IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
整備室を出て出会った少女の案内を終えた翼はようやく寮の自室にたどり着いていた。
「はぁ、さすがに疲れたな……」
夕食を食べ損ねた翼はキッチンの戸棚からカップ麺を取り出しやかんに水を入れ始める。
水の入ったやかんをIHコンロに置いてスイッチを押そうとしたところでその手を止めた。
「んー、先にシャワー浴びてスッキリするか」
浴びた後そのまま寝てしまいそうな気がしたがすっきりした後に食事を摂りたい欲求が湧いた。
少し悩んでいたが最終的にシャワーを浴びることを決めた翼は脱衣所に入って服を脱ぎ始めようとしたその時、ある物に目が止まった。
いや、止まったのは目だけではなく、思考もだった。
「──は?」
脱衣所に置いている服などの洗濯物を入れるためのかごにはすでにIS学園の制服が乱雑に入れてあった。
一瞬なんらかの原因でシャワーが故障した一夏が使っているのかとも思ったが、1番上にまるで見せつけるかのように置かれている女性物の下着があるため即座に否定された。
(……は? いや、待て待て待て待て!?)
混乱の真っ只中に叩き落とされた翼の耳にシャワー室の扉を開く音が届く。
反射的にバッと視線を向けた先には水を滴らせた見知らぬ女性が裸で立っていた。
「「……」」
視線を交わせる2人の間に沈黙が広がった。
翼にとっては永遠に近いそれ、実際は数秒ほどでその少女はどこかギャグのように胸を手で、下は太ももを上げることで隠しつつわざとらしい笑みを浮かべる。
「いや〜ん。岸原くんのえっち〜」
その声音に恥ずかしがっているものは一切なく、むしろ翼の反応を楽しもうとしている節すらあった。
対する翼は脳の容量を完全に超えてしまった状況に眉間を押さえる。
「……えっと、ちょ、ちょっと待って、くださいね」
「うん。あー、すごく混乱してる感じ?」
「え、ええ……まぁ、ちょっと疲れと空腹感と混乱で……。
とりあえず、体を拭いて髪を乾かしてください。風邪引きますし、髪も傷めますよ」
いっぱいいっぱいになりつつも翼は手近にあったタオルを少女に渡した。
そのタオルを受け取り体を拭き始めた少女は翼にイタズラっぽく問いかける。
「私の体、どうだった?」
「……綺麗だったと思います」
目に焼きついてしまった光景を思い出してしまい顔を赤らめる翼を見てようやく満足した少女は笑みを浮かべた。
◇◇◇
翼とシャワーを勝手に使っていたその少女はそれぞれのベッドに向かい合って座っていた。
「あの、なんで俺のシャツを……?」
その少女はなぜか下着と翼のシャツ1枚というあまりにも無防備な姿をしている。
裸を見られた時もそうだがやはりそこに恥じらう様子はあまりなく、むしろこの状況を楽しんでいるように翼には見えた。
「君はこういうのにドギマギするタイプじゃないでしょ?」
「わかりませんよ? さっきみたいに内心すごいドキドキしてるかも」
「だって君、人に興味ないでしょ。より正確には人に興味を持てない。
人当たりが良いのはその方が波風が立たないってことを知っているから」
「……慧眼、ですね。さすがはIS学園の生徒会長だ」
翼の目の前にいる少女の名前は更識 楯無。
2年生でありながらロシアの国家代表であり、IS学園の生徒会長を勤めている人物である。
ボブカットの淡い水色の髪。白い肌と少しツリ気味の赤い目。
しなやかでありながら女性らしい柔らかさを持つ体つきと大人のようにも子どものようにも見える顔立ちの女性だ。
楯無はその顔に僅かに困惑を浮かべる。
「てっきり否定するものかと思ったんだけど、素直なんだね」
「まぁ、事実ですし……あまり広めてもらわなければ構いませんよ。
それに考え方によっては俺はあなたの前なら気楽になれるってことだ」
