――すまない。
死せる時に思うことは懺悔。ひたすらにただひたすらに死なせてしまった自分の同族に許しを請うた。
――俺はお前に救われたのに、俺はお前を助けられなかった。
彼は悪魔の火により住処を奪われ、自身は異形の姿に変貌してしまった。そんな彼が抱いた感情は――怒り。そして悪魔の火を放った者たち、人間に対する復讐心だった。
ひたすらに彼は人間の街を襲い、壊し、燃やし、殺し続けた。とうぜん人間は彼を恐れ、忌み嫌った。だが、彼はそんなのはお構いなしだ、むしろ清々しかった。――しかし彼はいつも孤独に苛まれていた、かつての同族は全て死に絶え他の生物からは常時敵意と殺意を向けられていて、元は大人しく穏やかな気質だった彼の心はどんどん摩耗していった。彼は人間に怒ることに疲れてきたのだ、けれど忘れようとしたら死んだ仲間と奪われた故郷を思いだしおかしくなりそうになり、怒れば心の安寧は得られるが徐々に精神をすり減らし……そんな破滅の無限ループの真っ只中に居た彼だったがある日、転機を迎えた。
――同族と出会ったのだ。仲間は全て滅びたと思っていた彼にとってその事実は涙が溢れそうなくらいにたまらなく嬉しかった。その日から彼を蝕んでいた孤独は消えた。しかし、彼にまた悲劇が訪れる、彼と同族が住む島が消えたのだ。そして彼自身の体にも異変が起こった、全身を巡る血が炎に差し替えられたかのように熱くなった。彼は悟る――自身の命はもう長くないのだと、だが死ぬにしても島が消えた時にはぐれてしまった同族を見つけねば安心して死ぬこともできない、彼は灼熱の死にかけの体を引きずり同族を捜す。
彼は世界中を渡り歩き、遂に成長した同族と再開できた――その時、同族は悪魔に殺された。
動きもせずただのモノと化した同族を見た彼は嘆き、怒り、そして――残り僅かな命総てを使って悪魔を殺しにかかった。悪魔を殺し、同族の仇を討った彼の体は今、融け果てようとしていた。
――二度も渡って俺は大切なモノ失った。
彼の心にあるのはしこりのように残った怒りと、その他全ての感情を食らい尽くした虚無感と無力感のみだ。
癒しかけていた脆い彼の心に同族を殺されるという事実は彼の心を砂漠のように涸らすには十分すぎるほどだ。
――もう、疲れた。眠ろう、静かに永遠に……
その思いを最後に彼――ゴジラは融けつき、消えていった……。
◆
「――どこだ、ここは……?」
彼女が目を覚ますと、そこは青々とした大海原。空は晴天で、白と蒼の混ぜあいが美しい。
「そういうことだ? 私は――」
自分はあの時、悪魔の火に焼かれて海の底に沈んだはずだ。だったらなぜ、自分はまた海の上にいるのだ?
その時、水面に彼女の顔が映った。
「――ッ!?」
長い黒の髪に緋色の眼。それは人間の少女のモノだ。だが、ありえない。絶対にありえないのだ。彼女は人間どころか命を持った存在ですらないのだ。戦艦長門、それが彼女の本来の姿のはずなのになぜ自分は人間の少女の姿になっているのだろうか?
考え込む彼女――長門だったが、奇怪な現象はさらに起こる。
「霧……?」
突如として霧が立ち込めてきた――否、これは霧ではない。彼女の耳に水が蒸発する音を聴き取った、これは水蒸気だ。そして、水蒸気の中に浮かぶ竜の影が見えた。
――グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーッッ!!
「ぐッ!?」
竜が吠える。それはまるで世界中に響くかのように大きく、その声量に長門は思わず耳を塞いでしまう。竜の咆哮に掻き消されたのか、水蒸気は消え失せ竜の姿がはっきりと見えた。
五メートルほどの大きさで全身ゴツゴツとした黒色の皮膚に覆われ、背中にはまるで広げた人間の掌に見える青白い背びれが幾つも連なり、怒りと悲しみを携えた金の瞳。――そして、その竜は幽鬼のように半透明で不確かな体を持っていた。もしかしたら本当に幽霊の類なのかもしれない。
竜は酷く驚いたような仕草を取ったあと、しばらくして長門の存在に気付くと、金色の眼で彼女を見ると極めて無愛想な声で言った。
『お前、ここはどこだ?』
「!?」
まさか竜が喋れるとは思わなかった長門は――まぁ、彼女も先程までは物言えぬ戦艦なのだったが――一瞬、驚いてしまうがすぐに落ち着きを取り戻し竜に答える。
「私も知らん、こことは別のところで沈んだと思って気が付いたらここにいた」
『なるほど……俺と似たような境遇か』
「似たような……?」
『ああ、俺も人間の街で死んだと思ったらここだ。それで――』
竜は一旦言葉を切り、再び口を開いた。
『お前はなんなんだ? 見てくれは人間だが、水の上を浮かべる人間などいない。それに、お前からは生物とは思えないほどの鉄の匂いがする』
「……それも私には良く分からない。そもそも私は戦艦だった」
戦艦、と言う言葉に竜は疑問符が浮かんだがすぐに海に浮かびよく自身に対し攻撃をしていた鉄の塊と似たようなものだと推測した。
『ほう、それはまた奇妙な話だな。……そう言えばお前の名前を聞いていなかったな、名前はなんという?』
「私は長門。お前は?」
『俺の名前は――』
『――ゴジラ』
これが彼、ゴジラと彼女、長門の最初の出会いであった。