「ぬかったな、
前方で見下ろすメトロン星人が語りかけた。男とも女ともつかない——そもそも男女の区別があるかはわからないが——中性的な声だ。
「出るなと行ったはずだ」
「ボロマ……こいつらは無関係だって言ったろ。なんで円盤に回収した」
「こちらを責められても困るね。この2人は目撃者だろう。君が出撃したせいで巻き込まれているのだと認識しろ」
ボロマと呼ばれたメトロン星人は
殻島が数歩こちらに歩み寄る。ボロマから知景たちを隠すような位置になった。
「
「口を封じる他ない」
冷たさが背を駆け抜けた。口を封じる。単に内緒にしてもらうという意味でないことは誰だってわかる。
詳細は不明だが、殻島と出会ったことは奴らメトロンにとって不都合らしい。当事者の自分達は、消されるということか。
「ざけんな」
殻島の声は、アーストロン討伐後の柔和な雰囲気からは想像もできないほどドスが利いていた。
「2人には今日のことを他言しないよう約束させる。だから地上に帰らせてくれ。今すぐだ」
「信用できねぇなァ。それよりもいい方法があんよ」
右手に控えていたメトロン星人の1人が手を挙げた。「マイル」と殻島が名前を呼んだ。
「もっといい方法ってなんだ?」
「お前にやってたタバコをこいつらに
「それなら、まあ」
「配合ミスったら自分が人間かどうかもわかんなくなっちまうがなァ」
「却下だバカ!お前提案禁止!」
マイルという髭が長いメトロン星人の発言を皮切りに、周囲から次々と意見が飛んだ。といっても、理解不能な言語だ。メトロン星人の言葉だろうか。口の発光器官がちかちかと明滅していた。
遊崎は頭をフル回転させ、目の前の殻島という男と自分たちが置かれている状況を推測する。
まず、殻島はメトロン星人の配下なのだろう。だがボロマと呼ばれたリーダー格の発言からすると、アーストロンを討伐するためにアペヌイに降りた行為は不都合であったと考えられる。特に不都合なのは、「知景と興己に見られた」と言う点なのだろう。だからこそ自分たちはメトロン星人だらけのこの場所に「回収」された。わずかに見える景色から、ここはおそらくメトロン星人の円盤の中だ。
(そういや去年からメトロンの円盤がアペヌイ上空にいるんだったな。地球の大怪災に備えるためとか何とか。……でも、何が不都合なんだ?)
知景の頭には疑問符が浮いていた。なぜアーストロンが現れたかわからないが、地球人の居住地に現れた怪獣を討伐する行為は地球に利する行為だ。メトロン星人は地球と友好協約を結んでいる。怪獣を倒す行為は、明確に親地球を表明しているように思える。むしろいいことのように思えるが、殻島は明らかに糾弾されていた。
ちら、と興己を見る。彼も目線だけをこちらに寄越した。知景と同じようにこの状況に対する不自然さも抱えている表情だ。
メトロン星人同士の話が収まらない中、知景は一度深く息を吸った。
「あのォ!」
意を決して声を上げると、視線が注がれた。突き出た丸い目にどんな意思が込められているかはわからないが、やはり不気味だ。
知景は両手を上げた。隣にいた興己もまたそれに倣う。
「……一旦発言を許してほしいんすけど、アタシらが殻島の戦いを見ちゃったのがまずいんですね?なら、そのことは絶対他言しませんよ。約束します。だから……このまま帰してくれませんかね」
「勇気がある地球人だね」
正面のメトロン星人ボロマが余裕を含んだ声で答えた。
「だが君たちを簡単に信用することはできない」
「できるでしょ。こっちは『口封じする』なんて物騒な物言いを聞いちまってるんだ。正直ビビってるし、できることなら生きて帰りたいのよ。わざわざあんたらの意向に背くようなことはしない」
懸命に虚勢を張った。萎縮していると思われたら対話にならない。その上で、彼らの機嫌を損ねないことが肝要だと思った。
再び、周囲でぽつぽつと議論が起こり始める。こちらの日本語は理解されているのだろうか。
ボロマはやはり平然たる様子で周囲を見渡した。
「少し話し合う」
やがてそう言い、フロアの脇へと歩み寄る。壁となっていた部分がにわかに浮き出たかと思えば、横に開いた。
「殻島は二人と一緒に待機していろ。監視はマイルにやってもらおう」
「あいよ」
マイルというメトロンの返事を聞き届けると、ボロマは他数名を後に連れて部屋を後にした。
くそ、と毒を吐きたい気持ちを堪える。そう簡単に逃してはくれないか。
とんでもないことに巻き込まれたらしい。ちらりと横目で興己を見ると、ひどく怯えているようだった。ランニングの重しといって背負ってきたザックの紐を強く握っている。
——アタシのせいか?
