境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~ 作:フォレス・ノースウッド
三巻目に行きたいけど、せいぜいマヨウンジャートランプによる座頭のいっつぁんもびっくりなイカサマ上等ババ抜きが限度ですね。
だって三巻のラストは波乱の予感を秘めて続く、なもので、四巻の音沙汰がまだない現状、下手に手を出せません。
ただ作者のツイッターが19日でのRTを境に更新されてないので、もしかしたら続きの執筆に――
その日の朝も僕は、文芸部の活動の為早起きし、作り置きしていたオムライスを暖めて朝食とし、季節の時期では中間に当たる制服を着て、住まいである女子専用でもないのにセキュリティが厳しいマンションを後にした。
「先輩、おはようございます」
「おはよう栗山さん」
最寄り駅に付くと、丁度今日も眼鏡の似合う後輩女子の栗山さんと鉢合わせ、一緒に通学する格好になる。
四月の凪の一件以来、栗山さんと一緒する通学することは、すっかり僕の学生生活にて定着していた。
財布に入っているICカードを改札口に翳して通り、ホーム内に入ったけど、次の電車が来るまで時間があるので、ホームのベンチに腰掛けた。
「先輩?」
「ん? 僕の顔に何か?」
「いえ……ただ、あれからまだ一晩しか経ってないので、引きずってるかな……って、思いまして」
「…………そ、そうだね」
今日もこうして普通に学校へと行く途中な今より遡って、昨晩、ある査問官の愛憎入り混じった〝復讐〟の顛末を話そう。
結局、澤海――ゴジラは、撃たなかった。
正確には、撃てなかったと表現するべきだろう。
藤真弥勒から奪い取った、万年筆を〝言霊〟の力で変質させた〝存在しない大型拳銃〟を構え、まず自分には最早言霊が通用しないと見せつけ、引導の弾丸を放とうとした。
けれど、撃鉄を押し、引き金を引いたと言うのに、一発目は発射されたと言うのに………二発目の弾は銃声とともに銃口から飛び出ることはなかった。
万年筆を元に異能で作られた拳銃なので、意志次第では弾をいくらでも込められる、その逆もできる仕様だったのかもしれない。
〝ちっ……〟
澤海は舌打ちを鳴らし、不発に終わった銃を放り投げ、落ちてきたところを熱線の爪で切り裂いて破壊すると、ジーンズのポケットに手を入れ、抵抗する意志は一欠けらも残っていない黒幕に背を向けて歩き出した。
〝きゅう〟
〝ありがとうマナちゃん、助かったわ〟
美月の服の中にいたらしく、そこから出てきたマナちゃんが、彼の肩に乗る。
丁度彼と入れ違いになる形で、ニノさん含めた工場跡地の外にいた部隊が駆けつけ、藤真弥勒の身柄を拘束、言霊も使わせまいと、異界士の一人が何らかのお札を彼の口に貼って封じた。
〝ヒロ、ニノさん、後は任せた〟
〝ああ……分かった〟
博臣とニノさんに委ねると、そのまま澤海は帰っていった。
以上が、昨日の、僕たちにとってはとてもとても長く感じさせられた一日の終幕である。
「今さら幻滅とか、そんな気持ちになりようがないよ」
僕にだって分かっている。
澤海はゴジラであり、人の姿で人の生活を送っているが、そうしているのは彼ににとってその〝生活〟自体が、いわばタバコやお酒といった〝嗜好品〟であり、端から人間として生きているわけではない。
人の世に染まり、迎合する気など微塵もなく、価値観、行動原理、考え方は彼独自のもので、人の善悪、正義感は、知識として持っており、ある程度それらに理解を示していたとしても、行動原理には全く入っていない。
人間と、妖夢含めた人でない存在たちの〝境界〟で、どっしりと堂々と立っている――それがこの世界に実在するゴジラ。
このゴジラは言うなれば――〝貴様が正義なら、俺は悪だ〟と豪語した漆黒の人造人間と通ずる信念の主。
