IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
翼がハッと目を開いた時にいたのは縁側を挟んで枯山水がすぐ横そこにある和室だった。
枯山水に設置されている鹿おどしがカコンッという小気味良い音を困惑しながら正座していた彼の耳に響く。
「……ここは」
改めて翼は自身の状況を確認する。
姿はIS学園の制服。男子用に急遽作られたものにしては女子用のものと変わらぬ洗練された高級感がある。
続けて自分の手で顔を触る。
触れている感覚はあるがより正確には薄い布を間に挟んで触っているかのような曖昧さがあった。
現実ではない。しかし夢でもないあやふやな感覚にさらに頭を悩ませていた時、声が届く。
「初めまして、えっと……岸原 翼、でいいのかな?」
ふと気がつくと翼の目の前には和服を着た少年がいた。
彼は淡い紫色の和服に
「……君は、誰だ?」
その疑問は反射的に口から出ていたが、翼はその答えを薄々感じていた。
それを察してか少年は被衣の下で笑みを浮かべて問いかける。
「その答えを君はなんとなく察しているんじゃないか? その答え合わせをしよう」
「……ユニコーン、か?」
翼が答えを口にした瞬間、少年は両手をパンッと叩き合わせた。
「ご名答! より正確には君がヘリオスと名付けたコアの方が僕さ」
そのあまりにも人間らしい言葉遣いと反応に翼は戸惑うしかなかった。
知識としてISに人間で意識があることは理解していたが、それがいざこうして対峙していると妙な違和感を覚える。
ISコア、ヘリオスはあくまでも機械だ。
どれほどのエネルギーを作り出せようと、兵器の概念を文字通りひっくり返そうと結局のところは電気のオンオフ、0と1の情報の集合体だ。
ISの開発をしている翼にしてみれば向かい合っている機械がそういう機能を付けていないのに話しかけてきているようなものである。
人間とISの違いについて考え始めたところで翼は首を横に振る。
思考の袋小路に陥ると思った彼は別のことに意識を向けるため、改めて和室を見まわし、枯山水の方に目を向けた。
「随分、侘び寂びがあるんだな」
「お、目の付け所がいい。僕の趣味さ。いいだろ?」
「まぁ、否定はしない」
顔を隠しているがそれでも自慢げな表情を浮かべていることがわかるほどに胸を張ったヘリオスはにこやかに続ける。
「ここは僕の世界だ。だからこういうこともできる」
ヘリオスが言ったかと思えばその目の前にいつの間にか茶道の道具が並んでいた。
彼は慣れた手つきで迷いなく道具に手を伸ばして茶を入れ始めた。
「……君は俺にここを見せたくて呼んだのか? それとも茶を振る舞うためか?」
「少し認識の違いがあるね。
僕は君を呼んだわけじゃない。君が落ちてきたんだ」
「落ちてきた……?」
落ちてきた、という表現に引っかかった翼がさらに詳しく話を聞こうとしたがヘリオスが手を突き出して待ったをかける。
「いや、違う。これも正確じゃないな。
君は引っ張られてきたんだ。彼女によってね」
「彼女? もしかしてそれって──」
「彼女は彼女さ。アレにもう名前はない。
ヘリオスはそれ以上は“彼女”について語るつまりはないようで黙り込んで茶器に視線を向けると気持ちを落ち着かせるように息を吐いた。
「ともかく、君がここに来たのは偶然に近い」
「戻れるのか? 俺は」
「無論だとも。彼女は鎮圧されてる。
その内また殻に籠るからそれまで待つといい。ちょうど粗茶も立て終えた」
言うとヘリオスは少しぎこちない動作で茶碗を翼に差し出す。
この世界の主人である彼が言うのであれば本当に待つしかないのだろう。
翼はそう言い聞かせると茶碗を持ち上げて一口飲んだ。
広がる抹茶特有の苦味が口に広がる。
人によって不快感を覚えるかもしれない味だが不思議と翼はそれを美味しいと感じた。
