怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

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第90話 追憶

「いやぁ~もう何より、本日の会議で衝撃だったのはですねえ!」

 

 個室で区切られた居酒屋のテーブルで、大古円香(オオフルマドカ)は声を上げた。女優を兼業している彼女らしいよく響く声であり、アルコールによる影響かボリュームも制御できていない。周囲のがやがやとした喧噪にかき消され、有名人である彼女の存在がバレていないのは幸いだった。

 

 声量を抑えてください、と言おうとしたが彼女は聞かないだろう。対面の暮時(クレトキ)は諦めて小さな刺身を口に入れる。

 

 今日の日中、『あさひ95』内の会議室では、特錬トップ層隊員が参加する会議が行われた。円香と暮時は会議終了後に、同じくさひ95内部の居酒屋に集まった形になる。

 あさひは、日本が進出した外惑星間の流通・移送・防衛を管制する巨大人工衛星だ。もはや大規模なコロニーといっても差し支えない。内部にはそこで働く者や宿泊する者のための施設が一通り揃っており、飲食店もまた然り。その中のある居酒屋で円香は熱弁を振るっていた。

 

「新人特錬隊員の中になんと2名!暮時の集中教練を希望する隊員がいたということですよ!やばくないですか進堂さん!」

 

「それは、たしかにやばい」

 

 そしてもう一人。暮時の対面、大古の隣に座す30代後半の男が、円香のテンションを汲みつつ穏やかに反応する。

 進堂早太郎(シンドウハヤタロウ)。暮時よりも1順位上、現在のS4隊員中で最も強いとされている男だ。豪快に笑うと、眼鏡の奥で目が細くなった。

 

「こんな言い方はあれだけど、物好きがいるもんだね。暮時の集教がキツいって噂は流れて久しいだろうにびっくりだ」

 

「今日の会議で報告があったじゃないですか」

 

「いやぁ寝ていた。リモートだと眠くなってダメだ」

 

「そもそも『あさひ』の中にいたなら対面で参加してください」

 

 進堂は昨日からあさひの中にいたというのに、対面参加をすっぽかしてリモートでの参加だった。他の惑星で任務に当たっている者もいるためリモートの参加も珍しくはないが、現地にいたのであれば対面で出席するのが常識だ。

 彼は一言でいえばこういう人間だった。落ち着いた物腰の中にどこか浮薄な気風が漂っていて、話していると自然に肩の力が抜ける。この性格が任務にどう影響しているのかはわからない。が、プライベートで話している時の雰囲気が暮時はそこまで嫌いではなかった。

 

 苦笑して、暮時は手元のウーロン茶のグラスを傾ける。まずくはないが、大量に入れられた氷により味が薄まっている。安い店の安い飲み物だ。進堂や円香ならもっと上等な店にも行ける気がするが、本人たち曰くこういう雑多な雰囲気が好きらしい。

 

「暮時、今日は飲まないのか?」

 

「ええ。万が一、怪獣討伐の召集がかかると困りますから」

 

「真面目だねえ。頭が上がらないわよホントに!」

 

 テーブルを挟んだ大古が手を伸ばし、肩をバシッと叩く。痛い。

 

「こんなにデキた隊員が2位で1位の奴がこんなフワフワしたおっさんとか……暮時大丈夫!?不満とかため込んでない!?」

 

「いえ、特に。順位はあまり気にしていませんから」

 

 嘘ではない。暮時は任務遂行適性の順位に無頓着な方だった。S4のしての職務を可能な限り果たそうと努力した結果、気づいたら今の立ち位置にいる。

 

「現状の順位でしばらく変動していないので、これが正しい評価なんじゃないでしょうか」

 

「なんて心意気のいい男なの……。その男気、もっと見たい!ハイボールメガジョッキで注文しとくね!」

 

「飲まないです」

 

 やりとりを聞いていた進堂が「かかかっ」と笑った。 

 

「たしかに、お前の勤勉さと戦闘能力は頼りにしてるよ」

 

「戦闘能力に関しては進堂さんの方が上になりますが」

 

「順位はそこまであてにならない」

 

 首位を奪っておきながら、進堂は上機嫌に語る。

 

「体裁こそ純粋な戦闘力を基準にした指標に見えるが、特錬の順位は案外機能的なんだよ。現に、長年にわたって特錬隊員でいてもらうために、若い隊員ほど討伐点が加算される仕組みになってる」

 