それを承知の上で彼とは、監視するされるの間柄であり、学友で同じ文芸部員な間柄を築いているのだと、一度たりとも忘れたことはない、と言うかかなりの頻度で彼の〝常識外れ〟を目にしているので、忘れられるわけがないのだ。
たとえ彼にも〝生と死〟がセットな生命であっても、中々拭えない。
「だって彼(あいつ)が〝言葉を話せるゴジラ〟だって分かっている上で、つるんでるわけだし」
丁度、電車がホームにやってきたので、会話を交わしたまま、車内に入る。
栗山さんは鞄に何やら手を入れた。
多分、会話の中身を配慮して、簡易的な結界を貼る補助アイテムを使ったのだろう。
「それにさ、昨日に限らず、事態をややこしくして、黒幕の目論見を阻止しようとした澤海の足を引っ張っちゃったわけだし」
「どういう……ことです?」
きょとんと首を傾げる後輩に、ずっと拝みたくなる衝動が浮き上がるが、こらえろ、こらえるんだ。
「絶対他言無用で頼むよ、澤海にもだ、確実に熱線一発じゃ済まない」
「は……はい」
澤海も言及していたが、隠し事が大の苦手な栗山さんに前もって念を打っておく。
「実は……栗山さんが連れていかれる前の日に、逃亡中の怪我で倒れてた峰岸舞耶と………鉢合わせてたんだ」
「本当、ですか?」
「冗談でこんなこと言わないよ、しかもその直後に、爆発事故のことで調べてたらしい澤海も現れてさ、本当あの時はびっくりしたよ」
ただ、あの本能と知性が組み合わされた直観力と推理力なら、爆破事故の逃走ルートを下に、アジトに使われそうな建物をいくつか割り出して、回って見たら当たりを引いたとしても不思議じゃない。
「んでさ、その先は栗山さんも見当ついてると思うけど……」
「はい……峰岸さんに肩入れしている先輩を案じて、あえて見逃したのですよね」
「案じてたのかどうかは怪しいけど、大体そう………そんな僕の我がままで、栗山さんやみんなには、色々……迷惑を掛けてしまった……」
「…………」
向き合わないといけない。
あの日、峰岸舞耶が満身創痍で倒れていたことは、藤真弥勒の企みを打破する上で、最良の機会であり、澤海が見つけたことは、長い目で見れば、僕たちにとっても、峰岸舞耶にとっても僥倖なことだったのだ。
なのに、僕の境遇を照らし合わせての同情心に流れそうになった僕の我がままに、澤海を突き合わせてしまったことで………。
栗山さんの過去の境遇にはあれ程嘆いておいて、その過去の傷がぶり返し、また涙を流させかねない目に彼女を遭わせたし。
真の企てのカモフラージュだったとは言え、母と接触していた疑惑で彩華さんの自由を一時的にせよ奪ってしまった。
美月に博臣にだって、二人の厚意に甘えさせてしまったし。
一時の半端な善意で、峰岸舞耶には澤海の警告通りの〝破滅〟に至らせかけてしまった。
極め付きは、散々翻弄される事態の種をまいておいて、最後は自分が〝空を落とす〟引き金になりかけた………ほんと笑えない絵に描いたような最悪の皮肉である。
何より、原因を作っておいて結局全部の後始末、落とし前を澤海に押し付け、彼に孤軍奮闘の苦労を背負わせてしまった。
具体的にどこまで真相を掴んでいたかは分からないけど、少なくとも栗山さんの裁判の直前には、藤真弥勒の異能と、彼が何かしらの陰謀を企んでいるくらいまでは、見抜いていた筈だ。
だけどどれだけ陰謀の証拠を集めても、藤真弥勒の持つ〝言霊〟と話術を前では、確固たる真実さえも歪められてしまう。
よって澤海は、彼の〝計画〟が完遂される直前の、彼自身が自らの悪事を吐露する瞬間まで、ひたすら彼の描いたシナリオ通りに動かされる道化役を演じていたのである。
