怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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前回のあらすじ

 鹿津宮に示された「ダークバルタン殲滅作戦の妨害・情報共有」に、浦菱と佐納は難色を示す。しかし、外星人の技術・対外姿勢を考慮すれば、シルバーバルタンの言いなりになっている状況も打破しなければならない。
 さらに、1世紀以上前に起きた大怪災「ピリカ大撤退」の惨劇を想起し、特錬隊員であればS4の作戦に歯止めをかけられるかもしれないという考えにいたる。
 特錬隊員になれるか否か。その試験の結果は4人が集ったまさにその日、それもあお3分で発表されるという。


第87話 世界を救おう

「あと、3分だと」

 

 肌がひりつくような緊張が部屋を支配した。浦菱(ウラビシ)佐納(サノウ)が挑戦した特錬試験の結果は、テレビCMほどの時間を待てば明らかになる。

 鹿津宮(カツミヤ)の口の端が上がっているが、無理に笑っているのが見え見えだ。

 

「重要な試験だろうに、案外早く結果が出るんだな」

 

「特錬試験は筆記試験と訓練適性で足切りした上で、実技討伐の内容が加味されるの。実技の内容はシミュレートで算出されて、その数値を今特錬に入ってる隊員と比較するだけ。全体の数がそこまで多くないから、二週間もあれば十分ってとこね」

 

 そんな話をしているうちに、発表の1分前になる。

 浦菱と佐納はMITTドライバーの起動した。ウィンドウを展開、メッセージの欄に触れた。

 

 強大な敵を待ち構えている気分になる。じっくりと待つ数十秒は、腹立たしいほどに引き延ばされて感じた。

 19時30分。表示が切り替わると同時に到来したメッセージを開く。

 

『浦菱 唯 様』

 

 震える指で画面をスクロールした。

 

『厳正なる審査の結果、貴方様は第68回特別錬成隊員選抜試験に 合格 いたしましたことをお知らせ致します』

 

 何度か瞬いて、そこに刻まれている文字に誤りがないことを確認する。

 

 合格。たしかにそう書かれていた。

 

――受かった。

 

「ふー……」

 

 静かに息を吐いた。渇いた喉に冷めた紅茶を流し込む。

 

 よかった、受かっていた。

 

 果たして自分は喜んでいるのかわからない。喜ばしいことに違いはないが、それまでの緊張があまりにも大きすぎて実感できなくなっている。

 

「……(カナデ)!」

 

 はっとして隣を向いた。佐納はどうだ、受かっているか。

 

「……大丈夫だよ」

 

 彼女は浦菱よりも静かに結果を受け止めていた。画面を操作して浦菱に見せる。そこには、自分と変わらぬ文言があった。

 

「私も受かってる。特錬隊員」

 

 佐納も合格だった。本来なら心から喜ぶべきことなのだろう。しかし、その結果を単純に受け止めるべきでないことは二人ともわかっていた。

 

 佐納はもともと、特錬試験を受けられる順位になかった。しかし、おそらくS4側に順位を操作され、試験を受けられる範囲まで繰り上がっている。目的は、実力に見合わない特錬試験に参加させて佐納の身を危険に晒すため。

 

 であれば、合格という結果も疑う必要がある。試験内の順位すらも操作し、試験を通過するようにした。特錬は、通常の隊員が達成できなかった高難度のミッションを担当させられる場面がある。難しい任務に挑戦し、命を落とすことを期待されているのではないか。

 

「奏……」

 

 佐納の顔に失意はない。だが喜びもなかった。

 

 佐納はウルトラマンに憧れていた。大昔地球に降り立った彼らの姿に感化され、その眩い光を追いかけていた。怪獣討伐において多大な功績を残してきた特錬隊員という立場は、光の巨人と重なる。佐納にとってはずっと目指していた座だったはずだ。

 

 合格を心から喜べるはずだった。

 

 浦菱は胸が張り裂けそうだった。今の佐納は喜べない。合格という結果は真に信用に足るのか、その保証がないから。保証がないために、純粋な喜びすら疑心に取って代わられるのだから。

 それがどれだけ辛いか。推し量ろうとしてもできなかった。

 

「…………(いと)わないこと」

 

 ぽつ、と佐納が溢した。

 

「自分にも、他人にも支配されないこと、左右されないこと。(ユイ)ちゃんはそう言ってくれたよね」

 

「え……」

 

「地球人の私として、佐納奏として戦うっていうのは、何も厭わないことだって」

 

「言った、けど」

 

「じゃあ、今もそうだね」

 

