前回のあらすじ
殻島の戦いを目の当たりにした遊崎知景と栄興己は、メトロン星人の機体に収容される。処分を待つ間、知景と興己は、なぜ殻島がメトロン星人と行動を共にしているのか問いただした。地球の任務で動いていると殻島は語るが、興己はそれを嘘だと看破。髪を切ってもらう傍ら、殻島はふたりに真実を語る。
「俺は、メトロン星人に助けられたんだ」
彼は10ヶ月ほど前まで惑星モシリスの地方防衛局に所属していた職員らしい。S4隊員が従事する任務の策定と提案、武器や防具の共同管理、物資調達などを行う職種だ。また、怪獣討伐業務の理解促進、緊急時には自治体とスクラムを組んで支援にあたるなど、外惑星で生活する者、とりわけS4隊員には不可欠な存在だ。
殻島は任務課で職務にあたる傍ら、「作戦行動補佐」を担当する職員に選ばれていた。局員にもS4のミッションを観察させ、簡易的なオペレーターを担ってもらう取り組みだ。
だが運悪く、殻島が担当していた部隊が強力な怪獣と出くわしてしまったそうだ。
「決して弱い部隊じゃなかったけど、突然現れたEXゴモラに壊滅寸前まで追い込まれた。だから、俺が出撃したんだ」
「……え?」
「頭おかしいんじゃねえのって思うよな。訓練もしてない、ただの防衛局員が調査地に出撃なんて。でも、俺は行っちまった」
殻島は眉間のしわを深くした。
「そのEXゴモラはどうにか討伐できたんだが、想定外のことが起きた。討伐後に、ある外星人と接触したんだ」
「10ヶ月前、モシリス、外星人……まさか!」
「バルタン星人だよ」
やはりか。知景は唾を飲み下した。
バルタン星人、分類によれば「ダークバルタン」と呼ばれる種族は、昨年8月のモシリスにて隊員を2名*1殺害している。さらにこの時同時に発生した大規模な怪獣侵攻で8名の隊員が殉職した。この事態を重く見たS4は、バルタン星人への警戒度合いを引き上げる。さらに後日、侵略行為に及んだはずのバルタン星人から、日本政府にアクセスがあったのだ。
バルタンによれば、モシリスで隊員の殺害に及んだのは「ダークバルタン」と呼ばれる種族であり、ダーク根絶のために地球と力を合わせたいと申し出た。S4はこれを承諾。いまだ限定的な話ではあるが、善良な「シルバーバルタン」と手を組んでダーク殲滅作戦を計画している。
いわば「隊員がバルタンに殺された」という事例は、現在のS4の方針を固めた転換点といえる。大きな意味を持つ犠牲を、殻島は目の当たりにしたというのか。
「先輩2人を目の前で亡くしてる」
呟くように殻島が言った。
「知り合ってひと月そこらだったけど、いい人たちだったんだ」
「覚えています。隊員の方が亡くなられたニュース、そして1人だけ行方不明になった方がいると。名前は公開されていませんでしたが、それがあなたなんですね」
流石に散髪の手を止めた興己が問いかける。殻島はしばし黙してから口を開いた。
「ダークバルタンに直接手を下されて死んだのは、2人だけなのか?日本じゃどう報道されてる?」
「え?たしか、その通りだったと」
「そうか」
殻島の張っていた肩がなだらかに落ちた。
「じゃあ、アイツは生きてるんだな」
アイツ、といった人物が誰なのか、知景は想像できた。死亡した隊員は2名、だがS4の部隊編成は三人一組が基本だ。殻島は特例として調査地に出張った職員だからここには含まれない。
もう1人、バルタンと対峙した隊員がいる。殻島はその人物を案じているのだろう。
「で、お前はどうなったんだよ」
「よく、覚えてねえんだよな。本当に必死で……でも、負けたのは覚えてるんだ」
バルタンのトレードマークである巨大なハサミと、自分の剣が触れ合った瞬間、強烈な衝撃に襲われて意識を失ったという。
「ただ目が覚めたらここに、メトロン星人の円盤にいた」
「お前が戦ったのはダークバルタンなんだろ。繋がんねえじゃねえか。どうしてメトロンに」
「ボロマたちメトロン星人が、ダークバルタンの円盤を捕捉して撃墜したらしい。俺はその中に捕らえられていて、助け出された」
ボロマから聞いた話だけど、と殻島は付け加える。
