「お前が……ダークバルタン、だと?」
突如現れ、ツルク星人を攻撃した謎の男は、地球人に擬態するダークバルタンだという。すなわち、同じ星人であるシルバーバルタンによって、航行機墜落事故の犯人に仕立て上げられている種族。鹿津宮
仮にミクソメの言葉が真実なのであれば、ツルク星人に攻撃を仕掛けた行動は理解できる。なぜならこのツルク星人、及び
と、推定されるからだ。
今もミクソメはツルク星人から目を離さない。独特の構えをしていることから、戦いを続けるつもりらしい。
「があぁ!!」
ツルク星人が距離を詰めた。左手の剣を真横から大きく薙ぎ払う。
「下がって」
鹿津宮に忠告し、ミクソメもまた一歩だけ踏み出す。腰を大きく落としてツルク星人の左手を回避。立ち上がると同時に、膝のバネを生かした肘鉄がツルク星人の脇腹に刺さった。
「ぐ――」
ツルク星人は小さく呻く。が、先ほどの蹴りよりも痛みはないらしい。体勢を崩すことなく、今度は右手を素早く振り抜く。しかし、ミクソメはすでに背後に回っていた。瞬きをしていたら一切視認できなかったであろう、素早い中段蹴りが決まる。中段蹴りといっても、体格差があるためヒットしたのはツルク星人の膝裏だ。しかし、ひるませるのには十分。がくりと膝を突いたツルク星人の頭に、拳が打ち込まれた。
「うわ、痛そう」
鹿津宮は離れた場所で顔をしかめる。パンチをもろに受けたツルク星人の方は言わずもがな。ミクソメの方も、あの硬そうな頭を殴れば拳はひどく痛むだろう。
ツルク星人は距離を取った。刀をゆっくりした動作で構え、睨みを効かせる。
対照的に、ミクソメは脱力していた。
「さあ、どうしようかな。透明化や分身を使ってもいいけど」
先ほど殴った右手をぷらぷらと振る。
「面倒だから、このままやろう」
ツルク星人が肉薄。二刀が風を切り、唸りを上げる。ツルク星人は剣による攻撃を当てるため、リーチを意識しているように見えた。長大な剣は、1メートル近くある。近づきすぎず、斬撃がより速度を増す間隔を維持したいだろう。
だが、ミクソメがそれを許さない。剣の速度をさらに凌ぐスピードで距離を縮め、打撃を繰り出す。足下を蹴り、ツルク星人の体勢が崩れたところで上体、脇腹のあたりに抜き手が滑り込む。「ぎあ」という悲鳴とともに倒れた頭に、ミクソメの拳が落ちる――。
刹那、彼は腕を引き、跳び退った。ツルク星人が縦に剣を回転させながら起き上がったためだ。あのまま殴っていたら、股から刃が入って真っ二つだったろう。
「がああ!」
ツルク星人は怒りを前面に出し、再度ミクソメに仕掛ける。避けられた苛立ちだけではないだろう。素人目から見ても、ツルク星人は劣勢だった。ミクソメの打撃が何度も決まっているのに対し、ツルク星人の剣は服にすら掠らない。
今もそうだ。先ほどと異なり、ミクソメは回避に専念している。その動きは未来が見えているのかと思うほど適確であり、、安心感すらあった。
しかし、先ほどまで攻撃を交えていたのに、どうして回避一辺倒になったのか。
「ぬぅああ!」
右手の剣が、首を切り飛ばす軌道で一閃。しかしミクソメは下をくぐり、背後を取る。
――チャンスだ。
鹿津宮はそう思った。が、ツルク星人は振り抜いた勢いそのままに体の向きを変える。腰を落とし、左右の剣を体の前で交差させた、初めて見る構えを取った。
(ミクソメの動きが読まれていた!?)
