怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第8話 疑惑積もって

『殻島くん、遺体に外傷などはあるかね?』

 

 少し間を置いて羽村が聞いた。殻島は顔を上げて一通り見回したが、出血や外傷は見られない。ただ一点、黒く細長い針の様なものが2本首から伸びていた。遺体は項垂れており、ヘルムとスーツに挟まれて首元がはっきり見えない。が、おそらく長さ15センチほどのそれが首筋に突き刺さっているのだろう。素人目に見て、遺体から死因だと判断できるのはそれくらいだった。

 

「首に何かが刺さっています。棘……。いや、針のようなものが」

 

『そうか』

 

 グローブ越しとはいえ、触るのはやめておいた。急所である首を貫く黒い棘。それはまるで、暗殺道具のようにも思えて不気味だった。

 

「ぐ……!?」

 

 悼む気持ちが薄れたためか、殻島の鼻孔を強烈な臭気がいたぶる。男から発せられている死臭で間違いなかった。

 人間の遺体とは、ここまでの匂いを発するものなのか。

 

(……あれ?)

 

 しかし、殻島は違和感を感じる。今嗅いだ死臭と、洞窟を歩いている時に嗅いださっきの異臭。これらは、別個のものだとわかった。

 

(さっき歩いている時よりも死臭のほうが匂いがきついし、初めて嗅ぐ。さっきの匂いは……)

 

「殻島くん」

 

 思考が通話により切り替えられる。

 

「死体を晒しておくわけにもいかない。すまないが、彼を運んでくれないか。最初に転送した場所の近くまで行ってくれ。そうしたら位置情報を把握してこちらから戦線脱出(エスケープ)転送させよう」

 

「……わかりました」

 

 殻島は遺体のジャケットの内側に着けた胸部アーマーを外しその場に置くと、おんぶする形で立ち上がった。重いが運べなくはない。匂いもこの際仕方がないだろう。気がかりなのは小型怪獣の襲撃だが、ここに来るまでの道中であったのは交戦したグモンガ三匹のみ。

 

「運が良ければ何事もなく帰れ――」

 

 言いかけた時、背後で音がした。ゴツゴツ、ゴツゴツと、硬い洞窟の壁に何かを打ち付けるような音。間隔は短く不規則だ。

 

 音は徐々に大きくなる。

 

「まさか……」

 

 殻島は振り向く。洞窟の奥に光る鉱石はなかった。昼も夜も常闇のはずの空間。しかしそこに、光が点在する。色は紫、二対。それがいくつも。

 グモンガの眼光だ。大群がそこにいる。

 

 悲鳴を飲み込んで駆け出した。獲物が逃亡したとわかったのか、闇に紛れていたグモンガたちもその後を追いかけ始める。

 

「ヤバいヤバいヤバいッ!」

 

 視認できた目の数からして、グモンガは大量にいる。ハンドガンで到底太刀打ちできる数でないことは確かだ。殻島は脇目も振らず、洞窟の一本道を辿っていた。

 

 やがて、明かりは洞内の光る鉱石から星明かりへと変わった。洞窟を出たのだ。

 だが足音は止まなかった。数秒でも止まれば追いつかれる。その緊張感が、もつれる足を前へ繰り出していた。

 

「重い……!」

 

 男一人を背負っている状況が、危機的状況に拍車をかけていた。彼を負ぶさっていなければ、グモンガとの距離は離れただろう。

 

「作戦室!緊急脱出(エスケープ)、至急エスケープ転送お願いします!」

 

「まだできません」

 

 殻島は通話機能で懇願したが、返答はにべもない。

 

「何で!?」

 

「まだエスケープが可能になる地点まで来ていないからです。エスケープできる範囲に入ってから、5秒間その場で静止していただかないと座標情報を読み取れないので転送ができません」

 

 すなわち、ここから生きて帰るには、立ち止まってから背後のグモンガが追いつくまで5秒以上かかる程引き離さなくてはならない。大の男一人を背負っている状況で、それはあまりに苦しい要求に思えた。

