拳銃は
その時、誰かに肩を叩かれる。
「しかと、見させてもらったよ、相棒」
声の方を向く。そこにはクイロが、擬態装置を切ったペガッサ星人の姿の彼が立っていた。
ふっと、足の裏の感覚が失せる。浮かんでいるとも沈んでいるともいえない不可思議な感覚が鹿津宮を襲った。ペガッサ星人の能力、ダークゾーンだと瞬時に理解する。
地面に降り立ったのは数秒後、誰もいない斎場の男性用トイレだった。先ほどの地点から、短い距離ではあるがワープしたことになる。
「さあ、逃げようか」
クイロも隣にいた。何事もなかったかのように、今度は背中を叩く。
「な、何考えてんだてめえ!」
信じられない。鹿津宮は凹凸のある白い肩につかみかかった。
「『ペガッサ星人が墜落事故を追っている』って情報は、奴らが掴んでなかった情報……最後の砦だったかもしれねえんだぞ!それをお前、正体現しやがって」
「落ち着け。とりあえず退避だ」
落ち着けるか、と食ってかかる前に、クイロは腕を引っ張って走る。
トイレを出て、静かな廊下を駆けた。
「見えるか」
しかし途中でクイロは立ち止まり、天井の隅を指さす。彼が示したのはおそらく防犯カメラだ。が、何かがおかしい。カメラが映像を録画してある方向に、小さな雲が立ちこめているのだ。雲の色は濃い黒で、これでは何も撮れていないだろう。
「ダークゾーンをカメラのレンズに映している。同胞に頼んだら動いてくれた」
「同胞って……」
「異星宥和政策で地球を訪れているペガッサ星人だ。何人もいる」
言って、また走り出す。
「当初は、組織Xに対して自衛をしながら事故の証拠を集めるつもりだった。だが……花梨に加えて君までも危害を加えられた。やられ放題の現状にはほとほと腹が立っていたんだ」
「何、言ってんだお前」
「端的に言おう。私たちはキレたんだよ。ブチギレだ」
穏やかな口調に憤りが潜む。
「館内と近辺のカメラは全てダークゾーンで抑えた。私たちが現れたことは記録に残らない。あの白銀という男達がいなくなれば、君への追跡は一度断絶する」
「じゃあつまり」
「彼らを殺す」
言い放つクイロは、前しか見ていなかった。
「皆殺しさ」
どういうつもりだと杏次は思う。奴らを迎撃する案は不確定要素が多いから避けたはずだろう。
そう諫めたかった。しかし、クイロの言葉により、体の奥底からこみ上げてくるものがある。
「……はは」
笑い。久方感じていなかった爽快感。清々しさ。
「いいじゃねえか!なァ、やっちまってくれよ!」
「心得たよ。だがまずは避難、もとい人払いだな」
クイロは立ち止まり、鹿津宮に先に行くように促す。
「場内に残っている君の親族を外へ逃がしてくれ。やつらはこの会場を占拠するかもしれない」
鹿津宮は頷いて走った。角を曲がった先は開けている。斎場のエントランスフロアだ。まだ親族はまばらに残っている。
鹿津宮は廊下の非常ボタンを押した。
ジリリリリリリ!
危機感をあおる音がけたたましく鳴り響く。
「おいみんな!」
通路からフロアに入ったところで声を張り上げる。非常ベルにあたふたとする親族達が、鹿津宮に注目した。
「詳細は省く、とりあえず逃げ――」
「ぐあっ!」
悲鳴が後ろから聞こえた。何かと思って振り向くと、何かに圧倒されたらしいクイロがすぐそばまで後ずさりしてきた。左腕を押さえており、負傷しているのがわかる。
「おい、どうしたんだ――」
「杏次、避けろ!」
必死の声。反射で、壁に背を付ける。反対側の壁で、クイロも同じようにしていた。
二人で通路の壁に張り付く。その間を、何かが目にも留まらぬ速度で通過した。