胸の中で不安が芽を出した。不用意に殻島に近づかなければ、メトロンに捕縛されることもなかったのではないか。そもそも自分はなぜ殻島に近づいてしまったのか。得体の知れない、けれど強いことは確定している人物に接近してしまった理由。それはひとえに知景の野心だった。
冷静に考えれば、メトロンの態度も不審だ。地球と友好関係にあるというのに、知景らに対しては高圧的で、すぐに解放しようともしない。
「まあお前さんら、少し殻島の部屋で待ってろよ。ここで立ちっぱなしよりはくつろげる」
マイルの濁った声が響く。今度は隠すことができず、「くそ」と声が漏れた。
無性に殻島に腹が立った。興己の言う通り、殻島は自分たちを助けてくれたのかもしれないし、殻島にホイホイと近づいていったのは自分だ。だが彼が、殻島勇玖が、何か自分たちの運命を大きく変えてしまったような気がした。
彼に向ける怒りが見当違いであることは知景自身気づいている。それでも一言、「疫病神がよ」と罵ってやろうとした時。
「ごめん」
背を向けたままの殻島が、ぽつりと溢す。やがて振り向き、「本当にごめん」と繰り返した。
「疫病神」の言葉を飲み込む。
申し訳がない——文字通り、謝罪以外の言葉が見当たらない、殻島はそんな表情をしていたから。
知景たちはマイルに連れられてフロアを出たところの通路をすすみ、一枚の扉の前で止まった。この先が、一応殻島の「部屋」らしい。
「ま、地球人同士水入らずにしてやるよ」
マイルは比較的殻島に友好的らしい。部屋に知景と興己を招いてもいいとのことだった。監視という立場上、扉の外では張っているだろうから脱出はどのみち不可能だが。
扉が横に開く。「とりあえず、どうぞ」と促す殻島の後に続いて、思わず足を止めた。
一言で言えば、茶の間。
はるか昔、およそ地球が怪獣や異星人の被害を受け始めた時代には、こういう部屋模様が主流だったらしい。根強い人気があり、今でもこのデザインを設ける家屋はあるのだが。
「なんでメトロン星人の円盤の中にある部屋が昭和チックなんだよ」
「こういう内装は嫌いじゃないらしい。頼まなくても勝手にこの部屋をあてがわれたよ」
殻島は奥の壁際に置かれた横開きの箱を開いて、中から缶を3本取り出した。それをちゃぶ台に置いてから腰を下ろした。
「何もできないけど、くつろいでくれよ」
「できるか。何がくつろいでくれだ」
どの口が言っている。知景はちゃぶ台の上に置いた飲料らしき缶を睨みつけた。
「そんでこれは何だよ」
「メトロン名物の飲み物だ。
「だから飲めるかっつのこんな得体の知れないモン!」
強く言い返したものの、視線は奇妙なデザインの缶に釘付けになる。
知景はひどく喉が渇いていた。暑い中のランニング後、アーストロンからも走って逃げ惑った。体は水分を欲しているが、飲むわけにはいかない。
「知景さん、これ飲んでよ」
右隣の興己から声がかかる。見れば、興己は水の入ったペットボトルをこちらに差し出していた。
「リュックに入れてたんだ。途中で水分補給しようと思って。ほら、遠慮しないでよ」
「ほ、本当か?」
千景はボトルに手を伸ばしたが、寸前で引っ込めた。
「……お言葉に甘えて、と言いたいところだが、もともとお前のだろ。先飲めよ。アタシは残った分でいい」
「へ?」
興己は目を丸くした。
「いや、それは流石に……」
「何気ィ遣ってんだ。アタシよりバテてたくせに」
「いや、そうじゃなくて……飲み物を共有するのは色々……アレかな、と」
「ああ?聞こえねえよ」
ぼそぼそと話す興己に詰め寄ると、「いいから飲んで!」と強引にペットボトルを押し付けられた。興己はそのまま座布団に腰を下ろし、眼兎龍茶というらしい缶に口を付けた。
「あっ、お前!」
缶を大きく傾け、喉を鳴らして飲んでいる。得体の知れない物なのに、随分と美味そうだ。
「ぷはっ!ふう……美味しい、ですね。ありがとうございます」
「お、ならよかった」
やや安堵した様子の殻島が控えめな笑みを浮かべた。そして彼自身も眼兎龍茶を口にする。缶が違うが、同じものに口を付けたのなら安全と考えてもよさそうだ。
知景もおそるおそる座布団に座り、貰った水を飲んだ。興己に少し申し訳なさを感じたが、喉を潤す水のうまさにかき消された。
一息つき、知景は口元を拭う殻島をじっと見つめる。すると向こうはばつが悪そうに肩を窄めた。
「本当に、悪かったと思ってる。こんなことに巻き込んで」
「謝んな、もういい。響かねェ。それよりもほしいのは説明だ」