ツルク星人が床を蹴り、開いていた距離は消失する。剣を振るうと、二刀はハサミのように閉じられた。その間にあるミクソメの体を、確実に刈り取る斬撃。
まずい。あんなものを食らえば。
鹿津宮が息を飲んだときだった。ミクソメが、背中から倒れる。体は斬られていない。バランスを崩したわけでもなさそうだ。倒れたにしては、勢いがつきすぎている――。
ガキン、と硬いものがぶつかる音と共に、何かが宙に舞った。長さは50センチほどか。
くるくると回転しながら地面に落ちたそれは、ツルク星人の刃だった。
「俺の剣が、折れた、だ、と」
ミクソメを見やる。倒れた勢いを利用して、バク転で距離を取ったようだ。
「君の刀は、側面からの衝撃に弱いようだね。地球の刀と性質は似通っていて安心した」
ミクソメが淡々と語る。
おそらく、身を反転させる瞬間の足が、二刀の交点を正確に蹴り抜いたのだ。下の刀が上の刀を打ち、その衝撃で折れた。側面は衝撃に弱い、とはそういうことだろう。
ミクソメは刃を拾い上げる。黒いスーツを脱いだかと思うと、折れた刃と一緒に右腕に巻き付けて固定した。
「どうした?」
右腕を前に構えたミクソメが、戦闘の継続を誘う。ツルク星人は、もはや叫びに近い声を上げた。自慢の武器だったのだろう。簡単にへし折られたことに対する怒りが、がむしゃらな連撃を繰り出させる。それでも速さは失われておらず、鈍色の刃はミクソメの周囲でぎらりと煌めきを放つ。
が、やはり当たらない。避けるしかなかった時でさえ当たらなかったのだ。今は同種の武器をミクソメが得てしまった。右腕に固定した剣を左手で押さえ、押し寄せる斬撃をはじき返す。
ミクソメは、本当にダークバルタンなのかもしれない。
鹿津宮はそう考えた。ペガッサ星人の話では、ダークバルタンは戦闘能力に優れた種だそうだ。今、目の前で戦うミクソメは明らかに戦い慣れている。ツルク星人は幾度となく剣を振り、急所を狙うが、全てが受け流されて無為に終わる。体力を消耗する一方だ。これではもう、潮目が変わる可能性はゼロだろう。
「がッ……」
一度、両者がもつれ合った。悲鳴はツルク星人のもの。
何だ。何をした。ミクソメが影になって、鹿津宮からは見えない。
すると、ツルク星人がよたよたと後退した。
「あ……く、ぐ」
剣を携えた両の手が震えている。頭もわなわなと震え、下を向いていた。
鹿津宮は唾を飲む。ツルク星人が見つめる腹部には、ミクソメが奪取した刃が深々と突き刺さっていた。
「う……ぐああ……あ」
痛みも当然あるのだろう。だがそれ以上に、ツルク星人は気が触れたのかと思うほど混乱している。自分の腹に、自分の武器が刺さっている。自分よりも小柄な、地球人の姿をした相手に。いいようにやられた。手も足も出なかったという現実。
「がッッ、ああァあぁアあッッ!!」
おそらく、頼るものが剣以外に存在しなかったのだろう。他者を切り刻む愉悦は知っていても、他者に突き立てられる恐怖は知らなかった。だから今も、腹を刺されて尚振りかぶる。
そこに勝算は、ない。
ミクソメが、こちらを向く。その動きはとても俊敏で、鹿津宮は何をしたかわからなかった。その姿勢から、ツルク星人に対して回し蹴りをしたのだと理解する。当たったようには見えない。
見えないが――。
蹴りの爪先がツルク星人に刺さった刃に触れ、傷を押し広げ、横一文字に腹を裂いた。それを理解したのは、血と内臓がツルク星人から溢れだした後だった。
黒い巨体が、真後ろに倒れる。どちゃどちゃとこぼれ落ちる体の中身が、ミクソメの足下に溜まっていった。
鹿津宮は放心していた。戦っていた時間は長くない。ものの数分で、自分の命を奪おうとした異星人が死んでいた。ダークバルタンを名乗る、正体不明の男によって。
「敵は、まだいたよね」
ミクソメは振り向く。その先には、銃を構える白銀。そして。
「クイロ!」
銃を向けて言うのは、膝を突くクイロだった。立ち上がらない。体には傷が増えていた。
(大口叩いといて普通に劣勢じゃねえか!)
