メトロン星人の円盤に収容された
その後、栄も自分がS4を目指した理由を述懐する。「人を守るためではなく、外惑星に住む人を批判する身勝手な連中を黙らせたくてS4に入った。こんな動機は不純だ」と反省する栄に、知景は「目的なんか関係ない」「いいじゃねえか、黙らせてやれよ」と強い口調ながらフォローを入れた。
薄目を開ける。
視界に飛び込んできた光が痛く、数度瞬いてゆっくりと眼を慣らした。木造の四角い笠を被った輪っかの蛍光灯が目に入る。昔の日本家屋ではよく見られた屋内照明だ。実際は、笠も蛍光灯もメトロン星人の技術による明かりで、形だけ趣味で似せているのだろうが。
「おはようさん」
男の声がした。
誰だ? ああ、
おはよう。反射で返答をしようとした。
おはよう?
急速に意識が冴えていく。周りを見渡すと、案内された昭和モダン風の和室。自分の腹にかかっているのは薄手の毛布だった。
「アタシ、まさか」
「寝てたよ」
嘘だろう。知景は
誘拐された身の自分が、目的不明の異星人の拘束下で、あろうことか寝落ちとは。
ことの顛末を振り返る。興己の「自分はS4隊員としての心構えがなっていない」という悩みを両断し、その後は何を話したんだったか。
殻島は知景たちがS4隊員であるということに食いついた。S4の知人がいたのだろう。彼に対し、ほんの僅かではあるが警戒を解いたふたりは訓練の内容や愚痴、興己と未来をいびっていた
一段落して、眠気に抗えなくなってしまったのだろう。
そういえば、興己は。
慌てたが、少し首を伸ばすと、ちゃぶ台のそばに置かれた座布団の上で安眠そのものの興己が見えた。
「興己てめえ、何ぐっすり眠ってんだ」
「いや、僅差だけど先に寝落ちしたのはお前だったぞ」
呆れた様子で殻島が言う。彼は知景の対面で話を聞いていたが、今は少し場所を移動して、三和土の縁にうずくまるようにして腰を下ろしていた。
ちゃぶ台の上には、メトロン星人の体色をそのまま貼り付けたような派手なデザインの缶が置かれている。殻島から振る舞われた
「まさか、このお茶に何か」
「入れるならイチコロで死ぬ毒だろ。わざわざ2、3時間眠らせるような薬入れても意味ねえって」
自身の非を認めたくないが故の疑惑は、殻島に笑い混じりでいなされた。
――完全に、気が緩んでた。
眠ってしまう要素は揃っていたと思う。一日の訓練と講義を経た後のランニング。その出先でアーストロンと遭遇し、さらに殻島の介入によってメトロンに攫われる。強い緊張と、この部屋で散髪と対話を経たことでの若干の緩和。心身共に疲れていた。
だが、だからといって、訳も分らず攫われた身でありながら眠ってしまった自分が信じられなかった。S4隊員志願者として、いや、人間として、あきらかに危機意識が不足している。
喉が渇いていた。知景は仕方なく、残り少ない眼兎龍茶を飲み干す。ウーロン茶に似た味だが、コクが薄いかわりに爽やかな香りとのどごしがあった。地球でも、多少は売れるんじゃないだろうか。
「……お前は寝ないのかよ」
殻島に問う。先ほどから言葉を交わしているが、ほとんどこちらを見ようとしない。じっと、扉の方を見つめていた。だがその目は、今にも瞼で蓋がされそうだ。眠いのだろう。短時間だったが、アーストロンとの戦いは重労働に違いない。
殻島は少し驚いたように眼をしばたたかせ、「客人の前でいびきかくわけにいかねえだろ」と冗談っぽく言った。
知景は舌打ちを我慢する。こいつが眠ってくれれば、興己を起こしてここから出られる。無論出口がどこか、そもそも出られるのかはわからないが、ここに留まっているよりはいいと思った。
興己を叩き起こそうとした矢先、「お前さ」と今度は殻島から話を振られる。
「いい奴だよな」
「ああ?」
「訓練中に、のけ者にされてた
眠ってしまう前に話した、知景と興己がつるむようになったきっかけの話だ。大池をはじめ「S4隊員としての素養がない」という理由で興己を排斥した、極めて馬鹿な連中のほとんどを、知景は拳で黙らせた。
「はっ」と知景は鼻で笑う。
「さっき言ったことと繋がるが、アタシは別に栄を助けようと思って行動したわけじゃねえ。ただ気に入らねえ奴らをぶっ潰しただけだ。ま、栄にとっちゃ救いの手に見えたのかもしれねえけどな。それでほいほいアタシにくっついて来るんだから面白えよ」
「面白え、か。少し安心した」
殻島はやっと扉から視線を外し、こちらに顔を向けた。