つまり、殻島は戦闘後、ダークバルタンのUFOで連れ去られ、そのUFOがメトロンに攻撃されて身柄が渡ったという順序か。 メトロン星人がダークバルタンを撃墜したという事実に違和感はない。メトロン星人は地球と友好協約を結んでいる。ダークバルタンはS4隊員を殺害した。シンプルな見方をすれば両者は敵対関係だ。
「でも、どうしてメトロン星人は殻島さんを地球に返してくれなかったんでしょう?」
興己の指摘した部分こそ、知景も気になっている点だ。
殻島が気を失っている間に、身柄はメトロンの元に渡っていた。ならばモシリスの襲撃からそこまで時間は経っていないはずだ。なのに襲撃から約10ヶ月間、殻島はメトロンの円盤に留め置かれている。
宇宙航行による時間の遅れが生じているのだろうか。だが先ほど、10ヶ月という時間を聞いた殻島に焦りは見られなかった。
「色々タイミングがむずいんだと」
頬についた髪を指で払いながら、殻島は他人事のように言った。
「地球じゃ俺は死んだか捕らえられたか不明だろ。そんな中でメトロン星人があっさり俺の身柄渡してみろ。ダークバルタンとの癒着を疑われちまう。ダークの円盤を撃墜したって証拠もないし。プラス、俺にやってほしいこともあるみたいでな」
「やってほしいこと?メトロン星人がってことですか」
「そ。ここに来て始めにやらされたのは戦闘訓練だよ。メトロン星人とタイマン形式で稽古と試合。それでも死にかけだっつーのにちょこちょこ別の星に飛ばされて巨大怪獣と戦わされたりなんてこともあった」
壮絶な経験を昨日見た夢のように話す。あんぐりと口を開けてしまう一方で、先ほどの洗練された戦い方にも納得がいった。
「あ、そうか!メトロン星人にとって不都合なのって」
「多分、『俺を使ってる』っていう事実そのものだろうな。外星人に攫われた地球人を助け出して、返さずそのままメトロン星人の仕事に使ってる……落ちてた財布をネコババしたみたいなもんか」
「お前、それでいいのかよ」
知景は食ってかかったが、「拒否権なんかねぇだろ」と淡い笑みで返されると何も言えなかった。
「まあでも、劣悪な環境で従わされてるわけじゃないんだ。ちゃんと飯は食えてるし、風呂にも入れてる。だから助けて貰った恩は返したい……返さなきゃ行けない気がするんだよ」
殻島は自身の手のひらを見つめていた。目には、うっすらとだが光があった。
「……何か目的があんのか?」
「俺がやらなきゃいけないと思ってる、以外にもう一つ。会いたい奴がいるんだ。そいつが生きてるか死んでるかもわからない。生きてたとして今後会えるのかも不明なんだ。それでも」
一度瞬いて、殻島は視線を上げる。
「俺自身がが生きていないと、確かめられないからな」
その人物は先ほど安否を気にしていた「アイツ」なのだろうか。それとも、また別の人間か。
なぜ殻島はここにいるのか。メトロン星人に匿われた以上逆らえば生きていけないという、消極的な理由もあるのだろう。だがその他に、彼自身が今の戦いを選択する意思が言葉から感じられた。状況に流されるだけではなく、たしかに自身の足で歩むという決意がある。
「以上、俺の話おしまい。おっ、なんか髪の毛だいぶさっぱりしてきたな」
「もうちょっとで仕上がりますよ」
カットは終盤に差し掛かっていた。興己は襟足ともみあげの短い毛をハサミの先端で器用に落としている。程なくしてそれもカタがつき、ドライヤーの代わりに櫛で残った毛を落とした。
「こ、こんな感じでどうですか」
鏡もないため、興己が持っていたケータイのカメラ機能で殻島を映す。ここに転送された時も地上への連絡を試みたが、全く届かなかったため今はただの板だ。
「お、おぉお……!」
殻島は声を漏らし、「すげえな」と嘆賞した。
「あの道具だけでこんな綺麗にできちまうのかよ」
「ほんとはシェーバーとかあれば刈り上げができてよかったんですけどね。すみません、今の道具と実力だとこれが精一杯で」
「むしろ理想的だぜ。栄、本当にありがとう」
殻島は目に見えて小綺麗になった。鼻の位置を越えていた前髪やうなじを隠していた襟足が整えてカットされ、むさ苦しい印象が取り払われている。なるほどこう見えると精悍に見えなくもない顔立ちだが、やはり地味というか、三日会わなければ忘れそうな印象がある。
