「ふー……」
電子タバコの煙を吐き出した。恐怖に疲労、安心や疑惑など、おそらく人生で最も複雑な感情を乗せた紫煙は、虚空へと消えていく。
隣の椅子にはクイロがいる。彼もまた、疲れた様子で目を閉じていた。数カ所怪我を負っていたが、大事ないらしい。
クイロ以外、
「クイロ」
「……どうしたんだ」
「まあ色々言っときたいことはあんだけど、一つ。白銀と
「そうだな」
「仮にミクソメたちが来なかったとして、お前の皆殺し作戦を断行してた場合……ツルク星人の男は別にいい。あのヘンテコな防具を装備した白銀と古江に、ペガッサ星人の力で勝てたか?」
クイロは手の平を見つめ、閉じたり開いたりを繰り返す。
「…………戦いというのは、当事者同士の力量以外に、複数の要因が絡み合って決着に至る。その要因一つ一つはごく些細なものまで含まれるため、仮定の中で勝敗について明言するのは適切ではないと」
「誤魔化すな」
「正直勝てないと思う」
「お前本当マジで」
ため息が出そうになったが、姉の仇を討とうとしての必死の行動だったのだろう。その必死さに、鹿津宮もまた救われたのだ。
「……ありがとよ」
その時、扉が開いた。
「うお」
入ってきたのはミクソメ。そしてその背後に付き従ってきたのは、驚くべき事にバルタン星人だった。
「は、初めて見たぞ、バルタン星人」
「そうだろうね。もちろん、彼もダークバルタンだ」
シャープなシルエットと、両腕の膨らんだハサミ。二叉に別れた頭部の下で、目は炯々と光っている。姿形は約ふた月前、報道で見たバルタン星人と似通ってるが、目の前の個体は色が薄黒い。
入室したダークバルタンは声を発さない。ただ、テーブルの上で腕のハサミを開いた。その中から、ゴトッと何かが落ちる。
「うわっ!」
「これは……」
それは、ちぎられた人間の右手だった。血は枯れているようで、切断面からは赤黒い肉が覗いている。反面、肌は真っ白。肉体の一部であったことが信じられないほどだ。
それは最早、人体から切り離された部品だった。
「急になんだよ!っていうか、誰の腕だ。白銀?古江?」
「どちらでもない」
くぐもった合成音声が聞こえた。目の前のダークバルタンが、翻訳装置を使って喋っているのだとわかった。
「この建物の裏に隠れていた。おそらく、貴様らを襲った組織の一員だろう」
「もう一人いたのか」
「報告要員だと思われる。今回起きた事の顛末を伝える役目を担っていたのだろう。殺害したから、それは叶わないが」
翻訳機だからかもしれないが、ダークバルタンの声は意思や感情の類いを感じさせず、それだけに恐ろしい。ミクソメは既に慣れた様子で「ご苦労様」と声を掛けた。
「館内の監視カメラは、ペガッサ星人の能力でカバーしてくれたみたいだね。助かりったよ。これで僕たちの存在が漏れる可能性は――」
「ミクソメ」
ダークバルタンは言葉を遮り、千切れた腕を回収する。
「俺は行く。話はお前がしろ」
「ああ。じゃあ、また」
軽く手を振るミクソメを無視し、ダークバルタンは休憩室の隅へ向かう。そちらに扉はない、と言いかけて止める。不思議なことに、バルタンの体は一歩進むごとに透けていくのだ。やがて、身体を隔てても向こうの壁が見通せるようになり、ついにはゆらりと存在が消える。
宇宙忍者という異名は誇張ではないのだと理解させられた。
消失を見届けたミクソメは、対面の椅子に腰を下ろした。
「ペガッサ星人クイロと、鹿津宮
初めて会ったときも思ったが、微笑む顔は俳優にいてもおかしくないほど美麗だ。ルックスもバルタンの能力で自由自在なのだとしたら、全くもって羨ましい。
「それで、杏次さん。どうかな、他の人は」
「ああ」
鹿津宮は背もたれから離れ、テーブルの上に手を置いた。
