――眠りたかった。
守るべき者全て失った自分には最早、怒りと虚無感、そして彼ら――島の仲間とあの子――に対する守れなかったことへの罪悪の気持ちしかない。そんなもの抱えて生きていたら、どうにかなりそうだった。人間の街を襲い、破壊の限りを尽くしたとしてもなんの慰めにもならないだろう。
しかし、幸運なことにそう思ったころには既に自分の命は今まさに燃え尽きようとしていた。――そう自分は逃げたかったのだ。
怒りから、
虚無感から、
罪悪心から、全部全部。死によって全てから逃げ出したかったのだ。
――けれども、心のどこかでは未練たらしくまだ生きることにしがみついてたのかもしれない。
だから、復讐すら放棄し、なおも生き足掻こうとした情けない自分に対して怒りを抱いた仲間たちが自分をこんな生きているとも死んでいるともつかないような姿にしたのかもしれない……。
◆
「そういえば、その体はどうしたんだゴジラ?」
互いの名前を知り、長門は先程から気になっていたゴジラの半透明な体について訪ねてみた。
『この体のことか……俺も気づいた時は酷く驚いたよ、今は物には触れることすらできない』
ゴジラはそう言って、長い尻尾を海面に思い切り叩きつける。しかし、上がるはずの水飛沫は上がらず尻尾はそのまま海中へとすり抜けていった。
「幽霊みたいなものか……」
『みたいではなくて、そのまんまだな』
ククッ、と自嘲を含めたような笑い声を上げながらゴジラはそう言う。長門はゴジラのその反応が妙に引っ掛かかる、もう一度聞こうとするが――
「なぁ、ゴジラ――」
長門が言い終える前に、ゴジラが口を開いた。まるで、話を逸らすかのようだ。
『それはさておきだ、長門。これからどうするんだ?』
「……」
どうやら、この話題はゴジラにとって触れられたくない話題のようだ、それが容易に分かるくらいにゴジラの表情が歪んでいる。それを知ってまで無理に聞き出そうするほど長門は冷血でないし、いますぐ知らなければならないというわけでもないので、彼女はゴジラの問いに素直に答えた。
「そうだな……私は日本に帰るつもりだが……そういうゴジラはどうするんだ?」
長門にそう言われて、ゴジラは押し黙ってしまう。別に先程のように触れられたくないことではない、最初にこっちから吹っ掛けてきてなんなのだのだが、これからどうすべきか本当に思いつかないのだ。
そもそもこんな生きているとも死んでいるともつかないような姿になった自分に、することがあるのだろうか? ゴジラがどう返答しようか悩んでいたその時――
「……?」
『……なんだ、この臭いは』
一人と一匹の鼻腔が匂いを感知した。その臭いは鉄の臭いと魚の生臭さが入り交じった、鼻に付く不快感を催す臭いだ。
そして、両者の戦いにより鍛えられた冴え渡る勘がこの悪臭の中に複数の確固たる殺意を感じとる。そして、海中からその異形は現れた。
――ギャァァァァァオォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!
「ッ!?」
『……』
それの容貌はまさに異形の集団であった。鉄で造られた魚だったり、上半身が人間で下半身が魚であったり……とにかくそれは“化け物”と呼ぶにふさわしい姿だ。
そもそも自分がこの化け物らと似たような存在――大変不服なのだが――であり、何度も類似した存在の者たちと戦ってきたゴジラはさほど動揺しなかったが、こういった異形を始めて見る長門は思わず少し怯んでしまう。
――ギャオォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーッッ!!
鉄で造られた魚の一体、全身が濃い青色でUの字のカーブがかかった頭部と小さな翼を持つ個体が高音とともに口部から光が集まり、そして長門に標準を定め、放った。
「ぐッ!?」
異形をみたことへの動揺と、なによりその光があまりにも早く回避する暇がなかったため長門は右腕に光の一撃をモロに受けてしまう。
長門の右腕から痛みが走り、赤い血が流れる。その感覚を受けて改めて自分は鋼鉄の躯から生身の体になったのだと痛感した。
『!』
そして、長門が傷を受けたところとまったく同じ右腕から血が噴き出るゴジラ。こんな幽鬼のような現在の姿にも関わらず痛みもある。
ともかく、目の前の脅威を払うために熱線を吐こうとするが、
『な……ッ!?』
全てを焼き払うあの蒼い炎は現れなかった。もう一度試みるも結果は同じだ、あらゆるモノに触れることが出来ないこんな体になり、ある程度予想はしていたがいざ吐けないという事実を認識してしまうと驚きを隠せない。
だが、動揺しても敵は待ってはくれない。そうしてる間にも鉄の魚たちは次の攻撃を放つ。
「二度目は喰らわんぞッ!」
再び光が長門に向けて発射される、しかし弾速は速いものの軌道自体は単純なので既に冷静さを取り戻した長門には回避するのは容易なことだ。
「ふんッ!」
――ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!?
