空から降る人影は、アーストロンの隆々とした肩に降り立った。その場で煌めきが走ったかと思えば、たちまち相当量の血が噴き上がった。
〈ギギイイイイイイイイッッ!〉
深手だろう。痛みに悶えるアーストロンが空いた右手で左肩の人影をはたき落とそうとした。しかし、人影は既に飛び降りた後だ。巨体の背後に着地し、今度は尻尾の全体から先端3割辺りの位置へ駆けると上へ向けて腕をふるった。
やはり刃の煌めきが見える。得物はS4でいう
〈キアアアアアアアアアアアア!!〉
一層顔を険しくしたアーストロンが男に振り向く。短くなった尾が知景たちに向くと同時に、血が数メートル前の地面まで飛び散った。
男は巨体に背を向けて駆ける。アーストロンは追いかけ、負傷していない右手で叩き潰しにかかった。
「あっ――」
右手が振り下ろされ周囲の道路が持ち上がる。
――あいつ、後ろを見ていなかった。
ちらちらと視線を投げる程度のことはしていたが、ほぼノールックでアーストロンの一撃を回避していた。おそらく一瞬の目視と足音で距離を測り、踏み込みで攻撃のタイミングを察知したのだろう。怪獣との交戦を相当経験しないとそんな芸当はできない。
遡ってみれば、尾の切断も無駄がなかった。一度つけた切り傷を深掘りするように、全く同じ位置を斬りつける。連続で斬りつけたとはいえ、自在に動く体の一部だ。剣の腕はたしかと見える。
突如、周囲に明かりが満ちた。遅れて届く、強烈な熱波。
「う!?」
アーストロンが口から炎をまき散らしてしている。いや、よく見れば赤い光線だ。アーストロンの得意技だろうか。離れていても恐ろしいほどの熱を感じる。そんな光の帯が男を追いかけていた。
が、男は速い。光線が到達するより早くアーストロンの足を斬りつけた。少し浅かったのか、転倒させるほどのダメージではない。それでも巨大を支える軸は揺らぎ、不安定に傾いだ。
その後は付かず離れずの距離を保ちながらアーストロンを斬りつけていく。絶妙な間合いの取り方だった。足元にいれば、怪獣は自爆を恐れて光線をためらう。かといって足に引っ付いているわけでもなく、適度に距離を取ることで怪獣との距離感を錯覚しないようにしていた。
知景は黙って男を見ていた。追われていたときの恐怖は、すでに胸の内から過ぎ去っている。それほどまでに男の戦い方は安定していたし、優勢だった。
冷静さを取り戻した頭でふと考え、一つの疑問に行き着く。
「あいつ……なんで最初に首を狙わなかったんだ?」
興己が「え?」と首を傾げる。
「あの男が最初現れた時だよ。あいつ、アーストロンの肩に降りて、そのまま肩を攻撃しただろ。でもわざわざ肩じゃなくても、真横に剣を振れば首をやれたはずだ。」
アーストロンのように標準的な二足歩行の怪獣において、首が急所であることは人間や他の動物と同じだ。男は最短で首を狙えるはずだったにもかかわらず、自分の足場である肩を優先して攻撃した。
一体なぜ。
「希望的な意見になるけど」
興己もまた、目の前の戦闘に視線を注いでいた。
「進行方向に僕たちがいたからだ」
「それがなんで首を狙わない理由になるんだよ」
「首を切り裂いたらアーストロンは絶命して前に倒れてくる。僕らとの距離が相当近かったから、あのままだったら……潰されてたかも」
「あいつが、アタシ達に配慮をしたって?」
「それに、尻尾だって」
語気が強まる。
「アーストロンが振り向いたとき、切断されていたおかげで僕らに届かなかった。その後も距離をとって戦ってくれている。あの人はただ倒そうとしているわけじゃない。……僕たちを、守ろうとしてるんだ」
戦いは終盤に見えた。アーストロンは足に多大な攻撃を受け、膝をつきそうになっている。膝をつけば、それだけ急所――首に到達しやすくなる。
自分たちを守ろうとしている?