心配すると同時に罵声を飛ばしたくなったが、その思考はすぐに掻き消えた。
以前、クイロ自身「ペガッサ星人は荒事が得意ではない」と言っていたが、そうは言っても武器を持った地球人に後れを取るだろうか。ひ弱な印象は抱かなかったし、ダークゾーンの能力だってある。「皆殺しだ」と口にしたのは、おそらく地球人であれば対処出来る想定だったのだろう。
ならば想定外は、白銀たちの戦力。こいつらが、異常に強い。
さらに廊下の奥から人影が現れる。先ほど、もう一人のペガッサ星人と戦っていた小柄な男だ。白銀は彼に一瞥をくれる。
「
「足を撃って拘束しました。こちらでツルクが苦戦している様子でしたので、援護をと思ったのですが」
古江というらしい男は、ミクソメのそばの血だまりに目をやる。
「遅かったようですね。申し訳ありません」
「イレギュラーがいる。やるぞ」
白銀と古江が、そろって一歩踏み出した。各々が腕をまくり、はめられた黒い腕時計の盤面に触れた。
こいつらも異星人か、と思ったが、先ほどのツルク星人の変容とは様相が異なる。二人の周囲に、半透明の丸みを帯びた物体が浮かび上がる。それは胴と足、顔の前にも出現。半透明から白へ変容すると、やがて体に装着された。
顔面はつるりとしたドーム状のシールドで覆われ、頭にはフードがかかる。肩は丸く膨らむが、腕は細身の防具で覆われ、手首のあたりには赤い帯が巻き付いていた。足は膝のプロテクターと脛当て。黒で覆われた喪服から、白と灰色の中間、手首を除いて曇りガラスのような色合いの防具に覆われる。
(これは、まさか)
鹿津宮は一瞬にして様変わりした二人組に驚愕の目を向けた。
離れた場所から防具を転送し、戦場で身に纏う技術。聞いたことがある。たしか、怪獣討伐組織のS4が使用する、怪獣の能力を応用した装備。
「
向かって右、白銀が左腕を胸の前に出す。手首の赤い帯がふわりと揺れたかと思えば、そこから2本と真っ赤な帯が伸び始めた。
白銀が腕を伸ばすと、動きにあわせて帯はミクソメへ向かっていく。俊敏ながら、生物のように揺らめく様はおぞましく、まるで触手だ。あっという間にミクソメの右腕と左足に絡みついた。白銀が腕を曲げると、またそれに呼応して触手は縮む。
伸縮自在なのか。腕と足を取られたミクソメは背中から転倒し、しのまま二人のもとに引き摺られる。
今度は古江が動いた。まだ変化のない右腕を曲げ、力を込めるような仕草をする。すると、手首の赤い帯からぽたぽたと黄緑の液体が滴り始めた。古江は右腕を横凪ぎに振るう。すると、手首の縁からその液が溢れだした。黄緑色がざばっと空中に広がり、引き摺られるミクソメに降りかかる――。
だが、ミクソメは立ち、右手に駆けた。液体が床を濡らすと同時に、じゅう、という音が鳴る。
なぜ。足は触手が巻き付けられていたはず。見れば、ミクソメの手にはツルク星人を屠った刃が握られていた。いつの間にか拾っていたらしい。すぐさまそれで腕の拘束も切断し、自由になった。
じゅわ、じゅわという音が止まない。液体が降った床からだ。
何が起きてるんだ。鹿津宮が視線を下げた瞬間、再度化学薬品系の異臭が鼻孔をいたぶる。
「これ、やばいぞ」
距離は離れているが、恐れのあまり後ずさった。液体がかかった床は溶け出している。ただ溶けるならまだしも、降りかかった部分だけ抉れ、沈み込んでいた。
酸だ。それも通常は人の手に渡らない、恐ろしいほどの強酸。こんなものを、人間の姿をした者に向けて。
「……違う」
ミクソメがぽつりと呟いた。彼もまた、溶け出した床に視線を落としている。
「『円盤生物 シルバーブルーメ』のMAは、『捕食の檻』。対象者を中心に半径最大10メートル、泉のように溶解液を展開する。対星人戦ならこちらに有利なフィールドを作れるし、巨大怪獣相手でも一度発動すれば片足はほぼ奪える。触手を無数に操って敵を引き寄せることだって可能だ」
ミクソメは顔を上げた。
「こんな一発芸じみた能力じゃない」
白銀と古江は黙っている。返答は、追撃だった。今度は二人がかり、計4本の触手でミクソメを絡め取る。どうやら二人とも、触手と溶解液の両方を使えるらしい。これでは四肢を全て拘束されてしまう。刃を持っていても無駄だ。
