「アコ。今日はもう上がっていいよ……疲れたでしょ?」
「で、ですが委員長! これだけの仕事を委員長におまかせする訳にもいきません! まだお手伝いを……」
「ダメ。アコが倒れたら私の仕事が増える……倒れないようにしてもらうことが今は1番の手伝いよ」
なんだかんだと理由をつけて、もう20時過ぎの風紀委員会の一室からアコを帰らせようと私は試みていた。
「……わ、かりました。ですが、委員長もご無理はなさらないように……私たちの柱は委員長なんですから」
「わかっているわ……程々に切りあげる予定だから」
「本当に大丈夫ですよね……? で、では、失礼します」
「うん。お疲れ様、アコ」
ドアが開き、閉まり、アコが戻ってくる様子がないか5分ほど確認する。そして、確信を得た瞬間……
「ふぁぁぁぁぁっ……眠い……お腹も減った……」
自ら緊張の糸を断ち切って、私はひとつ大あくび。まだ夜ご飯も食べられていないのだ、とてもじゃないがこのまま仕事などできるわけもない。
最近やけに食生活に口出ししてくるようになったみんなの前で「夜ご飯はコレ」とは中々言い出しにくいもので、今日はさっさと全員追い出してゆっくり楽しもうと決めていたのだ。
「そう、今日の夜ご飯は……これ」
がらにもなく、てっててー! とファンファーレのように口ずさみながら自分の机の1番下の引き出しからそれを取り出す。
「インスタントコーンポタージュ増量カップ……パン4割増キャンペーン中」
フタに書いてある文字をそのまま読み上げただけだが、随分と豪勢だなと私は思う。
普段はどうももう少し小さいらしいそのカップは、コンビニで買えるBIGサイズのヌードルに近い大きさで私の机に誇らしげに鎮座していた。
「それじゃ、お湯を入れる……っと」
風紀委員会の執務室には、給湯器がある。これはコーヒーを気軽に淹れられるようにするためという意図があってのものだけれど、最近はすっかり私の夜ご飯のための物になりつつある。
「付属のスプーンで10秒、お湯を入れてすぐに掻き混ぜる」
これをやらないと底に沈んだコーンポタージュのもとがもったいない……疲れすぎてサボったら大変なことになった苦い思い出が私の腕を動かしている。
そうしたら、あとはー……
「1分、待つ。それだけ……でも私の好みはもう少しゆったりめにとって……」
スマホのタイマー機能で、75秒にセットしたタイマーを起動しておく。
フタは自分の執務机にあるセロハンで止めてしまうと楽でいい。
「……〜♪」
あとは待つだけ……ただ待つのも嫌。少しだけ押印するだけで済むもの、なかったかしら……
「なかった……」
そういえばイオリにそこら辺を全部ブン投げた気がする。忘れてた。とか思っていると、スマホから音楽が流れ出す。
『〜♪』
まあ、いいか。出来上がったなら、食べよう……!
ということで、フタを外す。ふわりと広がる甘やかなコーンポタージュの優しい香りが鼻に届き、きゅるりとお腹が悲鳴をあげるのがわかった。
「先生には、聞かせられないわね。……ふふっ、いただきます」
プラスチック製のスプーンでまずはパンをコーンポタージュに沈めておく。中には沈めないパンが好みの人もいるようだけれど私としては沈めることを推奨している……最も、これの話をしたことがある人なんていないのだから誰に推奨しているのかは分からないが。
そうして、次にスープをひとさじ……
「うん、うん……ふふっ」
軽い頷きを、2度。インスタントと言えど、やや規定よりも少なめに入れたお湯によってより濃厚な味わいを出した私好みのポタージュはとても優しく甘い。胃の腑に染み渡るようなあたたかさはこれでしか得られない優しい温度だった。
「でも、パンが本命よね……」
1口サイズのパンをスープと共にすくい上げ、口へ運ぶ。
「うぅん、やっぱりこれね……夜の仕事にはこれがなくちゃ」
私の仕事はまだまだこれから、満腹になる訳にも行かない。満腹になれば眠くなる、それは避けたい。だから、間食としてこれを食べるのだ。
パンはしっかりとコーンポタージュを含んでおり、噛み締めると外にそれを放出していく。奥まで沈めたはずなのに、僅かに残った耳だろうか、食感を感じる部分が香ばしさを出し、なかなかどうして唸るものに仕上がっていて……結論。
「美味しい。……キャンペーンの増量に、感謝ね」
あとは無言で食べ進めるだけだ。みるみるうちにパンとスープの何れもが減っていく。最後に容器を手にして口を直接つけ、傾けて底まで飲み干して……
かんっ、と執務机に容器を置く音と、コンコン、とノックされる音が同時に響く。
「誰かしら、こんな時間に」
『ヒナ、居るんだろう?』
「……もしかして、先生!?」
咄嗟に執務机の下のゴミ箱に空のカップ容器を捨ててしまって、席を飛び跳ねるようにして立ち上がる。
扉を開けると、そこにはやはり先生がいた。
「こんばんは、ヒナ。帰り際のアコとたまたま会ってね……ヒナがまだ仕事をしていると言うから、来てみたんだ」
「そうだったのね……来るならモモトークでもなんでもいいから連絡してくれればなにかもてなしたのに」
「いやいや、ヒナが仕事中なのは分かってる。そこを邪魔するようではね」
とにかく、2人で扉前で話す。笑みが溢れ……
「ところで、ヒナ」
「えぇ、何かしら?」
「やけに甘い匂いがするし、口元にパンくずがついているけれど……何を食べていたのかな」
「な……!」
固まった。とりあえず、私の健康をやけに気にしだした先生がこうなると長いのだ。インスタント食品専門のヴァルキューレ警察学校生徒みたいな追求の仕方をしてくるので何気に逃げ辛いし。
私は諦めて、コーンポタージュを食べていたと告げるのであった。まだ健康的な方か、と安心された。
私だってあんな……あんな限界バター醤油ご飯なんて望んでやるわけじゃない!! と心から思った……明日のご飯がそうなりそうな気もするが、今はまだ、予感だけだからセーフ。