「それなら俺は進堂さんより若いので、制度の恩恵を受ける側です。どのみち貴方の方が実力が上になりますよ」

 

「俺は過去の栄光に縋ってるだけ」

 

「能力の審査は期間が決まっていますよね?たとえ過去に大きな功績を上げても、順位に影響するのはその期間だけでは」

 

「……そうだった。そういう仕組みだ」

 

 進堂の頬に頬に差していたアルコールの朱が、一瞬消えた気がした。尋ねようとしたが、円香が「そんじゃさ」とフライドポテトを口に放り込んで言う。

 

「なんで私みたいに兼業が許されてんだろうね」

 

 彼女は彼女で、また自分の立場を問うようなことを聞く。円香は女優業を兼任しており、テレビCMやドラマで顔を見かけることもある。もっとも本業はS4なので頻繁に出演するわけではないが、今日も入店時は帽子とサングラスにマスクまで付けていた。そうしなければ他の客にバレるくらいには知名度がある。

 

「そりゃ収入は大してもらえないけどさ、そもそも公務員というか、S4隊員の制度に馴染まないじゃん」

 

「S4全体にとって利益があるからでは?」

 

 暮時は、以前8位の武蔵川と話した内容を思い出していた。彼女は隊員としての本職の傍ら、生態・習性に関する知識を下に怪獣を生きたまま利用する研究を行っている。S4隊員と研究者という両方の立場を兼ねることで、調査後のより迅速で精密な研究が可能になる。

 

「大古さんの俳優業も、組織のイメージアップに貢献してると思いますし」

 

「的を射てるが、暮時のいうそれは『価値』の話だろう」

 

 進堂が髭の生えた顎を指先で弄っている。

 

「『効果』といってもいい。特錬隊員の取り組みによって生まれる産物だな。どうして特錬隊員が目立つ立ち位置に置かれているのか、俺なりの考えとは異なる」

 

「では、進堂さんはどう考えているんですか」

 

「言うなれば、憧れ」

 

 進堂は氷の入ったグラスをちびりと舐めた。既に度数の高い酒に移行しているらしい。

 

「特錬隊員はその制度ができた時から、他の隊員の注目を浴びる存在だった。その余波で、今じゃ一般市民からも注目の的。まるで金メダルを獲ったオリンピック選手みたいにな。これは順位の仕組みとは逆で、自然とそうなっていったんだ。どうしてこうなったか、俺なりに考えてみたんだが――」

 

 グラスの氷を揺らしてから、暮時と円香を交互に見る。

 

「人間は怪獣を倒す存在に憧れる」

 

「なるほど」

 

「人は『怪獣を討伐できる人』に大きな価値を見いだす。無意識のうちに、ウルトラマンの姿を重ねてるんだ」

 

 進堂は大昔に現れた光の英雄の名前を口にする。

 

「もちろん今生きてる人間に、ウルトラマンを直で見た人はいない。それでも記録には、歴史には残ってる。現代人はそれを追憶し、この世界に求める。その先にあるのが特錬隊員だ。つまり成り行きとはいえウルトラマンの後釜に座った特錬には責任がある。色々な形で、『英雄であること』の責任が」

 

 暮時は静かに話を聞いていた。率直に興味深い話だと思ったからだ。特錬には制度上企図された存在意義と、人々から期待される形で生まれた存在意義の両方がある。責任について自分で考えたことこそあったが、その詳細な中身について進堂の意見を聞いたのは初めてだった。武蔵川といい、他の隊員から話を聞くのは勉強になる。

 

「この唐揚げ、真ん中冷たくない?」

 

 が、円香にとってはそうでもなかったらしい。

 

「俺のトーク全無視とは恐れ入るね」

 

「素面の状態で聞かせたら恥っずいこといっぱい喋ってたんで、途中から聞いてなかったです。感謝してください」

 

「いい性格してるよ」

 

「……正直、いつもの進堂さんらしからぬ言い回しは多々ありました」

 

「裏切るな暮時」

 

 はははっ、と今度は円香が体を反らせる。

 

「ま、他人が望むってんなら私は乗っからせてもらいますよ。何かを演じるのは嫌いじゃないし、この仕事で出会えた縁があるから」

 

「前話してた彼氏か?」

 

 円香は答える代わりにスマホを操作してふたりに見せる。画面には彼女とツーショットで並ぶ眼鏡の男性がいた。旅先で誰かにとってもらったのだろうか。眩い笑顔を見せる円香の隣で少し緊張した風で、しかし爽やかな笑顔で映っている。出演したロケ番組で現地入りしたADと打ち解け交際に発展したらしい。以前集まった際に円香から聞いていた。

 

「ふたりで色々なとこ行ったんですよ~。仙台とか博多。外惑星だとワッカがめちゃくちゃ楽しかったなぁ。まあ仕事の付き添いってのもあったけど」

 

 わかりやすく頬を緩める円香は幸せそうに見える。しかし、何枚から見せられる旅先の写真は、去年の夏が一番新しそうだった。

 

――破局?

