前回のあらすじ
「数日は日課のランニングを控えた方がいい」という
道中、普段は合わない
惑星アペヌイは、奇跡的に地球人にとっての住環境が整っている。それだけでなく、明確な「住むメリット」も存在しており――。
地下には水が流れ、安定した酸素も存在する。厳密に言えば、酸素の方は気流と時期の関係で安定しているのは今だけだ。だが、人類の居住に影響が出始めるレベルにまで変動するのは地球単位で16万年後と試算されている。その頃人類が存在しているか、存在しているとして今と同じ姿を保っているかは甚だ疑問であり、目下の課題ではなかった。
だがこれらはあくまで「住める理由」であり、「住む理由」には至っていない。なぜ人類は、灼熱の星に足を踏み入れたのか。
現在、惑星アペヌイに居住自治体を指定しているのは日本と中国のみ。最初に進出したのは日本だ。新たな惑星が発見された際、まずその居住可能性を国連における宇宙開発機構が調査し、その後国家間の協議に入る。
しかし、アペヌイは発見当初、この調査にすら入らなかった。地表の気温とマグマの活動を確認した自転で、居住可能性は著しく低いと判断されたためだ、ところが、調査をしてもらうよう繰り返し打診した国が1つある。
日本だ。
宇宙開発機構に対しどうにか調査してもらえないかと依頼し、国内の人材も多数貸し出した。なぜこの暑い星に拘るのか。各国は疑問を抱きつつも調査は進められ、先の居住要件が示された。
進出を希望する国も少数あったが、調査に人材と労力を割いた日本が優先的に進出権を認められる。だが、各国は後に日本の狙いを思い知ることとなった。
この星には、地球が課題を解決する鍵が潜んでいた。どの国も抱えているものだが、日本が昔から一際辛酸をなめてきた課題である。
それは、「怪獣の遺体処理」だ。
先進国の多くは外惑星に領土を有する。そこの開発と防衛のために各国の対怪獣組織が投入され、遭遇した怪獣達を駆除していった。だが、怪獣の死体処理も当然人類の手で行わなければならない。
処理のプロセスは主に3つ。解体・脱水・焼却だ。解体はS4のような組織が担うことが多く、隊員自ら行うか、解体用の重機や戦闘機を用いて小分けにする。ここから内臓や武器・防具の開発に用いる部分を選別し、不要な箇所は脱水作業を行う。各国が擁する怪獣専用の巨大な乾燥機に投入し、長時間掛けてミイラのような状態までもっていく。その後焼却して処理は完了だ。
だが、これら一つひとつの課程で労力とコストがかかるのが現状だった。特に脱水と焼却。数千から数万トンの重量が平均的な巨大怪獣を構成する水分を遺体から排する。腐敗に注意しながら処理施設まで移送し、半端ではないエネルギー消費を伴う乾燥措置を取る。乾いた遺体とて軽くはない。除去できるのはせいぜい全体の重量の3分の2。それだけの重量物を焼却場まで運び、再び多大なエネルギーをかけて燃やす。考えただけでも負担が大きいことは伺える。
だがアペヌイならば、焼却の手順を簡単に済ませることができる。単純明快、怪獣の遺体をマグマに放り込んでしまえばいい。
この手段を思いついたのは、日本が最初だった。
思えば日本という国は、20世紀より最も怪獣の被害に悩まされてきた国である。ウルトラマンが確認された件数も世界最多。光の巨人が放つ光線技は怪獣の肉体の多くを爆破・熱消滅させたが、飛び散った「破片」の処理は非常に大きな負担だった。巨大怪獣が撃破された地域のゴミ処理施設は許容量を超えた稼働を強いられることになる。ウルトラマンが去り、外惑星に進出して以降も重要課題として認識されていた。他国と比較して、怪獣を倒した