 

 呼吸よりも足の疲労が深刻だった。一歩進むごとに、着実に足が重みを増していく。それを前に出す労力が呼吸を加速させる。負の連鎖だった。

 それでも、止まると死ぬという事実が頭を占めているため、決して速度は落とさない。むしろ、徐々に上がっていく。

 

 最初に転送された位置にだいぶ近づいた。一歩大きく跳び、着地して振り返る。グモンガの群れとは大きく間が空いていた。

 

「作戦室!」

 

「了解。エスケープ実行します」

 

 この距離なら追いつかれない殻島は思った。だが、静止した殻島は、グモンガから見れば逃げるのを諦めたようにみえる。今がチャンスとばかりに、グモンガの群れとの間隔が縮んでいく。

 

「速……!」

 

 息を飲む殻島に一匹が飛びかかってきた。ガス噴出口の奥にぎらりとした牙が覗き、殻島は思わず目を閉じる。おぶった姿勢そのまま、身体を強張らせた。

 

 衝撃が来ない。痛みがないことに安堵し、続いて音がなくなったことに気付いた。痛いほど瞑っていた目を開くと、そこにグモンガはいなくなっていた。草がない。岩も、星空もない。

 

「転送完了。お疲れ様でした」

 

 その声でS4基地に、夜蛍区に帰ってきたのだとわかった。

 

 

 

 

 

 ゲートの部屋を出ると、市長秘書の小松が待ち構えていた。遺体を引渡すよういわれたため、彼が持ってきたであろうストレッチャーに乗せる。

 ヘルメットをつけているため、最後までどんな人物なのかは伺えなかった。

 

「最初の作戦室に戻れ」

 

 小松から命じられ、従う。

 

「ご苦労だった」

 

 入室して早々、羽村は殻島の肩に手を置いて激励の言葉を贈った。

 

「行方知れずだった隊員を探し出すことができた。作戦は成功だよ、ありがとう」

 

 ニカッと笑う羽村に応じて、殻島も愛想笑いを浮かべる。

 

「あの――」

 

「ああ、遅くまで付き合わせてしまった悪かった。気をつけて帰ってくれ。特別賞与は口座の方に」

 

「いえ、結構です」

 

 殻島は羽村からの給与手当をきっぱりと断った。

 

「しかし」

 

「俺一人分の給与とは言え、支出に計上されると面倒でしょう。ありがたいお話ですが、遠慮させていただきます」

 

 特命任務に対する会計の調整を慮ったのは建前、本音は得体の知れない仕事の報償を受け取りたくなかったためだ。ここで受け取っては、殻島と羽村の後ろ暗い労働契約が判然としてしまう。拒否しておけば、彼との繋がりは薄くなるはずだ。

 

「そうか。では明日はゆっくり休みたまえ。祝日で連休だからな」

 

 理不尽な指令を下した本人だというのに、休めという言葉には頭を下げてしまった。身体に押し寄せる疲労は半端なものではない。動いたことももちろんだが、何より怪獣に命を狙われるという状況には著しく神経をすり減らした。自室であればそのまま倒れ込むほど疲れている。

 

「失礼します」

 

「うん。わかっているとは思うが、今日の事は他言無用で頼むよ」

 

 あえて返事をせずに部屋を出た。

 

 基地の廊下を歩く。足取りが重いのは、疲労だけではない。背中にはまだ、男の感触が残っている。覆い被さる感覚。だがその重みに体温はなかった。

 彼はどうやって死んだのか。怖かっただろうか。いくつだろうか。家族はいるのか。そんなことばかりが頭をよぎる。

 

――作戦は成功だよ。

 

 羽村の言葉が想起された。

 

「どこがだよ」

 

 殻島は拳を握りしめた。銃を構えたときよりも、はるかに強く握りしめていた。

 

 

――――――――――

 

 

 

 アラーム音で起こされない日々が4日続いている。5月の頭、祝日と週末が重なった連休も最終日になっていた。

 

