怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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 高校1年生だった姉はたまたま二人きりのリビングで問うた。苦手な姉からの脈絡もない問いに、鹿津宮は気怠さを覚える。
←2025/5/21 編集で挿入


第76話 弔い

 見上げれば、空を雲が覆っている。ずっしりとした曇天は色が濃く、風もないため揺らめくことすらない。いつもより低い空は、どこか暗澹とした心持ちに誘う。が、葬式の日ということを考えればむしろ適切な空気感かもしれないと、鹿津宮は思った。燦々と日が輝いていても弔いの場であることに変わりはないし、何よりまだ暑い。

 

 雲を補強するように、電子タバコの煙を吐いた。斎場外の喫煙所には、自分以外人がいない。

 

 ガスによる強襲から2日が経過していた。昨日は埼玉の実家まで、移動し通夜に参列。一夜明けて今日、午後から式が始まる。姉の死に関する一連の事情は家族に話していない。情報の拡散は、命を狙われるという危険の拡散に他ならないからだ。

 

 この間、特に身の回りで異変は起きなかった。鹿津宮以外の人間がいる場所は無闇に襲撃しない、という予測は当たっていたのだろうか。だが、ガス噴射後には組織が部屋の中に入っているだろう。死体の確認と、花梨殺害の罪を着せる偽装工作なんかも少々するつもりだったのではないか。ならば確実に、鹿津宮が死んでいないことに気づいている。確実に何かアクションを起こしてくるだろう。

 部屋には使用していたPCを置きっぱなしだったが、集めた情報はほとんどスマホにに入力していたため、詳しい内容が漏れる心配がないのが唯一の幸いか。

 

 警察に通報しておくべきだったろうか。捜査に圧力をかけられる可能性等を考慮して110番は避けたが、今思うと心配しすぎだったかもしれない。

 

(っていうか俺、葬式が終わったらどこに帰ればいいんだ?)

 

 先行きの見えない不安が頭を占める。

 

「きょーじ」

 

 幼い声に名を呼ばれた。ベンチに座った鹿津宮の目線より、さらに低いところにあるつぶらな瞳。

 

「ああ、柑太(カンタ)か」

 

 鹿津宮は吸おうと思っていた2本目のタバコをしまう。

 

 柑太は、花梨の息子だ。今はたしか4歳になる。袖を通しているのは、おろしたてに見える黒のキッズフォーマル。サイズは合っているものの、年齢を考えれば背伸びをしている印象は拭えない。

 

 真横に立っているというのに、柑太はブンブンと手を左右に振った。

 

「こんにちは」

 

「ん、こんちは」

 

「ぼく、おっきくなったよ」

 

「本当だな。背が伸びた」

 

「きょーじもおっきくなった?」

 

「俺はもうならないよ」

 

 花梨が「杏次」と呼ぶので、息子の柑太も名前呼びになってしまった。鹿津宮からすれば、きちんと「叔父さん」と呼んで欲しい節があり、姉にもそう教育しろと言ったことがあったが、全く身についていない。

 

 柑太は鹿津宮の頭の上に手を伸ばし、身長を測るような仕草をする。

 

「ほんとだな」

 

 鹿津宮を真似た言い方をしたため、思わず吹き出してしまった。

 

「はは、そうだろ。そういえば、お父さんは?」

 

「おばーちゃんたちとお話ししてる」

 

 おばーちゃんたちとは、おそらく鹿津宮の両親のことだ。斎場入り口の方に目をやると、自分と同年代の男が両親にお辞儀をしている。あれが姉の旦那、柑太の父親だ。鹿津宮から見れば義兄にあたる。

 

 義兄はこちらを振り向いた。柑太に気づくと、駆け足でこちらに向かってくる。

 

「杏次さん、この度は、お悔やみ申し上げます」

 

「こちらこそです。(ケイ)さん」

 

 義兄の名前は、渓といった。鹿津宮はベンチから立ち、礼を返す。

 

 実川(サネカワ)渓。姉とは大学時代から親交があったそうだ。姉より1歳年下のため、杏次の1歳上だ。礼儀正しい性格であり、鹿津宮とも親戚で集った時くらいしか話す場面はなかったため、お互い他人行儀な敬語での会話になる。

