IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン-   作:諸葛ナイト

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もう1人の助けたい人

 一夏とセシリアとの訓練を終えた翼は自室に戻ってきていた。

 夕食まではまだ時間がある。

 

(どうするかな……簪さんのこと)

 

 訓練の間は体を動かしており思考も戦闘に向かうため考えることはなかったが、こうしていつものようにしていると過るのはそればかりだ。

 作業していたところに手を出してしまったのは仕方ないとしても、せめてもっと言い方が違っていればあんな拗れた別れ方をすることはなかったはずだ。

 

(優秀な姉、か……)

 

 翼は簪の気持ちを完全にではないが、ある程度理解することはできる。

 ずっと比べられてきたであろうことも、優秀な姉のその妹としてしか見られてこず、扱われてこなかったであろうことも想像できる。

 世間からの、もしかすれば親からの重圧があったかもしれない。

 

 今の簪を動かしているのは楯無に対する強いコンプレックスだ。

 彼女は姉が成したことを自らも成すことで自分の存在を主張しようとしている。

 姉の妹ではなく1人の人間として誰かに見てほしい。誰かに認めてほしい。

 そういう望みだけが今の彼女を形作っている。

 

(そんなことをしなくても、見てくれている人はいるのに……)

 

 しかし、本人にそれを伝えたところでそれを聞かないだろう。

 他の誰でもない。本人がそれを認められないのだ。

 

(そう考えると不器用で言葉足らずでも千冬さんと束さんは上手くやってたんだな……父さんと母さんも)

 

 そんなことを思いつつ廊下を歩いていたため翼は脱衣所の扉が少し開いていることに気が付けなかった。

 

「はぁい、岸原くん」

 

「のああああッ!?」

 

 だから脱衣所を通り過ぎてすぐ、どこかのホラー映画のように扉の隙間から顔だけを出した楯無に声をかけられて無様な声を上げながら腰を抜かせた。

 予想外の出来事で廊下にへたり込んで激しく鼓動を打つ胸を握り締める翼に楯無は心底から嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべる。

 

「岸原くんはこういうのに弱いんだ〜? へぇ〜?」

 

「そ、そりゃ驚くでしょ! 自分以外にいないって思ってたのに声をかけられたら!」

 

「ふふっ、もっと警戒しておくべきね。あなたも要人なんだし」

 

「……っ、はぁ、肝に銘じます。

 ただ代わりに、もう2度とこんなことしないでください。それ以外なら部屋は自由に使って構いませんから」

 

「え? ほんと? いいこと聞いたなぁ〜」

 

 言いながら楯無は脱衣所の扉を開け放って翼の前にその格好を晒した。

 彼女は制服ではなく翼のシャツを着ていた。あいも変わらず見せつけるようにその肢体を晒した彼女は悠々と彼の隣を通り過ぎてベッドに座る。

 

「……なんで?」

 

「あら、自由に使っていいって言ったじゃない」

 

 楯無はそう言うとどこからか取り出した扇子を口元で広げた。

 そこには「言質」という文字が書かれている。

 

 そんな彼女に対して言いたいことは山ほどあったがあまりにも無意味過ぎるということを悟った翼はよろよろと立ち上がって楯無の向かい側に座った。

 

「それで、妹さんの話ですか?」

 

「今日話したんでしょ?

 ふふっ、気難しい子だったでしょ」

 

 どこか困ったようなそれでいて申し訳なさそうな顔をする楯無に翼は疑問符を浮かべる。

 

「……? どこがですか?」

 

「……あれ?」

 

 翼と楯無の間に沈黙が訪れた。

 互いに互いの言葉を処理できずに固まってしまったのだ。

 いち早くそれから復帰した翼は改めて簪のことを思い出しつつやはり自分の認識が間違っていないことを確認して言葉を口にする。

 

「え? いや、すごくわかりやすいタイプだと思いますけど……。

 普通に質問できるし、されて嫌だったことは態度で示せるし、感情の表現もきちんとできるし、口数が少ないだけの普通の女の子ですよ。たぶん」

 

 翼の言葉は本当に予想外だったらしく楯無は数度瞬きをすると唸り出した。

 

「え? じゃあなんで喧嘩しちゃったの?」

 

「うっ……あれは、完全に俺の落ち度です」

 

 喧嘩をした、ということを知っている辺り大まかな流れ自体は知っていそうだが、その内容までは知らないということを察して翼はことの経緯を説明する。

 全てを聞き終えて楯無は「うんうん」と頷いた。

 

「それは岸原くんが悪い」

 

「わかってますよ……だからどうしようか頭を悩ませてるんです……」

 

 よくよく思い出してみれば友だちと呼べる存在はIS学園に入学するまでおらず、それゆえに喧嘩というものもしたことがなかった。

 当然仲直りの仕方など、そのきっかけの作り方さえもわかるわけがない。

 深刻そうな顔をして肩を落とす翼に対して楯無は笑みを浮かべながら軽く言う。

 

「んー、そこまで気にする必要はないと思うわよ?」

 

「その心は?」

 

「女の子は押しに弱いのよ」

 

 閉じた扇子をビシッと向けられた翼はジト目で小さく笑った。

 

「んなわけないでしょ。嫌いな人に構われるのって普通嫌でしょ」

 

「そりゃ、ね。でも好きの反対は無関心っていうじゃない?

