知景は、この異質ともいえる好待遇に乗っかるつもりでいた。
(アタシが手の届く範囲でこんなにいい条件のとこはねぇ)
知景は金が欲しかった。得る金の使い道は定まっていないが、単純に他者より富と名声が欲しい。他者に勝利することが好きだ。
医学部で6年学ぶ必要はなく、弁護士バッジを獲得する必要もない。現状、特錬はコスパがよさそうだ。怪獣災害への問題意識も、人々の平和を守るという目的意識も薄い。だが運動神経と体力はずば抜けていた。適性はある。入隊する前からそう思っていたし、入隊した後も裏切られていない。
アタシは強い。対面に座る
――せいぜい優越感を感じさせてくれよ。
口の端についたソースをぺろりと舐め取った。
「本当、すごいなぁ知景さん」
そんな知景の内実とは裏腹に、まだ食事中の興己は「立派だね」という未来の評価に乗じた。
「訓練中も手を抜かず、コツコツ積み重ねていくってなかなかできないよ」
「ハッ、やめろよ気持ち悪い。アタシは別に立派なんかじゃね……」
「本当だな、立派なんかじゃない」
背後から、急に声が降ってきた。知景は椅子に背を預け、顔を逆さにして声の主を見た。頬骨の張りだした厳めしい顔がこちらを見下ろしている。
「
「俺とて貴様などと言葉を交わしたくないが、仲間内とはいえS4隊員として立派という評価を下されるのは耐えがたい」
同年代が堅い口調で喋っているのを見るのは滑稽だった。ましてや大池は「知性」や「知的」といった言葉とは程遠い顔をしている。知景は吹き出すのをこらえた。
大池。下の名前は知らない。本当は名字すら覚えるに値しないが、小学校の時に嫌いだった担任と同じ姓だったので記憶に刻まれてしまった。
S4の訓練課程においては一期から二期に上がるタイミングで配属地の入れ替えがあるが、大池とは第一期から共通の場所だった。未来や興己も同様だったが、ふたりとは真逆に以前から何かと敵視してくる。
心当たりはあった。S4隊員における「怪獣を討伐し、平和を守る」という意識の低さを知景から感じているためだろう。
知景は「金のためにS4に入り、名声のために特錬を目指す」という発言を憚らない。流石に教官の前では控えるようにしていたが、未来や興己との会話であれば声を潜めないまま語る。目的など人それぞれであるべきだと思うし、自分の実力を鑑みて大言壮語だとも思わないからだ。
が、大池は気に入らないらしい。大池のみならず、多くの「マジメな」訓練隊員は知景を快く思っていないようだった。現に、今も大池の左右には知景を睨む連れが並んでいるし、卓についたままこちらを蔑む視線を投げる者もいた。
(アペヌイ大怪災以降、こういう面倒くせェのが増えたな)
2年前の8月に発生したアペヌイの怪獣侵攻では、この惑星に大きな被害が出ている。既存の領土は死守したが、踏み荒らされ、怪獣による毒ガスを撒かれた地区は今も復旧の途中だ。死者はS4隊員のみならず民間人にも生じ、怪獣に対する不安感が人々の心に根を張っている。
そんな状況のそんな惑星だからこそ、「マジメな」訓練隊員は多かった。配属される惑星はランダムに決定されるが、アペヌイに送られた訓練期の者の中には、奇妙なことに強い使命感を抱く者がちらほらと出てくる。
雰囲気にあてられるのだろうか。自分たちはは怪獣の殲滅に多大な貢献をし、この地を復興へと導く平和の義士だ。そういった意識が蔓延している。
どう考えても、知景の思想とは相反する。
「アタシが立派って言われんのが気にくわないってそれさ」
姿勢を直し、足を椅子の横に出して組む。
「直球で
「違うな。僻みは能力的に劣るものが優れる者に抱く、格差に対しての不平だ。俺はお前より劣る何かが自分にあると思わない」
「じゃあなんでつっかかってくんのさ」
「忠告だ」
大池は顎を上げ、さらに見下すようにする。
「狭いコミュニティで持ち上げられると自分の能力を過信しかねないだろう?俺は常に公平な意見を提供してやれる。志というのは必ず責務に現れる。能力が達者でも野卑な目的で隊員を志すお前は、立派なんかじゃない」
「あっはははははは!」
手を叩いて笑ってみせる。
「そんで気に入らない私に忠告?すげえよお前、やさしーじゃん!そういう慈悲深い人間様こそS4に向いてんじゃないのかな、きっと」
席を立ち、未来と興己に「行こうぜ」と促す。ふたりは黙ったまま、おずおずと食器の乗ったプレートを持ち上げた。
大池の横を抜けて行く。彼とその連れは以前睨みをきかせていた。
大池たちの心情を、理解することはできた。というよりも、理が彼らにあるのは知景自身気づいている。
S4の役割とは外惑星における未開部分の調査と、人類に危機をもたらす脅威の排除であり、相応の責任と目的意識を強いられるのは言うまでもない。