それにしても興己の腕前には驚かされた。知景は自分も他人の髪にも無頓着だが、今の殻島の様子から興己の技術が優れていることは何となくわかる。
「将来有望だな」と殻島の褒め言葉は止まらない。
「こんだけ出来て資格はまだ持ってないんだっけか。今は修行中って感じか?」
「あ、いえ……美容師を志望してるわけじゃないんです」
「こいつS4目指してんだよ。今訓練期間中」
知景の補足に、殻島が口を開けた。
「マジかよ。そりゃ余計にすごい」
「ちなみにアタシもな。でもよ栄、お前なんで美容師じゃなくてS4になったんだ?別に家業が嫌いなわけじゃないんだろ」
以前、実家が美容院を営んでいること、継ぐかS4になるか迷って後者を選んだことは話してくれた。だが今の手際を見るに、美容師としての適性は相当なものだ。なぜ、あえてその道を捨てたのか。捨てるほどS4にかける情熱があるのか。
興己はハサミと櫛をケースに収め、大事そうにザックの中に入れた。
「実家の美容院は、もともとアペヌイにあったんだ」
「あれ、お前出身アペヌイなんだっけ」
「うん。結構老舗でやっててね。移住が始まったのとほぼ同時期から」
地球人が進出した外惑星の中で、アペヌイはもっとも日が浅い。それでも一般人を対象に移住が行われたのは103年前だ。
「そりゃ本当に老舗だな」
「ありがたいことにね。当初は中心部にお店を構えてて……おじいちゃんの代かな。移転したんだ、火ノ粉市に」
ピリ、と部屋に緊張が走った気がした。
火ノ粉市は、一昨年8月の大規模な怪獣侵攻によって壊滅寸前まで追い込まれた自治体だ。殻島の表情も強張っている。怪獣災害のことは知っているのだろう。
「家族は大丈夫だったのか」
「S4の避難と防衛のおかげで全員無事だったよ。大きな怪我もなかったし。店舗は燃えちゃったけど、ちょうど分店を出す計画を立てていたから、今はそこで皆働いてる」
「そりゃ、よかったけど」
初めて聞いただけに衝撃だった。だが、S4を目指す背景には予想がつく。自分の家族を守ってくれたS4に憧れを抱いた。だから隊員を目指している。そんなところだろうか。
納得しかけたが、ふと疑問が湧いた。アペヌイ大怪災が起きた一昨年の8月といえば、高校生はある程度進路を固めている時期だ。現に自分も当時すでにS4を志していた。8月の時点で「目指し始める」のは遅い。
「もともとS4にはなるつもりだったんだよ」
興己はちゃぶ台の前に戻って胡座をかいた。
「自分が外惑星で安全に暮らせるのはS4のおかげだって、子どもの時からわかってたし、ずっとかっこいいと思ってた。純粋な憧れからS4を目指してたんだ。でも――」
言い淀み、喉を痛めているような弱い声で続けた。
「あの大怪災以降、自分の気持ちがわからなくなった」
「わからない、って」
「大怪災で大きな被害を受けた日本のアペヌイ県は国からありとあらゆる支援を受けた。生活再建や雇用回復のための金銭的支援、人材派遣に物資。私人法人問わず膨大な量の補填がなされたよ。僕の家もそう。国からの助成金のおかげで分店は当初の予定より半年も早く出せたんだ。ただ、その震災復興支援が、地球に住む人からは『外惑星贔屓』に見えたみたい」
知景は目を伏せて眉間に手をやった。地球本土と外惑星の断絶。人類の宇宙進出以降切っても切れぬ課題だった。
現在の日本は、外惑星居住者のうち所得が一定水準以下の人に対して「外惑星継続居住支援金」を給付している。外惑星の土地は新たに開拓・開発した領域であり、その地で確立したライフラインや交通網、物資の輸送費などを考えると、生活の費用は地球本土より嵩む。そうした地域格差を埋めるための制度といえた。
だが、この支援金の水準は非常にハードルが低い。「一定水準以下に給付」という文言はほぼ建前で、実際は外惑星居住者の9割近くが給付を受けられる。公費の支出を惜しまず、多くの人々に利益が還元される図式は評価に値する。だがその一方で、「もらいすぎだ」と批判する声も少なくない。
支援金の財源は当然ながら税金だ。日本——47都道府県で暮らす国民は支援金の旨味がない以上、制度に対する不満が生じるのも無理はない。外惑星の資源は不可欠であり、そこで働く国民の生活基盤を支える必要経費として、不承不承ながらの納得を強いているのが現状だ。