 

「柑太、叔父さんとお話してたのか」

 

「お父さん、きょーじもぼくと同じ。おっきくなってる」

 

「だから、なってないってば」

 

 鹿津宮が訂正し、渓と一緒になって小さく笑う。なぜ笑われるのか理解していない柑太は首を傾げていた。

 

「お父さん」

 

「ん?」

 

「おじーちゃんとおばーちゃんのとこいってもいい?」

 

「うん。でも、ふたりとも今はあまり元気がないから、静かにね」

 

 柑太は大きく頷いて、とことこと駆けだしていく。

 

 何しに俺のとこにきたんだろうか。

 

 渓は「失礼します」と、鹿津宮の隣に座した。鹿津宮も再度腰掛け、「すいませんね」と頭を下げた。

 

「俺だけまったりしてて」

 

「杏次さんも朝から動いてて、今やっと休憩でしょう。それに、疲れた顔してますよ」

 

 鹿津宮の疲労は、葬式というよりも命を狙われている状況からくる精神的疲労だった。いえいえと適当に流す鹿津宮は、改めて渓の顔色を伺う。

 「疲れた顔をしている」と言われたが、「こっちのセリフだ」と返したくなった。身だしなみこそ整えているものの、かなりやつれているのがわかる。愛する妻を急に失ったのだから無理もない。記憶よりも痩せた体は喪服すら重そうに見える。寝不足なのか、目の下には隠しきれないくまがあり、きりっとしている目元も、目つきが悪いという印象に傾いてしまう。

 

「どうして」

 

 まるで吐息のように弱々しい声で渓は呟く。

 

「どうして妻が……急すぎる。急性心筋梗塞なんて……体に問題がある人じゃなかったのに……」

 

 やはり、姉の訃報を聞いた人間は死因に疑問を抱くものなのだ。だからこそ、姉を厄介に思う人物が、弟である自分に罪を着せようとしたことに納得がいく。他殺をでっち上げることで、死因は毒物だと確定する筋書きだったはずだ。

 

 ここまでの経緯を知る鹿津宮は、唐突に不幸のどん底に落とされた渓とは明らかに立場が違う。しかし、それを明かしてしまえば渓や柑太まで危険に晒されるため話すことなどできない。沈痛な面持ちで、頭を下げることしかできなかった。

 

「……柑太くんの方は、大丈夫ですか」

 

 おそるおそる聞くと、渓は悔しそうな表情になった。

 

「比較的、元気そうに見えるでしょう。……伝えられていないんです、母親が死んだことを。ただ、しばらく会えないとだけ」

 

「じゃあ、今日の式のことも」

 

「親戚が集まる日、くらいにしか捉えられていないと思います。でも、心のどこかではあの子もわかっているんじゃ」

 

 言い終えぬうちに、渓は口元に手をやった。「すみません」と続けた声が震えている。

 

 渓が泣く姿を見るのは初めてだった。彼が息子に対し、母が死んだと伝えられぬふがいなさを悔いて涙していた。悲しみに暮れ、それでも父親としての責務を果たそうとする姿からは、見ていられぬほど辛さを感じた。

 姉を嫌っていた鹿津宮には強烈な悲しみが押し寄せてこない。だが、心から姉を愛し、共に生きていた人間を通して感じる死は無頓着でいられなかった。感傷は針のように鋭く、胸の深くまで刺さった。

 

「仕方ないと思います」

 

 言葉だけは寄り添おうと、鹿津宮は言葉を紡いだ。

 

「あの子の歳で理解させるのは難しいし、辛いです。渓さんの判断は間違ってはいないんじゃないですか」

 

 渓は唇を凹ませ、「すみません」ともう一度言った。

 

 

 

 

 

 間もなくして、参列者がぽつぽつと現れ始めた。喪主の渓は段取りの確認に向かい、鹿津宮は他親族と共に挨拶と案内に回った。やはりというべきか、参列者は多い。式が始まる前から、既にハンカチを目元に当てている人もいた。慕われていたのだろう。自分が今死んだとして、今日の半数も集まらないだろうな、なんてことを考えた。