 怒り、ある種の関心を向けられている時点であなたのことをある程度意識してるってことでもあると思うわ」

 

「……だから積極的に話していけ、と?」

 

「ええ、あの子が感情を出すなんて相当なことだもの……」

 

 言外に「自分はそんな態度を取られたことがない」と言っているようなどこか寂しげな表情を楯無は浮かべる。

 それはすぐに変わったが完全に気持ちを切り替えることはできていないのか浮かぶ笑みはいつものものではなく自嘲を含んだものだ。

 

「あなたは私とは違う。何もかもね。

 その違いは簪ちゃんの力になれる。そう見込んで私はあなたを頼ってるのよ」

 

「……わかりました。どうにか色々やってはみます」

 

「ありがとう。恩に着るわ」

 

 そこで言葉を区切った楯無は「感謝」と書かれた扇子を広げた。

 そしてそれを閉じた頃には完全にいつもの彼女に戻り、揶揄うように問いかける。

 

「この件が解決したらなんでも君の言うことを叶えてあげるけど、なにかあるかしら?」

 

「なに他人事みたいに言ってるんですか」

 

「え?」

 

「今の簪さんに必要なのは俺の言葉じゃない。あなたの想いだ。

 俺がどうにかその舞台を整えるところまでは持っていきます。

 でも、そこから先はあなたのやらなきゃいけないこと、あなたじゃなきゃできないことだ」

 

 簪の打鉄弐式の開発協力はもちろん続ける。

 それと同時に楯無と簪の仲を取り持とうと翼はしていた。

 

 そこまでする理由は至極単純で楯無がそれを望んでいるからだ。

 不器用で簪とどう接するか翼以上に悩んでいる彼女を助けたいと翼は思ったのだ。

 とても難しいだろう。現にどうすればいいのか案は全く浮かんでいない。

 しかしそれでも手が届くと思った。

 自分が手を伸ばせば彼女たちの手を掴めると思ったのだ。

 

(せめて、手が届くだけの人は……)

 

 翼の言葉を受けて数度瞬きをした楯無は彼のその想いを察して理解すると困ったように眉を八の字にして力少ない笑みを浮かべた。

 

「……ふふっ、そう、ね……そうだったわね」

 

 楯無は口元で扇子を広げる。

 そこに書かれていたのは「観取」の文字だった。

 そのまま考え込んでいたが少ししてその扇子を閉じると笑みを浮かべた。

 

「なんか、岸原くんには敵わないような気がしてきたわ」

 

「ははっ、あなたに勝てる人間なんてもう人間してないでしょ」

 

「あら、それだとまるで私が人間じゃないみたいじゃない」

 

 翼はそれに答えることはなかった。

 そこから2人の間に沈黙が訪れる。

 

「岸原くん。私が女の子だってこと意識してる?」

 

「い、いえ……正直あまり」

 

「へぇ〜、そ〜なんだ〜。力で負けるってわかってる相手にそんなこと言えるんだ〜」

 

 立ち上がった楯無は翼の前に立つとその両手首を掴むとそのまま彼が座っていたベッドに押し倒した。

 顔も吐息がわかるほどの距離に近づけた彼女はその目をじっと見つめて続ける。

 

「こんなことをされても?」

 

「あなたはここから先のことをしないでしょ」

 

 翼の表情はほとんど変わっていない。

 楯無の行動に多少の驚きはあるように見えたがそれでも涼しい顔をしている。

 そんな彼を見て心の中に沸々とした感情を覚えた彼女はしかしそれでもいつもの声音と表情で問いかけた。

 

「それは侮りではなく、信頼って捉えていいのかしら?」

 

「ええ、もちろん」

 

 にこやかに答えた翼を見て楯無は諦めたように息を吐くと翼から離れた。

 そのまま部屋の出入り口に向かいつつ言う。

 

「それじゃ、簪ちゃんのこと引き続きお願いするわね」

 

「了解です。任せてくださいとは言えないのがちょっと申し訳ないですけど」

 

 何事もなかったかのように見送りに来た翼の言葉に「いいのよ」とでも言うように手を振った楯無はその格好のまま部屋を出て行った。

 閉まった扉を見つめていた翼は今後のことを考えつつ頭を掻いた時、それに気が付いた。

 

「あ、またシャツ持っていかれた」

 

◇◇◇

 

 楯無は人気が少ない寮の廊下を歩く。

 下着にシャツのみという痴女じみた格好だが彼女はまるで人がいない道を知っているかのようにスイスイと自室に向かって歩いていた。

 

 脳裏に浮かぶのはすぐそこまでにあった翼の顔だ。

 

(参ったわね。ほんと、岸原くんには敵わないかも)

 

 楯無が人知れず広げた扇子に書かれた文字を知るものは本人以外誰もいない。

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