澤海曰く彼が〝シナリオを逐一映像するしか能のなかった〟ゆえの隙があったとしても、薄皮一枚分の瀬戸際なギリギリの綱渡りだったと言う他に相応しい表現はない。
無論、彼一人だけでは為し得なかった。
マナちゃんが彩華さん、そして美月など、トリッキーな異能持ちの味方の助力も欠かせなかった。
その上で敵にも味方にも悟られず危うい綱を渡りながら、真相を共有する戦力――仲間を増やし、最後には見事大逆転せしめ、僕の我がままを呑んでしまった代償を誰にも、僕にさえ攻めることなく背負い、きっちり落とし前も付けた澤海――怪獣王ゴジラは、まさに天文学的確率でも当たりを引き寄せる〝主人公属性〟持ち………高尚っぽく言い換えると―――〝デウス・エクス・マキナ〟だ。
〝峰岸舞耶にとって、藤真弥勒は英雄だった〟
僕にだってなけなしの意地ってものがあるので、この発言ばかりは譲れないけど……たとえそれも揺るぎない事実だとしても、藤真弥勒が、殺人教唆と言う歪んだ形で彼女を〝助け〟、恩人である立場を良いことに、良い様に利用して縛り付けていた事実からも、目を逸らすわけにはいかない。
〝言っただろ、自分(てめえ)の善意を〝毒〟にするなって〟
結局僕は、散々澤海から口酸っぱく釘を刺されていたのに……一時の良心に流されかけて破滅の奈落に落ちかけた女の子を止めるチャンスを逃し、黒幕のシナリオを進行させ、先輩後輩級友や状況をややこしく引っ掻き回したくせに、無自覚に事態の渦中に鎮座していたわけである。
「本当……甘い戯言だけは一丁前な上に、暴走したら手の付けられない半妖夢で……笑いの種にもならない道化な甘ちゃんだよ、僕は……」
と、僕は己をそう自虐して、列車の外のスライドされる風景に目をやった。
「先輩……」
カッコつけては見たものの、直ぐに僕を呼ぶ後輩の声がして、向き直した。
「私も、今回の事件と、あの時の黒宮先輩、あの裁判で、改めて思い知らされました………狩るか狩られるか、それが異界士同士でも起きる異界士の世界では、もっと強かにならなきゃ生きられないって………」
甘い、そうかもしれないどころ以上に、異界士の世界では僕の考え方は甘い。
運命の気まぐれで、藤真弥勒は怪獣王からの引導を受けずに済み、生き伸びた。
だが………あの世界に、僕と同じ考えを持つ〝お人よし〟は、仮にいたとしても極々少数だろう。
裁判中のあの暴走が嘘なほどに、異界士としてのシリアスな雰囲気を見せるニノさんにこの〝不祥事〟に関して質問してみたら。
〝私が上の人間だったら……事件そのものをなかったことにしてもみ消したいと思うくらいの大事ね〟
と、皮肉を口に出されたし。
〝名瀬の出方次第では、奴の処遇を巡って協会との泥沼化は避けられない………無論アッキーの言う更生を望む者は、どっちにもいないさ〟
と、博臣からも非情なる実状、現実を知らされた。
空が落ちる引き金に文字通りされた峰岸舞耶も………その現実に。
「そうなるとやっぱり、峰岸さんを助けようとした私も、峰岸さんを救ったのは藤真弥勒だと言い切った先輩も、厳しい世界で〝戯言を吐く甘ちゃん〟なんだって」
「き……厳しいね」
言う時は言う子であるのは、五月に入ってから、特にここ数日の付き合いで知ったことだけど、ここまでズバッと申してくるとは思わなかったので、少々たじろぎ。
「でも――」
「でも?」
「――先輩の、そういう甘ちゃんなところ、私は〝好き〟ですよ」
それ以上にストレートにこう伝えてきた眼鏡女子に、すんごく気圧され、パニくりそうになった。
「……………」
お――おおおおお落ち着け!
一体何勝手に動揺しているんだ僕は!
あ、あああああくまで、栗山さんは、僕の人格の一部を讃える意味で言ったのであって………決して、そういう意味で口にしたわけじゃないんだぞ!