それを理解したのか、完全に動きを止められる前にミクソメは刃を投げつけた。
「ぐあっ!」
白銀の顔面に当たり、上半身が反れた。やったか、と鹿津宮は握りこぶしを作ったが、白銀はすぐに姿勢を正す。顔面の防具にひびを作っただけで、刃は弾かれ宙を舞った。だが、触手は彼の思考とリンクしているのか、一瞬だけ拘束が緩む。
ミクソメは半分の触手を振りほどく。絡みつくのは、古江から伸びる触手だけ。古江は既に腕を引き込んでいたが、それより早くミクソメは床を蹴った。
何故前に出る――。
鹿津宮は理解ができなかった。どのみち触手に引っ張られるのだから、前に出る必要はない。だが、そのわずかに詰めた距離で、ミクソメは弾かれた刃を手にした。
一瞬で手足の触手を斬る。白銀も再度触手を伸ばすが遅い。肩からのタックルで白銀をよろめかせたところに、さらに右からの蹴りが炸裂。飛ばされた白銀に古江とぶち当たって玉突き事故を起こした。
ミクソメは、どうやらまず白銀に狙いを定めたらしい。右腕を取ったと同時に肩を押し込む。
べきり。骨が悲鳴上げた。
「うッッ……ぐ」
停まらない。今度は肘から、先ほどよりも大きな音が鳴った。
「あ゙あ゙あ゙!」
「付け焼き刃じゃ僕は殺せない」
防具を固めても関節は限界がある。怪獣の能力を有していても痛みがあれば動きは止まる。
鹿津宮はぞっとした。関節を数カ所ねじっただけで、人体とはここまでおかしくなってしまうのか。現に今、白銀の右腕は後ろ手に回され、かつ
その時、白銀の右手首にじわり黄緑色が滲んだ。拘束された側にとって、背後から引き離す方法は溶解液しかない。どば、とあふれ出す瞬間、ミクソメは離れた。
白銀の狙い通り。自前の装備だ。酸の耐性はあったのだろう。頭から液体が降りかかっても問題はない。
はずだった。
「ああああああああああああああああ!!!!」
こんな絶叫は、聞いたことがない。
投擲した刃によって生じたひびの隙間から溶解液が漏れ出し、白銀の頭を、顔を焼いている。
「ああああああああああああああああああああああッッ!!」
顔を押さえてのたうち回っている。だが、もう遅い。今脱装備を外せば、頭部の防具に付着した酸がかかる。拭う暇はない。拷問のようにじっくりと、酸が脳を焼いて楽になれるまで待つほかない。
ミクソメは恐慌状態の白銀に目もくれず、最後の一人に向かって歩みを進めた。
古江は腕を前に構えたが、一歩、二歩と後ずさる。同胞が地獄の苦しみを味わって死に向かっている。そして今の先頭を見て、ツルク星人を倒したのは目の前の男だと確信したのだろう。格差を見せつけられ、立ち向かうことなどできない。
ミクソメが容赦なく距離を潰す。古江もそれに反応し、右腕を繰り出した。もはや触手に頼る距離でもない。
だが単調な噴射は簡単に避けられた。左に回避したミクソメが後ろ回し蹴りを脇腹に突き刺す。ふらついたところで逆方向に足をかけ転ばせる。慌てて立ち立ち上がる古江に、今度は掌底。先ほどよりも派手に転げた。防具を装着しているため、おそらく生身までダメージは入っていない。だが、戦局は明らかだった。
子どもと大人が戦っても、ここまでの力量差になるだろうか。ミクソメの優位に、疑いの余地はない。
「あっ」
やがて、時間が来た。古江の防具が消失したのだ。制限時間のようなものがあるらしい。
「待て――」
言葉を接いだ口元に、拳がめり込む。その後は声を発する暇を与えられない。ミクソメの拳や足が古江の体を打ち据える。連打に次ぐ連打に倒れることも許されない。
それも1分ほどか。直立の状態すら保てなくなった古江が、前のめりに倒れる。倍以上に腫れた顔を迎えたのは、ミクソメの膝だった。勢いのある膝蹴りが頭を弾くと、ごき、という音が響く。後ろに倒れた後は、指一本動かさなかった。
白銀は斎場の隅で痙攣している。意識が残っているようにはみえず、ただ筋肉が反応を繰り返しているだけに見えた。
5分前まで悲鳴がこだました空間に、今は音一つない。