IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
一夏のIS訓練をセシリアと鈴音に任せた翼は簪と共にIS整備室にいた。
ハンガーには6割ほど形になっている打鉄弐式がある。
改めて実物を見直した翼は持っていたドライバーに似た工具の持ち手で頭を掻いた。
そんな彼の表情を窺いつつ簪が声をかける。
「どう?」
「そうだな。これは確認だけど倉持はあくまでも直接開発しないだけでパーツの製造はしてくれる認識で間違いないか?」
「うん。昨日確認したけど間違いないよ。
ほらこれ電子署名付きの書状」
簪はメールに添付されたそれを投影モニターに表示させて翼に見せた。
写されたそれにはたしかにパーツの製造と技術的な協力を行う旨と人員が割けないことに対する謝罪が書かれており、その右下には倉持技研の署名がなされている。
「よし、なら今月中、少なくとも来月の頭には形はできる。
でも問題はソフトの方だな……」
元の機体があるためOSは流用が効く点が多い。
だが機動系と火器管制系だけが独自のものであるため大きく時間を割かれるのは間違いない。
他の部分も流用が効くというだけで簪と打鉄弐式それぞれに調整しなければならないため大きく時間が割かれるだろう。
(……いや、今はそこを考える段階じゃない。まずはできるところから着実に進めよう)
課題は多いが今できること、やれることに絞ればそう多くはない。
それらを頭に思い浮かべながら翼が言う。
「ソフトは簪がやってくれるか?
っていうか君の専用機だから汎用的なところはともかく君に任せたい」
「元々そこだけは絶対に私がやるつもりだったから任せて。
でもそうなるとハードは全部翼に任せることになるけどいいの?」
「ああ、ユニコーンほど無茶苦茶やってるわけじゃないからな。どうにでもなるよ」
「……そう」
心に靄を感じながら簪が返事をしたことにすでに意識を作業に向けていた翼が気づくことはない。
肩を回した彼は自分にも気合を入れるように拳を上げた。
「よし、じゃあ頑張ってこー!」
「お、おー?」
そうしてそれぞれ作業を始めた。
作業を始めて30分。簪は視界の隅で動き続けている翼の様子を伺う。
彼は打鉄弐式のフレームに工具を差し込み、近くに置かれていたパーツを比べて取り付け、調整を行っている。
かと思えば手を止めて投影ディスプレイの共有図面を見て唸り、メモ書きをした。
その動作を見て彼が見ている共有図面を表示させるとそこには翼の所感が書かれている。
「両腕フレームに無駄あり。別法として──」
「脚部装甲の形状は──」
「飛行ユニットのエネルギー配分について──」
そのどれもが簪にはなかったが指摘されると「なるほど」と唸るものだった。
一部は変更するとOSの方にも影響があるがほとんどが今ならば調整が可能な箇所ばかりだ。
(すごい。発想もそうだけど純粋に情報の飲み込みが早い)
打鉄弐式の設計、仕様を翼は完全に理解していた。
ほんの数時間しか見ていないはずなのに理解、解釈、言語化を成している。
敵として回すことになれば恐ろしいことこの上ないがこと味方となればあまりにも頼もしすぎる。
だからこそ、簪の手が止まる。
(このまま翼に任せた方がこの子はもっと──)
その先の言葉を思考の中とはいえ形にしようとしたその直前、翼が唐突に口を開いた。
「打鉄弐式、やっぱりいい機体だな」
「ッ!? そ、そう……かな?」
「やっぱり簪が考えて作り出した機体だ。
この機体は簪の力に間違いなくなってくれるし、気持ちにも応えてくれるよ」
「……そういう割には色々書いてるみたいだけど」
簪がポツリとこぼした言葉に翼は数度瞬きをすると「あはは」と笑い出した。
「そりゃそうだ。俺も開発者だ。こうした方がもっと良くなるんじゃないかとか、ここはこうした方が使いやすくなるんじゃないかとか思うし書く。