その組織を目指す理由が金である人物の方が珍しいし、それを公言するとなればいよいよ奇怪な視線を向けられるだろう。訓練時期の隊員達で強い目的意識が共有されること。それに逆らうような思考の知景に対し当たりが強くなるのはわかる。
理解不能なのは――。
「井の中の
後ろから大池が迫撃してきた。
「子分のような輩を引き連れて、仲間内だけの評価に浸る。それも……おおよそ隊員には不適格と思われる未熟な仲間からのな」
背後に視線をやる。未来と興己は、肩をすぼめて立ち尽くしていた。
理解不能なのは、鋭い目的意識が集団の内部に向けられ、落ちこぼれを排斥する動きが生じたことだった。特に対象になったのは、体力と身体能力で劣りがちだった
S4を目指す者達が揃う集団で隊員の適性は強い価値を帯び、適性のない者は軽んじられる傾向がこの星では生まれていた。
未来と興己は能力で劣る。適性が低い。
なぜか。やる気がないからだ。S4への熱意を欠いている。こんな奴らに隊員になる資格はない。我々の組織の目的にそぐわない。
ならば軽んじてもいいのだ。
(呆れて物もいえねえ)
S4隊員になるという明確な目標が排斥の根本理由だが、その実は小学校のクラスで生じるいじめとなんら変わりない。それを大池はじめ、自分はS4隊員の適性がある、地球を救う正義の使いだと信じているやつらがやっているのだから噴飯物だ。
なぜ未来と興己は知景を慕うのか。逆になぜふたり以外は知景とつるまないのか。理由はここにある。
知景は、いびりを受けていたふたりを助けたのだ。
彼女らが可哀想だったからではない。彼女らを排斥する動きが気に入らなかった。
隊員の適性の話でいえば、見知った同期で圧倒的だったのは知景だ。体力技能では大抵の項目で男にも勝っている。武器・防具に関する扱いもするすると頭に入った。惑星や生物学の学力試験は得意とは言いがたかったが、他で補って余りある。端的にいえば知景は一番強く、他の訓練隊員は全て知景より弱い。非常に好みの環境だった。
そんな環境で、強者面をしたがっているのが大池たちだ。本人達にその意識がなくても知景にはそう見えたのだから仕方がない。S4という巨大組織の大義に便乗し、流れについて行けない者を弱者認定して退ける。残る自分達こそが正しく強い。知景にはこの趨勢が我慢ならなかった。
――結局のところてめえらもアタシより弱いだろうが。
なのにその事実をないものにするように怪獣討伐を叫び、実力とは一切絡まない「目的への真摯さ」を周囲に強いていた。それは未来たちだけでなく、知景も排斥しているに等しい。
そもそも強者弱者の線引きも自分勝手に決めつけている。誰に頼まれただけでもないのに、線を引く権限を当たれられたと思い込んで自分たちを中心に据える。未来も興己も、愚痴こそ言っていたが決して訓練への熱意が薄いわけではない。比較対象が悪いが、知景より何倍もある。
だから懲らしめた。組手のカリキュラムが増えていたのは都合がよかった。1年前のモシリス怪獣侵攻以降、バルタン星人への敵対姿勢が形成され、同じ体格の異星人を攻略する目的から対人格闘が以前より重視され始めたのだ。
知景は正々堂々ねじ伏せる。2分もあれば相手は知景の膝より下にいた。むきになって反則技を仕掛けたり、時間外に不意打ちを行った奴には、後々繋がりやすいように工夫してどこかの骨を折ってやった。未来と興己への干渉をやめた奴には知景も必要以上の制裁は加えないようにし、暗に意思を示す。
これらのたゆまぬ努力を経て今に至るわけだが、いまだに何かと突っかかってくる奴もまばらにおり、大池がその筆頭だった。
「まあ、せいぜい頑張ればいいんじゃないか」
ぼーっとしているとまた後ろから声が飛ぶ。
「金のためなんだろう。目標があるのはいいことだな」
「……ちょっと待ってほしい」
知景は静かに驚いていた。いつもは黙ってなじられている興己が、大池に対して反抗したからだ。
「僕のことは別にいい。でも未来さんも一緒に下げるような発言しないでよ。最近の訓練はほとんど男女で分かれてるじゃないか。君が未来さんの何をわかるっていうの」
「弱い奴らで群れたままで、成長が期待できると?」
「知景さんのことは君も認めてたじゃないか」
「遊崎に関しては強い弱い以前に軽蔑しているからな。志がS4として不適格なんだ」
「だったらもう黙っててくれ……黙って、ろよ」
「何だと」
大池ずいと踏み出し、興己の肩を突き飛ばした。けっこう力が込められていたらしい。食器をのせた盆が手から落ち、興己の体もよろよろと揺れる。
後ろに倒れ込みそうになる体を、知景が片手で支えた。
「あ、ありがとう」
「相変わらず
「ご、ごめん……」