今日の疲れも合わさって翼は疲れ切った少年らしい弱々しい笑みを浮かべた。
そんな彼を見て目を見開いた楯無だったが、スッとその目を元のものに戻す。
「……へぇ、そんなこと言っちゃうんだ」
「ん? どういう意味です?」
「ううん。なんでも……ただそういうこと女の人、特に年上の人には言わない方がいいよ」
「は、はぁ……? 気を付けます?」
いまいち理解できなかった翼は疑問符を頭に浮かべながらも楯無の忠告を受け止めた。
「さて、話も落ち着いたとこだし、本題といきましょう。
単刀直入に聞きます。打鉄弐式は君の目にはどう映ったかしら」
「え? なんでそのことをあなたが……ってまさか!?」
「いいから。君から見てあれはどんな機体?」
楯無に嵌められたことを今にしてようやく知った翼は頭を抱えて大きく息を吐いた。
よくよく考えればおかしな話だ。
ただの整備記録ならばともかく、開発中の機体データが入った外部メモリを放置などするわけがない。となれば誰かが意図的に置いていたとしか考えられない。
何が彼女の狙いか翼は至ることはできなかったが顔を上げて答える。
「完全に開発途中で放置されたって感じですね。
元が打鉄みたいだから機体は堅実な設計でした。かなり変わってますけど、まぁすぐに形になると思います。
ただソフト面は荒削りっていうのもちょっと難しいレベルでしたね。操縦者どころか機体との最適化もできていない。
あれ、誰もやってなかったかやり始めたところだったんじゃないですか?」
翼の答えに満足できたようで楯無は頷くと補足することもなく問いかける。
「倉持技研って知ってる?」
「倉持……? んー、たしか白式を作ったところですよね?
でもなんでそれが急に……あ!」
「そう、打鉄弐式は倉持技研が開発を主導してたんだけど白式の方に9割方の人員を持っていかれちゃってから計画が実質凍結されちゃったのよ」
「それはまた……災難な話ですね」
他人事のように呟いた翼と楯無の間に妙な沈黙が広がった。
笑みを浮かべる楯無とこの沈黙に嫌な予感がゆっくりと形になっていくのを感じ取った翼。
「操縦者は誰か知ってる?」
問いかけられて機体のデータを見た時の記憶を呼び起こすが、搭乗者の名前などは特に記載されていなかったはずだ。
言葉にする前にもう一度記憶を呼び起こすがやはりそこに名前はない。
「いや、知りませんけど」
「ふーん? 日本の代表候補生なんたけど」
言われて「ああ」と翼は手を打つ。
「日本の代表候補生っていうとたしか更識 簪……ん? 更識って、あっ、もしかして妹とか、ですか?」
「正解! そう、私の妹なの」
楯無がにこやかに言ったところで翼はようやく彼女がわざわざ機体のデータを翼に見せるように仕向け、この部屋に訪れてきた理由を理解した。
彼女の言葉はそれを肯定するものだった。
「岸原くんには簪ちゃんの打鉄弐式の開発に協力してほしいんだ」
「……え? なんでですか。
倉持はあくまでも開発の主導ですよね? なら他の提携機関に引き継がせれば──」
「そっちはあなたのデータ収集に躍起になってるのよ。
織斑くんと違って君周辺のプロテクトはちょっとやそっとじゃ破れないしね」
「うっ……俺のせいでもあるんですね」
完全に他人事の気でいた翼だったが、自身が関わっているとなれば話は別だ。
勝手に設計データを盗み見ただけではなく、いじったことに加えてさらに自分のせいで機体の開発が実質的な凍結に追い込まれたのならば責任感を覚えてしまう。
簡単に断れない理由を並べられてしまい完全に詰んだことを翼は悟った。
この話を断るという選択肢はない。しかし、それでも1つ気になることがある。
「なんで俺に?」
「まぁ、ISコア開発者の親族の力を借りたかったってのもあるけど、最終的には実績と性格、性質かしら?」