でもそれを取り入れるかどうかは簪が決めることだ」
翼そう言うと共有図面に1つのメモ書きを加える。
内容は機体についての指摘ではなくただ一言、目立つように明るい赤文字で「簪の専用機」という言葉のみだ。
「この打鉄弐式の開発者は君だ。簪、君が全部決めて君が作るんだ。
ここに書いてあるのは俺の個人的な意見だ。受け入れてもいいし受け入れなくてももちろんいい。その決定に俺は口を出さない」
「無責任に聞こえるけど? どうでもいい意見なんてする必要性はないと思うけど」
「……ちょっと冷たいな」
「えっ!? あ、違、そういうことじゃなくって!」
簪が言葉を探す中、翼は小さく笑うと再び打鉄弐式に向かい合ってパーツの取り付けを再開しながら言う。
「でもそうだ。どうでもいい意見で無責任な言葉たちだ。
だから簪が自由にしていいだ」
この共有図面に書かれている言葉に意味はない。簪の言うとおり無責任でどうでもいい言葉たちだ。
だから簪の自由にしていい。
書かれている言葉たちに意味を持たせてもいい、責任を負わせることも自由にできる。
なぜならこれ他の誰でもない簪が作る、簪のためのISだからだ。
もっとできるものに任せた方が良い機体を作り上げることはできるかもしれない。
だがそれは簪の“ため”の機体ではあるかもしれないが、簪“の”機体ではなくなる。
翼はずっと「自信を持て、胸を張れ」と言い続けていた。
彼からずっと「すごい」と恥ずかしくなるほどに称賛を受け続けているが未だに自分に自信が持てない。実力を疑い、誰かと比べ続けて自分の悪いところばかりを見ている。
(でも、そうだ。この子は、打鉄弐式は私が作るんだ。
例え誰かの協力を得たとしても、私が作ったって胸を張って言えるように)
簪は先ほどまでもたげていた言葉を振り払うと再び投影ディスプレイに視線を移して黙々とキーボードを弾き始めた。
キーボードも投影のものであるため打鍵音は聞こえないが言葉が返ってこないこと、背中に視線を向けられている感覚がないことから簪が作業に戻ったことを確信して翼は自身の作業に戻った。
◇◇◇
その日の作業を終えて翼は食堂に来ていた。
簪も誘ったが部屋で食べると言って早々に自室に戻ってしまった。
(あれたぶん部屋でも作業やってるよな……同室って誰だろ。
念のため釘刺すようにしてもらった方がいいかな?)
そんなことを思いながら人気が少なくなった食堂の適当な席に座る。
頼んだメニューは親子丼と味噌汁、アジの南蛮漬けだ。
「翼、こんな時間にようやく食事か?」
アジを一切れ食べたところで横合いから声をかけてきたのは箒。
彼女に言われて壁に架けられている時計を見ると時刻は9時半を指そうとしている。
10時に食堂が閉じられることを考えればギリギリだ。
「まぁ、どうしてもな。ソフトはともかくハードは部屋でやるなんてできないからできる時間はみっちりやらないと」
「だがそれで翼が体調を崩してはどうにもならんだろう」
「……箒はどうしてこんな時間に食堂に?」
一瞬の間を置いて露骨に話を逸らした翼にジト目を向けた箒だったがため息をつくと彼の目の前の席に座って答える。
「たまたまだ。少し小腹が空いてな」
「ああ、なるほど……アジ食べるか?」
小腹は空いたがかと言ってこの時間になにか食べている姿を意中の人には見せたくない。
そんな乙女心を察した翼はアジの南蛮漬けが乗った皿を差し出そうとしたが、箒は首を横に振って断った。
「いや、いい」
「……? そうか」
箒が申し出を断った理由までは察することができなかった翼は疑問符を浮かべつつ親子丼を一口食べた。
甘めに味付けがされた卵やタレ、柔らかい鶏肉と熱いご飯の味を感じている中、箒が口を開く。
「今日、打鉄の使用許可が降りて訓練をしたんだ」
「へぇー! 訓練機の使用許可って取るのかなり難しいって聞いてたけど取れたのか」
「ああ! 幸運だった」
どこか嬉しそうに箒は頷いた。
