統治惑星の歴史観察と、その経過による副産物について   作:Thymine

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赤い馬 vol.2

 女は結局瀕死に追い込まれていたようで、身体中に増設された生体ポンプ(血管のようなもの)から色とりどりの体液のカクテルをこぼしていた。近くにしゃがみ込む性別を持たないもの三人。少し離れたところに、後頭部から血を流す男が一人。

 ここは先ほどまで酒場だったようだが、企業が“購入”手続きを完了したようで、手荷物を持つ暇もなく全員追い出されていた。

 男はうすらと意識を取り戻し始める。臆病な彼は、相方とは違い堅実で頑丈な改造を心がけていたようだ。超合金に換装していなければ頭蓋が原型を残していなかったであろうし、そうであっても脳みそを口から吐き出させるほどの衝撃が襲い掛かったことだろう。

 気づかれていないことを祈りながら息をひそめた。気絶する前からずっとカチャカチャと響いている金属音が、横たわる脳裏に嫌な感覚をかき立たせた。

 共通規格を持つ人間に対する専用の切開器の鳴らす音だ。

 ドレッドヘアのように頭部からチューブを伸ばしている性別無き者は、腕部側面のコネクタに繋いだ、自在に蠢く細長い切開器の動作を確認している。

 ひとしきり満足に動くことを確認したドレッド・チューブは、迷うことなく女の項に切開気を差し込み、脳に達する道を拓き始めた。残りの二人はそれを見守るのもほどほどに、立ち上がって遠くの方を見始めた。

 共通規格改造者は、例外なく通信機器を埋め込んでいる。

 一番基本的な手術にパッケージされている以上の理由はないが、だからこういった時に情報が出回るのも早い。

 男はこの時代でも祈り続けた。最近の流行は神ではなく、大企業に祈る方が建設的と言えたが、今回に限ってはその大企業が敵だった。だから彼は仕方なく、形も名前も知らない自分だけの神様に祈ることにした。

 細やかに想像され、信仰され、真実味すら帯びていた神という概念は破壊されて久しく、何か凄いものがいるというアバウトな認識だけが子供の流行に似てうすらに広まっているにとどまっていた。技術とは正反対である。

 カチャカチャという音が遂に肉を割いて瑞々しい骨を割く音に変わり始めたとき、遂に罪悪感というか、よからぬ感傷に支配されてしまった男は、臆病であるのに顔を上げた。酷く控えめにだが、確実に。

 きょろきょろと眼球であたりを探って、ドレッド・チューブの背中に半分ほど隠された女の身体を見る。うつぶせに転がされ、髪の毛はばっさり刈られてしまっており、丸見えになった皮膚からさらに赤黒く走り回る管と液体が見えていた。男は心臓が脈打つ感覚に、妙に敏感になった。

 肉を見た人間の反射的な嫌悪感。だがそれよりも、驚愕が勝った。訳の分からない悲劇的感触に、動きを止めるほかなかった。

 もう一度自分も、同じよううつぶせになるべきだったのは火を見るより明らかだったのに。

「片割れが起きたぞ」

 つんざくような電子音によって作られた声が鼓膜を貫く。今更気絶したふりをしようと逡巡したが、もう遅かった。

 またもや目にも留まらぬ速度で目の前に出現した、先ほどまで野外手術をしていたやつが、乱雑に髪の毛を掴みとって背骨のきしむ方向へと折り曲げたからだ。他二人はのそのそと定位置に戻り始めている。

「クソ大ボケ野郎、生きていただけ幸運だと思えよ」

 それは技術的限界によって合成音声じみた声帯に甘んじているわけではない。金銭的要因に制限されているわけでもない。相手は大企業のトップクラスであり、前述した二つの要因は完全にクリアしている。

 ではなぜこのように威圧的でがさついた声を出しているのか。ひとえに趣味に過ぎない。

 これが所属する企業はE.Mechanicと名付けられており、兎にも角にも“乾いた”皮膚と内臓が好きで、作るインプラント全てが機械的形質を持つという恐ろしい企業だ。

 そんなものだから、重役は兵士やボディガードを雇うのではなく、大抵法外な技術と金銭を自らに注ぎ込んで異様なまでに自己改造を施す。当然、そこら辺の非合法犯罪組織等よりは、単騎の時点で数段強い。

「~~~~ッ」

 肺と腹が圧迫されて、言われるがままに呻き続けるだけの男。反論は力関係に差がありすぎる時にするべきものではない。そして、反論するだけの正当性も無かった。

「いいか、今から言うことをよく理解して間違いのない様に答えろよ」

 呼気。生唾を飲み込む音。緊張、やがて弛緩。光のともらないセンサがじっと男を覗き込む。

「奪ったインプラントを何処にやった。あの女の脳回路は半分ぶっ壊れていやがった。お前が頼りだ。マシな処遇にしてやることは約束してやる」

 揺さぶりが突如止まる。流れる時間も同じように止まったように思える。

「ッ、ハァッ。ね、先、輩が……」

「あの女か? それで、どうしたんだ」

「その場で、ハァ……」「“入れ込み”ました……!」

 センサが光る。思わず出てしまった驚愕と困惑の感情。行き場を失ったそれらは即座に男にぶつけられる。

「ああ!? ボケにボケを重ねてんじゃねえぞ!」

 磨き抜かれたセラミックスタイルに自らの顔が急速に近づくのを感じながら、男は衝撃に身構えた。

 着地。前歯が派手に折れて、奥歯が幾つか砕ける。そういえば歯は改造を施していなかったことを思い出して、この際入れ替えてしまうのもいいなと暢気に考え始めた。

 流れ出ていく体液が恐怖も同時に奪っていく気がする。

 厳密には判断力が消えているのだが。

「クソが……」

 肉の皮を取って、肉の内臓を入れ替えて、そして脳まで高純度のシリコンに入れ替えても尚、プログラムに残る怒りは消し去ることはできない。夥しいインプラントによる制御があるからこそ致命的な判断ミスを下していないものの、ストレッサーとしては常にそこの鉄の塊をむしばんでいる。

 感情はここにきて、ただ単に鬱陶しい嗜好品になり果てていた。

 悪態を吐き捨てながら男を蹴り飛ばして、女の方に向き直る。

 体液の海、倒れた機械二つ、威圧するように立ち上がった赤い怪物。尋問の続きをしようと手を伸ばして、判断を下す前に体全体が後退った。

 電子化された脳構造に走る、未来とも過去とも合致しない情報の群れが、それの神経を衝き動かした。

 

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