「お前、栄にはけっこうぶっきらぼうな感じだろ。栄はお前をすげえ慕ってるけど、お前が慕われることを迷惑に感じてたら可哀想だなってちょっと心配だったんだよ。でも、まんざらでもなさそうだな。いい友達なんじゃねえの、お互いに」
「友達ィ~?」
その響きに、果物の種を咀嚼したような違和感を感じた。
「そんな対等じゃねえ。栄はいわば……子分。そう、子分ってとこか」
「親分一人に子分一人か、愉快な関係性だな」
「舐めてんな殻島。いっとくが子分は栄だけじゃねえぞ。
未来の名を口にした時、彼女の忠告を思い出す。
――その日課のランニングさ、ここ何日かでいいからやめてくれないかなって。
「……殻島、お前、
殻島は心当たりがない様子で首を捻る。
「いや、知らねえけど」
「アタシと同い年の女で、一緒に訓練受けてんだ。背は栄よりも低い。髪色は茶髪寄りの黒で――」
「わかんねえって。そもそも今日お前らに会って、久々に地球人と話したんだ」
演技だろうか。それとも本当に知らないのか。
だが、未来の忠告の翌日にアーストロンはアペヌイの居住区域に現れた。殻島もだ。彼女の忠告はどこまでを見据えていたのだろう。怪獣が現れること? メトロンに手懐けられた地球人が空から降ってくること? はたまたどちらも無関係なのか。
殻島と接触した際に頭をもたげた疑問が復活した。さらに追及しようとした時、殻島が勢いよく立ち上がった。
「栄起こしとけ」
視線は再び扉へ。睨み付けている。
大人しく従い、興己の頬を叩く。興己の瞼はゆっくりと上下したが、知景と同様寝落ちしたことに気づいたのか、すぐさま文字通り飛び起きた。
扉が開いたのは、ほぼ同時だった。3人のメトロン星人が形ばかりの玄関の前で静かに立っている。
「ボロマ……」
殻島がメトロン星人の名前を呼んだ。知景には見分けがつかないが、おそらく一番前にいる個体なのだろう。
「このふたり、どうするつもりなんだよ」
「そう怖い顔をするな。遊崎知景、それから栄興己。この2名は、今すぐアペヌイの日本国居住領域内に返還する」
そこからは早かった。メトロン星人に「立て」「歩け」と要求され、白い斜線のような意匠が施された通路を進む。周囲をメトロン星人に囲われていて、威圧感があった。後ろには殻島も付き従い、やはり睨むように周りのメトロンへ視線を投げている。
やがて、最初に転送された広間らしき場所に至る。その中央まで行くよう促され、ふたりは従った。その場には10人以上のメトロン星人がいたが、距離は遠く、誰も彼も広場の隅に留まっている。見世物にされる珍獣の気分だが、この場には殻島を含め地球人は3人だけしかいないため、その反応も当然と言えば当然か。
ふと、足下の床に円が形作られているのが見えた。知景と興己との間にあった円は徐々に直径を伸ばし、ふたりの立ち位置を内側に収めた。
覚えている。アペヌイからここまで移動された時も同じ現象が発生していた。
遠巻きの中からボロマが円の一歩外まで歩み寄った。
「我々の技術で君たちをアペヌイに戻そう。先ほどアーストロンが現れた場所は緊急の対応で地球人が集まっている。少し離れた場所に送ることにする。今日ここで見聞きしたことは無論――」
「口外禁止。わかってますよ」
知景は大げさに頷いてみせた。ボロマは無反応だ。メトロン星人の表情など読み取れないが、冷たい目を向けられていることはわかる。
「その輪から手や足を出すなよォ」
そう声を投げたのは、殻島に「マイル」と呼ばれていたメトロン星人だった。
「はみ出た部分だけこの船内に置き去りになるからなァ」
ふたりして身を縮こめる。円は光を纏い始めていた。転送までもう間もないのだろう。
「遊崎!栄!」
殻島に名を呼ばれる。声のした方に振り向いた。殻島がいた。光は一層強くなっていた。彼の口が動いた。
眩さが視界を覆う。しかしその光は、瞬きを一度するかしないかの時間で消え失せ、次に目に入ったのは住宅街だった。
「……え?」
「は?」
辺りを見回す。電気が消えた家々の間を縫う細い道路の真ん中。周囲に自分たち以外人はいない。上を向くと、溶岩の明るさで居場所を減らされた夜空が見える。暑さを遅れて知覚した。
まぎれもなく、アペヌイだ。戻ってきたのだ。
「知景さん、殻島さんの言葉、聞こえた?」
ああ、と興己の方を向かずに答える。元気でな。そう言っていた。
街中でいくらでもすれ違いそうな雰囲気の男が放った言葉は、再び会うことを一切想定していない風で。それだけに、まだ耳の奥で微かにこだましていた。