日本はアペヌイの領土に先鞭をつけ、その後領海ならぬ「領マグマ」を大規模に指定、怪獣焼却の試験的運用を行った。そして可能だと判明すると、今度は海外の外惑星領で発生した怪獣の遺体の受け入れを開始した。すなわち、「対価を支払う代わりに怪獣の遺体を処理する」という事業を開始したのである。
遺体処理に苦心していたのは諸外国も同じだったが、アペヌイ開発の労力を天秤にかけた結果、実行に踏み切らなかったのだろう。
怪獣の死体は外惑星で発生するので、外惑星に処理施設を設けるのが一般的だ。しかし、土地の制限がある上に拡大は非常に時間がかかる。専用の施設は各惑星に1箇所あるかどうか。一般のゴミ焼却場で細々と焼くのが基本だ。地球まで運べば外惑星における負担は減るが、輸送費は跳ね上がる。実際、輸送費を安くするためにどの国も脱水を施してから運んでいるし、日本もそれを義務づけている。
日本に処理を依頼するというシステムに抵抗はあっただろうが、比較的安価で手軽であることも確か。自腹を切って国内で処理するか日本に依頼するかの二択で、後者を選ぶ国は少なくなかった。
これこそ日本がアペヌイに進出した理由。マグマを用いた怪獣焼却という「産業」を確立するため。
無論日本に追随しようとした国もあったが、安定した土地と地下水やマグマの活動などの要件を都合良く満たせる土地は少なく、現在アペヌイの土地を持っているのは日本以外だと中国のみ。その中国も領マグマの範囲は日本の三分の一に満たないため、焼却処理産業は日本一強だ。
すなわちアペヌイの土地は日本にとって不可欠な土地ということになる。海外から移動された「荷物」、すなわち脱水処理をした遺体は県の外縁からマグマの流れに影響がない位置まで輸送機で運ばれて投下される。
知景が左に視線を向ければ、そこには対巨大怪獣用ミサイル、そしてその奥に輸送拠点施設が見える。あそこでで海外から送られる死骸を保管すると共に、マグマに落とす輸送機の発着場として機能する。国際的な地位と利益のためにはこの星の領土が必要であり、領土の保持には人口が必要だ。
(とはいえ、ここまで――)
知景は額を拭った。手の甲は汗でびっしょりと濡れる。一度歩みを止めるともう汗は引かない。
人間の生活には驚くほど多くの産業が付属する。ライフラインから公共事業、教育、飲食、建築。そうした職に携わる人がこの星の人口を形成する。それは国にとって喜ばしいことだろう。
だが奇妙なことに、人々が出すゴミは溶岩に捨てておらず、分別してゴミ処理場で処分している。どれだけ溶岩があるといっても、多量の廃棄物を投下すれば費用がかかるし有毒ガスも懸念される。さらに、マグマの海の流れにも影響し、下手なことをすれば爆発や津波の恐れがある。怪獣の死体「程度」ではそれらの危険がないからこそ日本の産業は成り立っている。
人間が生活する中で排出するゴミは、世界各国から引き取る怪獣の遺体と比較にならないほど多いのだ。今後も国はアペヌイの人口を増やそうとするだろう。それが実現すればこの歪なゴミ処理の状況は拡大する。
もしアペヌイで居住に適した土地が見つかれば、他の国も日本を真似るだろう。また人が増える。そこで捨てられるものも。
利益を追求する欲が、人類をこの地に導いた。知景は暑さを感じる度に認識させられる。そして思う。
――ここまでして、外惑星に進出する必要があったのか?