バカか、と笑い飛ばすことができない。あの男の腕なら、首への一撃で怪獣を屠ることは可能に見えるし、首を狙う必要性も理解しているだろう。それを避けた理由が自分たちだと。
「本当に、『人』かな」
知景は飛び回る男をねめつけた。再び興己が「え?」と尋ねる。
「見ろよ。あいつMITTドライバーを付けてない。それに対応も早すぎる。十中八九、S4隊員じゃねえぞ」
「たしかに、そうかも」
「そうかもじゃねえだろうが。だったらアイツは何なんだ?どうしてここに来て怪獣と戦ってんだよ。武器を持ってて、あの強さで、S4じゃないなら……何モンだよって話だろ」
「怪しんでるの?」
興己は正気を疑うような顔を向けた。
「僕らを助けてくれた人だよ」
「お前の解釈が正しければな」
知景にしてみれば、得体の知れない存在をよくもまあ好意的に受容できたものだと思う。
〈シエエエエッッ……!〉
戦いに動きがあった。アーストロンの角が、男の剣により叩き切られた。先ほどから攻撃を蓄積しているように見えたが、いよいよ崩壊の時が来たのだろう。
「角はアーストロンの特徴だけど、弱点でもある。角を損傷すると弱体化するんだ」
興己の解説に納得する。アーストロンは満身創痍の上、膝をついていた。角を折られたとあれば、もう立ち上がる気力も湧くまい。それが狙いか。
男はアーストロンの体を踏み台に高く跳んだ。空で体を半回転。腰が逸れるほど大きく振りかぶった剣は、落下に合わせて弧を描く。刃はアーストロンの首を深く断ち割った。着地と同時に血潮が噴いて、声も上げずにアーストロンは倒れ伏した。
時間でいえば、戦い始めてから5分は経っていないだろう。自分が死を覚悟したほど巨大で凶暴な怪獣は、ほんの短時間で血に染まっていた。
男はアーストロンの亡骸によじ登る。呼吸が止まっていることを確認しているのだろうか。姿形に特段奇妙な点はない。
「人間……に見えるよな」
あくまで見た目は、だが。
ふと、知景は閃いた。あの男をS4に突き出そう。
敵か味方かはこの際関係ない。S4でない人物がアペヌイに現れ怪獣と戦った。そんな事態はすでに異常であり、異常の原因を拘束する必要がある。
すでに知景らの訓練は終盤に差し掛かっており、今年4月以降の成績は正規隊員になった際の本配属地に報告がいく。自分たちはS4の研修生みたいなもの。個々人の行動成果が、隊員としての評価へ繋がるかもしれない。
「ちょ、知景さんまずいよ……!」
興己の言葉を聞こえないものとして進む。
あの男を捉えてS4に差し出す。無理なら情報を引き出して報告しよう。その成果で他の同期より一歩先を行く。
知景の中で燃える「他者に勝利したい」という欲が足を前に進ませた。
(悪いな、謎のニーサン。アタシの昇格の足がかりになってくれ)
アーストロンの死体を登って、男の肩を掴む。
「てめえ何者なんだよ」
「だから、俺の部隊のことはあんまり言えないって」
「だったら名前くらい言ってみろ。自己紹介だよ、地球人の文化を知らねえか?」
問い詰めると、男は少し怯んだ様子を見せてから薄く笑った。そして名乗る。
「カラシマ……」
「イサク……さん?」
興己と顔を見合わせる。当然だが、聞いたことある名前ではない。
心当たりがなさそうな知景たちを見て、殻島は「おっ」と眉を上げた。
「その感じだと、俺の名前とかは報道されてないっぽいな」
「報道?」
「あ、でも忘れられてんのかな。今って芳治22年の……何月?」
「えと、6月ですね」
「消えてから10ヶ月くらいか—――」
言葉を紡ぐ途中で、殻島は顔を背けた。口に手を当てたかと思うと、「ゴホっ、ゲホっ」と強く咳き込む。
「ああごめ、ちょっと喉がイガイガして」
「大丈夫ですか?」
「寄るな興己。問い詰めんのはこっち側だ」
危うく殻島の会話に巻き込まれるところだった。
「まずお前が誰で、何のためにここに来たのか洗いざらい……」
質問しようとしたところで、2日前の記憶が思い起こされた。
――その日課のランニングさ、ここ何日でいいからやめてくれないかなって。
破ってしまった
――何か、起こる気がするの。
あまりにも漠然とした予測だった。だが実際に起きている。彼女が予測した「何か」――県内に怪獣が現れ、それを空から降ってきた正体不明の男が討伐する。あまりに平穏とかけ離れた事態が。
未来はこれを予測していたのか? それとも単なる偶然なのか。