「だから先輩――」
「う、うん」
いくら相手が理想の眼鏡っ子だからって、妙にアジテーションする心中を体にまで影響させまいと抑える僕は、必死に栗山さんの言葉に耳を傾ける。
顔が赤くなってなきゃいいんだけど……。
「――不死身だからって、一人で先輩自身の優しさに、苦しまないで下さい、その苦しみを、一人で抱え込まないで下さい」
一転、僕の心の中の大きな揺れは、一気にその言葉で沈静化していった。
けど、気持ちが冷めたわけじゃない。
むしろ、また違った熱が、胸の奥から広がっていく。
「先輩は私が傍にいてほしい時、傍にいてくれました………だから私も、先輩が傍にいてほしい時に傍にいてあげたいんです、その時先輩が悩み苦しんでいるのなら……いえ、良いことも悪いことも全部、先輩と共有したいんです」
僕が妖夢化した姿、本当は誰にも見せたくない、この子には一番見られたくない、あの姿がどんなものか、どれだけの脅威かは、栗山さんが直接目にしてはない。
昨日はあわやそうなりかけったけど、澤海たちのお陰でそうならずに済んだ。
でも澤海から僕らの馴れ初めは聞かされているだろうし、ゴジラに監視されている事実で僕の中の妖夢の血がどれほどのものか、想像できている筈だ。
それでも眼鏡の似合う、かつては自分自身を攻め、否定していた少女は――満面の笑みで、正面から僕を見上げて、そう言ってくれた。
「ありが、とう」
意識するまでもなく、気が付けば僕は、そう返していた。
ずっと求めてた、抱いていたってしょうがないと諦観の振りをしてても、求めずにはいられなかったものは、そこにあったのだから。
「と言うか栗山さん、最初に会った時より、明るくなってない?」
「へぇ? そう……でしょうか?」
照れ隠しにこう尋ねてみると、瞬きしつつ首を傾げる栗山さんだった。
自分自身の変化にはちょっと自覚がないらしい、微笑ましい眼鏡少女であった。
「あ、それはそうと……」
「はい?」
「例の、あの爆発が起きる前に、喫茶店で一緒にいた人――」
〝――誰かな?〟と言い終える前に、栗山さんのバックから、スマホのバイブ音が鳴った。
「すみません」
僕に断りを入れて、バックからスマホを取り出し、画面を操作する。
メールの着信だったらしいって………何やら〝信じらない〟と書かれた顔つきに栗山さんはなった。
「せ、せせせ先輩、これを」
僕に向けて画面を翳し向けてきたので、読んでみる。
〝突然だがミライ君、もし今アキから『この前の馬の骨は誰だ?』と聞かれたら、正直に盆栽を愛する者同士な趣味友だって言っとけよ、何ならこの『不潔不愉快ストーカーです!』となじってやってもいい〟
「行動が完全に読まれている!?」
わざわざ口にするまでもないのに、わざわざ説明過多な映画での説明台詞っぽく声に出していた。
「栗山さん、これ本当?」
「はい、大体黒宮先輩のおっしゃる通りです、実は高齢や入院の事情で持ち主が育てられなくなった盆栽を引き取ってくれる人を探す仲介(ボランティア)をやってまして、その日引き取り手さんと会う約束をしてたんです、そしたら盆栽を愛する同士盛り上がってしまいまして」
「そう……だったんだ」
慌ててバックや制服の隅々を触ってみる………盗聴器らしきものが入っている様子はない。
ならどうやって澤海はこんな絶妙で狙ったタイミングでメールを………訝しむ中、今度は僕のスマホのバイブ音が鳴る。
制服のポケットから取り出し、確認すると、美月から――
〝どうせ新しい彼氏か何かと勘違いして、『僕には眼鏡女子を守る使命がある』なんて下らない理由で栗山さんの背中を目で舐め廻しながら着けたんでしょう? 変態ストーカー〟
――などと言う、大幅な脚色はされつつも事実と合っている暴言メールが来た。
おまえらエスパーか!? と車内で大声で突っ込みそうなってしまった。
弁も立つ怪獣王と、彼とタメ張れるほどの毒舌女王の二人から、今日もまんまと、一本+一本、計二本取られてしまった僕。
しかし、あれからまだ一晩して経っていないのに歪みなく〝いつもの〟で僕と接してくれる彼らにも、偽りない気持ちで喜びが込み上げてくる。
どうしてみんな、どんなに探し求めても見つからなかったものを、こうも惜しげもなく見せてくれるんだろう?