「知景さんごめん!復活した!」
興己がようやく復活したようで、軽口を叩いてから走り出そうとする。その時。
どうん。
大きな音のした方を向くのと、咆吼を耳にしたのがほぼ同時だった。
〈ガガゴオオオオオオオオオオッッッ!!〉
空を割る爆音は、知景の視線の先に立つ40メートルほどの巨体から放たれていた。岩山をそのまま背負ったような体は黒く、肩や脚には筋肉の盛り上がりがある。暗い体色とグラデーションのある空が視界を占める中、その巨体の目は一等星を思わせるほどに激しく煌めいた。そして、もう一つ輝くのは銀の角。後頭部から前方に緩い弧を描いて伸びる角は、月の様相を呈した。
「凶暴怪獣……ア、アーストロン」
興己が名を口にした。凶暴怪獣という異名らしい。
怪獣?
「は?」
知景は呆けた。単純に、眼前の状況を咀嚼できない。文字通り頭が真っ白だった。地球にいた頃。頬に雫があたったのに空を見ても快晴だった時の困惑に似ている。
ただ、異常はたしかに目の前にあった。
「はあ!!?」
驚きが遅れて到着する。
(おいおいおいどうすんだこういう時!?)
思いつく唯一の方法は、S4の緊急連絡先。例えば街中で星人らしき姿を見かけたとか、正体不明のUFOを見たといった場合には、110番や119のように用意されているS4の連絡先にかけるのが常識だ。が、知景はいつもランニングの際ケータイを持たない。
「
「もしもし!?あの、県内に怪獣が……はい、中です!もう入ってきてるんです!場所は灰濱市の――」
運良く興己はケータイを持っていたようで、既に通報している。
〈ギャガアアアアアアアアアア!〉
ふたたびアーストロンが叫ぶ。地面と一緒に内臓まで揺れた。幸いこちらには気づいていないようで、首を振って辺りを見渡している。
「栄……!電話しながらでいいから少し退け……!」
揃ってアーストロンから距離を取りつつ、知景は考えた。
(どうやって現れた?)
当然、人が住んでいる場所に怪獣は現れない。県内に怪獣が足を踏み入れたと言うことは、必ず外から侵攻されている。
だが、そんな気配は一切なかった。そもそもまっすぐ日本の領土に向かって来ていたのならS4が飛ばしている探査機かセンサで察知できる。地中を掘ってきた様子もないのに、なぜここまで入り込むことができたのか。
「知景さん!」
通報を終えた興己に声を掛けられる。
「すぐにS4の討伐部隊が来てくれるって」
「そりゃ心強い。さっさと逃げんぞ!」
「うん!でも、退避しながらこの辺の家を回っていこう」
「は?」
「避難誘導しないと」
耳を疑った。思わず足が止まる。
「マジかてめえ」
「……僕ら、訓練中だけど一応S4だし」
「い、いらねえだろ誘導なんか。この辺民家なんてまばらだぞ。それにあんだけデケえ怪獣ならすぐ気づいて逃げ出すって」
「少ないからこそ、もし取り残されたら気づかれない。それに逃げても避難所の場所がわからない人だっているかも」
「そんなんアタシも知らねえよ」
「ここだと
興己は住宅地と基地がある方向を指さした。退避の手順や場所が正しいのか知景にはわからないが、この緊急時にも淀みなく説明できる様子を見ると信用していい気がする。
だが、また別の問題があると思った。
「てめえにそれができんのか?」
「え?」
「この辺走り回って避難を呼びかけて、逃げるだけの体力があんのか?足腰弱いジジババやガキがいたら抱えて走らなきゃいけないよな」
「それは――」
「無理だろうよ!ここまでアタシのペースに付いて来られてない。お前が避難急かしても無意味だろ。真っ直ぐ逃げるのが正解だ」
ぐいと興己の襟を掴んで引く。興己は一歩二歩とよろめいたが、再びその場で止まった。引き結んだ口は、明らかに知景の意思を拒絶している。
ぎり、と奥歯が鳴った。