 佐納はゆっくりと瞬いた。瞳にかかる長いまつげは、濡れていない。

 

「合格した、この結果が正しいかどうかはわからない。もしかしたら、私が特錬隊員になって危険な目に遭うことを期待して、操作された結果かもしれない。そうだったら嫌だし、耐えがたいことだけど……だからって、手放したいとは思わないんだ」

 

 左手に巻いたMITTドライバーを優しくさすった。

 

「試験の結果が正当なものじゃなかったとしても……特錬隊員の地位が私にあるのなら、それを使ってできることを精一杯したいと思う。私が抱えてる不安や悔しさに支配されない。……不当に上げられた順位で特錬になるのは残念だよ。ずっと目指してた場所だもん。でも今は、そういう後ろ向きな気持ちを抱えて戦うことも、厭わない」

 

 言葉には、息を飲むほどの気迫があった。完成された武道の構えを思わせるほどに付け入る隙がない。佐納の思いは、浦菱の心配や配慮を寄せ付けなかった。

 

「……戦ってくれるの?」

 

「この前、そう話したでしょ。私も唯ちゃんを手伝うって。特錬になって湖田(コダ)さんと殻島(カラシマ)さんを探して……一緒に強くなろうって」

 

「本当に、奏は強いね。今この瞬間も」

 

「強くなれたのは、唯ちゃんがいたからだよ」

 

 佐納は目を細めて笑う。その姿が、眩しいほどに美しかった。

 彼女自身、不安で、辛くて仕方がないのだろう。それでも、進むと決めたその姿勢に任務遂行適性の順位など関係ない。この姿勢を、強さと呼ばずして何と呼ぶ。

 

 だからこそ、その気丈さが辛かった。気丈さに助けられている自分が、それでもまだ迷っている自分がふがいなかった。

 

「浦菱」

 

 鹿津宮が名を呼んだ。クイロも「大丈夫ですか」と優しく声を掛ける。

 

 浦菱は黙って、自分の手の平を見つめた。

 

「…………あんたたちの話を聞いた夜から、ずっと迷ってる。私がやるべきことはなんなのか」

 

「ま、そりゃ無理もないわな。選択を迫っといてなんだが、スパッと決められる話だとはとは思ってねえ」

 

「鹿津宮とクイロは、なんのために戦うの?」

 

 問うと、二人はそれぞれ違う方向を向いて考える。先に口を開いたのはクイロだ。

 

「花梨の遺志を貫くこと……いや、普及させることでしょうか」

 

「普及?」

 

「花梨はダークバルタンの無実を信じて戦いました。でもそれは、ひとえにダークを救うためのものではないような気がするんです。もっと大きな……地球人全体、いや、この宇宙に生きる生命にとって手本となる正しさを表明するような」

 

「その表明として、罪のない者に罪を着せるな、という主張になった。クイロはそう考えてるんだね」

 

「はい」

 

 頷いたクイロの表情は引き締まっていた。種族の垣根を越えて伝わるほどの、確固たる意思が瞳に宿る。

 

「肝心の主張もいまだ組み立てている最中ではありますがね。ただきっと、黙殺されていいものではない。だから、私はここにいる」

 

「ぷっ」

 

 横の鹿津宮が吹き出した。

 

「流石クイロだ。随分と姉貴を高く買うんだな」

 

「お言葉だが、君は誰よりも花梨を評価しているように思えるよ」

 

「ほざけ。なあ浦菱、俺のスタンスは最初から変わらねえよ。姉貴に勝ちたいだけだ」

 

 鹿津宮は握りこぶしを作り、睨むように見つめた。

 

「湖田永晴(ナガハル)が抱える秘密。正体と言ってもいい。これはおそらく姉貴も掴んでねえ。奴の正体に到達して、ようやくこの『延長戦』が終わるんだと思ってる。だからこそ、湖田の行方を追って逃亡生活続けてるわけだ」

 

「大変なことになってるわよね」

 

「他人事みてえに」

 

 ふっ、と思わず笑った。

 

「ありがとね、クイロ、鹿津宮」

 

「どうしたんです、改まって」

 

「8月にさ、モシリスで怪獣災害一歩手前の事案があったじゃない。そこで一体のバルタン星人が奇襲を仕掛けてきて、実際に隊員も亡くなってる」

 

「ああ、あったな」

 

「私たちの見立てでは、シルバーバルタンであると考えていますが」

 

「そこで殺された隊員は、私と同じ部隊だったの」

 

 鹿津宮とクイロが、愕然とした表情を見せた。

 