ふと、もし自分があの時の栗山さんよろしく〝普通の人間に見えるか?〟と質問したシチュエーションが浮かぶと同時、はっきり二人の解答も想像してしまう。
〝笑わせるなアキ、俺らにとっちゃお前はただの眼鏡が好物なヘッポコツッコミヤローだよ〟
〝だからこれからもツッコミ上手の変態メガネストでいなさい、だって秋人みたいな大切な友人(おもちゃ)、失いたくないもの〟
全く―――敵わないな。
栗山さんに美月からのこのメールをどう説明するかの試練が待っていると言うのに、ふと笑みが零れる僕であった。
早朝の穏やかな空気が差し込む文芸部室。
先に来ていた俺と美月の二人は、早速選考作業に明け暮れていた。
一晩ぐっすり寝て起きた後の今では、昨日のことはもう色あせ初めている。
いわゆる〝前世〟のは、今でも昨日のことのように明瞭だと言うのに、たとえこのままクソ錆びれた記憶になっていくとしても、そこに感傷なんて浮かびもしない。
あの愚か者な下郎の破滅に至った顛末に気を止めるほど、俺は〝善良〟でも〝聖人〟でもない。
連中があの後どうなろうが、どうでもいいし、興味はミジンコ一匹分もないし、知ったことか。
峰岸舞耶はどうかと言われれば、一応気がかりを持っている。
ただそれは現状、自分の個を切り捨てようとしてまで〝他者〟に極度に依存したその生き方をぶち壊したことへのちょっとした責任感から来るもので、やはりまだあいつらほど感情移入はしていない………大事に思っているなら、慕っているなら、どうして止めなかったのかと微かに憤りすらある。
むしろ、俺としてはモグタンの方が心配だったりする。
なぜかと言うと、危なっかしい〝友〟を持つ者同士、シンパシーを感じてしまったからだ。
まあ、今はとにかく芝姫記念号を発行させることが目下の急務。
今月一杯で〆切だと言うのに、今月内で二度、一度目は屋上の果実型妖夢、二度目は査問官のしょうもない復讐檀のせいで部活動を中断させられたので、残る過去作は三分の一を切ったと言えど、スパートを掛け、脳細胞をトップギアにしてまでも進めなければいけない状況だった。
朝は決して得意とは言えない頭と体を総動員して没頭したことで、一〇冊は一気に読破し、一旦小休止に入った俺は気晴らしにメールを秋人に送っていた。
一通り部活動を妨げるお邪魔虫な〝問題〟に区切りは付いたので、今頃通学がてら未来に正体は趣味友な男との関係を聞いているだろうと感づいたからだ。
「〝覚えてろ~~!〟ですって、ふふっ♪」
「お前にもか」
「あら澤海にも同じ内容なの? もうなんてベタで無様な悪役の捨て台詞かしらね」
こっちが送信した直後、誰に何のメッセージを送ったか全く知らせていないのに理解し、便乗した美月がガラケーの画面を見てSッ気のある笑みを見せる。
俺もわざわざ聞くまでもなく、大体秋人にどんな内容を美月が送ったか見当がついていた。
悪友同士ならではの〝ツーカー〟と表現できる代物だ。
自分のスマホにも、同様の中身で返信が来て、口元がふっと笑ってしまう。
「それで、どうしてその日栗山さんとつるんでた馬の骨が〝共通の趣味持ち〟だと分かったのかしら」
「見当ついてるくせに」
「いいから答えなさい、部長命令よ」
秋人に『素直に誰か?と聞かずにストーキングしたチキン野郎なお前の自業自得』と、打ち返しのメールを送った直後、独裁部長(じょうおう)から種明かしの催促を受けた。
「あんだけ分かりやすく顔に出るミライ君なもんだから、あの早退前の顔が〝盆栽絡み〟のもんだと覚えちまってただけさ」
「性質悪くて寒気がするわ……」
「そうか?」
女王独裁権を行使してまで要求しておいて、これである。