 羽村の依頼をこなした日、疲れのあまり帰宅してすぐベッドに寝転がり、そのまま眠ってしまった。調査地での経験と任務に加担したことへの不安、そして目の当たりにした人の死は、日を隔ててもなかなか離れていかず、ひたすらに休みを無為に過ごす結果となっている。ハルから来た食事の誘いも具合が悪いと断ってしまった。

 

「こんなにショックを受けるヤツだったかね、俺は」

 

 天井に向けた声は、自分に振ってくる。

 

「……よくねえな」

 

 動かなくてはならない、と思っていた。疲労はとっくに取れている。頭がすっきりとしないのは、ダラダラと過ごしているためではないか。

 

 何かしようか迷った末、夜蛍市の街に出てみることにした。防衛局に就職してから休日はあまり意欲的に外出することはなかったが、一度見て回りたいと思っていたのだ。苦労した任務のリフレッシュとしては丁度いいだろう。

 

 すこぶる気分が上がるわけではないが、それでも部屋にこもっているよりはいくらかマシかもしれない。とにかく何か違うことを考えていたかった。

 スマホだけ持つと、殻島は自宅を出た。

 

 

 

 

 

 レラトーニには県内拠点地域を繋ぐために鉄道が敷設されている。殻島が住む市には当然『夜蛍(ヨルホタル)駅』があり、そこが活気の中心となっていた。特に目的地も定めていないため、ひとまず駅までバスを使って行った。

 

 駅までは40分近くかかった。距離が遠いのは、殻島が借りる公舎の立地と関係がある。公舎は防衛局に近い場所にあり、防衛局はS4基地に近い。外部からの侵略怪獣に対抗するため、基地は市の中でも端に位置する。したがって、中心部とは距離があるのだ。

 

 駅のロータリーに降り立った殻島はあたりを見回す。

 

「おぉー……」

 

 引っ越しの時に通ったきり、久々に夜蛍駅まできたが、やはりというか、感慨は大して湧かない。街並みも多少は栄えていたが、公舎の近くでも十分に生活できているためありがたみはない。

 

「むしろ、俺が住んでる市の隅の方までちゃんと店とかあることに感謝すべきかな」

 

 そうはいっても市の中心。人の往来は多く、駅前のビルのテナントは埋まっている。飲食店も多い。

 

 ぶらぶらしながら駅前から少し離れ、目に付いたラーメン店で朝食兼昼食を取った。見て回ったところ、特に物珍しいものはなく、流石に一都市として個性を主張できるほどの特別性はないのだと実感した。

 まあ外惑星の一区ならこんなものかと道中のパチンコ屋の広告を撮影して北戸に送信。また駅の方に戻る。

 

 途中の大きな交差点で赤信号につかまった。目の前を行き来する車は大抵が完全自動とは行かないまでも発達した自動アシストを搭載しており、運転席の人間は悠々とシートに背を預けている。その時、横断歩道の前を右折しようとする車が目に付いた。

 

 車体が長い黒塗りの車。一見して高級車だとわかる。目を引かれたのは、運転席に座る人物に見覚えがあったからだ。

 

「小松さん……?」

 

 夜蛍市長、羽村の秘書小松が前の席に座していた。ならば後部座席は羽村か、と視線を泳がせた。

 が、予想は外れ羽村ではなかった。無作法に伸びた前髪を真ん中で分けた男性。年齢は40代に見える。誰だろうか。小松が連れているということは羽村の知人、あるいは区の行政職員だろうか。

 

 渋滞もないため、車はすぐ殻島の前を通過する。小松も後ろの男も、殻島の存在には気付いていないように見えた。

 

「市長は反対側の座席にいたかな」

 

 黒い車のナンバーを目で追っていると、信号が青に切り替わった。

 そのまま駅前まで行き、帰ろうと思った時。

 

 数日前の記憶がフラッシュバックする。調査地に出撃した、あの日の出来事。

 