 

 哀しい二文字が頭に浮かんだが、それを率直に尋ねてしまうほど配慮が苦手な暮時ではない。頷いてウーロン茶のグラスを空にした。

 

「この写真どれも結構前のだな。もしかして別れ――」

 

「進堂さん新しく何か頼みませんか?」

 

「お、じゃあもう一杯いくかな」

 

 危ないところだった。

 

「暮時は次もノンアルでいいか」

 

「はい、緑茶にします。空気にそぐわなくてすみません」

 

「一人くらいキチッとした奴がいないとな。ほれ、頼んどいた」

 

 注文用の端末がテーブルの脇に置かれた。

 

「あたしはもっと肩の力抜いて欲しいけどねえ。さあ、果たして今度暮時の集教に入ってくる隊員は何週間保つか」

 

「くくっ。集教っていえば、前暮時のとこに入った女の隊員、あれ……」

 

 進堂が笑い含みでこちらを伺う。このふたりに話した、ちょっとした出来事があったのだ。

 

「前話したじゃないですか」

 

「もっかい聞きたい、お前の口から」

 

「…………1年前ですかね。集教で来てくれた女性隊員で、基礎体力強化のために長距離を併走してたんです。その人が途中で転んでしまって、足を捻ったと言っていました」

 

「そんで」

 

「慌てて駆け寄って、靴を脱がせて足を触れたら」

 

「ふんふん」

 

「セクハラだと労務局に駆け込まれました」

 

「んっ」

 

「ぶふっ」

 

 進堂と円香がそろって俯いた。初めて話した内容でもないのに、ここまで愉快な反応が揃うものか。

 

「笑い事じゃないんですよ」

 

「いや……すまん笑う、くくっ……。しかもその後もお叱り受けたんだったか」

 

「教育局の中谷(ナカタニ)さんが直々にいらして、1時間半にわたってお話を」

 

「容赦ねえー!」 

 

 円香はジョッキを持ち上げたが、まだ笑いが収まらず口まで運べていない。

 

「ついてないねぇ」

 

「……いえ。今にして思えば、相手が女性であるということを念頭に置いて処置をすべきだったと思います。中央の人から長時間その件を突っ込まれたのは堪えましたが、あの女性隊員に怖い思いをさせてしまったのは事実ですし」

 

「だからもっと肩の力抜きなさいって。真面目か!」

 

 笑い混じりに再び肩をはたかれた。痛い。

 

「ここは真面目にいきますよ。次の集教で入ってくる隊員も、2人そろって女性なんです。適切な距離感を考えないと」

 

「……なんか暮時、アレね」

 

「大変なんだな」

 

「……ふふっ」

 

「お、笑った」

 

「笑いますよ俺だって。手の平返して急に労らないでください。ははは」

 

 ふうと息をつき、氷が大量に入った緑茶のグラスを煽る。

 

 新たに自分の集教に入る隊員2名。正直、興味があった。彼女ら個人に関することよりも、その目的と動機について。

 なぜ、俺の集教を選んだのだろう。

 

 

――――――――――

――――――――

――――――

――――

――

 

 

 階段を駆け上がる。見覚えのある階段だ。反対から降りてくる人は皆、セーラー服か学ランを着ている。通っていた高校の景色だ。

 浦菱(ウラビシ)は足を止めず、生徒達を横切る。流石に疲労が溜まるが、足取りは軽い。

 あの人と会うのは、大抵屋上だった。踊り場で翻り、スカートの裾を押さえて1段飛ばしで上る。

 

 開いた先には、多くの生徒がいた。浦菱の高校は屋上が開放されていて、生徒の溜まり場になっている。その中で唯一こちらに目を向ける男子生徒がいた。彼の柔らかな表情を見ると、森の中で日だまりを見つけたような気持ちになる。明るくて、あたたかい。

 

湖田(コダ)先輩!」

 

 控えめな駆け足で向かう。

 

「どうも、(ユイ)。息切れてるけど大丈夫?」

 

