っていないと確信できるように、安生の言動には何か裏があると推知した。
「安生さんの言う憶測、今のところ4つ溜まってるけどどう消化するよ」
今のところ、鹿津宮は証拠不十分のまま言いがかりをつけているだけだ。が、ここは法廷ではない。過去の言動から、安生の痛い腹を探って攻撃した方が強い。
安生は舌打ちの連発し、荒い息を吐いた。やがて、涙混じりのため息が電話口に通る。
「どうして、私がこんな目に遭うんですか」
疲れ切った様子に、先ほどまでの刺々しさは消失していた。
(自分語りかよ。だっる)
正直なところ、情報を渡したのはどんな組織か、どんな人物だったかなどの情報を聞き出したかったが、この状況で安生が協力する確率は皆無に等しい。
もう切ってしまおうかと思った時、「240万円」と声が通った。
『私が大学4年で借りた奨学金の総額です。大学院の2年の合わせるともう120万円プラス。利息がつく制度なので返済額は400万円近いです』
「で?」
『チャラにできるだけのお金が、貰えると言われました』
開き直ったのか、声に張りが戻っている。
『家が裕福な映斗や、優秀で何でもこなせてしまう湖田とは違うんです。大学に通うだけで必死だった。暇なんかないのにバイトも掛け持ちしてやった。大学院で研究成果を残せれば、良い就職先を斡旋してもらえれば、私の未来が少しでも安泰になれば。ずっと先を見て生きてきたんです、私は』
まくしたてる安生の話を、話半分で聞いた。
『でも、あんな墜落事故があって……あれからめちゃくちゃです。花梨さんが、『湖田の発言が資料にない』なんて余計なことに気づいて……SNSだって、私は乗り気じゃなかったのに映斗が』
「湖田の身辺調査はあんたが買って出たんだろ」
『湖田は……あいつは存在が不気味だった。だから詳しいことがわかれば少し安心できるかもって思って母校まで訪ねたのに、謎が増えただけ。ほんっと、笑える』
自暴自棄な笑いが、虚しく響く。
『あんな事故があって、もう親にも心配かけられない。私は私の人生を生きなきゃいけない。それなのに、航行機の訳わかんない謎が足を引っ張るなら、いっそ全部帳消しにして逆転する。その機会が、私には与えられたんです』
なるほど、と鹿津宮は思った。少し話が見えてくる。
Xはおそらく安生のみに接触し、協力を呼びかけた。墜落事故や湖田に関する情報を集める人間がいれば教えてくれ、というような要求だろう。対価は奨学金を一括返済できるほどの金額。八十川に近づかなかったのは、家庭の収入状況を調べ、安生の方が金で動いてくれると踏んだためだ。そして先日、コンタクトを取ってきた鹿津宮のことをXに伝えた。
(いや、八十川の身を案じていたことを考えると……金に加えて、墜落事故で生き残っちまった自分と八十川の安全も要求していたか?)
しばし思惟にふけったが、どうでもいいことだと思った。
「姉貴のお節介でとばっちり食らったのは災難だったな。でも進学したのも奨学金借りたのも安生さんの選択なわけだし同情はできねえ。っていうか必死だったっていう割にワッカまで旅行する余裕はあったんだな」
『……黙ってください』
「黙って欲しいなら電話切れよ。馬鹿か?」
けらけらと笑う声が再度聞こえた。
『本当、花梨さんと似てないですよねえ』
先ほどのやけになった笑いとは異なり、今度はこちらを嘲るような印象だ。
『花梨さんの気づきが今回の騒動の発端だとは思ってますが、それでも事故後の不安な状況で優しく話を聞いてくれたし、その点は助かりましたよ』
「安生」
『杏次さん、まるで正反対じゃないですか。冷たくて適当で、人を食ったような態度で。本当に家族なんですか?なんか、思わず笑っちゃう――』
「お前は今誰と話してんの?」
話し終える前に言葉を挟まれ、安生は押し黙る。
「俺は姉貴じゃねえし、姉貴である必要もないんだわ」
『…………もう、二度とかけて来ないでください』
それを最後に、通話は切れた。
「あ、あ〜……」
ひとまず、隣でおろおろとしながら聞いていたクイロを向く。進展といえる情報はないに等しいが、二択は当てることができた。その意味で、サムズアップをしてみせる。
「犯人、特定ッ!」