「いや謝られてもって感じだけど」
知景は下に目をやった。プラ製の食器は幸い割れていないが、コップの中の水は床に広がってしまった。
「……大池さぁ」
知景は脇のテーブルに食器の乗ったプレートを置いた。
「腕相撲やろーぜ」
「……は?」
返答を待たずに空いた席に腰を下ろし、右手の肘をテーブルに置いた。
「ほら、早く」
「……なぜ俺がそんなことを」
「負けんのが怖いのか?」
「そんなこと一言も言ってないだろう。ただやる理由がない」
「お前さっき、僻んでるわけじゃないって言ったよな」
肘を立てたまま、人差し指で大池を指す。
「アタシより劣ってる部分はないから僻みじゃないって。でもこの勝負を降りたら、少なくとも腕力じゃアタシに敵わないって認めるようなもんだぜ。証明のためにも、ここは一戦交えておくのをおすすめするよ」
大池はありったけの舌打ちと反論を口に含んでいるようにみえたが、黙って対面に座った。知景の手を握り、連れにスタートの合図を要求する。
「幼稚な遊びに付き合うのも面倒だが、お前が黙るのなら何でもいい」
「そりゃどうも。けどこのままじゃマジでただの遊びだし、何か賭けようぜ。アタシが勝ったらそうだな……アタシと未来と栄、3人分の食器片しといて。あと床掃除」
「俺が勝ったら?」
「小指」
「あ?」
「アタシの小指を賭ける」
大池の目が点になる。周囲の奴らも連動しているかのように同じ目でこちらを見た。
「憂さ晴らしはしたいだろ?折るなり爪剥がすなり好きにしていいよ。でも切るのは簡便な。くっつかなくなったらスジモンの女って思われちまう」
「お前、馬鹿なのか」
「早く始めろ」
大池の連れの男を睨む。連れはこちらと目を合わせないようにして、すぐに握った拳の上に手を置く。
「さ、3、2、1」
はじめ、と同時に手を離した。瞬間、大池の腕力に圧倒され、知景の腕が30度ほど傾く。
「ぐっ」
わずかに押し戻すが、依然劣勢。呻き混じりの息が漏れた。
勝負を仕掛けたのはこちらだが、確実に勝てる保証はなかった。知景が他より優れているのは、S4隊員になることの適性として弾き出された成績である。だが腕相撲で頼れるのは己の腕力のみだ。大池との間には当然、男女の力量差が立ち塞がっている。
が、知景は何より他者に勝利するのが好きな性分だ。勝てない戦いをふっかけるようなことはしない。
「く、お……」
大池の口からもまた、呻きが漏れた。腕はスタート時点と同じ位置、いや、知景の腕がわずかに上になっている。
最初から飛ばしすぎなんだよ間抜け。
筋持久力を失った大池の腕は、震えながら少しずつ倒れ始める。さらに知景が巻き込むように腕を握ると、もう抗えない。
「ぐっあ……ああああああ!」
気迫の声も実を結ばず、手の甲がテーブルに着いた。派手ではないが、確実な知景の勝利だった。
「っははははは!残念!」
汗を拭い、威勢良く椅子を立つ。
「んじゃ片付けよろ。未来、栄、行こーぜ」
ふたりを促してテーブルの間を進んでいく。「くそっ!」っと吐き捨てる声が背後からした。
絶対に勝てるとでも思っていたのだろうか。たしかに大池は体格がいい方だ。腕相撲なんて男相手でも負けた数の方が少ないだろう。
でもここではそうはいかない。
「てめえも同じ井戸で泳いでんだろうが」
知景はそれでよかった。井戸でもバケツでも、その中で一番速く泳いでいられればそれで十分だった。
昼食後、知景達は揃って赴く場所があった。1階の食堂から北側のエレベーターを使って3階へ。|灰濱(かいはま)基地の最上階、北側の突き当たりに設けられた一際広い空間は、共用のトレーニングルームだった。ジムを思わせるトレーニングマシンと調査で用いる近接武器の模造品。また、対異星人格闘を想定したクッション床のフロアが置かれている。
無論、トレーニングフロアはここだけではない。基地から渡り廊下で繋がる別棟と寮1階にも併設されているが、前者は主にカリキュラムで使用され、後者は打撃格闘用フロアの代わりに遠距離武器のバーチャル練習台が置かれている。すなわち、知景たちが欲しているのは格闘練習用のフロアだった。
「はああ!」
ヘッドギアと籠手のみを身につけた興己が迫る。雄叫びには、雄叫びと呼ぶには物足りない若々しさが残っていた。勢いを殺さないまま突き出した右手には、対怪獣用武器である短剣。を模した木刀が握られていた。
知景はそれを避けて距離を取る。その動きに反応して、興己は左足を軸に方向転換。素早く斬り込むが、知景にはあたらない。
「当たんねえよ!」
知景が正面から蹴りを見舞う。接近した勢いもあって、興己の腹にもろに入ってしまった。興己は「うっ」と低く呻いて後退する。
同年代につける稽古にしちゃ厳しすぎるか?
