怪獣バスターズ 星征大乱   作:雪晒

92 / 100
すみませんめっちゃ期間空いてしまいました。
新章です!よろしくお願いします!


第4章 アペヌイ/燼戦
第92話 熱


芳治21年6月18日

 

浦菱唯・佐納奏をはじめとする新人特別錬成隊員の任命から約6ヶ月後

 

 

惑星アペヌイ 日本自治体県 灰濱(カイハマ)

 

 

 

 

 目の前で火の粉が舞っていた。ちりちりと肌を炙るような熱気がある。『惑星アペヌイ』において、気温は県の中心部よりも郊外の方が僅かばかり高い。環境維持装置(リカバーネット)の効果が薄れるためだ。必然的に今立っている場所は、この惑星における日本人の居住区域として最も暑い地域の1つだった。睫毛に乗った汗が、目の前の景色をぼやけさせる。

 

 遊崎(ユウサキ)知景(チカゲ)は目元を擦った。視界が明瞭になる。耐熱アスファルトで舗装された道路。そしてその上に横たわる、凶暴怪獣アーストロン。改めて、目の前の景色が現実なのだと理解した。

 

――ありえない。

 

 思わず口にしそうだった。

 

「あ、ありえない」

 

 現に、隣にいた同輩の(サカエ)興己(コウキ)はそう溢す。

 

――アタシはただ、走っていただけだ。

 

 日課に刻んでいるランニングでは、アペヌイの灰濱基地に隣接する合同隊員寮を出て約4キロ北西方面へ駆け、往復するルートだ。走り始めてほどなく、偶然興己と出会った。なぜか付いてくるこいつと共にさらに走って、寮からちょうど4キロ進んだ折り返しの地点が今立っている場所。惑星アペヌイに置かれた日本の県の外縁であり、人間の世界と怪獣の世界の境目といえる。ゆえに住居はほとんどないが、外部に()()を運ぶための輸送拠点施設と、S4管轄の対巨大怪獣用のミサイル砲台が物々しくそびえる。そこで働く人間のために道も舗装されており、知景はそこを辿って走るのがいつものルートだった。

 

 いくら境目といっても、ここは人間の生活区域になる。

 

 だからこそありえない。目の前に、怪獣が現れたのだから。

 

 アペヌイでは領土の周囲1キロにもれなくセンサが展開され、巨大怪獣の接近を察知するようになっている。ミサイル砲台が接近にあわせ、迎撃を行うのだ。よほどの大群か頑丈な性質を持っていない限り、ここまで辿り着けない。また、この惑星特有の活発なマグマ活動を防ぐため、地域によっては15~20メートルの防壁が設置されている場所がある。灰濱にもその防壁はあり、今も500メートルほど先に見えていた。破られてはいない。破らなくては外からの信侵攻は不可能のはずだ。怪獣の背丈には足りないがまたぐのも不可能だろう。

 

 現れたというより、生じた、と言った方が正しい気がする。外からの要因が考えられない状況で、まるで魔法のようにその姿を晒した。

 

——それはいい。

 

 知景は思う。

 

(いや、本当はいいはずないんだけど)

 

 S4隊員を目指す身として決して抱いていい感想ではない。だが、どうにも了知できないほどの「ありえない」が降りかかっていた。

 

 現れた巨大怪獣は今、倒れ伏している。耐熱性アスファルトの道路に投げ出された巨大は、最初からそこに設置されたモニュメントのように動かない。

 

 死んでいた。

 

 討伐されたのだ。空から降ってきた人間によって。

 

「人間……に見えるよな」

 

 怪獣の亡骸の上に立つ人物を見て、興己にひそひそ声で訊く。「うん、一応」と震えた声が返ってきた。

 

 びびってんじゃねえよ。言ってやろうとしたが、知景の声も震えてしまいそうでぐっと飲み込んだ。

 

 体格は男に見える。空から降ってきた彼は、アーストロンの肩に降り立ったかと思うと、即座にその足場を斬りつけた。一撃でアーストロンの左腕を使用不能にしたかと思うと、降りたって足を攻撃。体制が崩れ始めると胸や首に狙いを付け、執拗に攻め立てる。巨体が血の海に沈むまで、5分かからなかった。

 知景が驚愕した理由は怪獣の出現とは別にもう一つある。男がS4の隊員だとは思えなかったからだ。

 

「S4の人、じゃないよね。空から降ってくるのは明らかに変だし」

 

