IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
ISのプライベートチャンネルは声を出す必要は無いのだが、そんなことを忘れるほどに真耶は焦って声を上げる。
「もしもし!? 岸原くん聞いてます!? 凰さんも聞いてますー!?」
たしかに2人は専用のISを持っており、その実力も1年生の中では突出している。
とはいえ彼らはまだ学生である。正体不明の相手に対し心配するな、という方が無理だろう。
「本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」
しかし、本来なら無理なことを千冬はどこか呑気に言い切っていた。
「そ、そんな! 何を呑気なことを言ってるんですか!?」
「落ち着いてコーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ」
焦る真耶に対し千冬は言いながら容器から白い粉を取りコーヒーに入れていく。
その様子を見ていた真耶が恐る恐るといった様子で指摘した。
「あ、あの……それ、塩、ですよね?」
「……」
千冬はピタッとその動きを止めた。
彼女は塩が入っていた容器に視線を落とす。その隣にはおそらく砂糖が入っているであろう似たような容器があった。
「なぜここに塩があるんだ」
「さ、さぁ? でもあの大きく塩って書いてありますけど」
真耶はそう言い漢字で大きく「塩」と書かれたほうの容器を指差す。
ちなみにその隣の容器には大きく「砂糖」と書かれていたため、これでは間違える方がどうかしていると思われても仕方がない。
「……」
しん、と空気が凍りついた。
嫌な予感がする。その直感に従って真耶は口を開いた。
「あっ! やっぱり岸原くんのことが心配なんですね!? だからそんなミス、を––––」
「……」
「あ、あのですねっ」
「山田先生、コーヒーをどうぞ」
千冬は何事もなかったかのようにコーヒーを差し出す。
もちろん中には砂糖の代わりに塩がたっぷりと入っているものだ。
「へ? あ、あの、それ塩が入っているやつじゃ」
「どうぞ」
ずずいっと押し付けられる塩入りのコーヒー。真耶はそれを涙目で受け取った。
「い、いただきます」
「熱いので一気に飲むといい」
そんなアリーナで起こっている惨状が嘘かのようなどこか和やかでしかし別の緊迫感があった会話が落ち着くのと同時、管制室の扉が開かれた。
「千冬姉っ!!」
扉が開かれるのと同時、声を投げた者の頭をタブレット端末で叩く音が響いた。
出席簿よりも固いそれを受けた彼、一夏は頭を抱えながらその場でうずくまる。
「貴様は何度言えば分かる、織斑先生と呼べ」
「は、はい。織斑先生……」
頭を埋める一夏から少し遅れて部屋に入って来た箒とセシリアは一瞬、一夏を見て「ひっ」と息を飲んだ。
だがすぐに我を取り戻したセシリアが声を荒げる。
「先生! わたくしたちにIS使用許可を! すぐに出撃できますわ!」
「そうしたいところだが––––」
タブレット端末の画面を数回叩き、表示されている情報を切り替える。表示されているのは第2アリーナのステータスだ。
「遮断シールド、レベル4!?
しかも、扉が全てロックされて……あのISの仕業ですの!!?」
「ああ、これでは避難することも救援に向かうことも––––」
「い、いや、できる」
頭を抑えながらよろよろと立ち上がった一夏は続けた。
「だって、ここには俺と白式と雪片がある。雪片ならシールドを切れる!
行かせてくれ、千冬ね……織斑先生!」
真剣な眼差しの一夏とセシリアを見て千冬は頭を抱えて大きなため息をついた。
「……翼の指示を乞え。少なくとも現状一番マシなのはあいつだ」
「了解! 行こう、セシリア!」
「ええ!」
一夏とセシリアはそのまま風のように管制室から出ていった。
そして箒はそれをただ見送るしかなかった。そんな彼女へと千冬はぶっきらぼうな言葉を向ける。
「……心配するな。ここには岸原がいるんだ。少なくとも死にはせん」
「いえ、違うんです。私は、何もできない。
一夏にはできることがあるかもしれない。だが、これだけ助けてもらっている翼に私は、私は何ならできるんだ……」
その言葉と肩を震わせる箒に向ける言葉を千冬は見つけられなかった。
◇◇◇
振り下ろされた華片を侵入者は後退することでかわし、そのまま距離を取ろうとスラスターを噴かした。
その距離を翼は即座に詰めると振り下ろした華片を振り上げる。
正確であり、素早いその一撃、普通であれば当たっていてもおかしくないその攻撃だが侵入者にはギリギリで当たらない。
(なんだ……こいつ!)