「奇襲を仕掛けたのがシルバーバルタンであったら、私はシルバーを糾弾したい。あんたらの計画に乗る理由になる。それでも……納得できない。野笠(ノガサ)隊長と篠山(シノヤマ)さんが、死んじゃったこと。そして」

 

「ダークに力添えをすること、もか」

 

 鹿津宮に真意を見透かされ、思わず彼の方を向いた。この男の言動は粗雑に見えるが、洞察力は鋭い。その鋭さは他人に対する思慮深さで構成されている。

 

「うん。元はと言えば、ダークとシルバーの、バルタン星人の内紛だった。私たちはそれに巻き込まれた……ただそれだけなのに、どうしてダークを助けてやんなきゃいけないんだって思う。それが地球を守るために必要だとしても、湖田先輩の手がかりになるとしても、腑に落ちない自分がいる。野笠さんと篠山さんは、どう思うかな」

 

 皆が真っ直ぐこちらを見つめる。視線が痛く感じた。

 

「……最低だよね。超利己的だ、私。わかってるのに。できるのは私たちだけだって。私がやるべきだって」

 

「ありがとうございます」

 

 深みのある低い声が通った。クイロの声だ。

 

「ありがとうって……何が」

 

「浦菱さんは、やらなければいけない、と思ってくださっているみたいなので、それが嬉しかったんです」

 

「そりゃ、そうでしょ。だから鹿津宮だって私を頼ったんじゃないの?」

 

「頼めるのはたしかにお前ら以外いねえよ。でも『お前ら以外他にいない』が、お前らにとってのやるべき理由にはなんねえだろ。だからありがとうってクイロは言ったんじゃねえのか」

 

 鹿津宮の言葉は正しい気もするし、間違っている気もする。こんがらがってきた浦菱を前に、鹿津宮は続けた。

 

「そもそも、やるべきことなんて人生においてほとんどない。たいていはやってもやんなくても、どっちでもいいんだ」

 

 後ろ手で体を支え、大きく体を傾けた。首をだらりと投げだし、天井を見上げる。

 

「別に、やんなくてもよかったんだよ、なあ。ダークバルタンを助けるための情報集めも、集めた情報の引き継ぎも。……出来が悪くて無愛想な弟と仲良くすることも。でも、姉貴は、全部やったな」

 

 花梨の話をする時、鹿津宮は言葉と言葉の間が少し増える。きっとそれが、演技も何も含まない、彼本来の話し方なのだろう。

 

「姉貴は色々考えていたと思う。ダーク無実説の可能性に気づいた後も、シルバーの言うことを聞いた方が地球にとって徳かもしれない、みたいな打算の思考は俺たちよりも深くあったはずだ。何より、死にたくなかったと思うよ。夫がいて、子どもがいて、人生まだまだこれからだったから。死ぬ間際に後悔もしたかもな」

 

「でも、花梨さんは調査をやめなかったんだね」

 

「だな。死ぬ時だけじゃなく、『後悔するだろうな』って予想もある程度してたと思うよ。なまじ賢いからな。危ない橋渡ってるって自覚もあったろうに、姉貴は歩き続けた」

 

 鹿津宮は姿勢を正し、目を伏せた。

 

「なんでそんなことって少し考えたんだが……きっと姉貴には、理由を越える何かがあったんだと思う。私がやんなきゃ、みてえな?強い気持ちに突き動かされて、まっすぐ駆け抜けた人生だった」

 

 やらなければいけない。やるべきだ。その衝動を胸に秘めた鹿津宮花梨の歩みは、誰にも止めることができなかった。彼女自身でさえも。

 

「その思いをなんていうのか、俺はよく知らねぇが」

 

 薄く開いた目が、浦菱を見た。

 

「いつか、わかる日がくればいいと思うよ」

 

 鹿津宮の声は大きくなかったが、恐ろしいほどの強さが込められていた。そして、同じだけの優しさもあった。この期に及んで彼はまだ、選択を私に委ねている。

 

――あいつは俺に、責任感があるって言ってくれたんだ。

 

 唐突に去来した記憶があった。殻島との会話だ。彼と野笠と篠山と、4人で食事をした帰り、湖田を探す理由について聞いた。そして同時に浦菱は尋ねた。「殻島にとって責任感とは何か」と。

 

――…………俺がやらなきゃいけない、と思ったことかな。

 

 しばし考えて、殻島はそう答えた。当時はあやふやに思えたその言葉も、実は芯を食っているのかもしれない。

 

 自分にはあるだろうか。それほどまでに強い「やるべき」が。鹿津宮がいつか理解したいと言った「何か」が。

 

