青い青い、海の上。その広大な蒼の上に一つの白があった。
その白はこの海と同じ青の眼をした地球で言うところの甲殻類の特徴を持つ異形――否、怪獣であった。
『おや……?』
白の怪獣は目の前の光景を見て、疑問の声を上げる。自分らは暴走したギャオスらを始末するために後を追って浮上したはずだ。しかしそこにはギャオスなどおらず、代わりに居たのは気を失った一人の艦娘と一匹の自分らと同じ肉体を失い魂だけの存在となった怪獣であった。
『ふうむ……』
今の状態なら白の怪獣はたやすくこの一人と一匹を殺せる。しかし、白の怪獣はしばし考えた後、踵を返して再び海の底へと潜水する。
《――ナゼ、殺サンノダ? レギオン》
その時、白の怪獣――レギオンの内から声が聞こえてきた。内容はあの艦娘と怪獣を殺さずに見逃した理由だ。
『あれが別の怪獣なら殺していた所なのですが……あれはゴジラですからね、そうもいかないのですよ』
《ゴジラダト……?》
――ゴジラ。
その名はレギオンの内の声も聴いたことがある。
『ゴジラの首は我らが将、カイザーを始めとして数多の怪獣が狙っていますからね。私は彼に因縁や恨みは持っていないので、そちらにお譲りしようかと』
《ダガ、アノママダト戦ウ前ニ憑カレテイル艦娘の方ガ沈ムノデハナイカ?》
この言葉にレギオンは笑いながらこう返した。
『大丈夫ですよ、仮にもあの怪獣王に憑かれた艦娘。この程度で沈むはずがありません』
そう言って、レギオンは完全に海の中へと消えて行った。
◆
――夢を見ていた。
獣がいた。
底知れない怒りと憎悪を持った獣がいた。獣はありとあらゆるものを憎み、破壊の限りを尽くしていた。
獣は誰よりも強かった、山よりも大きく鉄よりも硬い体を持ち全てを焼き尽くす炎を吐くのだ。――だが、獣は誰よりも弱かった、その力も怒りも憎悪も優しい心を持っていた獣が持つにはあまりにも大きすぎたのだ、だから獣は全てを失った。
――夢を見ていた。
弱い、弱い、
◆
「――ん……」
目が覚める。最初に感じたのは鼻孔に届くかすかな薬品の匂い。
「ここは、どこだ……?」
体を起こし、周りを見渡す。そこは六つほどのベッドがあり、匂いから察するにここは病室かなにかのようで、長門にベッドに寝かされていた。
(だが、一体誰が……?)
海の上であの鳥――鳥と呼ぶにはあまりにも禍々しい姿形だったが――に深手を受けて、気を失っていたはずである。
しかし、現に長門はこうやってベッドの上にいる。つまりは誰かが自分をあの鳥から不甲斐ない話であるが助け出し、ここに連れてきたということだ。だが、どうやってあの凶暴極まりない鳥からどうやって自分を助けたのだろうか?
(考えていてもしょうがないか……)
この際、どうやって助けたか、その方法は考えないことにする。ひとまずはここは何処なのか把握するのが先決だ。
「……そういえば、ゴジラはどこにいったんだ?」
今まで忘れていたが、気を失うまでは一緒に居たゴジラの姿が見えない。いったいどこに行ったのだろうか?
『……目覚めたのか』
そう思っていると長門の正面の壁からスルリ、と壁を通り抜けてゴジラがあの無愛想な声色とともに現れた。
「居たのか、なにをしてたんだ?」
『そんなことはどうでも良いだろう。それよりも怪我はどうなんだ』
その態度には少しムッとくるも、小さなことなのですぐに流す。そして、掛け布団を剥がし、攻撃を受けた所を調べてみるが――
「なんともない、だと?」
傷を負った箇所全てがなんとも無かったのだ。まるで最初から無かったかのように。
気絶してから幾らかの時間が経ったのか分からないし、戦艦から人になったと言うこんな極めて特殊な自分ではあるが、やはりこの治りの早さはおかしい。
『……やはりな……』
ゴジラが微かな声でそんなことを呟くのを長門は聞き逃さなかった。
「まて、今なんと言った?」
『何でもない、お前には関係のないことだ』
「そんな答えで納得できるか、お前は何か知っているのだろう? 答えてもらうぞ」
『……ッチ』
ゴジラは長門の瞳を見るが、答えを聞くまで絶対に引き下がらないと言った眼だ。
誤魔化せないと思ったゴジラは仕方なく話そうとしたその時、部屋の外から誰かの足音が聞こえてくる。
『…………』
「誰だ……って、おいゴジラッ!」
長門がその足音に気を取られた、その隙を突きゴジラはどこかへと消えてしまった。長門はそんなゴジラに憤慨するも、足音はどんどんこちらに近づいてくる。そして部屋の扉が開かれ、足音の主が入ってきた。
「――あ、目覚めたんだ。久しぶり! 長門、
入ってきたのは異国の顔立ちを持つ金の髪と翠の瞳をした少女であった。少女は人懐っこそうな笑みを浮かべて――ゴジラとはあの無愛想極まりない表情とは正反対である――で長門に話しかける。だが、長門はそれよりも気になったことがあった。