さらに続けた二撃目も回避され、結局距離を取られてしまった翼に鈴音からの罵倒が飛ぶ。
「馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ!」
「狙ってる!」
翼は普通ならかわせるはずのない速度、角度で攻撃をしている。
だが、侵入者は全身に付けた尋常ではないスラスターの出力で零距離から離脱している。
時間にして1秒程度。
元々ISは戦闘機などよりもさらに戦闘速度が早い。秒速の戦闘などは当たり前であり、それゆえにそれだけならばまだ翼にもやりようはある。
(動きが読めないんじゃない。
読めるけど俺がそれに追いつけない速度で動いているんだ)
侵入者の動きは酷くパターン化がされているため予測自体は難しくない。
ただその予測の対応を許さない速度で動いているというだけだ。
(でも、そんなことができるのか?
あいつの動き、人間特有の思考から行動へのタイムラグがあまりにも少なすぎる)
人間の反射神経の平均は0.2秒。ISの補助があったとしてもそれを大きく超えることはない。
だが目の前の侵入者は平均よりも上、人間の限界であるとされる0.1秒が平均的なものになっている。数回それを出すならばまだできるだろうが平均としているのは異常だ。
(あの織斑 千冬でもその壁は越えられない。桁外れの人だけど、人だから越えられない壁。
でも、あいつはそれを難なく越えている)
思考する翼の前、侵入者は腕をコマのように振り回しながらビーム砲撃を始めた。
「鈴!」
「わかってる!」
即座に翼の背後に鈴音が隠れ、それと同時にシールドの
「ああもうっ! 面倒くさいわねコイツ!」
放たれるビームの雨、その隙を突いて翼の影から飛び出した鈴音は龍砲を展開し、砲撃。
侵入者はそれを巨大な腕で難なく叩き落とした。
細かなタイミングや動きは違えど大まかに翼が攻撃、侵入者が反撃、それに対して鈴音が反撃と翼が攻撃する隙を作るという繰り返しだ。
「翼、あんたなんか案はないの!?」
「案はあるけどその前に……鈴、あの侵入者どれぐらい強いと思う?」
「は? 急になに?
そりゃ相当でしょ。少なくとも代表候補生とそれよりちょーっとだけ上のやつ相手にここまで戦えてるんだから」
「だよな。それにしては動きがあまりにもパターン化し過ぎているとは思わないか?」
「それは機体の特性故でしょ。
あいつの武器は高い機動力と砲撃戦能力なんだもの。それを活かす戦い方が……いえ、たしかに変ね。動きのパターンが少なすぎる」
鈴音の言うとおり侵入者の武器は高い機動力と高出力ビームによる砲撃能力だ。
普通は機動力で相手を翻弄しつつビームによって距離を詰めさせず一方的に倒すような戦術を取るはずだ。
なのに侵入者はそんなことはしない。
今も砲撃を止めたそれは両腕を下ろしてジッと翼たちを見据えているだけだ。
「んで、どうすんの?」
「ちょっと賭けになるけど──」
翼が作戦の内容を口にする寸前で彼らが予想していなかった声が耳に届いた。
「翼ッ! 鈴ッ!」
「翼さんっ!!」
そんな時、一夏とセシリアが翼たちに声をかけながら向かって来た。
2人を見て翼は目を見開いて声を上げる。
「なっ!? なんで来た!!