一夏には知識ももちろんだが、技術も必要だ。彼女としてみればその両方に自分が関われていることが嬉しいのだろう。
そんな彼女を見て翼も安心したように笑みを浮かべて問いかける。
「一夏の調子はどんなだ?」
「良いとは思う。私が言ってもあまり説得力はないかもしれんが、ゆっくりだが着実に技術を身につけている」
「そうか。元々剣道してたし体が覚えてるところも助けてるのかもなぁ」
呟いた翼は味噌汁を飲んで息を吐いた。
少し心配だったが聞いた限りの様子ならばなにも心配しなくてもいいのかもしれない。
そんなことを思っていた翼に表示に影を落としながら言う。
「だが、焦りが見える」
「焦り?」
「ああ、今あいつの周りにいるのは代表候補生、IS操縦に関してのエキスパートだ。そしてお前も彼女たちに引けを取らない技術がある。
おそらくお前たちと自分の力を比べて焦っているのだ」
今の一夏は簪と同じだ。
自身は十分な実力も才能もあるがただ周りが優秀すぎる。
自分にないものをさも当然のように持っており、当然のように扱っている。
そんな彼らと比べ続けているせいで自分が持っている実力や才能を自覚できていないのだ。
それを解消させるには自信が持っている力を全力で発揮できる場所と達成感が必要なのだ。
(そんな場所あるか? 一夏が今の実力を遺憾無く発揮できる場所なんて)
頭を悩ませる翼に対して箒が呟く。
「私は本当に一夏の支えになれているだろうか」
「俺はなれてると思うけどな。一夏本人じゃないから断言はできないけどさ」
「だが私は今の一夏に対してどんな言葉をかければいいのかわからないんだ。私は今の一夏になにもしてやれてない……」
箒が続けてさらに捲し立てようとしたところで親子丼を数口食べた翼が柔らかい声音で遮った。
「なぁ、箒」
「な、なんだ?」
急に冷や水を浴びせられたように言葉に急ブレーキをかけた箒に翼は変わらず柔らかい声音で問いかける。
「なぁ、箒。一夏ってどんなやつだ?」
「どんな? お前も大体わかってるんじゃないか?
お節介で向こう見ず。その癖妙に馴れ馴れしい」
「加えて唐変木」
「まったくだ!! あいつは本当に──」
それからブツブツと一夏の文句を思い出話と共に聞きながら翼は食事を続けた。
食べているものが残り2割ぐらいになった時には箒はノリに乗ってもはや愚痴ではなく、惚気に似た自慢話になっていた。
彼女の話に区切りをつけるように翼はポツリと呟くように問いかける。
「一夏は1人でなんでも背負い込むタイプか?」
「……比較的そうだとは思う。だがなにかあればわかりやすく顔に出る。今のように」
「なら大丈夫だ。箒はそれを見逃さなかった。
それに気付いたなら無理矢理にでも気分転換をさせるといい。それこそデートに誘うとかな?」
悪戯っぽく笑った翼に面食らっていた箒だったがすぐに顔を赤くさせて口をわなわなと振るわせた。かと思うとテーブルを叩きて立ち上がり声を上げる。
「な、な、なにを!!」
「一夏もだけどさ。箒も頭でうだうだ考え込むよりも行動して上手くいくタイプだ。
一夏からしたら余計なお世話かもしれないけど、たぶん箒がやってやりたいことをやるだけでいいと思う」
翼はそう言うと残っていた親子丼を食べ切って両手を合わせてさらに続ける。
「箒には箒にしかできないことがある。
正直一夏のその焦りの原因を取り除くことは今は難しいと思う。でも箒が一夏に対してどうすればいいかってのはそう深く悩む必要はないと思うけど?」
「……そうか。ああ、そうだな!」
表情から迷いを消した箒は満足げに頷くと早速「よし」と小さく呟いた。
「ありがとう。翼、いくつかできそうなことがあるからそれをやってみようと思う」
「ああ、頑張れ!」
翼からの激励を受けた箒は改めて翼に礼を言って食堂から出て行った。
そんな彼女の背中を見送って翼はお茶を飲んで息を付く。
(俺も俺ができることを頑張ろう)
そうして翼も食堂から出た。