美月の傍若無人っ振りはいつものことなので、気にはしない。
「人知も理(ことわり)も踏みつぶす脳筋破壊神の本性は、プライバシーのA○フィールドさえ壊す謀略家な全黒だったってことじゃない、知性以外は誇れるものがない人間(わたしたち)の取柄まで奪うなんて、性悪にもほどがあるわよ」
比喩表現に、九〇年代のオタどもと熱狂させつつ突き落とし、今でも未完の大作の地位にいる某アニメの、某人型決戦兵器とその敵怪獣とも言える天使どもが持っている〝絶対不可侵領域〟を使って、〝人間〟をちっぽけな存在にするなとでも言いたげに暴言を展開する。
そういわれても、俺らゴジラは基本、そういう人間様の鼻っ柱をへし折り、本質は〝世界の頂点〟とは程遠く、どこまでもちっぽけくせに高慢ちきな存在だと突きつけるにはいられない性分なので、仕方ない。
「知性が取柄だとか笑わせる、 ネアンデルタールどもを駆逐してから長いこと経つのに未だにそいつを持て余してるくせしてよく言えたもんだ、むしろ〝天〟からのお恵みものをこうして日頃から有効活用してんだから見習ってもらいたいくらいだぜ」
「活用じゃなくて濫用の間違いじゃないかしら? むしろその無駄に高いおつむを、可哀想な人々に分け与えてやった方が世の為ではなくて?」
「ならお前もその口ん中に詰まってる毒舌(どく)を、悪賢さと一緒に善良真面目過ぎて損してる奴らに分けたらどうだ?」
「無理ね」
「こっちも然りさ」
昨日の嵐が初めから幻だったみたく、今日も俺達は悪友同士らしく自分らを悪友たらしめるいつもの〝貶し合い〟を交わしていた。
当然、ここ数日は必死こいて部活動の再会にこぎ着けようと尽力していた俺としては、数日振りなこの〝いつもの〟は大歓迎である。
サド部長と毒舌トークで一休みした俺は、モチベーションを上げて、次なる文集の扉(ページ)を開けて選考作業を再開させる………ところだったのに、横槍の水が、差してきた。
なまじ、いつもの暴言の投げ合いをやったせいかもしれない。
ページに刻まれた活字(ものがたり)を読み進める為の頭に過る――二つのフラッシュバック。
〝■■■〟
前に俺の腕を枕にして眠り込んだ美月が、汗をかくほど魘される中で呟いた一言と。
言霊によって無自覚に黒幕の隷属にされ、蜥蜴の尾として無様に切り捨てやれるところだった査問官どもとの戦いで美月が見せた………〝檻〟と異なる………あの〝異能(ちから)〟。
「澤海……」
作業を優先させたくてそれらを封じようとしたら、当の本人に呼ばれる。
「何だ? 朝の内にノルマを稼いでおきたいから、手短にしてくれよ」
さっきと一変して、神妙でか細い声音な美月のアニメ声に、何でもない振りをしながら応じるも。
「見た? もしかして………昨日……」
断片的で漠然としたその問いに、視線が勝手に活字から美月に移る。
向こうから〝懸案〟を吹っ掛けてきた当人は、今日も肌触りと艶に恵まれている長い黒髪が伸びる背中を、こっちに見せていた。
「……ああ………見た」
ここで誤魔化したら、美月に余計〝不安〟を植え付けることになると勘で見出し、正直に打ち明ける。
「――っ……」
大きく吸い込まれる息。
固く結ぶ唇。
白磁の柔肌の下にある血肉が強ばる、肩と背中。
確かに聞こえた………美月の心が、さざ波どころではない波紋で揺れ動く音を。
その音を端に広がる、押さえても、抑えつけられない美月の口から零れ落ちる乱れた息。
美月が、あの〝力〟に対して、どう見ているのか、考えているのか、思っているのか………どう、背負わされているのかを………言葉以上にはっきりと物語っていた。
「言わなくていい」
「え?」
それだけ目にしたら、もう充分だ。