そう思わないでもなかったが、興己が手加減しろと言ってこないのだからこれで大丈夫だろう。
興己に稽古をつけてやるようになったのは第二期訓練に入ってすぐの時期だ。かれこれ9ヶ月ほどは経っている。「マジメな」隊員のいじめから救ってやった後、未来と共に何かとつるんでいたが、ある日急に「戦いを教えてくれ」と言われた。
「他の人より能力で劣る僕が強くなるには、皆が休んでいる時間も成長に繋げたい。技術を身につける努力をしてみたいんから」
興己の熱い視線も、正直面倒だった。が、よく考えれば稽古とは持つ者が持たざる者に対し技術を授けることだ。その行為は知景の優越感を増幅させてくれる。
「ま、暇な時にな」
そう答えたものの、ここ最近は毎日の日課だ。稽古そのものよりも勝つことが目的だから、知景もわざわざ負けてやるようなことはしない。いつもこてんぱんにしている。
「いいの入っちったね~」
そう言う未来は、以来ずっとそばで眺めているだけだ。興己から稽古を頼まれた時も「いいじゃんチカちゃん。やってあげな」と後押しだけ。暢気な女だと思った。
興己はマットの上で膝をついている。
少し休ませてやるか。知景はそう思い、ふと窓の外に視線をやった。
ガラス張りのトレーニングルームからは、惑星アペヌイの情景を一望できる。眼下に広がるのは街並み。基地付近ということもあって近い場所だとまばらだが、奥へ視線を向けるにつれ住宅や店舗が増える。県の中心に置かれた環境維持装置によって大気と気温が維持される地域だ。
人の住処を越えた先は低く尖った山が連なり、一部では麓を海の水平線が隠す。遠くから眺めても目を細めたくなるほどに眩く明るい、赤の水平線。自然によって生まれた紅の色彩が、地球では考えられないほど視野を占めた。
マグマの海だ。
地球の常識から考えれば異常なほどに活発なマグマの動き、そして活火山の数により、あふれ出た溶岩が海や川を形成する。アペヌイとアペヌイが公転する恒星の距離は、地球と太陽の距離よりも遠い。にもかかわらず、激しく吹き出し流動するマグマの影響でこの惑星の高温は維持されている。
光の散乱の影響で、空は昼でも薄暗い。昼夜の見分けは方は、この星の太陽が空に置かれているかいないかに限られる。その紺の空を、マグマの海と山の尾根を流れる溶岩が炙るように空を染め上げ、火傷のようなグラデーションを刻む。
(地獄みてえ)
燃えているような景色、熱で支配される土地。それでも人類が、日本がこの星に居着くことができたのは、地理的に幸運な条件が揃っているために他ならない。
考えようによっては、居着くしかなかったのかもしれないが。今までも、これからも。
「隙あり!」
興己の鋭い声。向き直るとすでに間近。そのまま知景の腰あたりに肩をぶち当ててくる。
「おあ!?」
咄嗟の攻撃で反応が遅れた。狙いも悪くない。低い姿勢のタックルで、こちらの体を倒すことに重点を置いている。体格で劣る興己が取る手段としては最適だろう。
だが、あくまで評価できるだけに留まる。
「っぶね~」
「あれ!?」
「不意打ちとはっ……いい度胸だな!」
重心を安定させてから、興己を引き剥がしにかかる。一歩後退し、反動で拘束から抜けると同時に足を広げて守から攻へ転じる。肩を掴んだまま上に持ち上げ、同時に足をかけると、興己の体は面白いほど浮いた。車のハンドルを切るように捻れば、体はなんと横方向にスピン。
「いぎゃ!?」
興己は仰向けになって落ちていた。
「はい残念。10年早えよ」
悔しそうに天井を睨む興己に未来が駆け寄り、人差し指でちょんちょんと頬に触れた。
「生きてる~?」
「生きてる、けど、死にそ……。あんま触んない方がいいよ、汗かいてるから」
「見りゃわかりますね」
そう言ってタオルをかぶせる未来と、起き上がって顔を拭く興己を眺める。興己はやはり汗を気にしているのか少し距離を取った。
そういえば、大池に食ってかかったときも最初は「未来のことを悪う言うな」と憤っていた。彼は未来のことを気に掛けている傾向がある、気がする。
(んん?これは~?)