 

 全員ではないがある程度回り終えた頃、式場前にバンが止まる。弁当業者のステッカーが貼られていた。式後に、参列者に配るための弁当が届いたのだろう。葬儀の日程と時刻、そして形式の観点から、式の後の会食は行わない予定になっていた。その代わりとして、仕出し弁当を配布することになっていたのだ。手が空いていたため、杏次は弁当を運び、外で業者を見送った。

 

 ふと、斎場を振り返る。このあたりの斎場では比較的大きく、高さがある。比較的灰色を基調とした厳かな雰囲気の建物から、1本の煙突が長く伸びているのが見えた。火葬場と式場が併設されているためだ。

 

「意外だな。姉貴が宇宙葬を選ばないなんて」

 

 宇宙葬とは、人類の外惑星進出後に普及した葬儀の形式だ。死者の遺骨や遺体をカプセルに収め、ロケットに乗せて宇宙へ運ぶ。宇宙空間に辿りついたら、そこでカプセルを放つのが一般的な方法だ。昔は富裕層しか選択できない形式だったが、技術進歩と外惑星拠点の増加により、宇宙への渡航費が安価になったため今の日本では3割ほどが宇宙葬を選んでいる。

 

 鹿津宮は、姉は宇宙葬を選ぶと確信していた。理由は、中学時代に交わした姉との会話。

 

「杏次はさぁ、死んだら火葬と宇宙層、どっちがいい?」

 

 高校1年生だった姉はたまたま二人きりのリビングで問うた。苦手な姉からの脈絡もない問いに、鹿津宮は気怠さを覚える。

 

「何だよ、急に不吉な話振んな」

 

「いいじゃん、ちょっと気になっただけだって。ほら、人生何があるかわかんないし?」

 

「別にどっちでもいい」

 

「その心は?」

 

 あえてつっけんどんに返しているのに、こういう時の姉はしつこい。おそらく、きちんと理由を言わないとだらだらつきまとってくる。

 

「……死んだ後のことなんてわかんねえし、そもそも大した違いはねえだろ。日本じゃどっちみち火葬すんのは変わんねえ。そっから土に埋めるか宇宙にポイか、ってだけ。金かかんねえ方でいい」

 

「冷めてんねぇ中学生のくせに」

 

 面倒くさかった。リビングを出ようと思い、ドアを開けたとき「私は、絶対宇宙葬」と強い語調が聞こえた。

 

「なんかさ、ロマンじゃない?死んだ後も宇宙を旅できるなんて、最高だよね」

 

 花梨は上を見ていた。そこには天井と照明しかないのだが、彼女はたしかに(そら)を見ていたように思う。

 

「あ、だからさ杏次。私が死んだら葬儀は宇宙葬でってみんなに言ってよね!頼んだ!」

 

 無視をして部屋を出た気がする。そんな会話を先日思い出したのだ。

 

 宇宙葬は墓地の場所を取らないなどの現実的な観点から評価されていたが、花梨が言ったように、ロマン的な観点から好意的に捉える者も多かった。死後も宇宙を旅し、無限の空間を構成する物質の一つになる。例え肉体は死んでも、宇宙葬という形式は「不滅」「永久」というイメージを抱かせた。死を前向きに捉える弔いであり、姉もそれを願っていた。

 

 はずなのに、火葬後は地球の土に埋まる。葬儀形式を決めたのは、渓だった。

 

「結婚する時に話し合ったんです。これからの二人のこと、何かあったときのことを色々。そして、もしどっちかが急に死んでしまった時。花梨さんは火葬後、お墓に入りたいと言っていました」

 

 死後は地球に留まりたいという欲求が、宇宙への好奇心に勝ったのはなぜだろう。夫ができたからか。子が生まれたからか。墜落事故に際して花梨はイメルに出張していたが、基本的には地球で家族と暮らしていた。であれば姉は、地球に価値を見いだしたのだ。未知に溢れた広大な空ではなく、自分が選び作り出した居場所に骨を埋めたいと思った。

 

(そこまで大切だったのにな)

 