しばし放心していたが、やがて興己と共に走り出した。考えていることは同じだった。
帰らないと。
知景たち訓練隊員が入れられる寮には門限がある。今日のような金曜以外の平日は夜の9時までに帰らなくてはならない。以降は寮が施錠され、翌日の朝点呼までに戻らなければ教官からの大目玉とペナルティ訓練のセットだ。
しかし、抜け道はある。知景たちは既に1年間の訓練を経て、今は第三期訓練を行っている隊員だ。これまでに比べ、訓練隊員達が要領のよさを発揮し始める。
第三期は酒が飲める年齢になる者もちらほれ出始める。派遣地域の繁華街に遊びに出たり、意中の人と逢引きしたり、外への欲求は何かと高い。当然門限など気にしていられないため、各地で夜中でも寮の部屋に忍び込めるルートが共有されていた。知景と興己が所属する
これは高卒入隊者の訓練期間が長く設定されているS4で、昔からの慣習だった。無論、全く気づかないほど教官側は愚かではない。というより、自分たちもその時期を経て隊員になっているのだから筒抜けのはずだ。だが、第三期訓練は、規律の締め付けが厳しい一期と二期を経た後だ。その期間まで厳格なルールを敷くことの難しさは理解しているのだろう。秘密の帰寮ルートに言及する教官はいない。「見つからないように上手くやれ」というスタンスを取っているはずだ。
「殻島のこと、誰にも話さなくていいよな?」
駆けながら興己に確認すると、彼は驚愕の表情を浮かべた。やはり話すつもりだったか。
「い、いや、言った方がいいんじゃないかな。あのままだと殻島さん、ずっと地球に戻れないよ」
「殻島のことを話すってのは、メトロン星人が黙って地球人を使役してますっつう『悪事』をバラすことになるぞ。それがきっかけで日本と……いや、地球とメトロン星の関係が悪化するかもな」
「そこまでの事態には」
「流石にならない、か? でもなるかもしれない。可能性はどっちも否定しきれない。ならやめといた方がいいよな。殻島は別に、いいんじゃねえの。アイツ自身、メトロンの手伝いを『やんなきゃいけないと思う』っつってたし」
でも、と興己は反論しかけるが、その先は呼吸が荒いばかりで言葉にならない。やはり知景のペースについて行くのは難しいのだろう。
「はっ、はっ。と、とりあえず明日、明日もっかい話そ」
「あ~はいよ。わかった」
未来にも少し聞いておきたいことがあるしな。
知景は興己のために多少ペースを調整して走り、寮付近まで到着した。寮は男女で棟が別れているため、その場で手を振り興己と別れる。
寮の周囲は警備ドローンが見回りをしている可能性が高い。ドローンに見つかると後日教官まで報告がいくのでアウトだ。
面倒だったが、付近の住宅まで一度戻り、遠回りで寮の南側を目指す。静かに柵を越え、念のためドローンを警戒しながら屋内演習場の横を抜けると寮は目の前だ。
真っ暗の窓が規則正しくならぶ建物に目を凝らす。
(たしか、最上階の端の部屋に……)
ビンゴだった。知景が記憶していた部屋のベランダにから、山岳救助などに用いるワイヤーロープが暗がりにまぎれて垂れ下がっている。知景はロープの場所まで駆け寄り手早く体に巻き付ける。「共有された秘密のルート」とはいっても、見つかりにくい簡単な経路が示されているだけで、肝心の部屋まで戻るにはロープを登れというお粗末なものだ。他に命綱などもない。訓練を経た者の体力と身体能力なら登攀自体は難しくないが、危険なことに変わりはない。
ロープを握り、壁に足をついて上り始める。一回はジムが併設されていてベランダがないため足をかける場所がない。舌打ちが出るが、知景の部屋は3階なのでそこまできつくはない。
このハードな帰寮ルートを覚悟してまで逢引きに走る奴もいるというから、若人の情熱は凄まじいな。どこか他人事のようにそんなことを思った。
思えば知景の人生において、恋愛や交際といった甘酸っぱい歴史は存在していない。中学までは
向こうから言い寄られる、という経験もない。それには知景も納得だ。自分より背が低い男子も少なくなかった。性格の面でいえば男らしさで知景に勝る男子は逆に希少種だった。
故に、男との交流そのものが少ない。それはいまこの瞬間もそうだ。大池や大池派の馬鹿どもはつっかかってくるのでそれをいなすことはあるが、あれを交流とは呼びたくない。
(強いていえば……栄、とかになんのか?)