だが、アペヌイの怪獣侵攻は更なる納得を押し付ける。アペヌイに対して国が支出した膨大な補助資金の必要性については懐疑の声が多かった。
無論、大怪災後の被災地支援自体は必要なものである。だが、日頃享受する利益に加えて投じられた経済支援は、それまで公費の使途に不満を抱いていたごく一部の者に油を注いだ。
数は少なくとも、SNSでは心ない誹謗中傷や自己責任論が目立った。最も被害の度合いが大きかった被災者に充てられる支援を、被災者全員が受けられると誤って拡散された情報もあった。
「僕の美容院のHPにも、誹謗中傷が来てたな。『潰されて当然』とか、殺害予告まがいのコメントも」
「そりゃ災難」
知景は半ば他人事で聞いていた。興己の家が大変だったのは理解できるし、殺害予告する人物はバカにもほどがあると思う。顔を合わせたこともない興己の親族に同情を寄せるには至らない。死んでいるわけでもないのだ。また、知景の出身は地球本土の方であり、「過度な支援だ」という意見も理解できなくはなかった。
「大変だったんだな。それで、気持ちがわからなくなったってのは」
殻島が促すと、興己は俯く。
「S4を志したのは、アペヌイや……他の星に住んでいる人に安心して暮らしてほしかったからです。いつ襲ってくるかわからない怪獣へ恐怖を、少しでも和らげたいと思って……でも、今はそんな純粋じゃない。僕らに中傷をした人とか、支援なんて不要だって切り捨てようとした人たちを、見返したくなった」
言葉を選んでいるのか、少し溜めて興己は続ける。
「僕が……S4が強くなれば、怪獣の被害に遭うこともない。そうなったら災害補助の必要性は議論に上がらない。だからもう……ほっといてくれって気持ちで訓練をしてた。関係ない奴らは黙ってろよ。黙らせてやるよ、なんて」
興己は自嘲気味に笑った。
「ひどいモチベーションだなぁ。でも、きつい訓練をやってると、自分は純粋な気持ちでS4をめざしてる人間だって錯覚できたんだ。他人を守るために成長しているんだって」
「……少しわかる」
意外にも、殻島が同意した。
「組織の大義っていうか……責任感って、乗っかりたくなる時があるよな」
「殻島さんも、何か」
「さっき言ったろ。俺は別に、モシリスで戦場に出なくてもよかったんだ。ただ、行っちまった。俺は、自分が責任を果たせる奴だと思いたかったんだ」
「…………殻島はともかく、
「はい?」と顔が知景に向いた。
「お前アホだろ」
「えっ……やっぱ、失望した?」
「違えよアホ。そもそも、S4目指す目的ってそんなに重要かよ?アタシは金稼げそうだからS4入ったって常日頃言ってんだろ。じゃあアタシはS4隊員として終わってんのか?」
「そ……そんなことない!これっぽっちもない!知景さんは僕が知る中で一番強いし立派だし」
興己は両手を大げさに振って否定する。別にこっちも怒っているわけではないのだが、そんなに怖いか。
「でも……『黙ってろ』なんて態度はふさわしくないでしょ。S4は外惑星の人を守るのが主だけど、外惑星の生活が守られることで資源とか経済が回るようになる。地球に怪獣が現れた場合も動くから、場所に関係なく全ての人を守る立場だよ」
「ふさわしいとかふさわしくないとか、小難しいこと考えんなよ。そりゃお前と未来をいびってた
「それは……極端だと思うけど」
「行動と評価が全てって話だよ!」
弁が熱を帯びるのを、知景は自分で感じた。
「目的なんて他人から見えないんだから好きにしろよ。いいじゃねえか、お前んちを中傷したバカども黙らせてやれよ。黙らせられるくらい実力がついたら、そりゃ立派なS4隊員ってことだろうが」
「知景さん……」
「まあ今のとこ見込み無いけどな。あの程度のランニングでバテやがって……あーもう!」
喉が渇いていたが、興己から貰った水は残り僅かだ。知景はちゃぶ台の上の眼兎龍茶の缶を取って口を付けた。半分ほど飲み干して、勢い良く置く。
「ちょっと美味いじゃねえかよ!」
長い話になってしまっているので忘れそうになってる方もいると思いますが、殻島が言った「アイツは生きてるんだな」のアイツは浦菱、その後に言った「会いたい奴」は湖田のことですね。