このおかしな状況に、目の前の男はどう関係しているのか。
「……いやどうでもいいか。ちょっと来てもらうからな」
聞きたいことが一気に増え、知景はここで問いただすのを諦めた。
殻島の手首を掴む。抵抗はしなかったが、引っ張っても動こうとはしない。
「来てもらうってどこに」
「S4の基地だよ。県内で怪獣騒ぎが起きたから、すぐに応援が来る。お前を連行してもらうからな」
「いや、それはちょっと……」
「嫌がるってことは何かやましいことがあんだな。逃げんなよ」
「一回、待とうよ」
殻島を掴む腕を、今度は横から興己に掴まれた。
「僕たちの恩人じゃないか」
「だからそうとは限らねえだろ」
「け、結果的に僕たちが助かったのはこの人のおかげでしょ。それに、危害を加えそうな人には見えないよ」
「覇気がねえだけだ」
「なんでこっちをディスるんだよ」
殻島は笑い混じりに口を挟む。こうして話すと、本当にその辺を歩いていそうな男だ。そういえば、日本語が通じる。殻島勇玖という名前も日本人っぽい。
知景は一度手を離した。が、警戒を怠らぬよう努める。普遍的な要素に引っ張られるな。偽名の可能性はいくらでもあるし、外星人が地球人に擬態しているのかもしれない。翻訳機を搭載していれば会話は簡単だ。
「ていうかさ」
殻島が思い出したように二人を見渡す。
「お前らのことも教えてくれよ」
「は?嫌に決まってんだろ」
「なんで」
「正体も目的もわからねえ奴になんでこっちの情報をオープンしなきゃなんねえんだよ」
「一応こっちが先に名乗ったけどな。自己紹介は地球人の文化なんだろ」
「テメェあんま調子に乗んじゃ」
「僕、
耳を疑った。興己は一切躊躇うことなく名乗る。
「
「すごい縁起いい名前じゃん」
「馬ッッ鹿か興己お前……!」
肩を寄せて脇腹を小突く。本当は殴り飛ばしたいところだ。
「何ご丁寧に自己紹介してんだよ……!」
「痛てて……でも一応礼儀として」
「じゃあそっちのあんたは?」
殻島の無邪気な視線が注がれる。「チッ」と舌打ちが出た。無視を決め込んでもよかったが、興己が名前を言ったしてしまった手前、自分だけ避けるのも引け目を感じる。
「……
「遊崎と、栄な。よし、覚えた」
「覚えてどうすんだよ」
この男をS4に連行することができてもできなくても、名前を呼び合うような親密な間柄にはならないだろう。というかなりたくない。
「随分のんきな野郎だな」
「見られたのは正直しくったと思ってるよ。でも若干テンション上がっちゃってさ。人と話すの、けっこう久しぶりだから」
「……あ?」
俯く殻島の足下に、光が落ちていた。スポットライトのような円形の光は殻島を中心に展開し、やがて知景と興己も含んで広がる。
「嘘だろ」
殻島は空を見上げ、耳元に手を当てた。
「おい、こいの2人は無関係だ! 回収しなくていい!」
「は?回収?」
何のことを言っている。この光はそもそも何なのだ。問い詰ようとする意思を、一層眩くなる光が奪う。
「やめろって、クソッ!」
声を荒げた殻島は、細目でこちらを見た。
「悪い、ちょっと迷惑かけるわ」
光はさらに強くなり、周囲が真っ白になる。目を閉じた瞬間、周囲を覆っていた熱気が失せたことに気づいた。やがて目を開けると、そこにもうアペヌイの景色はなかった。
奇妙な壁で囲われている、広い部屋だ。艶やかな赤地の上から、白いボーダーの意匠が斜めに走っている。前方はガラス張りだろうか。先に見える暗い景色に、わずかに混じるオレンジ色。マグマの明かりだろうか。注目すべきは、その手前。一段高くなった前方のスペースと知景達の左右には、こちらを見つめる存在があった。
あまりに奇怪な人型だ。誰も彼も、2メートルをゆうに越す身長。しかしてその半分ほどは、頭と口が一体化した頭部で占められている。細長い、真っ赤な頭は肩口のあたりから体の中心部へ収まっていき、輪郭には短い毛をたくわえている。うってかわって体の色は足まで青い。特徴的なのは両腕だ。肘から先は白いカバーのようなもので覆われている。薄青の先端は細く裂かれ、真っ直ぐ伸びる。カバーなどではなく手そのものなのかもしれないが、知景には窺い知れない。
知っている。テレビのニュースでたびたびこの姿を見るのだ。地球と友好的な関係を築く数少ない外星人の一種類。
かつては幻覚宇宙人の異名で呼ばれた存在、メトロン星人が目の前にいた。
「なん……だ、ここ」
であれば殻島は、メトロン星人の配下ということか。