ずずん、と再度地面が揺れた。翻ると、アーストロンは方向を変え、先ほど知景達がいた場所の付近へと足を進めている。鷹のような眼光が捉えたのは、S4が保有する対怪獣用ミサイル。
「ほら栄!あれ見ろよ!」
地獄に仏とばかりに声を張り上げた。この地点は居住領地の際のため、ああいった外部に対する防衛装置が置かれている。本来は県の範囲を超えた――すなわち、外部から怪獣の襲来を察知して事前に放つもの。この距離まで接近されてはほぼ使い物にならないが、内部に侵攻された場合も想定した砲門もいくつかある。
「あれ何発か食らえば死ぬだろ、多分」
期待を込めて砲台を睨んだ。
撃て。早く。
期待は焦燥へと変わっていく。
どういうことだ。なぜ撃たない。というより、なぜ動かないのだろう。発射どころか、砲台が旋回すらしないのだ。防衛施設には常にS4隊員が数名詰めている。夜間でも交代で人員が割り当てられることになっているし、そもそもこの距離で怪獣が現れたらどんなに熟睡していても警報でたたき起こされる。
「動いた!」
興己が声を上げる。複数のミサイル砲の内、低い位置の一つがようやく旋回を始めた。
よかった、と思ったところで再度アーストロンが声を上げる。動き出した人工物に反応し、さらに距離を詰める。そして振り上げた左腕を、真下に落とした。
怪獣の腕は砲身を叩く。ごしゃ、という音に一瞬目を瞑り、次に開けたときには砲身がぐにゃりとひしゃげていた。あれでは、最早発射などできるはずもない。
「何して――」
何してんだトロくせえな。その罵声を飲み込んだのは、アーストロンの目がこちらを向いたからだ。直後、こちらヘ一歩を踏み出す。
知景は体の向きを変えた。できることといえば、尻に帆を掛け逃げることのみ。悲鳴すら上げられない。ただ全霊で駆ける。
「はあっ、はあ――」
興己の荒い呼吸が背後で聞こえた。彼も駆けだしている。だが、体格的にも体力的にも、速さは知景より明らかに劣る。
「クッッッソ!」
勢いの付いた体を止めて翻る。興己のとろまで戻り、強引に右手を取った。
「行くぞ!」
「知景さ――」
「遅えんだよお前!」
彼のペースなど知ったことではない。無理矢理手を引っ張り、全速力を取り戻す。
が、アーストロンを引き離せない。当たり前だ。いくら必死に逃げたところで、人間と怪獣では歩幅が違いすぎる。アスファルトはアーストロンの歩みでぐらぐらと揺れる。揺れが大きくなる度、接近を感じた。
二人で逃げ出してからほんの数十秒。地面の揺れで足がもつれ、二人揃って転倒する。
振り返って即座に、立つ気力が失せた。アーストロンはもう目の前だ。奴の歩幅であと2歩ほどか。3歩目で自分たちが踏み潰される。
〈ギイイイイイイイイ!!〉
とっくに逃げる意志は失せている知景に、ダメ押しの咆吼が襲いかかった。先ほどまで見上げればそこにあった退屈な空は、アーストロンの体に遮られている。
――これはあれか?もう、ヤバいか?
視界の端で、興己がすっくと立ち上がった。
「さか、え」
なぜか興己は止まっていた。アーストロンの方を向く表情は窺えない。ただ黙って、左腕を開いて見せた。巨体から知景を隠すように。
――アタシを、庇おうってのか。
その手はひどく震えているのに。
絶句して、もう一度アーストロンに目を向ける。奴はこちらを潰すための一歩を、新たに踏み出した。その時、視界の端に押し込められていた空、そこに置かれた小さな星が一つ降ってきた。
彗星が降ってきたように、見えた。
〈ギゲアアアアアアアアアアアアッッッ……!〉
アーストロンの肩に彗星が降り立った瞬間、ダストレイルを思わせる血しぶきが噴いた。苦悶の悲鳴が上がる。
知景の目は異常な現実を捉えていた。アーストロンの肩で、刃の煌めきがぎらりとよぎった瞬間を。
彗星に見えたソレは、確実に人だった。