「そうです」と興己も同調した。
「今僕らはどういう状況にあって、なんで殻島さんはメトロン星人と行動を共にしてるんですか」
「アタシらに申し訳ないって思う気持ちがあんなら、洗いざらい喋れよな」
殻島は腕を組んで目を瞑る。しかし、観念したかのように息を吐くと、知景と興己を真っ直ぐ見つめた。
「俺もあいつらメトロン星人も、地球に敵意があるわけじゃないんだ。ただ一点だけ、俺が加担してるって状況をお前たち2人に見られたのがまずい」
「それはどうしてですか?」
興己が訊く。
「俺は国連の命でメトロンと行動を共にしてる地球人だ。もちろん特定の国に利益をもたらすためじゃなくて、地球全体のことを考えた上でのメトロンとの作戦なんだが……一切の情報を公開せずに動いてるわけ。俺は日本人だからな。はたから見れば『メトロンと日本が秘密裏に作戦を行ってる』状況だ。それはまずいだろ」
「それは……そうですね。国が行った外星人との情報交換や作戦の内容を秘匿するのは国際的に禁じられてますし。誤解が広がったら日本は大バッシングを受けます」
「だからアタシらに黙ってて欲しいってことか」
知景はちゃぶ台に頬杖をつく。
「でもお前が焦ってんのはともかく、なんでメトロン星人側も作戦のことを知られたくないんだ?」
「メトロンだって地球とは良好な関係でいたいんだ。作戦の情報が漏洩して、どっかの国が誤解を受けるってことがあったら、今後その国とは付き合いづらくなっちまう」
それっぽい説明は為されたが、要は秘密ということだ。殻島が地球を代表して作戦に当たっているちうことはわかったが、その内容は明らかになっていない。秘密で動いているというのだから、自分たちに教えてくれるはずもないだろう。
そもそも、この発言が本当かも不明だが。
「そういやお前、さっき『俺の名前は報道されてないみたいだな』ってほっとしてたな。あれも作戦がバレると困るからか」
「え?あっ……ああそうそう!名前が広がるとまずい」
「でもあの時、『10ヶ月前か』とも言ってたな。ってことは、今から10ヶ月前になにかお前の名前がオープンになるようなことがあったのか?」
「いや、それは――」
返答に困る質問だったのか、殻島は髪を弄った。せわしない手の動きを見た興己が一言。
「髪、伸びてますね」
殻島は自分のことを言われてると気づき、一拍遅れて「そうなんだよ」と肩を落とした。
「長いこと地球に戻れないからさ。髭は剃れば済むんだけど、髪は何回かセルフカットで凌いでる状況だ。でもむさ苦しいな正直」
「あの……よければなんですけど、僕切りましょうか?」
知景の「は?」と殻島の「え?」が被った。
「あ、流石に理容師の資格は持ってないですよ。でも僕の家、代々美容院やってまして。趣味半分で小さい頃から散髪の練習させてもらってたんです。整えるくらいならできるかも」
興己の家のことは以前聞いていた。家業を継ぐか迷ったが、S4への強い想いがあり入隊を志したと。だがなぜ今、この状況で、殻島に自分の技術を提供しようとする。
殻島は戸惑いながらも、自分の前髪と指先でつまんで持ち上げ、離す。眉間の間を走る髪は口元まで届きそうになっている。
「…………是非お願いします」
「マジかてめェら」
そもそも道具はどうするんだと尋ねる前に、興己はリュックの中から革製のケースを取り出した。よく美容師が腰に付けているのを見る。現に興己のケースからは2種類のハサミの持ち手と櫛が覗いていた。
「持ち歩いてんのか?」
「お守りみたいなものだから」
一方殻島は、部屋の隅にあった使っていないシーツらしきものを引っ張りだし、広げて首に巻き付ける。これで髪が落ちても服と床は汚れない。
あっという間に美容室の一角が形成された。椅子はないので殻島は座布団に座ったまま、興己が膝立ちで背後に回っている。
「ええっと、じゃあ今日はどんな風にしますか?」
「すげえ、本当に髪切りに来たみてえだ!えと、とりあえず全体的に短く」
「わかりました。その……道具は限られてるので完璧にはできないと思いますが……あと、僕の腕的にも」
「全然いいよ。好きにやっちゃってくれ」
興己は一度深呼吸をした。やがて殻島の側頭部の髪をつまみ、下に引っ張る。おおよその長さを測った後、一部を櫛で掬い上げた。
「……何だよこの光景」
知景は頭が痛くなりそうだった。訳も分からずつれてこられた異星人の円盤で、友人が正体不明の男の髪を切っている。
――コレ夢か?