「さっき、電話で伝えたよ。俺が無事だってこと、今斎場は安全が確保されてること、
怪獣が出現した場合を想定し、S4は緊急通報用の電話番号を用意されている。もっとも、地球における怪獣災害は激減している。実際に使われる機会はほぼないのだが、警察の110番と同じようなものだ。
「そうか、ありがとう」
「こっちのセリフだね。本当、助かったよ」
隣のクイロも、「恩に着る」と深く頭を下げた。
「我々では太刀打ちができなかった。協力感謝する。だが……」
クイロが視線を鹿津宮に流す。彼らの正体、現れた理由。クイロの頭には謎が次々浮かんでいるだろう。
鹿津宮は頷く。同じ思いだった。
「俺らはあんたたちに尋ねたいことが山ほどある。時間も惜しいから早速聞いていきたい。答えてくれよ」
「わかる範囲であれば」
と、ミクソメは親切な態度だ。
「ただ、時間はそこまで気にしなくてもいいと思うよ」
「どういう意味だ?」
「僕らは、君たちを引き込む気でいる」
「は?」
「敵じゃないよってことだけわかってほしい」
クイロと顔を見合わせる。真意は定かでないが、質問は許してくれるようだ。
「まず」とクイロが人差し指を立てる。
「君たちは今、地球に潜伏しているのか?」
「ああ、しているよ。ダークバルタンのうち、一部だけどね」
「一部?」
「ダークバルタンは現在、バルタン星人全体が生活を営む、母星と呼ぶべき星から離れ、宇宙を放浪している状況だ」
クイロが「なるほど」と顔の白いラインを撫でる。
「以前、アシルに身を置く前の私たちと似た状況か。母星を脱した理由は、やはり種族間の不和が?」
「その通り。シルバー達と居所を同じくしていては危険だと判断したから脱出を決めた。今は飛行円盤で放浪する者がほとんどで、アシルや地球、その他滞留可能な星に身を寄せている者がいる」
「そいつら、全部でどんくらい数がいるんだ。その他滞留可能な星って」
今度は鹿津宮が問うと、ミクソメは唸って腕を組んだ。
「申し訳ない。実は僕自身も、全てのダークバルタンの動向を把握しているわけじゃないんだ。でも、地球にいる数はかなり少ないよ」
少々肩すかしな回答だが、ミクソメにわからないと言われてしまえば仕方ない。地球にいるダークバルタンは少ないというのも納得できる。すでに敵対勢力のシルバーに目を付けられた星だ。あえて住もうとも思わないだろう。
「じゃあ、質問ふたつ目。どうして俺たちの前の現れた?」
「理由の一つは……弔いたかったから」
「何?」
「君たちを助けたのは、成り行きに近い。実際は、僕たちの種族を擁護していた女性が亡くなったと聞いて、せめて葬儀の場に出向きたいと思ったんだ。もっとも、赤の他人だから身なりだけ真似て外にいたんだけどね」
鹿津宮は一瞬息が止まった。
「姉貴が『ダークバルタン無罪説』を唱えていると、どこで知ったんだ……!?」
「アシルで聞いたんだ」
「ということは、私の同胞から知ったのか」
クイロもまた身を乗り出す。
アシルに住むペガッサ星人たちは、ダークバルタンの特徴や現在の状況を調べていた。アシルには様々な外星人が滞在している。星人のコミュニティから情報収集を行っており、その伝手でダークバルタン本人達もペガッサの動向を知った。
「姉貴のことを知っていたってことは、お前達はアシルのペガッサ星人に接触したんだろ」
「いや、接触したのはゴドラ星人*1の方さ」
「ゴドラ……姉貴のボディーガードを受け持った星人か」
「ゴドラはアシルで、ボディーガードや仲裁に関わる荒事を生業にしていた種族だ。彼らは、『ペガッサ星人の頼みで地球へ送った仲間が帰らなくなった』と言っていたよ。ゴドラにとってペガッサはいわばクライアントだからね。事の顛末は詳細に知っていた」