自身が鉄の躯を持っていた時の最大の武器を発射するイメージを思い浮かべる。
すると長門の背中に背負われた砲口から火が噴き、そこから撃たれた弾は鉄の魚の一体に直撃。鉄の魚はそのまま黒煙を上げて海中へと消えていった。一撃必殺である。
中々の威力だ、最も体のあった頃の自分に傷をつけられるかは分からないが……と、ゴジラは思った。
遠距離では当たらないと判断した鉄の魚たちは今度は至近距離で、あの光を浴びせようと接近してくる。
「はァッ!!」
だが、一番最初に長門に迫った個体は飛び上がった瞬間、拳打の一撃が襲いかかった。鉄の魚はその攻撃に怯み、そこをすかさずに長門の蹴りが叩き込まれる。
その蹴りの威力は鉄の魚の装甲をひしゃげさせ、吹き飛ばせる程だ。
『…………』
馬鹿力に関しては疑問はない。元が戦艦であるため、人間を超える膂力を持っていてもなんらおかしくないからだ。それよりも、あの鮮やかな動きはなんだ。
少し前まで戦艦――手も足もなかったというのにどうして、あんなキレの良い動きがすぐ出来るのだ。ゴジラはそんな疑問を抱けずにはいられなかった。そうしていると鉄の魚たちのリーダー――旗艦とでも呼ぼうか――であろう仮面を被った半人半魚の個体が身を屈ませ、呻き声を上げ始めたではないか。
――ギャァァァァァァァァァァァオォォォォォォォォォォォォォォ……!!
すると、旗艦の体が青い光に包まれる。どんどんその体は変化していき、そして――
――ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!
「『ッ!?』」
旗艦の体は変化する前の姿の面影が無いほどに変わっていた。コウモリのような大きな翼を持ち、U字状の特徴的な頭部、群青色の体を持つ四メートル程の羽毛のない鳥のカタチへとなっていた。
――ギァァァァァァァァァァァャオォォォォォォォォォォォッ!!
鳥は口から鉄の魚たちが放ったものと同じ、しかし何倍も太い光を撃つ。
「くッ!?」
あれを受けたら確実に自分は倒される。本能的にそう直感した長門はなんとかその攻撃を回避した。
反撃に鳥に向けて、砲撃するも鳥は巨体に見合わぬスピードで上空へと避けてしまう。
――ギャオォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!
鳥が一声上げると、鉄の魚たちは一斉に光を放つ。長門はそれを避けるが、直後に鳥の体当たりがかなりの速さで長門に向けて迫ってくる。
「グガァ……ッ!?」
『グ……ッ!?』
鳥の音速に匹敵するほどの超スピードに回避する暇もなく、鳥の突進はそのまま長門に直撃した。
あの速さでのタックルなのだから威力も相当なものだ。長門の全身に激痛が走る、ゴジラも長門の痛みに感応するかのように激しい痛みに襲われた。その間にも鉄の魚たちは光を撃ち、更なる痛みを与える。
長門とゴジラは自分たちの意識が薄れていくのを感じていた。
((――クソ……ッ!))
((こんな状況も分からないまま……死んで……))
((たまるか……ッ!!))
しかし、その思いも叶わぬずに一人と一体の意識は途絶えた。
◆
獲物の息の根を止めたと確信した鳥はゆっくりと長門に近づいていく、目的はもちろん補食だ。
やっと元の体を取り戻したのだからやるべきことは決まっている。人を喰い、仲間を増やし、そして人を滅ぼす。獲物の元に辿り着いた鳥は口を開いて、長門を喰らおうとした。その瞬間、
――ギャオォォォォォッ!?
本能が死を教える。竜をその次に蒼い破壊の炎が鳥に襲いかかった。体の一部を焼かれながらもなんとか直撃を避け、上空へと逃げた 鳥は見た。漆黒の竜を。
――グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!
竜は背びれから猛烈な光を放ちながら、鳥を睨めつける。竜の眼光に射抜かれた鳥は動くことが出来なかった。まさに蛇に睨まれた蛙だ。鳥はすっかり竦み上がってしまった。
――ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!
次の攻撃がくるのに本能が逃げろ、と言うのに動けない。できることは恐怖を紛らわすために叫ぶことだけだ。
――グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!
だがそれも竜のこの星の大気全てをも震わせるような咆哮の前にあっさりと掻き消されてしまった。
竜の口から必殺の光が溢れる。そして竜はその炎を放った。
――ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!?
鳥が撃つ光よりも何倍もの威力を秘めた灼熱の光が鳥を、鉄の魚を襲う。鳥たちは断末魔の咆哮を上げながら燃やし尽くされていった。
海原に再び静寂が訪れる。そこに漆黒の竜の姿は居なかった――