夢だとしたら相当ひどい高熱が出ている日だろう。それほどまでに現実味がなく、意味のわからない光景だ。
しょきしょきと、髪を断つ音のみが響く。興己の緊張の面持ちとは裏腹に、手つきには安定感があった。腕の良し悪しなど知景にはわからないが、今のところ殻島の髪に違和感はない。久しぶりの散髪に、殻島は心躍っているように見える。
「めちゃくちゃ慣れてるのな。安心して任せられるよ」
「そ、それほどでも。でもやっぱ難しいな。ちょっと時間かかっちゃうかも。何かお話しながらでもいいですか
「もちろん!」
「じゃあさっきのお話。国連の命で動いてるっていうの、あれ嘘ですよね?」
殻島の眼が見開かれ、そのまま固まった。しょきしょきという音のみが等間隔で響く。
「えっ……と、いや違うよ?嘘じゃなくて本当に」
「おかしな点があります。そもそも国連が地球全体のことを考えて動いているなら内容は公開すると思うんです。公開してない時点で何か一般人には知られたくない、後ろめたいことがあるんでしょう。でもそれはいいんです」
鏡がないため、興己は殻島の前に回り込んで前髪の長さを確かめた。殻島が慌てて目を逸らす。
「じゃあ次は前側切りますね。それで、仮に『後ろめたいこと』があったとして、殻島さんが本当に国連の人間なら作戦に従事していること自体を隠すと思うんです。でもあなたは素直に話しましたね、国連の命で動いていることと、秘密であるということ」
たしかに、と知景は感嘆した。本来ならば、秘密であること自体を秘密にしておくべきだ。殻島の態度は正直すぎる。今回のように、第三者に見られるという事態を想定した「それ用の嘘」も用意していそうなものだが。
「あと、殻島さん一人しかいないのも変です。緊急時の報告や援護、相互監視を考えたら、絶対に複数人いた方がいい」
殻島はやはり動かない。が表情は明らかに焦っていた。閉ざした口は、意図して黙っているよりも反論の余地がないためだろう。
「まだ少し時間がかかりそうです。本当のことを教えていただけますか」
「いや、その」
「一応、僕はあなたの背後にいて刃物を持っています」
知景が唾を飲んだ。積極的に髪を切ろうとしたのはこのためか?
興己は殻島の話を聞いた時点で違和感に気づいていたのだろう。その上で、有利な立場に持っていくために理容師の立場を買って出た。無防備な殻島の背後に立ち、ハサミを手にしているという状況になってから違和感を追及。真実を要求する。
(今日のこいつ、結構かましてんな!)
意外だった。虫も殺せないとまではいかないが、積極的に殺そうとする人物でないのはたしかだ。S4に対する熱量は十分だが、実際に怪獣に手を下す場面を想像できない。穏やかな性格の奴だ。
「殻島さん、すごく強そうなので、僕からハサミを奪って立場を逆転させることも訳ないと思います。だから今、意識して右側の髪だけ短くしてるんですよ」
「ははっ、ナイスだ栄!おい殻島、今そいつが切るのやめたら髪型超キメェぞ」
殻島は首をきょろきょろとさせるが、鏡がないため見られるはずもない。「動かないで」と興己にたしなめられた。
「……僕たちに『ごめん』って言うのに、本当のことは隠しちゃうんですね」
「それは――」
「謝罪が本心なのはあなたの表情からわかりましたよ。僕らだって真っ直ぐ受け取りたい。だから話して欲しいんです。安心してください。殻島さんが話してくれたら、僕たちも黙っていると約束します」
取引になっていないのではないか?黙っていてほしい内容そのものを、今から言えと要求しているのだ。簡単に話したくはないだろう。
だが、殻島は「わかった」と言った。
「きちんと話すよ。俺は、メトロン星人に助け出されたんだ」