「……美味しいな」
「それは良かった。自分で飲むことはあれど人に出したことはないからね」
それから2人の間に会話が交わされることはなかった。
ただ鹿おどしとヘリオスが新たな茶を立てる音が響くだけだ。
「1つ教えてほしいことがある」
「なんだい?」
「スタイン事件、あれはなにが原因なんだ?」
ヘリオスの手がピタリと止めるとそのまましばらく黙り込んで小さく笑った。
「原因、原因か……。
強いていうなら人の意思に対して応えてしまったこと、かな」
「……」
「ISは兵器ではない。宇宙開発用のマルチフォームスーツでもない。それはただの副産物だ。
開発者が想定していた“本来の使い方”ではない」
翼は目を見開いて息を飲む。
ヘリオスが言った言葉は彼の想定から逸脱したものだった。
常識が破壊された。前提が崩された。組み立てていた仮説が否定された。
飲み終えた茶碗を畳に叩きつけるように置いた翼は声を荒げる。
「そんな馬鹿な! じゃぁ、じゃあお前たちは何のために作られた!」
「それに答えるのは簡単だ。
だが、他者から与えられたこの答えを君がどう受け取るのか、それがわからない」
「俺自身で答えを出せ、ということか?」
「そうだとも。
少なくとも今の会話で君が持っていたもの、考えていたこと、常識は破壊された。
つまるところISコアの答えはそこにはないということさ」
考え込み始めた翼の顔を見ながら立て終えた抹茶を飲んでいたヘリオスだったが、ふと顔を枯山水の上に広がる空に向けた。
「おや、彼女が殻に戻ったようだ。
そろそろ行こう」
ヘリオスが言うと同時、翼の視界にスノーノイズが走った。
かと思えば青空と夜空が同時に存在する空の下を走る電車の中にいた。
鹿おどしの音は遥か遠くに消え、そこには電車が線路を走る音だけが響いている。
「ここは僕と彼女の世界の境目であり、君がいつも入ってきている場所だよ。
君が知覚したのは今日が初めてだろうだけど」
「……俺は君に感謝するべき、なんだろうな」
「いやいや、僕が僕の意思で助けた。だから礼はいらないよ」
そうにこやかに言ったヘリオスは小さく息をつくと続けた。
「君はユニコーンから降りるかい?
自分で言うのもなんだけどこの器はあまりにも危険すぎる。降りた方が身のためだよ」
「それは父さんと母さんから聞いて理解してる。でも、それでも乗り続ける。乗り続けなきゃいけない」
「なるほど、なにか考えがあるんだね。聞かせてもらえるかな」
「ユニコーンはおそらく、本来の用途に1番近い。
ISコアのことを知るにはこいつに乗り続ける必要がある」
ユニコーンはシンクロシステムのテストベッドと翼は思っていた。
だが初めて起動させ、約半年間訓練を続けてIS学園に入学して過ごすうちにそれは違うと思い始めた。
シンクロシステムは不安定なものだが理論としては完璧だ。
物理的な障害はなく、システムも完璧に組まれているのに想定したものになっていない。
その事実から翼はある仮説に行き着いた。
シンクロシステムはISの画期的なシステムではない。もっと別の使い方をするものではないか。
だが結局今に至るまでそれを確信することができなかった。
「俺はISコアについて知らなきゃいけない。
なぜこんなものができたのか、なぜ兵器になったのか、あの人の目的はなんだったのか」
「……大変だね。ISコア開発者の息子というのは」
「それは関係ない。身内に開発者がいようと箒みたいな生き方もできたからな。
これは俺の意思だ」
「そうか……。僕は見守ることしかできないけど、健闘を祈るよ」
「ああ、ありがとう。ヘリオス」
「今度はもう少し落ち着いて会えることを祈っているよ。では、さらばだ岸原 翼」
その言葉を最後に翼の意識はなにかに引っ張られるように途切れた。