 興己の言うとおりだった。怪獣の存在を察知したのなら、基地から非常用の転送ポータルを使って瞬間移動を試みるだろう。数は少ないが、調査地だけでなく居住地内にも設けられている場所がある。

 ポータルの設定位置が遠ければ、基地に置かれた車両かバギーで出動するはずだ。降下してくるのはあり得ない。

 

 決定的なのは、MITTドライバーをつけていない点だ。腕時計のように手首に巻いて用いるMITTドライバーは、マップ情報や怪獣探知システムなど複数の機能が盛り込まれている。外惑星の作戦には不可欠だ。隠密作戦時を除いて画面が青く光る仕様になっており、遠目からでも隊員を判別できるのだが、男の手首に光はない。

 

 ふっと、男の頭を覆っていた防具が消失した。装備のみを転移させる機能があるのだろう。男性にしてはやや長いと思われる髪がなびく。対怪獣用装備としては胴と下半身の防備が薄いように思われたが、背負っているブレードに隠れて全貌は窺えない。

 

 いくつもの疑問が募る。

 怪獣の出現に随分早く対処した。現れるのを知っていたのか。

 あの強さは何だ。S4であれば上位300名、特錬隊員と同等の実力はあるように思われる。

 

 お前は一体なんなんだ。味方か?敵か?

 

 疑念に突き動かされ、知景は一歩を踏み出した。

 

「ちょ、知景さんまずいよ……!」

 

 追い縋る興己の声を振り切って歩を進める。奴が得体の知れない人物であることはたしかだ。S4隊員でないということは、S4も認識していないイレギュラーな存在。

 とっ捕まえて引渡せば。それが不可能でも何か情報を掴めれば。

 

 手柄になる。

 

 緊張の内側で野心が燻る。小さい笑みが溢れた。

 

 足早に、それでいて音を立てないように男に近づく。気づかれていない。アーストロンの死骸に足をかける。死臭ではないだろうが、溢れ出た血が熱気と混じって鼻に刺さった。

 

(あと二歩)

 

 男が反応した。振り向く。知景は止まれなかった。男の肩を掴んで、正面から向き合う形になる。

 

「あ」

 

 男は間の抜けた声を出した。目を合わせてから、知景の背後を気にするように視線を泳がせる。

 背後から足音がした。

 

「ち、知景さ」

 

 興己が追ってアーストロンの死骸を上ってきたらしい。

 

「えっ……と」

 

 男の視線が知景と興己、交互に揺れる。

 その顔は地球人に見えた。それも日本人らしい顔立ちだ。困っているのを取り繕う下手な笑顔は整っていなくもない。が、地味めで印象には残らない部類だ。色素の薄い髪も少々伸び放題の気がある。

 

「……何モンだよお前」

 

 強い口調で問いかける。男は引きつった笑みのまま頭をかいた。

 

「あー、まずいな。まずい」

 

「あ?」

 

「見ちゃったよな。戦ってるとこ」

 

「たりめぇだろ。だからお前が何モンか訊いてんだよ」

 

 知景は凄んでみたが、当の男は「だよな、はは」と曖昧に返すだけだった。

 

 何だこいつは。掴み所がない。巨大怪獣をものの数分で屠っておきながら、いざ相対すると覇気も偉容も感じない。どこにでもいそうな若者だ。そのアンバランスさが不気味に移る。知景は無意識のうちに、首から下げたペンダントを空いた手で握っていた。

 

「S4の隊員さんでは……ないですよね」

 

 興己がおそるおそる聞くと、「だな、S4じゃない」と答える。

 

「まあその……俺の身にも色々あってさ。今は成り行きで怪獣と戦ってるわけだけど」

 

「でも、怪獣と戦う組織っていうとS4しか思い浮かびませんが……。海外の部隊ですか?組織証を見せていただければわかるかも」

 

「そんなとこ。ただちょっと詳しいことは言えないから、今日はこの辺で」

 

「生かせるかよ」

 

 肩を掴む手に力を込めた。

 

「ちょ、知景さん」

 

「お前は黙ってろ。っていうか、どう考えたってこいつは怪しいだろ。野放しにしとくのは危ねえ」

 

 手柄の獲得を、不審人物の確保という名目にすり替える。こう言っておけば興己は逆らわない。

 それにこの男の怪しさが拭えないのも事実だ。海外の部隊と言いながらどう考えても日本語が流暢すぎるし、組織を示すロゴや徽章が一切見られない。

 

 肩の手を外して、襟元を掴み上げる。ぐいと顔を寄せた。

 

「てめえ何者なんだよ」

 

