「ハッ……!」
そこで英さんは自分の被っていた猫がどこかへ行ってしまったことに気がついたようだ。
「もうだめだ、終わった……」
そして、膝から崩れ落ちて両手を地面について項垂れていた。
「あー、誰にも言わないよ?」
「そんな言葉、信用できるわけないじゃない!」
「ですよねー」
これは厄介なことになった。
今の僕は英さんの本性を知っている。つまり、弱みを握っているわけだ。
英さんからすれば一番信用できない人間だろう。
というか、英さんこんなあっさり自分の本性を剥き出しにするあたりかなりのポンコツなんじゃないだろうか。
『紅百合の奴、ポンなのはこの頃から変わってねぇのな』
どうやら未来でもかなりポンコツだったようだ。
「……どうやって白君を黙らせれば……口封じに……」
項垂れている英さんは何だか物騒なことをブツブツと呟き始めた。
このままでは僕の高校生活がめちゃくちゃになってしまう。
「あのさ、英さん。いっそのこと素の自分を曝け出してみたら? ほら、その方がストレスも溜まらなくて済むし」
「は?」
「ごめんなさい。何でもないです」
ドスの効いた声を出しながら睨まれてしまった僕は反射的に謝っていた。
「……いや、考えようによっちゃありかも」
しかし、英さんはしばらくブツブツ呟いた後に何かしらの結論を出したようで、ゆっくりと立ち上がった。
「は、英さん?」
何だか嫌な予感がする。
英さんは僕の視線に気付くと、ニッコリと微笑んでこう言った。
「ねぇ、白君。素の自分でいればストレスは溜まらないと思う?」
「う、うん。その方が精神的に楽だとは思う」
いつもの笑顔と猫撫で声で問いかけてくる英さんだったが、その目はまったく笑っていなかった。
「だったらさ、白君と一緒にいるときだけ素を出すことにするね」
「へ?」
僕は英さんの言っている意味がよくわからなかった。いや、わかりたくなかった。
「白君、言ったよね。素の自分でいればストレスは溜まらないって」
「言ったけど……」
「白君は私の秘密を知っちゃったから、黙っていてくれる保証はない。だから、白君のお望み通り、白君といるときだけ素を出すことにするよ」
「お望み、通り?」
「約束。私は白君といるときは素の自分でいる。その代わり、白君は私のストレス発散に付き合う」
こんな理不尽な約束があってたまるか。
これじゃ、まるで僕が英さんに素の自分でいることを強制しているみたいじゃないか。
「約束を破ったら……針千本で済むかなぁ」
あ、これ約束じゃない。ただの脅迫だ。もし英さんの秘密をバラしたら僕は高校に通えなくなるくらいは覚悟した方がいいかもしれない。
「わかったよ。約束だ」
しかし、自分の発言には責任を持たなければいけない。
英さんだって悩んでいたことだっただろうし、軽率に提案をした僕にも非はある……と思わなければやってられない。
「あと今から家行っていいかな? いいよね?」
「……もちろんです」
お前に拒否権は存在していない。英さんの笑顔がそう物語っていた。
ストレスが溜まるのなら猫被りをやめればいい。そんな適当な言葉を吐いた数分前の自分をぶん殴ってやりたい気分だ。
『家に連れ込むならゴムはしっかり買っておけよ!』
今はただ、霊体に拳を叩き込めないのが恨めしかった。