IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
放課後、いつものようにIS整備室を訪れた簪は先客を見て目を見開いた。声にこそ出なかったが、小さく口を開けてしまうほどに彼女にとっては意外で、そして今あまり会いたくない人物がそこにいた。
整備室にあるISハンガーには前面が大きく開いた白い全身装甲のISユニコーンが鎮座し、様々な場所から伸びたコードが複数の計測機器と繋がれている。
そんな塊の傍にはパイプ椅子に座り、投影ディスプレイとキーボードを弾く翼の姿があった。
予想していなかった事態に簪が鞄を落とした音で気がついた翼はモニターを見つめていた真剣な目を彼女に向ける。
そして認識すると先ほどまでとは別人のように和やかな笑みを翼は浮かべた。
「やぁ、かんざ……あー、更識さん。今日も精が出るな」
「な、なんで……」
「いやさ。新しい装備使ってみたけど
あとは
その後も早口で捲し立てるように言葉を並べ立てようとする翼に待ったを掛けるように両手を突き出して簪は声を上げる。
「な、なんでここにいるの!?」
「そら、俺だって専用機を持ってるんだ。整備室を使うのは当然だろ?
同じ整備室になったのは偶然だ。完全にな」
嘘である。
簪が使う整備室はあらかじめ楯無に聞いており、使用許可も楯無のコネを借りて無理やり取ったものだ。
使用予定だった上級生たちには軽く謝罪と感謝を伝えたが近いうちにきちんとしたお返しをするべきだろう。というようなことを脇に置いて翼は続ける。
「ユニコーンは俺に託されたISだ。誰かに任せることはできないし、自分でできるなら自分でやりたい。
君もそう思って自身のISを開発してるんだろ?」
「……あなたが私の何を知っているの?」
強い敵意や嫌悪感はなく、警戒心が前面に出ている声音だったが、あのような別れ方をした相手がここまでなにも変わらず気さくに話しかけてくるということを考えればむしろ当然の反応だろう。
本来ならば誤解を解いて開いてしまった距離をゆっくりと縮めていくほうが正しいのは間違いない。
だが、更識姉妹の関係をどうにかするには強引な真似に出なければ始めることすらできない。
だから翼は賭けに出ることにした。
「ああ、そうだな。俺は君のことはなにも知らない。せいぜい更識 楯無の妹、日本の代表候補生だってことぐらいだ。
でも、君が作ろうとしているISについては多少なりとも知っている」
翼が胸ポケットから取り出したのは1つのUSBメモリだ。
なんの変哲もないそれだが、簪はハッとすると落とした鞄を拾い上げて必死の形相で中を漁る。
そしてそれが間違いないことを確信すると困惑の顔で問いかけた。
「な、なんであなたが私のメモリを……? それはバックアップ用のものでここで取り出したことは1回もない、のに」
「でもここにある。君も集中すると周りが見えなくなるタイプだ。
大方なにかしら取り出した時に置いたのをそのまま忘れて帰ったんだろう。整備室の机に置いてあったぞ」
そんなはずはない。そう簪は思ったが現に今メモリは翼の手にある。
彼の言うとおり無意識のうちに取り出してそのまま忘れてしまった可能性はたしかにある。
いやしかし、と取り出した時のことを思い出そうとしていたがそこで彼の言葉に気がついた。
「さっき多少なりとも知ってるって言ったけど、見たんだ? パスワードは絶対にかけてたはずだけど」
「……それは、本当にごめん。興味本位でつい」
申し訳なさそうな表情の翼はパイプ椅子から立ち上がると簪の前に歩み寄ってそのUSBメモリを差し出す。
差し出されたそれと翼の顔を交互に見て簪が受け取ろうとしたその直前、翼はUSBメモリを上に上げた。
「え? な、なに」
「これを返すのはいいけど、条件がある」
「……条件?」
「ああ、そうだ。
開発の主導が君に移ってたとしてもこれは日本の新型IS、国家と研究機関の機密の塊だ。
そんなデータが入ったメモリがなぜか他人の手にある。これは管理不行き届きとして罰せられて当然のことだ」
たしかに翼が持っている開発データは厳重な管理が言い渡されており、今の状況ではなにかしらの罰が下されるのは間違いない。最悪、代表候補の座から降ろされたとしても何も言えないような状況だ。
もし事がバレていればすでに通告を受けているはずだが、それがなかったということは彼はそれを口外していないということを表している。
しかし、条件を受け入れなければ国なり機関なりに報告する、と彼は言っている。
酷くわかりやすい脅しに簪は軽蔑に近い表情を浮かべた。
「あなたってそんなことするんだ」
「ああ、するとも。俺は比較的手段を選ばない性格してると思ってるよ。
それで、どうする? 今ボールは君にある」
「……受け入れない選択が私にできるわけがないってわかってて聞いてるよね?
条件は?」
受け入れないという選択肢がない現状、言ってしまえば奴隷のように扱われるとしても受け入れるしかない。
警戒心と明確な敵意を向ける簪に対して翼は飄々と答える。
「簡単な話だ。この機体、打鉄弐式の開発に協力させてくれ」
「そんなこだろう、と……え?」
反射的に毒でも吐いてやろうとしたが耳に届いた条件があまりにも予想外で目を丸くするしかできない。
翼の方はその反応を予想していたのか簪がそれを受け止めて出す答えを待っていた。
たっぷり30秒ほどかけて翼の言葉を咀嚼した簪は困惑と疑問を浮かべながら問いかける。
「な、なんで……? 私に協力する理由なんてないはず」
「いやいや、まさか! 開発中の新型ISだぞ!