「お前がきっちり整理(ケリ)付けるまで、俺はこれ以上、聞く気はないし、知る気もない、だが……」
一呼吸分の間を踏み。
「安心しろ、お前を見る俺の目は、曇りはしねえし――」
美月がこちらに振り向き、互いの目と目を合わせる格好になる。
「――歪みもしねえよ、今は、それだけ言っとく」
少しでも重みが和らぐようにと、そう付け加えた。
しばし視線を交わす状態が続く。
心情次第で、体感時間が伸び縮みするのは、本当らしい。
実際の時間は一分の半分くらいだってのに、それ以上に引き伸ばされる感覚に見舞われた。
美月も同様だったらしく、体感時間の長さに根負けしてまた背中を見せる。
ああ発言した手前、これ以上尾を引けないので、作業に戻ろうとすると――
「あり……がと」
儚いほどの、囁き声だったと言うのに、はっきりと、俺の耳はそう聞こえた。
その声は、こそばゆさのある〝熱〟も、帯びていた。
この独特の静けさとした大気の趣きは嫌いってわけでもないが、そろそろ秋人たちも来る頃合いなので、空気の入れ替えを兼ねて。
「ん? 何か言ったか?」
敢えて、よく聞こえなかった振りをした。
「っ………まだ何も言ってないわよ!」
効果は抜群、瞬く間にいつものサディステックで毒舌な美月に戻ってくれた。
「さっさとロスを埋めなさい、今日ノルマ達成できなかったら明日は倍加させるから覚悟することね」
「あいよ」
「何ニヤけているのかしら?」
「今読んでるやつにツボが嵌っただけさ」
「へぇ~~まあ………そういことにしておくわ」
怪訝そうな目つきに頬を少々膨らませた組み合わせの顔つきで、睨んでくるも、直ぐ選考を再開させた。
「おはようございます」
数秒くらい経つと、秋人と未来も部室に入ってきた。
「今日もシケた顔してんなアキ」
「誰のせいだと思ってるんだよ……」
「誰のせいかは知らねえが、後ろ」
「へ? ―――待てい!」
俺が後ろを指さすと、慌てて秋人は自分の脇の隙間に差し込まれた手を払い、気持ち悪そうにこすった。
「すまないアッキー、差し込んでくれと言わんばかりに無防備な背中だったからな」
背後から秋人の脇で暖を取った犯人は当然ながら、皐月も終わり頃でも冷え性でマフラーが手放せない文芸部の変態の片割れな博臣である。
「しっかりしなさい秋人、あんな兄貴の気持ち悪い姿を見せられたらモチベーションが下がるわ」
「待て、何で僕が怒られなきゃならないんだよ、原因はこの兄貴(シスコン)だろ」
「なら未然に阻止できるくらい感覚を鍛えとけ、ヘッポコ」
と言ったと同時に、背後から迫る〝腕〟を瞬時に掴み上げた。
「なっ!?」
「お前のどうでもいい〝特技〟が誰にでも通じると思うなよな」
「くぅ………いつか絶対掛けさせてやる」
「望むところだ」
正体は俺(ゴジラ)を模したデザインのコラボ眼鏡を持った秋人。
このメガネストは、高速で相手の背後から素早く眼鏡をかけさせると言う、凄いのはしょぼいのは判別しかねる特技を有しているが、俺相手ではこの通りである。
世の中そう、甘くはないぞ、神原秋人さんよ。
「先輩、そろそろ選考始めますよ、読書にお勧めな眼鏡があるなら掛けますから」
「おっ――――よく言ってくれた栗山さん!」
さすがに俺達の莫迦なやりとりにも、秋人の扱い方にも慣れてきたらしい未来によって、やっと文芸部一同全員での作業が始まった。
自然ろ口元がほころぶ。
白状すると理由は、この退屈しない、賑やかで眩しい文芸部(ここ)での日常(ひび)が、楽しいからに他ならなかった。
たとえそれが―――もう後、約一年半の期限つきな運命だとしても、それを承知で、噛みしめていた。
第二部、終わり。
それでは感想お待ちしています。