「こ、これくらい、何とも、ないです」

 

「ははっ、それは何より」

 

 すらりとした長身をかがめて、湖田永晴(ナガハル)は笑った。

 

 初めてあった日、浦菱は胸に抱えていたものを湖田に吐露した。姉がS4になること、周囲がそれを褒めそやすこと、その現状と自信の内面の乖離等々、誰にも言えなかった悩みを打ち明けたことがきっかけで、度々こうして話すようになっていた。以前のように悩みを話すこともあれば、単に駄弁(だべ)って時間を過ごすこともある。何気ないその時間が浦菱にとっては何よりも楽しみだった。あれを話そうこれを話そうと授業中も思考を巡らせているのに、いざ湖田と会うと緊張と高揚で7割方は忘れてしまう。そんな不毛な繰り返しすらもかけがえがなかった。

 

「あれ、今日は」

 

 湖田は自身の後頭部のあたりを人差し指で弾く。

 

「髪結ってるんだね」

 

「はい。さっきは体育だったので」

 

 髪はもちろんのこと、湖田は些細な変化にも気づく方だった。外見だけでなく、こちらが浮かない顔をしているときは話し方と聞き方を工夫しているのがわかった。

 

――もしも。

 

 湖田の顔を見られなくなる。もし、もしもの話だが、いわゆる交際という関係に発展したら彼はどこまで変化に気づくのだろう。髪を切ったら?化粧は?ネイルなんかもしてみたら?

 妄想がやまないが、気持ち悪いということは流石に自覚している。

 

「いいなぁ体育。3年になると減るんだよね」

 

「……あの、湖田先輩はどっちがいいと思いますか?」

 

「どっちって?」

 

「髪結ってる方と、いつもみたいに下ろしてる方。どちらが似合うと思いますか?」

 

「う~ん……どっちもいいと思うけどなぁ」

 

 湖田の答えが、浦菱には不服だった。適当にあしらった返事ではなさそうだが、今は湖田の率直な本音を聞きたい。「どっちも似合う」を最適解とする女性もいるのかもしれないが、浦菱にとって最適解からはもっとも遠い。

 

「だめです。どっちが似合うかはっきり決めてください」

 

「えぇ~」

 

「別に怒ったりしませんから」

 

 すると湖田は真剣な顔になって目を閉じる。顔の前で祈るように手を合わせ、「ん~」と目元に指をやって考え込んだ。

 いや、どっちがいいか聞きたいとはいったけど、そこまで真面目に考えなくても。

 

「よし、決めた」

 

 やがて湖田が顔を上げる。

 

「あくまで僕の個人的な感想なんだけど、どっちかと言えば――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。視界を天井が占める。

 

――夢。

 

 半身を起こして毛布を剥ぐ。目を擦って部屋を見回した。

 備え付けの簡素なテーブルと小さなモニタ。長期間の滞在を想定していない小ぶりなクローゼットと、カーテンの隙間から差し込むの人工の光。それらが全て、()()()()()()()()()()に置かれている。

 寝ていたのは二段ベッドの上段。ここは見慣れたモシリスの自宅ではない。「あさひ95」の中に設けられた二人部屋だ。

 

 浦菱の下から、毛布が擦れる音がした。下段では佐納(サノウ)が寝ている。10畳もない部屋は2人だと若干狭く感じるが、最低限の家具家電は揃っているので生活には困らないし、長く留まる予定もない。もう一人が佐納ならば気も遣わないし、楽しかった。

 

 ここは惑星間を移動するS4隊員の宿泊や滞在用に置かれる部屋だ。年が明けて、浦菱と佐納は特錬隊員の任命式と、集中教練制度の指導者となる暮時との顔合わせのためにあさひを訪れていた。

 地球から外惑星へ移動する際は必ずあさひ95に立ち寄ることになるし、外惑星から外惑星の移動も直行便がなければ経由する。プラットフォーム機能を有する性質上、S4の集会や式典はあさひで行われることが多かった。

 

 起きる時間よりも早いが、目が覚めてしまった。佐納を起こさないよう、足下のはしごを静かに下りる。部屋を出て、短い廊下を通って洗面所へ。洗面台の縁に手を突き、深く俯いた。

 

「……流石に恥ずいな?」

 

 先ほどの夢は、正確にいえば記憶だった。浦菱は夢の中の会話とまったく同じ内容を実際に交わした覚えがある。それが寝ている間に再生されたのだ。まるで録画のような正確さで。