ガシャ。ガラスが大量に割れる音。
ゴシャ。重い何かが地面を打った音。
何かが、飛んでいった方向を見る。皆が、呆気に取られて同じ方向を見ていた。
斎場入口のガラス張りは、ギザギザの割れ目と無数の亀裂が生じている。それらに囲まれた、大きな大きな穴の先。駐車場に転がっているのは、自動販売機だった。
あれが、飛んでいた。目の前を通過し、ガラスをぶち破って外へ。よく見れば、自販機は斜めに切り裂かれている。何者かがあれを、鉄の塊を切り裂いて投げ飛ばしたのだ。
「ふぅぅぅぅ」
息づかいと共に、暗い廊下の奥から誰かが歩いていくる。
「随分焦らされたぜ。ジュランのガスなんてしけたモン使いやがって」
現れたのは、白銀の右手に控えていたガタイのいい男だった。ガタイがいいだけの男だったはずだ。
ならば何だ。男の左右の手から生える、長大な刀身は。
「こっちはずっと……ずっと地球人を、ぶち殺したかったっていうのによぉ!」
ぶうんと左右に腕を振るう。男の肌と服が、ぶつぶつと泡立ち始めた。やがて喪服も、肌も、泣き笑いに近い歪な表情もどろりと溶け、全く異なる姿を作り出した。
もともと高かった上背が、さらに3メートルほどにまで伸びた。銀一色の頭からは左右に突起が伸び、先端は丸く膨らんでいる。つり上がった目は赤く光り、鹿津宮達を捕捉していた。首から下は胸部の防具以外はつるりとしており、全て黒。唯一、左右の手にはふさふさとした毛が蓄えられ、そこから鋭い剣がしなやかに伸びる。
「初めまして、ツルク星人だ。あばよ、下等種族ども」
ひいあっ、と誰かが悲鳴を発する。それを引き金に、場内の誰もが背を向けて逃げ出した。外に出なくては。そう思って入り口へと駆け出すが、ツルク星人は数歩で彼らを追い越す。そしてまず、駐車場に止めた車を、全て真っ二つに切り裂き始めた。
「逃走手段は、潰さねえとなッッ!」
鹿津宮はなんとかツルク星人の動きを目で追う。現実味がない光景だった。ツルク星人が腕を振り下ろすと、車はまるで豆腐のように両断される。停まっていた車は手で数えられるほど。30秒も立たず、全てをがらくたにされた。
おののいた親族達はツルク星人から背を向けて逃げようとする。
「動くな」
しかし、響いた声により再び固まる。鹿津宮の背後から白銀、そしてもう一人の小柄な男がそれぞれ拳銃を構えて姿を現した。
「白銀ェ!ほんとにやっちまっていいんだな!?」
「不本意だがこうでもしないと貴様は収まらないだろう。終わった後は上手く処理する」
鹿津宮達を挟んでツルク星人と白銀が問答する。その間も、銃の照準は逸れない。
鹿津宮とクイロは大きく後退する。斎場内には武器を持った人間が2人、出口方向にはツルク星人。絶望的な状況に加え、鹿津宮たち以外は全く予期していない襲撃だ。誰もが恐怖と困惑の極地にあるろう。
この空気を破らなければ。クイロに視線を投げる。彼も小さく頷いた。
クイロが身を低くして駆ける。即座に白銀が銃を向けるが、その瞬間にクイロの体は黒い渦により消失する。次に現れたのは白銀の真横だ。白銀の顔面に向けて拳を突き出す。少なくとも、一般的な地球人のパンチより数段速いような気がした。
意外なのは、白銀がそれに反応したこと。すんでのところで身を反らせ、拳を回避した。やはり戦闘技術を持っている人間か。
クイロはさらに肉薄し、今度は銃を奪おうと腕を押さえ込む。白銀が抵抗した。
横にいた小柄の男が、クイロに銃を向ける。しかし男の背後から、またもや黒い渦が生じ、そこから別のペガッサ星人が現れた。
(これがクイロの言ってた、同胞か!)