ピクッと翼の眉が動いた。
その変化を見逃さず楯無は続ける。
「IS学園に提出してる戦闘データは本物だけど機体データは7割近く偽装されてる。
特にコアと駆動周りは完全に嘘っぱち。あれ書いたの岸原くんでしょ」
「よく分かりましたね」
「ええ、だって岸原博士夫妻には隠す理由がないもの。
大方あなたに対する課題として出されたんじゃないの?」
確認するような楯無の視線を受けて翼は降参を表すように両手を軽く上げて肩をすくめた。
全て彼女の言うとおりである。
すでに開発されているユニコーンの設計図を読み解き、偽装データを作成することは両親から翼へと出された課題の1つだ。
目的は機体そのものと開発への理解力向上のため。
結果、翼はユニコーンへの理解を深め、開発に関しても新しい視点を得ることができた。
そんな彼を見て表情を綻ばせた彼女はどこからか取り出した扇子を口の前で広げた。そこには「矢張」と書かれている。
「まぁでも最初に見た時は驚いたわ。
あれ、本当に動くもの。出力はユニコーンよりもずっと低いでしょうけど。
あんなに綺麗に無駄な回路を作るなんて相当な理解力がないとまずできないわ」
「それを読み解ける会長もすごいですよ。結構頑張って作ったんですけどね、あれ」
「ええ、向こう20年は見破られないでしょうね。
私も天才って結構呼ばれるけど正直なところあなたには敵わないかもしれないわ」
楯無の何か裏があるわけでもなければ取り繕うわけでもない素直な称賛に翼は戸惑うしかなかった。
IS学園の生徒会長とはつまるところ学園最強ということだ。加えてロシア代表である彼女からこれほどストレートな称賛を受けるとは思ってもいなかった。
「ん? どうしたの?
鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
「え、えっと……会長はもう少し人を寄せ付けないタイプかと思ってので」
「そう? 私、結構外面良い自覚あるわよ?」
「でも、それはあなたの素じゃないですよね?」
IS学園入学の際に楯無は在校生代表の挨拶をしていた。
翼が彼女を見たのはその時が初めてだ。
しかしたったその一度、彼女の声を聞いて、彼女の言葉を受け止めて、彼女の表情を見て、そこで思ったことがある。
「たぶん、あなたは……束さんと似てるんだ。
性質、本質は似てるどころかほとんど同じ……」
翼の脳裏に浮かぶのは篠ノ之 束という女性だ。
ISコア開発者の1人、楯無以上に掴みどころがなく同じ人間とは思えない彼女と楯無の姿は重なって見えた。
だがこうして話してわかったことがある。
「会長はとても不器用だ。
束さんに対しても不器用だと思う時があるけど、あなたはそれ以上。
何があったのか俺にはわからない。何があなたをそうさせているのかもわからない」
2人は似ているが明確に違うところがある──
「でも、これだけは言える。
あなたはきちんと妹さんと話した方がいい。じゃないと、きっとずっと後悔する」
──篠ノ之 束と更識 楯無との違いはまだ戻れる場所にいるかどうかだ。
楯無は初めて、にこやかな表情を固めた。
そして目を閉じると口を隠すように扇子を広げる。
だが、そこに文字は書かれていない。真っ白な扇子だった。
翼が次の言葉を吐こうとしたところで広げていた扇子を閉じるといつものどこか掴みどころがない、にこやかなものを顔に貼り付けて楯無は言う。
「私のお願い、聞いてもらえるかしら?」
明確に話をはぐらかされた。
出会って十数分、おそらく彼女らしくない言動だということは翼にもわかる。
だからこそ彼はその謝罪も込めて頷いた。
「……ええ、もちろん。俺のせいでもあるのならなおさら拒否できませんから」
「ふふっ、ありがとう。頼りにしてるわ、岸原 翼くん」
楯無が広げた扇子には「感謝」の文字が書かれていた。