「だから、俺の部隊のことはあんまり言えないって」

 

「だったら名前くらい言ってみろ。自己紹介だよ、地球人の文化を知らねえか?」

 

 知景の言葉に男は鼻白んだのか、ゆっくりと両の手を上げる。

 抵抗の意思はとりあえずなさそうだ。知景はおそるおそる襟から手を離す。

 

「おっしゃるとおりだな」

 

 男は諦めたように薄く笑った。

 

殻島(カラシマ)勇玖(イサク)。地球人だよ、ごく普通の」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日前

 

 惑星アペヌイ、日本管轄県のS4灰濱基地に、昼を告げるベルが響いた。屋外運動場から基地内の食堂へ、一方向の人の流れが出来上がる。列を形成する顔ぶれに若年者が多いのは、屋外運動場で訓練期の隊員を対象とした時間割が組まれていたためだ。S4の正隊員は所属する部隊の予定によって昼食の時間もある程度融通が利くが、訓練期の隊員はそうもいかない。厳格に敷かれたカリキュラムは所定の時間で栄養補給を強いる。

 

 アペヌイは環境維持装置(リカバーネット)の効力を差し引いて尚、人類が進出した地球外惑星の中で最も気温が高い。脱水や熱中症を防ぐために屋内施設の冷房は抜群に効いているが、訓練隊員の顔には熱に浮かされた後のような疲弊が張り付いている。午前一杯を使った実技体力訓練の後では無理もない。吐き気を我慢しているのか、死人のような顔の物もいた。

 

 誰も彼も前傾のままよたよたと歩む。いつも通りの姿勢を維持しているのは、知景くらいのものだった。

 

(軟弱者ども)

 

 知景は内心鼻で笑った。どいつもこいつも軟弱だ。

 

 知景とて、午前の内容が体力に響いていないわけではない。しかし、幼い頃から稽古の薙刀で培われた体力と忍耐力は周囲よりも抜きん出ていたらしい。

 この分だと知景の好物、「マグマフィッシュフライ定食」を頼む者は誰もいまい。午前が講義の場合は争奪戦になるが、体力を絞られた今、揚げ物を胃に収められる者は限られてくる。

 

 小さくガッツポーズを作った時だった。

 

「チカちゃあ~ん」

 

 ずしりと肩が重くなる。誰かが後ろから肩に手を置き、体重を預けたのだろう。腰が反れて「うっ」と呻き声が漏れた。

 

未来(ミライ)、てめ……」

 

 知景にこういうことをする輩は一人しかいない。受け流すと同時に振り向くと、予想通りの帯野(オビノ)未来がへとへとの顔で見上げていた。

 

「疲れたぁ~」

 

「あそ。同じだよ。アタシも疲れてんだ」

 

「運んで~」

 

 押しのけるより早く、未来は背後に回って知景の背に飛び乗った。これで重ければ拒絶する理由になるが、軽いから困る。体格に優れ、身長も成人男性の平均を越す知景からすれば、女性でも小柄な部類に入る未来は易々と背負えてしまう。

 

「ちっ」

 

 舌打ちして未来を背負い直し、食堂へと再び歩き始めた。知景の歩幅は荷物があっても変わらずゾンビの群れのような集団を抜いていく。話しかける者は誰もいなかった。

 すぐに食堂入口に至る。メニュー表を前に人だかりができていた。そこから少し離れた位置で、水のペットボトルを口にする栄興己の姿が目に入った。

 

「おう栄」

 

「あ、知景さんお疲れ様。未来さんも一緒だね。密着して暑くない?」

 

「暑いに決まってんだろ。ほら、お前も降りろよ」

 

 知景が一気に背筋を伸ばすと、「おっとと」と未来が着地した。

 

「いや~助かったね、どうも」

 

「200円」

 

「また今度」

 

 片手で拝んで未来はメニューのディスプレイに向かっていく。

 

「仲いいね、今日も」

 

 興己の言葉に「冗談じゃねえよ」と返す。仲がいいのかは甚だ疑問だが、この二人とは何かとつるむことが多い。それだけだ。

 

 

 

 

 

「体力あるよねぇチカちゃん」

 

 対面で、カルボナーラパスタを巻くだけ巻いて口に運べていない未来が唐突に言う。やはり訓練直後で食欲減退気味か。

 

「さっきだってさァ、体力ゴリゴリ削る基礎演習だったじゃん。なんでその後でガッツリご飯いけるの?」

 

「才能」

 