 浦菱はまだ覚えている。高校時代に見た湖田の儚げな笑みを。殻島と交わした握手の力強さを。

 浦菱の中にまだ残っている。優しく肩を叩いた野笠の手の感触を。「唯」と名前を呼んだ篠山の明るい声を。

 

 人の死に納得はない。自分が下す選択に優先順位はない。正しさもない。あったとしても、今はわからないのだろう。

 

 右手が動いていた。手は見えない力に引っ張られるようにして、卓の上まで伸びる。

 

「……手」

 

「あ?手が何だよ」

 

「重ねよう」

 

「は?」

 

 鹿津宮は小馬鹿にするような目線を向けるが、隣の佐納はすぐさま手の乗せてくれた。「では、私も」と、クイロの黒く大きな手が被さる。

 皆が鹿津宮に向け、後はお前だけだぞという目線を向けた。

 

「……部活動かよ」

 

 鼻で笑う。しかしすぐに、クイロの上に右手を置いた。4人の手が今、卓の真ん中で一つになっている。

 

「で、どうすんだ?えいえいおーって感じでもねえだろ、各々で目標も違うし」

 

「じゃあ……みんなで、世界を救おう」

 

「また大きく出たな」

 

「そのままの意味じゃないよ。でも、それぞれが目指すもの、やるべきことのために戦うことで、きっと……それぞれの世界が救われるんじゃないかって。私は、そう思うんだ」

 

「ふふ。いいね、それ」

 

 佐納が笑って、重ねた手が少し揺れた。「なんだか力が湧いてくる響きです」とクイロ。「お前らがいいならいいよ」と鹿津宮。

 

 世界を救え。浦菱は頭の中でその命令を復唱した。手が熱をもつ。陽の光に手を翳した時の様なじんわりとした熱は、骨や血管を通って鼓動に結びつく。

 私は私の世界を救う。そのために、この心臓は動く。手を離した後も、熱は消えなかった。

 

「しかし要求しといて何だが……お前らどうやるつもりだ?」

 

 鹿津宮はちゃぶ台を指で小刻みに叩いた。

 

「どうやるって?」

 

「ダークバルタン殲滅作戦の妨害と情報収集だよ」

 

「あ~……」

 

 浦菱と佐納は揃って天を仰いだ。先ほど作戦を聞いたばかりだから当然浮かんではいないのだが、長考したところで簡単に弾き出せるものでもない気がする。

 

「正直無理難題よね。ダーク殲滅作戦に志願すれば、情報は入手できると思うけど」

 

「妨害という手段はできればとりたくないですね。策が浮かばない、というのもありますが、私たちが何か明確な違反行為をすればすぐに捕らえられてしまいます。そこから鹿津宮さんやペガッサ星人のコミュニティまで手が伸びる……というのが最悪のパターンなので」

 

「作戦に異議を唱えるにしても、それはアシルの人たちで準備中でしょ。前後が逆になっちゃう。私たちは2人しかいないし」

 

「特錬隊員の中で有力者に接触して説得する、とかどうかn」

 

「リスキーすぎるな」

 

 鹿津宮の判断は容赦がない。

 

「協力者の輪を広げたいのは山々だが、チクられたら終わる」

 

「けど、シルバーバルタンとの協調路線はいささか急すぎます。特錬隊員の中にも、そのことに違和感を感じている人がいるんじゃないかと思うんですけど」

 

「なるほど。明確に協力者を作らなくても不信感を訴えればワンチャンあるか。……いいや、そもそも特錬隊員って別に階級が高いわけじゃないんだったか」

 

 特錬とは、階級とは完全に別の区分である。『任務遂行適性』というものを基準に審査されるが、いわば個人の戦闘力のことだ。特錬隊員であることが階級の進退に影響することはほとんどない。受ける任務の種類・範囲は能力に見合ったものになるが、同年代・同階級よりも拡大した職権を獲得できるわけではないのだ。

 

「となるとやっぱり妨害はきついのか……?」

 

「戦闘力が高い特錬隊員、兼、作戦指揮を担う高位のS4所属者という人もいなくはない、ですけど」

 

「本当に一握りになってしまいますね」

 

 鹿津宮、佐納、クイロの語気は地を這うようになる。しかし、浦菱の頭には天啓に近い閃きが訪れていた。

 

「シュウキョウだ……」

 

「え?」

 

「奏!シュウキョウ!シュウキョウ入ればいけるかも!」

 

 思い出した。特錬のみに付与される制度「シュウキョウ」のことを。

 




いつもありがとうございます。
残り3話くらいで3章を終わりにしたいです。

夏の浦菱と佐納

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