 式が終われば、姉はあの煙突から吐き出される。空を覆う暗い雲と同化し、骨は壺に詰められる。

 

 渓の表情が頭から離れない。おとなしめだが、笑顔が柔らかい人物という印象だっただった。

 今日、記憶の中の彼はいなかった。もしかしたら、一生戻らないのかもしれない。

 

――どこにも、いなくならないでね。

 

 姉が自分に対して送ったメッセージの最後は、この言葉だった。

 

「俺じゃねえだろ」

 

 苦々しい思いが口から溢れた。

 まもなく、式が始まる。

 

 

 

 

 

 式は予定通り進行した。僧侶が読経し、親族が弔辞を読む。式自体が終われば火葬して終了という流れは、昔から変わらない。鹿津宮も、短いが弔辞を読んだ。

 式終盤、焼香の順番が鹿津宮に回ってくる。立ち上がり、棺まで寄ると、花梨の顔を見ることができた。

 

 遺体の顔は、綺麗だった。死因そのものは心筋梗塞だったというから、外傷などはみられない。眠っているだけだと言われても信じるほどであり、もうこの口が声を発さないという事実が不思議だ。

 

――花梨もまた、君の意思を尊重できていなかったんだ。

 

 クイロはそう言った。この言葉で、自分たち姉弟の関係性は単純であると再認識させられた。

 

 だが対照的に、安生(アンジョウ)に対しては単純でいられなかった。彼女の言葉の裏を読み、思考を邪推したことで、彼女の背信に気づく。複雑な視座によって事実に到達することができた。

 どちらがいいというわけでもない。ただ、単純明快なコミュニケーションを取れる相手は限られるのではないかと思った。そして、鹿津宮の人生において、花梨はその一人だった。

 

 花梨が杏次より優れていた。その時点で、杏次にとってはどんなコミュニケーションも望ましいものではない。ただ、貴重な一人であることは確実だ。人生において数少ない存在は今、目の前で横たわり、冷たくなっている。

 

「杏次君」

 

 後に控えた親類が肩をつついた。

 

「気持ちは、わかるけれど」

 

 姉の遺体を前に、自失しているように見えたらしい。すみませんと頭を下げ、手早く焼香を済ませた。

 

 最後に、もう一度だけ姉の顔を見る。

 

 じゃあな。

 

 心の中で呟き、座席に戻る。後は参列者の焼香が終わるのを待つ、退屈な時間だ。知っているような知らないような間柄の人間が、沈痛な表情で列をなす。

 

 ぼうっと眺めていた。その気が一瞬で張り詰めたのは、ある男の顔を見つけたため。

 列の終盤にくっついた、ビジネスマン風の男。彼と鹿津宮は、言葉を交わしたことがあった。一度だけ、つい2日前だ。

 自宅アパートまで尋ねてきた、この人物は。

 

白銀(シロガネ)……」

 

 鹿津宮の部屋に、毒ガスを撒いたとおぼしき男だった。

 

 思考が正常に機能しない。考えようとしても恐怖と困惑が頭の中を引っかき回した。

 

 なぜ白銀が、自分を殺そうとした男がここにいる。式は家族葬で、職場内の関係者は親密だった者以外は断っている。白銀は鹿津宮の自宅アパートに訪れた際、姉の同僚を名乗った。個人的な友人を騙って参列したのだろうか。

 そもそもなぜここに、という問いには、一瞬で答えが出る。先日殺し損ねた男がいる席に参加した。と言うことは、仕事の完遂が目的だろう。ほぼ確実に、こちらに対し何か仕掛けてくる。

 

 心臓が早鐘を打つ中、葬儀が終了した。

 

 まだ、来ないのか。親族はこの後火葬に立ち会うが、一般の参列はここまでだ。精進落としを省略しているため、親族と一般参列者が触れあう機会は失われる。

 

――今日は仕掛けてこない?こちらの居場所を探っているだけ?