ずるっ、と壁を登る足が滑った。
「うおおっ!?」
巻き付けていたロープが痛いほど体を締め付ける。腕力でなんとか姿勢を維持し、再度足を壁に置いた。
(二度と門限は破んねえ! いや、今日も破るつもりなんざなかったが)
その後は順調に登り進め、3階にある部屋のベランダに体を移す。知景の部屋は2つ隣だったが、ベランダ同士の感覚は狭いため後は簡単だ。
自室のベランダにようやく到着した知景は、コンコンと窓を叩く。門限を超過する者は事前に同じ部屋の人に知らせておいて鍵を開けておいてもらうのが通例だが、できなかった場合は寝ている人を起こさなくてはならない。知景の部屋は4人部屋だが、運良く一番親しい未来のベッドが窓際にある。具合が悪いといって一日救護室から戻ってこなかったが、夜は流石に部屋にいるだろう。
コンコン。もう一度叩く。が、鍵は開かない。
「約束破って走ったことにキレてんのか……? ここまで来てクソ暑い屋外に放置とか勘弁だぞ」
ゴンゴンゴン、と強めに叩く。シャッとカーテンを引く音がし、すぐに窓が開いた。
「よう未来、悪かった色々あって――」
「ああ、遊崎さんか」
そこにいたのは、未来ではなかった。同部屋の割に仲が良くも悪くもない女が、無理矢理起こされた不快感を隠さず顔に出している。
「…………未来、は」
「今日は部屋に戻ってない。ていうか早く入って。眠いんだけど」
訓練隊員の朝食は、朝点呼の後に食堂で摂る決まりになっている。メニューは日替わりだが昼のように個人で選ぶことは出来ないため、皆が機械的に盆を手にして席に流れていく。栄興己も一通り朝食が乗った盆をテーブルに置き、倒れるように腰を下ろした。
眠い。目元を擦った。昨夜寮に戻ったのが午前1時を少し過ぎた頃。メトロン星人の円盤にいたのは、およそ3時間くらいだろうか。あの中でも寝てしまったし、戻った後もすぐ布団に入ったが、強烈な出来事の後でどうにも眠りが浅かった。これで今日を1日乗り切らなければならないのが憂鬱だ。
風呂には入れていないのも気持ちが悪い。入浴時間は決められているため、今日の夜まで汗を流すのもお預けだ。応急処置としてボディタオルで入念に体を拭いたが、今日一日はあまり異性に近づきすぎないようにしよう。
(特に知景さんには……ああでも、昨日のことも話さなきゃだし)
ふりかけを米の上に撒いた時、「よう」と同部屋の訓練隊員が左隣に座った。能力の低さをあげつらわれ、いじめに近い境遇にあった興己だったが、あくまで風あたりが強かったのは大池と彼に与する者だけだ。ありがたいことに他の人は親しく接してくれる。昨夜部屋の窓を開けてくれたのも彼だった。
「聞いたか栄。なんか女子部屋の方で事件あったらしいぞ」
「事件……?」
「昨日具合悪いっつって訓練休んだ女子がいたらしいんだよ。お前と遊崎とよくつるんでる……帯野だっけか」
「うん、未来さんがどうかしたの?」
「ずっと救護室にいたみたいなんだが……行方不明なんだと」
口に入れた卵の味が失せた。
「行方、不明?」
「養護員は『治ったから部屋に戻る』って言う帯野を見送ったらしいんだが、同じ部屋の奴は一切見てないっぽい。で、それっきりだ。嫌だよなあ、最近不穏で。S4隊員殺した犯人がやっと捕まったっていうのに。っていうかお前、昨日の夜いなかったよな。何か知らない?」
問う声に返答できない。
どうして、未来さんが。
頭は疑問で埋め尽くされる。知景を探そうと首を伸ばした時、今度は右隣にやはり同じ部屋の男が座った。
「おう、その話な。行方不明者もう1人追加だよ。同じ部屋の遊崎も、朝に部屋を飛び出していったらしい。帯野を探しに出たんじゃねえかな」