そこで、ダークバルタンは聞いたのだろう。ペガッサ星人の仲間が、異星宥和政策の審査で地球人の女に世話になったこと。そして、彼女がダークバルタンは無罪だと考えていることも。
「あ……ちょっと待て!」
鹿津宮が強く手を翳す。ミクソメは少し怯んだ。
「何も言っていないけど……」
「『僕たちの種族を擁護』ってさっき言ったよな。ってころは本当に……本当に、お前達ダークバルタンは、地球人が乗った宇宙航行機を墜落させていないんだな」
鹿津宮が手を下ろす。ミクソメの顔からは、先ほどまでの温かい笑みが失せている。黙って、こちらを見つめていた。
「その通りだよ」
だが、その表情のまま首肯する。
「僕たちは、墜落事故を引き起こした存在ではない」
ほっ、と息が漏れた。体から力が抜け、しかし同時に力んでしまう感覚もあった。
隣のクイロを見て、思わず吹き出しそうになる。
今この瞬間にも泣きそうな顔だ。
「申し訳なかった。そもそもそこが重要だったね。花梨さんの見立て通り、本当の犯人はシルバーバルタンであるというのもほぼ確実だよ。もっとも、あくまで僕らダーク側の主張だけどね。けれど、シルバーの勢力が、地球人にコンタクトを取るのは予想外だった」
「まあ、そうかもしれないね。元々はシルバー対ダークの種族間内紛だった。けれど、シルバーが地球に接触したことで、第三者である地球人がシルバー側の勢力として介入した形になるっている」
「だから僕たちには、地球人がダークバルタンに対して抱く不信感を払拭する必要がある」
ミクソメの顔つきが、一層神妙になる。
「葬儀に訪れた理由の2つ目がそれだね。ダークバルタン無実説を唱えていた花梨さんの弔いには、同様の考えをもった人間が集まるかもしれないと思ったんだ」
「お前達ダークバルタンにとって、地球人はそこまで警戒する相手なのか?戦闘能力が高い民族って聞いてるが、さっきの戦いを見た限り、地球人なんか一方的に蹂躙できるんじゃねえの」
「僕たちは個々の力こそあるけれど、どうしたって数が少ない。武力で劣っていたり、少数の勢力であったりしても、対抗する存在はない方がいいだろう?」
「今回ダークバルタン掃討作戦に駆り出されるのは、日本のS4って組織だけだ。しかも『特錬隊員』っていう一部のやつら限定だぞ」
「隊員の中でも精鋭揃いなんだろう?正直厄介だよ。流石に、特錬隊員だけで全滅に追い込まれることはないよ。ただ、S4の特錬隊員たちに勝利しても、今度は世界中の防衛組織がシルバーバルタン側に与すると思う。結果的に苦しい状況が続いちゃう」
そうか、と鹿津宮は得心がいった。
仮にS4のダークバルタン殲滅作戦が失敗に終わっても、次はアメリカや中国などの防衛組織がシルバーバルタンに擦り寄ってくるだろう。バルタン星人の技術力は強大だ。その後ろ盾はどの国家も欲しているに違いない。現に花梨が殺された理由は、「彼女の主張がその後ろ盾を得るのに不都合だから」と推測される。
「そして今日、葬儀に訪れて――」
ミクソメは薄く笑う。
「君たちに出会えた」
「なるほど。さっき言った、『私たち達を引き込む』って話のことですね」
「うん。君たちと協力して、ダークバルタンは無実という気運を生じさせたい。そうすれば、地球人による攻撃は回避できる。それだけでも大きな成果なんだ」
「計画はあるんですか」
「不透明だけど一応は」
「是非聞かせてほし……」
「待てクイロ、悪いがそれは二の次だ」
鹿津宮は強引に嘴を入れる。今、どうしても聞きたいことがあるのだ。
「お前達ダークバルタンの中で、地球人を保護してるという話は聞かないか」
「地球人?」
「そうだ。名前は、
その時、スマホが震えた。取り出し、画面を見る。
『杏次さん、大丈夫ですか?