ペガッサ星人は男の脇腹に蹴りを入れ、廊下の方向に飛ばす。が、小柄な男も倒れてすぐに起き上がった。おそらく、防御したのだろう。
「ひいっ!!」
悲鳴を聞いて振り向く。視界の奥にツルク星人。そしてじりじりと巨体に接近する二つの影。それは人間とは似ても似つかない、太い首、長い頭から伸びる突起。
あの二人もペガッサ、クイロの仲間だ。
二人のうち、片方がツルク星人に真っ直ぐ接近、もう片方はダークゾーンを駆使して姿を消す。直後、ツルク星人の背後、それも地面から2メートルほどの高さに出現した。打撃でも頭を狙える位置だ。
挟み撃ちの形になる。真っ直ぐ接近した方が跳び上がった。
ひう、という音と共に、ツルク星人が身を翻す。こちらに背を向けた彼のすぐそばに落ちたのは。
ペガッサ星人の足だった。
絶叫が轟く。背後から狙ったペガッサ星人の右足は、完全に切り離されていた。真っ直ぐ向かっていった方のペガッサ星人もまた倒れ伏している。その周りには赤い血が広がっていた。おそらく胸か、腹を切られている。
「っそだろ」
強く、速い。身を翻したのはわかったが、剣の軌道は全く見えなかった。
「ペガッサ星人か?なんでこいつらが」
ツルク星人は首を傾げたが、倒れたふたりは意に介さず、再度斎場の中に視線を向ける。
場内に残った人間は、ほとんどが状況を飲み込めていなかった。大半が突如現れた2種類の異星人に畏怖し、ただ震えていた。警察や地球在中のS4に連絡する者もいたが、すぐには来られないだろう。
――
見渡し、右手側に二人がいると気づいた。渓は柑太を抱き上げ、惨状を見せぬよう頭を抑えている。柑太もこれが非常事態であることはわかっているのだろう。ぎゅっと渓の喪服を掴んでいる。
それでも、泣かない。ただ震えているだけだった。
ツルク星人は、おそらく自分で投擲した自動販売機の残骸に剣を突き刺す。そしてそのまま、がりがりと引き摺り、場内へと戻ってきた。
「よく見ろよ、下等種族ども。降ってきたら……」
腕を振り上げる。自販機から剣がすっぽ抜け、真上へ飛んでいった。
「死ぬぞォ?」
自販機は斎場の高い天井すれすれまで至る。重さは100キロを下らないだろう。誰もが落下を恐れ、上を見上げた。その瞬間に、ツルク星人が駆ける。右手の剣を振り抜いた。向かった先は、鹿津宮の父だ。
「親父!!」
鹿津宮は気づいていた。自販機で注意を逸らそうとする目的。その間で人間を狩るのだろうと。
低い姿勢で、父の腰にタックルを仕掛ける。倒れる瞬間、風が頭の上を抜け去った気がした。
「うぐ……」
体の下に呻く父。大丈夫だ。生きてる。
だが、すぐに鉄の塊が別の場所に落ちてくる。
一体どこに。見上げると、自販機は天井すれすれまで到達していた。あの位置ならば、落ちてくるのは。
視線を下げる。そこにいたのは、柑太を抱えた渓だった。彼はツルク星人の方にも注意を払っていた。落下物に対応しきれていない。
名前を呼ぶ時間すら惜しい。立って、駆ける。
遅れたら鹿津宮自身も潰れて死ぬ。わかっていても、この足は動いた。
間に合うか。間に合え。
先ほどよりも不格好に渓を押し倒す。直後、背後でガシャン!と鳴った。自販機が落ちたのだろう。間一髪、二人とも無事だった。
渓は背中から倒れ込み、なんとか柑太が怪我しないように姿勢を変えてくれた。
「杏次、さん?」
倒れたまま渓が尋ねる。
「た、助かりまし」
「早く逃げてください!」
「でも、あなたは」
「逃げろよ!」
襟を掴み上げた。
「親だろ!!」
渓は一瞬はっとした表情を見せ、すぐに立ち上がる。柑太を抱きかかえ、脇目も振らず駆けていった。
「よかった」
安堵のあまり声が漏れる。背中に、「何がだ?」と低い声がかかった。
しゃがんだまま振り向き、ぎょっとする。頭から拳ひとつ分もない位置に、鋭い切っ先があった。剣は奥へ伸び、毛に覆われた手に収まる。ツルク星人は完璧に鹿津宮をロックオンしていた。目は、先ほどよりも濃い赤色になっている気がする。
「仕事の邪魔してくれるじゃねえか」
切っ先がほんの少し近づく。
仕事、とこのツルク星人は言った。ならば雇われか。先ほどの戦闘を見るに、姉のボディーガードだったゴドラ星人を殺したのもこいつだろうか。
「……仕事なら、こんなゆっくり話してていいのか?」
ツルク星人の奥に目をやると、親族達が出口に向けて走り出している。
「みんな逃げるぞ」
「逃げても殺すんだよ。親族のリストがある。どこに逃げたって八つ裂きだ」
「……お前、言葉上手いな」
「おしゃべりで時間稼ごうったって無駄だよ」
