統治惑星の歴史観察と、その経過による副産物について   作:Thymine

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昇降機の麓 Vol.5

「あんたの姉貴分……ツチイだろ? ならさっきここに来ていたよ」

「何時来たんすか!? 何処に向かうとか、なんでも言伝だとか、なんなら様子だけでもいいから教えてもらえると──」

「喧しい、煩わしい、矢継ぎ早に話すな」

 結局客に片端から当たったコガであったが、彼の先輩にあたるツチイ・スイを知るものはおらず、数多の失意を重ねた先に、最終的にこの医院の主にまで調査を行った。

 顔なじみであるから、先ほどよりかは気を張らず崩した口調で話しているコガと、そして面倒くさそうに机に向かったままの医者。コガはあの破滅的な依頼を遂行する前、気合を入れて肉体改造しようとツチイに連れられて、この医院のお世話になっていたのだ。

 この医者はツチイとの昔なじみのようであったが、表通りの整然とした医院にしか肉体を触らせないことにしていた注意深いコガにとっては、そんな経歴の全てが信用成らないものである。結局事故も過失も詐欺もなく彼は手術を終えることになったが、その時の気持ちの悪さと言えば筆舌に尽くしがたいものであった。

 そんな経緯があったにも関わらず、何処か生臭さ漂う診察室の中で二人、話し合っている。医者は面倒極まりないといった様子だったが、コガは興味津々、身を乗り出すかのように話を続けようとしていた。

 専門的な医療器具が辺りに散乱している。衛生観点より使い捨ての器具が多い業界ではあったが、それにしてもゴミが多い。医者には生きた人間の助手が居ないようで、表面を不活性ゴムで覆われた作業用の人型機械(これもE.Mechanic製であった)が佇んでいる以外、従業員らしき人員を見つけることができない。

「正直、見たこともない位酷い状態だった」「死体重体健康体問わず色々診てきたが、あんなものは初めてだった。十回死んでもまだ死ねるレベルだ」

 ストレスレベルの上昇。強烈な眩暈に似た感覚が頭蓋の裏側から湧き上がって、脊椎を殴りつけるような感覚。脳裏のインターフェイスに警告が上る。

『バイタルに異変を確認したが、まさかもう交戦を始めたわけじゃないだろうな』

 エンカルナシオンの無神経な通信が響き渡る。眩みは最早痛みにも似ていて、またこの企業職員への怒りを湧き上がらせた。せめてもの抵抗としてか、疑義に対し説明することもなく医者との会話を続行する。

「……死んだんですか? 遺体は何処に? 俺は──」

 狼狽の中で、確認したいとい意識があった。医者の見間違いかもしれない。そうでなくても、この医者が本当はツチイの居場所を知っていて、それを隠そうとしているのかもしれない。もしかすると、こいつはツチイの遺体に何か用があって、自分からそれを奪おうとしているのかもしれない。

 だが浮いては沈む考えを破るように、医者は静かに言葉をつないだ。

「いや、死んでなきゃならなかった。問題は“死んでなかった”ということだよ」

 医者の表情は読み取れない。以前見たときには、顔面の発光ダイオードが色鮮やかに煌めき輝いていて、概ねそれで人間的な情緒というものを感じ取ることが出来た。今はただ、暗黒だけがある。磨き上げられた表面のつやだけが、闇の中の闇を強調していた。

「何を言っていたかは事細かに思い出すことができる。共通規格に録画だってある。だが、お前らがクソみたいな仕事を受けていたことも知っている。情報が欲しいならリスクから保護する保証が欲しいところだな」

 コガは唸った。当然のことだ。相手からすれば自分もツチイと同じところにいたのだから、自分にも何かあるに違いないと推測されてしまうのは理にかなったことである。それに、彼自身、ここ数時間で起きた出来事の全てが荒唐無稽である自覚があった。差し出せるものはあまりにも少なく、それを得るためには時間が足りない。

 それでも、何よりも、彼はツチイの足取りを追いたいと思っていた。倫理に反するとしてもだ。実際反しているし、筋は通っていなかった。そこには世界と同じように、連続する欲望がくすぶっているだけであった。