にやにやとした笑みが浮かんできてしまう。気に掛けているというより、気になっていると言うべきか。特段以外ではない。ここ1年ほど付き合いがあって、同い年で、まあ未来はそこそこ可愛い顔立ちだと思う。
完全に邪推ではあるが、近い間柄でそういう思惑があると思うと少々奇妙な感じがして面白い。今度稽古をつける時は、もう少し見せ場を作ってやるべきか。
「ちょっと休んでろ、飲み物買ってくる」
「ゴチです。私ウルトラサイダーで」
「奢るとは言ってねえ後で払え。栄は」
「僕もウルトラサイダー」
「お前らそれ好きだな」
フロアを出て、階段手前の自販機のラインナップを眺める。特錬3位、大古円香が広告塔を維持しているおかげで、ウルトラサイダーの割合は増えるばかりだ。隊員の間では妙に人気があり、少しずつ在庫が掃けていくのがせめてもの救いか。
ウルトラマンの胸部デザイン缶を押す。缶が落ちてくると共にピピピピピと電子音が鳴った。ここの自販機はルーレットで4桁が揃えばアタリが出る。のだが、今回は外れだった。
もう一度押す。ピピピピピ。外れ。次は自分の分だ。
「チカちゃん」
「うお!?」
予期せぬ声に、押しかけていた指を引っ込めた。
「……未来か、音もなく忍び寄ってきやがって……っていうかお前は栄を介抱してやれよ。あれだろ、可哀想だろ」
「チカちゃんがやったんでしょ。興己くんならまあ、大丈夫でしょ」
「……こりゃ脈なしか?」
「何か言った?」
いや、と飲料の吟味に戻る。が、未来がこちらをじいっと見つめているのが気になった。
「何だよ」
「ネックレス、ずっと付けっぱだと思って。組手してるときくらい外せばいいのに」
首のところを指す。知景は倣って首元に手をやり、下がっているヒモを引っ張った。服の内側から、緑と紫が混じった水晶のようなものが姿を見せる。
これは未来から貰ったものだった。
「首締まったりすると危ないよ」
「外してなくしても困るからよ。それに、あいつ相手ならネックレス付けてても私の首が締まるような危険性はゼロだ」
「……大事にしてくれてるんだね」
「別にそういうわけじゃ」
「ありがと」
未来が細い目をより細くして笑う。何なんだ、と知景は思った。
大事にしている、というのも少し違う気がする。四六時中一緒にいるため、無くすと一瞬でバレてしまうのだ。貰い物を逸失するという気まずさを想像した日から、肌身離さず付けておくように心掛けている。
飲み物の吟味に戻る。少し悩んで、冷たいお茶のボタンを押した。ガタン、と落ちてきたお茶を回収する。ピピピピピとルーレットが回っているが、どうせ当たらないだろう。
「いっこ言おうと思ってたんだけどさ、チカちゃん日課でランニング出てるよね、ほぼ毎日」
「おう」
ピピピピピピピピピピ。
「北の方面走ってるよね」
「詳しっ。何だよ一体」
「それ――」
ピロリロリ~ン。聞き慣れぬ軽快な音。アタリか?と思考を割いた瞬間、ガシャン!と飲料が取り出し口に落ちてきた音が響く。アタリの飲み物はこっちで決められないのかよ。
「あ、悪い未来。もう一回言ってくれ」
「その日課のランニングさ、ここ何日かでいいからやめてくれないかなって」
はっきりと告げられた願い出は、突拍子もないものだった。
「何か、起こる気がするの」