殺害の意思も計画も、もはや鹿津宮がどうこうできるものではなさそうだ。
(これまで姉貴と俺を狙ってたのに、今度は一族郎党皆殺しか?随分極端に方針転換したな)
鹿津宮は訝ったが、斎場で鹿津宮を射殺のであれば、どの道残った親族も殺すつもりだったか。この場で鹿津宮が死亡する。それも射殺という死因で。その状況が親族に最大の警戒と不信感を与えるのは確実だ。鹿津宮姉弟の死から下手に何かを推測されるくらいなら、親族十人弱を消してしまいたいはずだ。
また、このツルク星人の言動から察するに、人間に対する強烈な嗜虐性と殺戮衝動があるように思われる。白銀らにとって、雇った異星人の野性的な欲求を解消できるのは一石二鳥といえる。
「お前がさっき必死こいて二匹逃がしたのも無駄だ。あいつらもすぐ殺す」
その殺意が真っ先に向けられているのが、鹿津宮だった。
「……いや、無駄じゃねえ」
それでも、黙っていることはできない。
立ち上がる。切っ先はついてくるが、逃げようとは思わなかった。
「俺は無駄だと思わねえ」
「俺はあいつらにいなくなってほしくなかった。だから逃がした」
「結局俺が殺すんだから変わらねえ」
「それでもやるんだよ。あの子が1秒生きるために、俺は寿命を全部捧げてたっていい」
「本当に理解不能だな」
ツルク星人は心の底から面倒くさそうに首を回した。
「それが地球人の考え方か?」
「勝手にひとまとめにすんじゃねえよ」
そういう評価には飽きている。鹿津宮は、笑っていた。
「俺だ。他でもない俺が、ただ生きて欲しいって思ったから動いたんだよ」
誰かとの比較じゃない。一絡げにされる生態でもない。己の純粋な願いだと胸を張ることができた。幼い頃から評価して欲しかった揺るぎない自己を、最後に気持ちがいいほど貫けた。
「地球人は意味のわからない理屈をこねるから嫌いだ。切り刻みたくなる」
「細かいこと言うとそれも間違いだな。たまたま俺が屁理屈好きの地球人ってだけだ。お前、ハズレ引いてるよ」
「もう死ねよ」
苛立ちゆえか、ツルク星人は鹿津宮に突きつけた剣を大きく振り上げた。車すら切り裂く得物だ。人間が食らえばどうなるか、想像に難くない。
色々あったな。
鹿津宮が肩の力を抜いた。
ツルク星人の肩に力がこもる。その首元に何かが刺さった。
「……あ?」
足だ。人間の蹴りが、ツルク星人の側頭部にクリーンヒットしていた。ぐぎ、というしゃがれた悲鳴とともに、ツルク星人は横に倒れ込んだ。
蹴った人物が、鹿津宮の前に着地する。背を向けており、顔はわからない。誰だ。跳び蹴りをしたのか。奴の頭の高さは3メートル近いというのに。
クイロではない。視線を奥に向けると、白銀と一進一退の攻防を繰り返している。銃は落としたようで、今は近接戦闘に移行していた。もう一人のペガッサ星人は姿を消している。廊下の奥にもつれ込んだか。
「……何が皆殺しだよ。あいつら苦戦してんじゃねえか」
「驚かせてしまいました」
蹴りを入れた男が、すっと立ち上がった。背は鹿津宮よりもはるかに高い。かなりきれいな顔立ちをした、若い男だった。喪服姿だが、参列者にこんな奴はいなかった。
「大丈夫ですか――」
「後ろ!」
鹿津宮が叫ぶ。ツルク星人が起き上がり、腕を振りかぶっているのが見えたからだ。が、剣が振り下ろされる前に男は身をよじって後方に蹴りを繰り出す。腹一撃を受けたツルク星人は一瞬体を折り、大きく後ずさった。
ほぼノールックで、あそこまで綺麗に決まるとは。
「お前、誰だよ」
鹿津宮は尋ねる。しかし、その正体に予測がついていた。
180センチを越える長身。すらりとした体躯。端正な顔立ちと黒髪。
以前、八十川と安生との話の中で聞いた情報と同じ。彼らの友人と、合致するのだ。
もしや。
鹿津宮は思った。今目の前にいるのは、航行機墜落事故の謎の中心にいた人物、
「僕の名前は、ミクソメ」
「え?」
「ミクソメだ」
「……誰なんだよマジで」
目の前の彼には申し訳ないが、落胆の色を隠せなかった。
ミクソメはやや鼻白んで、「今名乗ったんだけどな」と頭を掻く。そのまま体の向きを変え、ツルク星人と対峙した。
先ほどの蹴りは効いたようだが、むしろ奴の怒りを増長させたらしい。荒い息と共に肩が上下し、両手の剣はいつ繰り出されてもおかしくない。
「わかりやすく自己紹介をするのであれば、そうだな」
ミクソメも構える。両手の平を緩く開いた、特徴的な構えだった。
「地球人に擬態する外星人……君たちの言い方では、『ダークバルタン』と呼ぶのが正しいのかな」
全然展開が進まないので、投稿から1時間後に次の話を投稿します。
少し時間をください。