英さんに続いて玄関に入ると、心から嬉しそうな声が僕を出迎えてくれる。
「白君、いらっしゃい!」
ニッコニコの笑顔を浮かべた英の母親、恵莉花さんである。
あのあと、僕は英さんに誘われて彼女の家にやってきた。
両親には既に一報を入れてあり、帰宅が遅くなっても心配されることはないだろう。
「お夕飯できてるから! ささ、上がって!」
「お母さん、はしゃぎ過ぎだよ」
興奮した恵莉花さんとは反対に、英さんはちょっと呆れたように呟きながら靴を脱ぐ。
リビングに向かうと、既に食卓には夕食の準備ができていた。父親である雄一さんの姿もある。
今日は和食のようで、食卓には焼き魚や煮物などが並んでいた。
「試験前に自主的に居残り勉強なんて偉いわねー」
「白君はしっかりとした社会人になるだろうなぁ」
「あ、あはは……」
未来知識を悪用したギャンブル狂いの金の亡者になっているなんて口が裂けても言えない。
「せっかくだから今度こそ越後さんにも来てほしかったんだけど……」
「急だったから仕方ないよ。リラの家、いろいろと厳しいみたいだし」
「残念ねぇ……」
恵莉花さんは心底残念そうにため息をついた。
前に英さんの家で勉強会をやったとき、越後さんは夕飯の誘いを断り一目散に帰宅していた。
今思えば、あのあともあの母親にこっぴどく怒られていたのだろう。
「うちは放任主義というか、自由にやらせてもらっているので」
「信頼されているんだね」
雄一さんは感心したように頷いているが、実際は本当にただの放任主義である。
それから夕飯を食べ終わって食器を片付けようとしたのだが、恵莉花さんに止められてしまった。
申し訳なさを感じつつも、英さんに連れられて彼女の部屋へと向かう。
「先行ってて」
階段を上がる途中、英さんにそんなことを言われる。
「どうして?」
「いいから、先行ってて」
理由を尋ねると顔を赤らめながら睨みつけられた。一体何だというのか。
「お邪魔しまーす……」
恐る恐る英さんの部屋に入ってみると、相変わらず殺風景な生活感のない部屋だった。
これが未来じゃ汚部屋になるのだから恐ろしい。
『ホント、何もない部屋よね』
モモが自嘲気味に呟く。
『白君と出会う前のあたしの人生みたいね』
「笑えないから」
ある意味、本人が何もないといった結果がクロの世界の英さんなのだろう。
そして、また英さんは僕との繋がりを失って寂しい思いをすることになるのだ。
「もうちょっと待ってよ。試験と越後さんの件に区切りがついたらケジメつけるからさ」
『あなたはいつもそうやって目の前で苦しんでる人を助けることばかり優先するのよね。ま、そんなところに惚れちゃったわけだけど』
どこか昔を懐かしむような声でモモは呟いた。その声色が僕の心に複雑な思いを抱かせる。未来の僕は何をやっているのだろうか――なんて責任転嫁したところで時間差で投げたブーメランが突き刺さるだけだ。
「待たせたわね」
モモと話していると、英さんが部屋に入ってきた。心なしか顔が赤い気がする。
「準備はしてきたから」
決意を込めた目でモモを見据えると、英さんは静かに告げる。
「あたしね、嘘をつくときは本当のこともしっかり織り交ぜて話すの」
『……っ』
英さんの言葉にモモが息を呑む。
「三十歳だから人生経験豊富であたしより上手のつもりだった? 笑わせないでよ。拗らせた結果、腕鈍ってんじゃないないの」
モモを鼻で笑うと、英さんはクローゼットと壁の隙間から一冊の大学ノートを取り出した。
『何でそれを!?』
「物が少ないんだから違和感にも気がつくわよ」
『さすがあたしってとこかしらね……』
そのノートが何かはわからない。
でも、モモが隠しておきたいものであったことは確かなようだ。
「ねぇ、モモ。一つだけ聞かせて」
英さんがノートを片手にモモを問い詰める。
「確かあんたの未練は白君の闇落ちを止められなかったこと、だったわよね?」
英さんはモモを真っ直ぐ見据えて問いかける。その眼差しは真剣そのもので、僕は思わず息を吞んだ。
「あのさぁ……白君が闇落ちなんてするわけないでしょ」
堂々とそう告げた英さんの表情は自信に満ち溢れていた。