そろそろ着きます』
義兄、
「一度、区切りかな」
ミクソメは席を立つ。
「僕も一度姿を消そう。クイロ、君は異星宥和政策でこの星に?」
「ああ。バーを営んでいる」
「そのバーって、いわゆる秘密の隠れ家的な使い方はできそう?」
クイロは鹿津宮と顔を見合わせる。
「ああ、問題ない」
「じゃあ、そこで落ち合おう」
ミクソメは住所を聞くと、安心した様子で部屋の隅へと歩み出す。先ほどのダークバルタンと同様に姿を消すのだろう。その背中に「待て」と鹿津宮は声を投げた。
「行くのか?」
「ああ」
「どうして、俺の親族に説明しない?『あなた達を救ったのはダークバルタンです』。お前がこう説明すれば、俺の親族連中はダーク無実説に傾くぞ。姉貴の考えも聞かせれば、より納得を得られる」
「けれど、それは危険だろう?」
何を当たり前のことを、様子で小首を傾げられた。
「ダーク無実説はすなわち、花梨さんと同じ思想だ。加えて同じ情報を持つって事は、君の親族皆が命を狙われるって事とイコールだろう。今日戦った白銀という男達で終わりじゃないと思う。鹿津宮家・実川家共に、危険を拡散させるなんて」
「そりゃそうだが……でも、そうするしかねえだろう」
拳に力が入る。
そうだ。ダークバルタンの疑いを晴らすには、潔白を周知する他ない。それが危険を伴うとしても、目的を果たすには不可欠な手順だ。それは、ミクソメが一番わかっているだろう。
「たしかに、そうだね」
ミクソメは陰りが差した表情になる。しかし、すぐにこちらに強い目線を投げた。
「でも、それとは別のアプローチをしたいんだ」
「何で」
「君が、それを望んでいないから」
はっと、眉を上げる。その動作で、自分がどれだけ眉間にしわを寄せていたかわかった。
――いなくならないでね。
自分の名を呼んでくれた存在がある。慮ってくれた人がいる。
鹿津宮は思っていたのだ。彼らに対して、全く同じように。いなくならないでくれと。
「それに、君を仲間に引き込みたいのは僕の考えだからね。交渉相手の要求は飲んだ方がいい」
「……甘いな、お前」
「褒め言葉として受け取るよ。じゃあ、また」
ミクソメは部屋の隅で立ち止まると、フッと一瞬にして消えた。
ほぼ同時に、鹿津宮の手で電話が鳴る。渓からだ。斎場に戻ってきたらしい。警察はまだ到着していないようで、鹿津宮は少し待ってほしいと言って電話を切った。
「また、ひどく不透明な事態になったな」
そう言うクイロの声は疲れていたが、どこか開放的な様子でもあった。
「とりあえず、君は行くだろう?私はダークゾーンでおいとましよう」
「ああ。……なあクイロ、一つ頼みがある」
「どうした?何でも言ってくれよ」
度量の深い返事に鹿津宮は安堵する。
「今すぐ、この場に呼べるペガッサ星人はいるか。お前じゃない方がいい。できればお前みたいに地球で営業活動をしていない……居住が目的のペガッサの仲間はいないか」
「今すぐだな。少し当たってみる」
「この場に呼んでくれ」
クイロはダークゾーン特有の黒い泉に吸い込まれる。一分もしないうちに、もう一人のペガッサ星人を伴ってきた。
「すぐにとは言ったが、早いな」
「ダークゾーンを介して多数の同胞とコミュニケーションを取れるんだ。それで、彼だが」
隣に立つペガッサ星人は、クイロより背が高い。顔の黒色は若干薄かった。
「ども、鹿津宮杏次さん。話は聞いてます」
「名前は?」
「ラブカっす」
声も若く、やや軽薄な印象を抱くが、握手をした手には強い力が伝わってきた。
クイロが謎めいた表情を浮かべる。
「しかし、どうして別のペガッサ星人を」
「ちょっと、最後に一芝居打ちたくてな。ラブカ、あんた……地球にいられなくなってもいいか」
ペガッサ星人の白い色の肩が上下に揺れた。
「それは、どういう」
「俺はもう行かなきゃならない。時間がないから、要件だけ言うぞ。まず――」
通路を抜けて、ホールへと戻る。ツルク星人が開けたガラス戸の大穴。打ち捨てられた自販機と溶解液で溶けて沈んだ床。並々ならぬ戦いを匂わせるホールに、親族数名が待機していた。誰も彼も身の置き場をなくし、血だまりの中心にあるツルク星人の死体からは距離を取って立ちすくんでいる。
「杏次さん」
一人、駆け寄ってくる人物がある。
渓だった。
鹿津宮編次回で終わります。
差し支えなければお楽しみください。