 乗ろうと思っていたバスを、気づけば見送っていた。殻島は翻って別のバスに乗車する。

 行き先の表示を見て、先の停留所に「市立図書館前」とあることを確認した。

 

 

――――――――――

 

 

「お、殻島じゃん」

 

 S4夜蛍基地の通路、そこに設置されたベンチに殻島はがっくりと腰掛けていた。休みが明けて数日、殻島はいつも通りの業務に戻っていた。そこでちょうどハルに声をかけられ、顔を上げた。

 

「おーお疲れハル。悪いな、休みの時行けなくて」

 

「いいわよ別に。具合は」

 

「もう回復した」

 

「ならいいけど。……あんま顔色よくないよ」

 

 ぎくりとした。意外と、というと失礼だが勘が鋭い。

 

「そうか?まあちょっと考え事してたから」

 

「今日の夕飯?」

 

「違う」

 

「明日の夕飯だ」

 

「違えって。どんだけ食い意地張ってると思わ、れ……」

 

 ハルの後ろに男と女が一人ずつついてきた。いずれも見知った顔だ。

 

 男の方はやや小柄で背丈がハルよりやや高いくらい。パーマを掛けた髪がふわりとしている。ハルと同隊に属する(セキ)だ。女も上背は大差ないが、顔が小さいためすらりとして見える。ロングヘアの黒髪が特徴的だ。彼女が年長でこの部隊の隊長、雪町(ユキマチ)という。

 

「殻島さん、お疲れ様です」

 

「そちらこそ、部隊の皆さんお揃いで」

 

 雪町は視線を殻島に向けると、丁寧な所作で会釈をした。3人でよく窓口に来るため、名前と顔を覚えてもらったのだ。

 

「殻さんどしたんすか、局じゃなくて基地(こっち)にいるの珍しい」

 

 自分のことを「殻さん」と呼ぶ関が尋ねると、殻島は頭を掻きながらに「お使いを色々頼まれたんです」と答えた。局の方でS4の備品を基地へ搬入する仕事があり、人手が足りていなかった。そこに偶然通りがかった帰りがけの殻島にヘルプを頼んだというわけだ。

 ハルはスマホの時間を確認して「時間外労働じゃん」と笑う。時計の針はすでに17時を大きく過ぎている。

 

「あんたそーゆーの断れないタイプでしょ」

 

「うるせ。てか、そっちは?この時間から出撃ってことはないだろ?」

 

 S4も任務時間は厳格に定められており、非常時を除いて16時30分以降の転送は行われない。

 

「アタイら明日の朝一で出る予定だから、武器選びだけ済ませとこうと思って」

 

 ハルの部隊は翌日に出撃予定だという。S4が管理する武器を使用するには、その選別と認証を済ませておく必要があるため、それを今日中にやっておきたかったようだ。

 

「作戦会議をやるから、もう行くね。また今度ご飯でも」

 

 ハルは手を振り、基地の奥へ向かう。

 不意に、以前の任務を思い出す。羽村に頼まれて、始めて踏んだ区外レラトーニの土。怪獣の存在。もう二度と味わいたくないそれらが、彼女らにとっては日常なのだ。

 

「気をつけてくださいね!」

 

 殻島の声を受けた3人は驚いた顔で振り向いていた。思ったよりも大きな声が出ていたらしい。その訳は、局員が窓口業務のマニュアルで言う言葉よりはるかに真剣だったから。

 少し場が静まりかえり、二の句に迷った。

 

「あーその……最近よく聞くんです。洞窟があるエリアで、蜘蛛の小型怪獣が活発になってるって」

 

 しどろもどろになりながら、自分の体験を伝聞したかのように伝えた。「はあ」と首を傾げながら言う関と雪町。だが、ハルだけ反応が違った。

 

「なーに言ってんのさ」

 

 殻島の言葉を笑い飛ばす。いつもと違う口調で急に気をつけろなどと言ったのがおかしかったのだろう。

 だが、次の言葉はひどく殻島を困惑させた。

 

「夜蛍区の調査地域に、洞窟なんてないよ」

 

 

 

 

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