この少女は長門の名を呼んだのだ。自分には名を示す物など持っていない、それにも関わらず少女は長門の名前を知っている。それに久しぶりとも言った、艦だったころの記憶を遡ってもこんな異国の少女の知り合いはいない。ならこの少女は一体誰なのか? 自然と警戒心が高まる。
「誰だ……お前は?」
長門はドスの効いた声で少女に聞く。当の少女はかなり慌てている様子だ。
「ちょ、ちょっと待って! そんな怖い顔しないで! 私だよ、私! プリンツ・オイゲン!」
「オイゲン……?」
プリンツ・オイゲン。その名を聞いた長門はプリンツ・オイゲンと名乗った少女を見やる。
「オイゲン、なのか……? ドイツの重巡洋艦の?」
しばらくその顔を見て確信する。この少女は自分と同じく、艦から人へとなったものだ。証拠はない、しかし本能と言うべきものなのか、この少女はドイツ製の重巡洋艦でありあの炎を浴びた一隻であるプリンツ・オイゲンだと教える。
「そうよ! いやー69年振りね長門」
六十九年振り、長門とオイゲンが沈んだ年が1946年だったので今は2015年と言うことになる。
「六十九年振り……!? それになんでオイゲンも人間の姿になっているんだ……?」
「それらに付いては
「あ、ああ……」
色々気になることばかりだし、怪しい所もある。だが、今はオイゲンについていくしかない。彼女の敵意のない笑顔を信じて長門はオイゲンに付いて行った。
◆
(中々広いな……)
オイゲンの案内に従って長門はAdmiral――つまりは提督が居ると言う執務室に向けて歩を進めていた。
「――おや、オイゲンじゃないか」
そんな時、二人に話しかける者がいた。それは銀の髪をした長門の腰に届くか届かないかくらいの背丈の小さな少女だ。
「あ、響ー」
「そして後ろに居るのは……漂流していた艦娘か。長門だったけ? 目覚めんだね」
「うんそうよ、これからAdmiralさんの所に連れて行くとこ」
「そうか……なら長門、執務室に入る時には気を付けた方が良いよ」
「? ……わ、分かった」
「それじゃ」
かなり気になる言葉を残して、響は去って行った。
「さて長門、行くよー」
「あ、ああ」
どんどん疑問が増えてくるが、これはもう実際にこの目で見た方が早い。長門はそう結論付けてオイゲンと共に再び歩き出した。
◆
「さぁ、ここがAdmiralさんの居る執務室よ」
しばらくして二人は執務室前にたどり着いた。早速、オイゲンが扉を叩く。
「Admiralさん、プリンツ・オイゲンよ。長門が目を覚ましたから連れてきたわ」
『んあ、分かりました。入って良いですよん』
扉の向こうから若干間の抜けた女性の声が聞こえてくる。
移動する最中にオイゲンから聞いたが、提督は女性らしい。女性が提督をしているなど艦の時には考えられないことだ。
そして、すこーしだけ変わっている(オイゲン談)らしい……それが何重にもオブラートに包んだ言葉に聞こえるのは単に自分が疑り深いだけだろうか? つい、そんなことを思ってしまう。ともかく長門は執務室に入った。その時――
「ッ?」
「――うっひょー! コイツァ、デケェですねッ!!」
先程聞こえたモノと同じ声、そして胸には謎の違和感。
視線を下に下ろすと、長門の胸には人の手。つまり、その、アレである。長門は誰かに胸を揉まれているということだ。
「~~~~ッ!! 何をするかァァァァァァァァァァァッ!!」
「またんごぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
瞬間、顔を真っ赤にした長門はその不届き者の右腕を掴み、とても綺麗な動きで投げつけ、床に叩きつけた。投げられた不埒者は奇妙な悲鳴を上げる。
「ゼェ……ゼェ……」
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」
もう、疲れた。酷く疲れた。長門は早急に息を整え、胸を触った変質者の顔を姿を見る。
その姿は真白の軍服に軍帽という長門も見慣れた日本海軍の制服と右目に眼帯を着けたを身に着けた女性だ、眼帯があるものの恐らく普通にしていればかなり美人に入るであろう顔立ちだが床に叩きつけられた時の痛みのせいで悶絶しており、台無しだ。
……それにしても、この服装。もしかしたら、この女性が提督なのだろうか? そう思っているとオイゲンがその女性に話しかけてきた。
「もー、Admiralさんったらまたこんなことしてー。とにかく起きてください!」
「うぅぅ……労りの言葉の一つでも掛けてくれたって良いじゃあないですか……」
「自業自得です!」
「最近のオイゲンちゃん、キツいや……」
オイゲンの態度に涙を流しながらも――完全に因果応報であるのだが――軍服の女性は起き上がり、長門に名乗った。
「――では気を取り直して……初めまして、長門さん。私は尾形茜。ここ、大戸泊地の全指揮を担当する提督をやっています」