統治惑星の歴史観察と、その経過による副産物について   作:Thymine

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昇降機の麓 Vol.4

 周囲の派手で煌びやかな広告灯と比べて、一回り程主張の少ない、ただの文字情報が並んでいる。“調整、新造、何でもあり。ダイダロスメディカル提携”。

 くすんだ防弾アクリル扉が、歩道のアスファルトのひび割れを拒むように佇んでいた。

 目の前に立つコガの姿は、後ろの喧しい煌々とした広告灯の反射を後光の如く纏っていて、そこに映し出される表情を定かではないものにする。

 変わらぬ共通規格のCMが、落ちくぼんだ下町には不釣り合いなほど色鮮やかだった。

 店側のシステムがコガを認識する。キリキリと軽い擦れる音が上と下から鳴り響きながら、扉が横にスライドしていった。可動範囲内を走り切る前に、急いで滑り込むようにして彼は中へと入っていく。

 除染されつくした、白いアルコールの匂いが漂う青白色の光に満ちる世界。しかしE.Mechanicの、潔癖すぎるきらいすらある工場とは打って変わって、至る所に陰がある。

 神経質なほどに気を使われているのにも関わらず、空気の中には微かに生臭い人間の匂いが混じり込んでいた。それが肉を取り扱う、こういった“メディカルセンター”の当たり前だった。

 青色に染色された合成皮質のふくよかなソファが並んでいて、その上に数人、気だるそうに座っている。受付に人は見当たらず、擦り切れたシリコンカード(ポータブルのコンピューター基盤)の刺さった、トランジスタよりコンパクトな筐体だけが置いてある。診療予約はここから入力するというガイドラインが、壁、天井、筐体本体、その他色々なところに張り付けてあった。

 右手には人工観葉植物が置いてある。シンノウが成り行きに任せて遺伝子改造した、盆栽めいた見た目と空気除染能力を持つベストセラー製品。

 彼はまだ筐体に向かはない。そこらのソファに座っているものに向き直り、緊張した顔面の筋肉を動かし始める。

「長い黒髪を束ねた、重度改造者の女を見かけませんでしたか」

 上の空で天井を見ていた病院の客人、赤毛の女──一見そう見えるが、こいつも重度改造者である。まくり上げられた腕にはいくつも重ね合わせを示すラインが走っていたし、フレーム全体に多様な強化改造が施されている。おそらくシンノウのユーザーだろうか、金属部品は全く使っていないように見える──に尋ねた。彼女は最初、自分が話しかけられていることに全く気付いていなかったのか、そのままの体勢でずっと虚空を見つめていた。

 このような場合、人間の大半は共通規格を通して空想世界を見つめている。2200年代は、自身のニューロンの中にある妄想を細部まで細かく立体化したものや、誰かの作ったそれを、また直接脳で見ることができる時代である。

「あの、長い黒髪を束ねた、重度改造者の女を見かけませんでしたか」

 二度目の問いかけが言い放たれて数秒後、病院客は虚ろに開かれていた瞳をぴくりと動かし、その上に何度も瞼を行き来させた。半分開け放たれていた口を閉じ直し、焦点が突然現実へと向けられ始める。

「それ、私に訊いてんのか」

「そうです。貴方に訊いています」

 ようやく閉じられた口をまたもや開いたその病院客は、ぽりぽりと頭を掻きながら何かを思い出す素振りを見せた。そして、やめた。

「わかるわけねえだろ、曖昧過ぎる。見た目は……当てにならねえだろ? 重度改造っつったって、何を入れてるのかがハッキリしてない。どんな企業のジャンキーなんだ?」

 彼女は自分の眼をまず指差して、そのあとコガの眼を指差すジェスチャーを取った。もっと具体的に言えと暗に伝えている。

「色々ですが、代表的なのはシンノウのフレームです。確か輪廻という名前が付いていた筈。腕はE.Mechanicのタイプライターで、足はアテネ。外側からわかる範囲では……これくらいです」

 名前が一つ出るたびに、目の前の赤毛はどうにもうんうん唸っていた。

「見てない。そんな金持ちビルドは数日遡っても見ていないな」

 そいつはお手上げのジェスチャーをする。心の底からわからないといった風にしていて、実際嘘をついているようにも見えなかった。

「自身を除いてでしょうか?」

「鏡の中で失せ人捜しをするやつはいねえだろうよ」

 半分呆れたように笑う彼女の肉体は、コガの見立てでは相当高級品を使っているように見えた。例えばフレーム、皮膚はダイダロスメディカルの特殊装甲品“イリデセント”であり(あらゆる運動エネルギーによる攻撃を"最低限"の被害にとどめるといった代物であり、実際民間で使用することのできるライフル弾ではほぼ倒れない怪物を作り出すことができる)。

 コガは知る由もないが、実は腕部にもシンノウの酵素分泌型化学兵器が仕込まれていた。脚部ですら、E.Mechanicの誇る位相転移システム、その民間デチューン品を使用していた。

 彼女もまたインプラントジャンキーである。コガの先輩やこの病院客のような、最早生身に対して執着も思い入れもないような存在(日帰りで肉体改造をし、ネット通販のノリで新しい肉体パーツを買いそろえることができる人間)は、Readymade(企業に作られた存在)と呼ばれていた──畏怖、侮蔑、その他様々な感情が混ざり合った奇妙な文化的要因によって──。

「時間を取りました。ありがとうございます」

 コガは少しずつ削れる余裕を自覚しながらも頭を下げた。まだ捜査はたったの一件目である。しかし、今確かに一つの手がかりを徒労に終わらせた。それは確実に、後々響いてくることになる──コガはそう信じていた。

「失せ人捜しはちゃんとした探偵にでも頼んだらどうだ、兄ちゃん」

 そいつは知ってか知らずか、コガをおちょくるようにそう言った。

「自分も探偵ですよ」

「向いてなさそうだ」

 軽く言う。なんでもないように軽く笑いながら、どうやらまた虚空を見始めたらしい。コガは反論する気力を持たなかった。向いていないという言葉が、どうしても事実のように頭に残り続けた。初仕事でこれほど派手に失敗して、しりぬぐいに奔走しているのだから、やっぱり向いていないのではないかと自問自答し始める。

 ぼんやりと瞼を開いたまま制止する病院客を放置して、彼はまた別な病院客へと話しかけ始めた。

 

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