学べないところなんてあるわけがないし、なにしろ心が踊る!
俺にとっては一石二鳥もいいところだ」
「で、でも、打鉄弐式はまだ形もほとんどできてないし、あなたの参考になるような部分は、ない」
簪は無意識にゆっくりと俯いて語気を弱くさせていった。
自身が言ったことは全て事実だ。現実だ。
それらが重く簪にのしかかる。
姉と比べて自分がどれほど力が足りないのかを自覚して悔しくて手に力が込められた。
「……本当にそう思うか?」
「ッ!?」
簪は俯いたまま目を見開いた。
彼女からしてみれば岸原 翼という人間は姉である楯無側の存在だ。
少し話した印象と周りから聞こえる噂からして才能溢れ、行動力があり、知識もあって人当たりも良い。
自分が欲しくてたまらないものを全て持っているような遠い存在。
そんな存在からそんな言葉がかけられるとは考えてもいなかった。
「たしかに打鉄弐式の現状は完成に程遠い。
でも現時点でできてる範囲で機体構成は堅実なものだし、よく出来てる。
OSの方もそうだ。ベースはラファール・リヴァイヴだけど特に射撃管制は不自然な穴が多い。たぶん独特のものを作ろうとしてるんだ。
堅実でありながら新規性もきちんと獲得した機体だ。初めてでこんなものを作るなんてすごいよ更識さんは」
簪は俯いているためその表情を翼が見ることはできない。
だから彼女が今なにを思っているのか察することすらできない。
それでも彼女に伝えなければならない事がある。ここまで来たらもうそれを口に出すのは難しくなかった。
「更識さんはずっとお姉さんの背中だけを見続けてたんだと思う。俺もそうだ。ずっと両親の背中を見て育ってきた。
2人に比べて『俺はなんでこんなにも何もできないんだ』って無力感に苛まれたこともある」
近い存在が偉大な偉業を成している。
それは羨望の眼差しを受けるには十分すぎる。そして同時に周りから見られる評価の最低限はその偉大なものになる。
自分にそんな力はないのに、自分はそんな立派な人間じゃないのにただただ周りは勝手に持ち上げて期待を向ける。
「あの両親の息子ならこれぐらいはできる。むしろできて当然。
そんなことばっかり言われてきたしそんな期待感ばっかり向けられた。
ほんとさ、あれってたまったもんじゃないよな」
翼の同情する言葉を受けて簪は顔をバッと上げて叫んだ。
「あなたは……あなたはそれにどうやって、なんであなたはそんな普通にしていられるの!?
苦しくないの!? 誰かの何かとしか見られないことが! まるでいないみたいに自分の存在を通してお姉ちゃんを見ている人たちの目が!」
それは簪の心からの慟哭だった。
楯無のことは目指すべき背中としても、姉として認めている。
だからこそ彼女は今苦しんでいる。
認めている姉を、好きな姉に対して黒い感情を持ってしまうことに。
「俺、さ。学校が終わったら家に帰ってISの専門書を片っ端から読んだし、論文も読んだし、実際に手を動かして2人に追いつこうと足掻いてた。
足掻いて、足掻いて、足掻いて……もうダメだってなった時に俺を岸原 翼という人間として見てくれている人の存在に気付けたんだ」
翼の柔らかい声音を耳にして簪は叫ぶ。
「ッ!? やっぱり……!
やっぱりあなたと私は違う! あなたの周りにはいつも誰かがいて! でも私には──」
「違う! 更識も立ち止まって周りを見ろ!」
簪が全てを言い切るよりも前に翼がその両肩にそれぞれ手を置いた。
少し興奮気味で置かれたそれに力は込められているが痛いというほどではない。
その場に立ち止まらせて話を聞かせる。その程度の力だ。
「本当にいないのか!? お前を更識 簪と見ているやつは本当にどこにもいないのか!?
目をこらしてよく周りを見ろ! 少なくとも君の目の前にいる奴は更識 簪という人間を見ているぞ!」
「あなた、が?」
「ああ、そうだ。俺が話しているのは更識 簪という人間だ」
そんな言葉を向けられたのは初めてだった。
だからその言葉を受けてなんと返せばいいのかわからない。どんな表情を浮かべればいいのかもわからない。
ただ溢れる感情が涙となって現れる。いつぶりかに覚えた安堵感が声となって溢れるのを押し堪えることに簪は精一杯になっていた。
「君は立派だ。自信を持って胸を張っていい。
お姉さんを目指すのはいい。志とするのも、自慢とするのもいいと思う。
けど、君は君だ。彼女になる必要はない」
初めて受けた言葉たちを簪は抱え込むように蹲って泣いた。
彼女の存在を見ている者がいることを伝えるようにしゃがみこんだ翼は言葉をかけることなく、その背中を優しく撫で続けていた。
◇◇◇
泣くことですっきりした簪だったが今度は気恥ずかしさが顔を出していた。
これほどまでに感情を爆発させたことはなく、そんな相手に対してどんな言葉を出せばいいのかわからないのだ。
「んで、協力はさせてもらえるってことでいいのか?」
しかし翼はいつも通りだ。
笑うようなこともなく、馬鹿にするようなことすらもなく言葉を向けていた。
それに少し戸惑いを覚えながら簪は答える。
「う、うん。むしろ私の方から頼みたい。
お姉ちゃんのようにできるとは思わない。でも、それに迫れるようなものを私は作りたい」
「わかった。一緒に考えていこう。
まず設計を見ててちょっと疑問点があって──」
そうして岸原 翼と更識 簪の打鉄弐式開発が始まった。