 

 安堵と緊張の狭間で針が揺れる。どちらに振り切れることもなく、ただ曖昧な状況。頭がどうにかなりそうだった。

 

 心中穏やかではない鹿津宮とは裏腹に、斎場の係員が、親族に向けて火葬場の案内を始めた。

 いよいよ姉が焼かれる。

 

 周囲を見渡すが、当然白銀はいない。今日は逃げ切れるのか。だが、こちら居場所をマークされているということがわかった。住所だって割れている。これからどこに帰り、どうやって仕事に行けばいい。どうやって生きていけば。

 

「最後のお別れです」

 

 係員が粛然と言った。棺は既に火葬炉前まで来ている。一度だけ姉の顔を見ることができたが、親族に合わせて棺の窓を覗いただけだった。別れの感傷など、浸っている余裕はない。

 

 気づけば、棺は火葬炉に入れられていた。金属で枠を取られた重厚な扉を見つめる。あの向こうで、ごうごうと火が燃えているのだ。

 姉も数千度で焼かれたら燃えるのか。現実逃避だろうか、そんなことを呆然と思った。

 

 そして、その疑問の答えは時を置かずして現れる。

 

「それでは、ご縁の深かった方から二組ずつ、壺にお骨をお納めください」

 

 別室に通され、係から説明を受けた。

 

 目の前の台に、大小の破片が灰に埋もれている。

 

 姉だった。花梨も焼かれれば、燃えて、灰になるのだ。奥の方から頭蓋と首、それからわかるのは骨盤と足か。辛うじて、体のパーツを見て取ることができた。

 

 これから全ての骨を骨壺に収め、葬儀は完了する。喪主である旦那の渓が、父親と親と渡し箸で骨を壺に入れる。これを、親族で何度か繰り返した。

 鹿津宮は落ち着かなかった。箸を持つ手が震えるのは、骨が重いせいではない。今この瞬間にも、白銀が収骨室に押し入って自分を殺しに来るのではないか。そんな予想が頭をもたげる。

 

 どうすればいい。逃げるには。生き残るには。

 

 もう無理なのか。諦めるしかないのか。現に姉は死んだ。なら姉より劣る自分が生きていけるはずがない。

 

 姉にはどんな作戦があったのか。最期の瞬間、何を思った。何に賭けた。

 

――勝算があるともと言っていた。

 

 息を飲む。クイロの言葉を思い出した。花梨は、身の危険を免れる何かを持っていたらしい。ペガッサ星人の言葉は、今目の前に見えているモノとリンクする。

 

 遺灰の中、骨に挟まれるようにして見える、銀色の丸い何か。錠剤のような、小さく丸いものだ。いや、溶けていないということは、強い耐熱性のある何か。

 

 あれか、と思った。火葬されれば親族しか獲得できない。であればあの丸いものは何かの入れ物、ケースか。あの中に『勝算』がある。

 一体なんだろう。武器?情報?花梨はあれを飲んだのだ。仮に勝算が実を結ばず、死ぬことになっても、情報を繋いだ杏次には届けようとした。

 

――いや。

 

 鹿津宮は迷った。現に姉が死んでいるということは、あの勝算が武器であれ情報であれ、実際身を結ばなかったのではないか。ならば白銀に目を付けられているこの状況も打開できない。

 

 だが、それでも欲しい。理屈を通り越してそう思った。

 何か遺した意味があるはずだ。あれを、手にしないと。

 

 どうする。今、この場で、自然に。

 骨が()けられれば、他の誰かがあの小型ケースに気づく。それではだめだ。獲得するのは鹿津宮でなくては。

 

 急げ。何でもいい。演じろ。自然に。演じろ。

 

「――()()()

 

 鹿津宮はよろよろと収骨台に歩み寄った。闇の中で壁を探るように、弱々しく両手を前に出す。親族がみな、驚いた様子で鹿津宮を見た。

 

「姉さん、姉さん……!」

 

 涙を流した。目の奥から、水分を押し出す。

 

「姉さん……!」

 

 灰の中に手を突っ込む。びりりと熱が手に伝わったが、その中に、たしかに鈍色のケースを握り込んだ。

 

「杏次さん」

 

 渓が歩み寄り、背をさする。鹿津宮は手に顔を埋め、肩を震わせてみせた。姉さん姉さんと、しきりに繰り返す。

 

 灰と、熱をもった金属のケースが、手の平を灼いていた。

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