「でも、今更関係をすっぱりと切るってのも無理な話っすよ。クソみたいな依頼を受けている探偵に施術した時点で、執刀医のアンタにもある程度調査の矛先は向く」

「脅しのつもりか、坊。向いてないぞ、お前には」

 深海魚めいたライトが顔面を覆う。感情の凪は消えて、微かな緑色と黄色の混じった、都心部で見る星空のような模様を作り出した。

「つもりじゃないっす、本気っす。どんな手を使っても教えてもらいますよ」

 言い切った瞬間、医者は激怒した。それは誰から見ても明らかなほど目を焼かれるほどの緋を顔面に湛えたからで、コガはそれを見て余裕をもって身構えることが出来た。

 ギラギラと輝く顔が急速に迫ってくる。コガはそれを投げ飛ばすべく、椅子から滑り落ちるように立ち上がり、腰を大地に据え付けようとした。

「だから向いていないんだ」

 脳内では、確かにそう思い描いていた。実際には、いつの間にか背後に移動していた唯一の従業員(鋼鉄製)が、コガの肩を掴み、椅子を蹴り飛ばし、後頭部から地面を縫い付けるようにして抑え込んだからだ。

 吹っ飛ばされた椅子を飛び石のように使ってさらに加速する医者。

 同時、コガは足首を踏まれ、続いて着地した膝に太ももを固定され、髪の毛を引っ掴まれて、動作の自由度を完全に奪い去られてしまった。

 焼き入れされる日本刀のように、医者の顔色はいつの間にか冷え切って、元の深海のような色合いに戻り切っていた。本当に怒っていたのか、あるいは怒っているように見せかけていたのか、それは本人以外わからぬものであった。

「お前たち探偵は博打が好きだ。持ち物すべてが小さく思えるからだろうな。見るものすべてが天に伸びていて、足下の自分を見失わせてくる、そんな環境に身を置いているからそうなるんだ」「これはあくまで私が明日も生きていたいからやることだが、それと同時にお前を一日でも長く生き延びさせるためになることでもある」

 医者はそう言いながら、向かい合わせの従業員へと作業用の腕を伸ばす。副椀はありふれた改造である。

 取り出されたのはアンプルだ。コガは一日のうちに二度もアンプルの世話になろうとしている。中身の色合いは奇妙な蛍光色であり、それが「判別を必要とする、不用意に打たれては不味いモノ」であることを如実に主張していた。実際それは即効性かつ長期にわたる睡眠剤であった。

「無理っすよ。自分はE.Mechanicにやらされてるんです、結果を出さなきゃどのみち死ぬ。俺はやつらに捕まっていて、やつらも姐さんを捕まえたがっているんです。俺だってずっと行方不明のまま諦めるわけにはいかない、わかってくれないっすか」

「そうだとしてもE.Mechanicに殺されて死ね。この死に方をするべきじゃないんだ」

 医者は聞く耳を持たなかった。

『おい、どうした。本当にどうした、おい!』

 エンカルナシオンの怒鳴る声。早回しにした思考が恐怖により少しずつ鈍る感覚を感じながら、コガはもがき続けた。

 瞬間、痛みが走る。

 自分はここまで針を恐れていた人間だっただろうか? そんな感想をコガが持った瞬間、目の前を掠めていくのは尋常ではない速度の鋼鉄のインゴット──銃弾である。

 それは針と、アンプルそのものを横にすっ飛ばし、ついでに完膚なきまでに叩き割った。同時に、コガの皮膚の一部と、繊細に稼働するため耐久にすぐれなかった医者の副椀を吹っ飛ばした。

 診療室の電子鍵は当たり前のように開いており、その向こう側から銃口と輝くセンサが見える。大柄な全身改造者であり、しかもその姿は生まれたときものから大きく離れて、その上頑強である。脚はS字に湾曲し、頭部の形状は銃弾を弾くことに最適化され、その上で強力な認識装置を詰んでいることがわかる。

 腕部は不気味な漆黒の、のっぺりとしたデザインで構成されていて、反射光に隠れるようにきめ細やかな回路が表面に無数に刻まれていた。

「コガは君で、ここの主が君か」

 低い男の声で、そいつは二人に話しかける。

 

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