 頬に熱が上っているのがわかる。自分はどれだけ女々しいんだろう。

 

「それだけ、好きってことか」

 

 思い返してみれば高校卒業後、湖田とはまともに連絡をとっていなかった。卒業して間もなくは小さな近況報告を交換したりもしたのだが、それだけでもメッセージを送るのは気恥ずかしかったのを覚えている。恥じらいが徐々に強くなり、徐々に彼との会話はメッセージ履歴の下の方に押しやられてしまった。

 だからこそ、本当に湖田のことが好きなのかと自分自身に疑問を抱いたこともある。しかし、これだけ詳細に会話を思い出してしまうということは、やはり想いは強いのだろう。信頼でも憧れでもなく、恋という単語がふさわしいきがした。

 

 そういえば、と浦菱は顔を上げた。

 

 殻島も佐納も、「本当に湖田が好きなのか」という疑いを向けてこなかった。航行機の墜落で行方不明。ほとんど死んでいるような人物を探していると告白したとき、二人はすぐ助けの手を差し出してくれた。浦菱がその行方不明者に連絡できなかった意気地なしということは、ふたりも想像できたと思う。それでも、自分の「湖田が大切だ」という言葉を信じてくれた。

 それは浦菱にとってとても幸運で、救いになったと思う。他者に否定されなかったからこそ、自分でも否定するには至らなかった。

 

 鏡を見る。映った自分の顔にはまだじんわりと赤が残っていて、思わず浦菱は笑った。

 

 きっと、胸を張っていい。自分はちゃんと湖田が好きだ。湖田を探したいと思っている。仮にそれを疑う他人がいても関係ない。自分のそばには信じてくれる人がいる。

 

「久しぶりだったな、湖田先輩の夢見るの」 

 

 特錬試験をやっていたころは疲労で夢を見る間もなく朝を迎えていた。モシリスでバルタンと戦った後は、悪夢にうなされてばかりだった。

 それもまた、記憶のフラッシュバックに近かった。野笠(ノガサ)篠山(シノヤマ)が殺される夢。

 

 これから浦菱は特錬隊員トップの懐に入り込み、ダークバルタン殲滅作戦の妨害・遅延を働きかける。結果的にダークを救う動きになるだろう。たとえふたりを殺したのがダークではなくシルバーだったとしても、「バルタン星人」を助けることには変わりない。

 野笠と篠山はどう思うだろう。

 

「…………ごめんなさい」

 

 考えてもわからなかった。後ろ髪を引かれる思いはたしかにある。けれど、その抵抗は浦菱の抱える「探さなきゃ」に一歩届かない。ふたりは今の浦菱を見て背中を押すかもしれない。悲しむかもしれない。恨むかもしれない。

 わからないが、それでも進む。進まなきゃいけない。

 

「あぇ?(ユイ)ちゃん?」

 

 右手から佐納の声がした。横を向くと、半分寝ているような薄目で浦菱を見ている。

 

「もう起きたのぉ?」

 

「うん、ちょっと目ぇ冴えちゃって」

 

「いよいよ今日だもんね」

 

 佐納の言うとおり、今日は初めて暮時に会う。正確には、以前浦菱のみ一度会っているが、集中教練制度の門下生として顔を合わすのは初めてだ。

 

「うん。でも早すぎたなぁ。今日は通常業務もほぼ免除されてるし、もうちょい遅くまで寝てていいんじゃない」

 

「ん……じゃあそうさせてもらおうかな……」

 

 佐納はふあっとあくびをして、部屋に戻っていく。浦菱もベッドに戻ろうかと思ったが、眠気はほとんど失せていた。

 

 再び鏡に目を向ける。少し髪が伸びたなと思った。

 結局、湖田は髪を下ろしている時と縛っている時、どちらがいいと言ったのだったか。記憶に潜って、ほどなく思い出した。あの日の答えと、光そのもののような笑顔まで。

 

――どっちかと言えば、下ろしてるときの方が好きかな。

 

 もし再会が叶うのなら、その時は彼が好きだと言ってくれた姿がいい。

 なら、あえて今は。

 

 浦菱は鏡像の己を見つめる。そして、洗面台に置いてあったヘアゴムを手に取った。

 

 

 

 




次回で3章を終わらせたいです。どうぞよろしくお願いします。

暮時 就一 イメージ

【挿絵表示】

円香と進堂はあんまいい感じにならなかったのでXの方に載せてます。
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