そもそも今アリーナには入れ……あ、そうか雪片」
「そういうことだ。
あと、来るのは当然だろ。友だちが必死に戦ってるんだから、なぁ、セシリア」
セシリアは「ええ」と微笑みながら頷いた。
そんな2人に対して翼は「はぁ」と呆れたような諦めるようなため息を吐いた。
「翼、今は戦力が増えたと見なさい。それで言いかけてた賭けってのは?」
鈴音の言葉に翼は意識を切り替えた。
ここまで来てしまったのなら彼女の言うとおり一夏たちにも協力してもらってこの事態を早急に消息させた方が良い。
「少し訂正。一夏たちが来たから賭けじゃなくなった。確実に成功する作戦だ」
「俺でもできるのか? 本当に」
どこか不安げな表情の一夏に対して翼は即座にはっきりと頷いた。
「ああ、できる。むしろお前がいなかったから賭けになってた部分だ」
「ッ!」
「一夏じゃないとできないこと?」
鈴音の問いかけに頷いて翼は侵入者に対してシールドを向けつつ切り出す。
「まず、推測だがあのISに人は乗ってない。無人機だ」
その言葉に驚愕の表情を浮かべたのはセシリアと鈴音だ。
特にセシリアが身を乗り出すような勢いで声を上げた。
「ありえませんわ! ISは人が乗らないと動かないはずで──」
「いや、動く。
ISコアを起こすまでは人が絶対に必要だがそのあとの操作は機械でいい。
人間の身体操作も電気信号だからな。それを模倣できれば動かすことは可能だ」
「……人間の微弱な電気信号の模倣なんてできるものなの?」
鈴音の口から出た素朴な疑問に対して翼は一瞬の思考を挟み、答える。
「難しいな。だからパターンが少ないし複雑な動きもできないんだろう」
「じゃあ、とりあえず人がいなくても動かせるのはわかった。
それで無人機だったらなんになるって言うんだ? 翼は無人機が相手なら勝てるって言いたいのか?」
「そうだ一夏。
相手は無人機で行動パターンが決まってる。しかもそのパターンは単純なもの。
つまり俺たちの作戦も単純なものでいい」
翼が考えた作戦はこうだ。
まず、翼がシンクロシステムを使用して仕掛けることで侵入者の動きを止めつつ攻撃ポイントに誘導、その際にセシリアはそれを援護。
次に、侵入者が攻撃ポイント到達後、一夏が
最後に、基本的に一夏の一撃で仕留められる算段だが、念のため翼かセシリアが後詰めとして追撃。
また、一夏の瞬間加速時には白式ではなく、鈴音の龍砲を使う。
説明を終えたところで鈴音が手を挙げた。
「質問」
「なんだ?」
「なんで私があんたと同じ役じゃないの?」
鈴音の質問はもっともだ。
ポイントまでの誘導役は数が多い方が安定する。
今まで鈴音が下がっていたのは翼のバックアップをするためだったが、セシリアが来た今ならばそうする必要もない。
しかし、翼は首を横に振った。
「だめだ。それを説明するには……一夏、瞬間加速の原理わかるな?」
振られた一夏はゆっくり思い出しながら言う。
「ええっと、後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを内部に一度取り込み、圧縮して放出。
その時に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速するん、だっけ?」
「そうだ。つまり使用エネルギーは外部からでも良い。
さらに言うと瞬間加速の速度は使用するエネルギー量に比例して上がる」
白式が放出するエネルギーを使用するより甲龍の龍砲の方が得られる総量は多い。
龍砲がビームやレーザーではなく純粋な衝撃砲であるからこそ取れる手である。
後方にいるのは少し気に入らないが、たしかに翼の言う案の方がより素早く近づいて攻撃できることを考えると成功率は高い。
その考えに至ると鈴音は頷いた。
「なるほど、ね……分かったわ。その作戦で行きましょう」
「セシリアは?」
「問題ありませんわ」
「一夏は?」
「……大丈夫だ。絶対に決めてやる」
セシリアや鈴音よりも数段表情が固い一夏に翼は拳を差し出して少し揶揄うような、しかし真剣な声音で言う。
「頼むぜ、作戦の要」
「言うなよ。緊張するだろ」
しかし一夏は答えながらその拳に自分の拳をぶつけた。
作戦は固まった。成功するか否かはこれからの自分たちの行動にかかっている。
それぞれにそのことを意識できたところで翼が号令を掛ける。
「よし、作戦開始!」
ユニコーンはシンクロシステムを解放、白い装甲から赤く光る装甲を露出させた。