 知景はかなり適当に返したが、隣に座った興己は「才能……なるほど、才能……」と真に受けている。彼の前にはやはり半分も食べ進めていないかき揚げ丼があった。

 なんで揚げ物頼んだんだよ、馬鹿じゃないのかこいつ。

 

「そもそもウチらもう第三期の訓練だよ。あんな体力的にキツイ内容やる必要あるかな!?」

 

「最後の試験には体力項目も含まれてんだろ」

 

「知ってるけどぼやくのは許してほしいのよ。第一期でキツいのは十分やったじゃあん」

 

 未来はぶうぶうと文句を垂れる。口には出さないが、興己も小さく頷いている。

 

 知景たちが参加するS4隊員養成のためのカリキュラムは、主に高校卒業後の19歳を迎える男女が最も多い。この課程は第一期から第三期に分けられる。

 

 第一期の約4ヶ月間では特に体力面を重点的に測定・強化される。外惑星の調査を業務としてこなすだけの基礎的な体力をここで培うと同時に、身体技能を測って今後の教練の参考にする目的があった。基礎的な体力といえばやさしく聞こえるが、武器を振るって怪獣を討伐するという業務内容に即し、個々人の限界を底上げする。生半可な内容ではない。走りが遅い、トレーニングに音を上げるといったことがあれば、激励の皮を被った罵声が飛んでくる。

 

 ここでふるいにかけられた訓練隊員が第二期へと進む。この7ヶ月は打って変わって知識の吸収が主な内容だ。体を使う訓練は継続しつつ、第一期より踏み込んだ外惑星の知識・武器の特性と整備を学び、最終的に武器の免許取得を目指す。S4としての活動が急速に現実味を帯びる課程であり、第一期は第二期の隊員育成にかかる費用を抑える目的があるのだと暗に示していた。基礎的な素養が見込めない者に知識と技術を与えるほど余裕はない。

 

 そして、知景たちのように1年を経て20歳になる訓練隊員が多いのが第三期だ。ざっくりいえば総合。取得した免許の武器を用いて行う戦闘訓練、巨大怪獣を想定したシミュレート、怪獣の生態を紐解く研修などを経て、第三期始動から半年後の最終試験に望む。

 最終試験には体力要項も漏れなく含まれ、その対策として第一期の焼き増しの如く体力訓練が復活することもたまにあるのだが、隊員からすれば一度過ぎ去った悪夢を再び思い出させられたようなものであり、未来がぶう垂れるのも納得できる。

 

「素人だなお前ら」

 

 だが知景に言わせれば、第一期と第三期の体力訓練は大きく異なる。

 

「いいか?まず今、三期の訓練段階にいるアタシたちはとっくに武器の免許をもっていて、適性も認められてる。ズブの素人じゃねえ、例えんなら研修期間ってとこだ。なら今やってる訓練だって実際に正隊員としての任務遂行能力を見据えた内容になってる。何が言いたいかっつうと」

 

「第三期の訓練における成果は、正隊員昇格時に上乗せされるってことだよね」

 

 興己が控えめに口を挟んだ。

 

「……わかってんじゃねえか」

 

「もう3回くらいは聞いてるし」

 

「冷めんなよ」

 

 総括をかっさらわれたようで面白くない。残った味噌汁を具ごと飲み干した。

 

「でもそれにしたって、ぼくらはまだ研修期間でしょ」

 

「そーなのよ」

 

 興己の言葉に未来が同調する。

 

「その期間の成果が上乗せされるって言っても、飛躍的に立場が良くなるわけじゃないんじゃない。体力面は第一期でだいたい測れてるんだからさァ、なおのことわざわざ今やる必要ある?って思っちゃう訳」

 

「必要かどうかなんてアタシも知らんし、実際身体能力面の評価比率は大きくない。でもプラスになるんならガチる。そんでいち早く……特錬隊員になってやる」

 

 知景の中に眠る、野望ともいえる目標。それはS4隊員の上位1%未満、特別錬成隊員だった。

 

「立派だよね。チカちゃんは」

 

 未来はフォークを置き、遠い景色をみるような視線を知景に向けた。

 

「立派ァ?」

 

 知景は笑い混じりに復唱する。

 言われて悪い気はしないが、立派とは程遠い理念で生きている自信があった。

 

 知景が特錬を目指す理由は1つ。金が欲しい。

 得た金で何をするわけでもない。だが他者よりいい環境で生きていきたい。

 

 富と名声を。勝利を。自らが欲するもののために、怪獣を殺す。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。