IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
謎の無人ISとユニコーンの暴走がひとまずの終息を迎えて約4時間。
辺りはすっかり夕焼けに染まり、事情聴取を終えた一夏たちは千冬と共に保健室の翼が眠るベッドの側に集まっていた。
その言葉を聞いた瞬間、全員が眉を顰めて顔を見合わせる。
千冬が紡いだ言葉の全てがあまりにも常識からかけ離れていたため上手く咀嚼できていないのだ。
眉間を抑えながらセシリアがゆっくりと頭に叩き込まれた情報を口にする。
「つまり、白騎士の前に【スタイン】と呼ばれるISが存在していてそれが“本来のIS”だった。白騎士を含めた現在普及しているISはそれの廉価版に近い」
「廉価版を作ったのはスタインとユニコーンに搭載されているシンクロシステムの暴走とその結果搭乗者が死亡したことが原因」
鈴音が付け足した言葉に千冬は頷いた。
「まぁ、廉価版とは言ったが正確には“別の思想”の下に作成されたものだ」
「なんであれ翼は一度搭乗者を殺したシステムを積んだ機体に乗っている、ということか……」
呟いた箒の言葉に改めて岸原 翼という人間が置かれている状況の危険度の高さに言葉を失う。
わからないことは多いがそれでも一夏はある1つのことが気になった。
「千冬姉、翼はこのこと知ってるのか?」
知らないのであれば彼を助けなければならない。助けたい。それが一夏たちの純粋な想いだった。
まだ出会って1ヶ月程度だがそれでも彼らの心の中に翼という存在はそれだけ強烈に焼きついているのだ。
だからこそ千冬が返した答えは彼らにとってはどうしようもないものだった。
「知っている。
シンクロシステムの危険性、スタイン事件どちらも知っていてなおこいつは乗ることを決めている」
「……千冬姉は知ってるのか? 翼がユニコーンに乗る理由」
「薄々はな。確信まではないが……。
だが、ここには本人がいる。正確なものは聞いた方が早い」
千冬はそこで言葉を限るとベッドで眠っている翼を見ていつもと変わらない口調で問いかける。
「翼、話す気はあるか?」
千冬から翼へと全員が驚いた様子で視線を移す。
視線が集まる彼はゆっくりと上体を起こして千冬の顔を見上げる。
「……ええ、話しますよ。そんなに長くない話ですしね」
微笑んだ翼は一夏たちを見た。
その視線は質問を求めるようなものだった。
どう質問を投げかけようかそれぞれの出方を伺っていた中で真っ先に口を開いたのは箒だ。
「なぜユニコーンに乗っている。機体もシステムもどちらの危険性も知っていてなぜだ?」
「……知りたいんだ」
「ISのことをか?」
「スタイン事件、より正確にはその搭乗者である俺の本当の母親の死をだ」
「「「ッ!?」」」
千冬以外の全員が耳に届いた言葉を疑った。
翼が言っていることの意味は理解できていたからこそ彼の言ってる事実を飲み込むことができなかったのだ。
その反応を一番強く表し、口にしたのは鈴音だった。
「ま、待ちなさい! それはつまり、岸原夫妻はあんたの本当の親じゃないの!?」
「ああ、そうだ。
ISコアとそのネットワークの基礎理論を提唱し、シンクロシステムを開発したスタインの操縦者。それが俺の本当の母親である
明星 月弥。
ISコアとそれに付随するコアネットワークの基礎理論を提唱した女性である。
篠ノ之束、岸原夫妻は彼女の理論を実現させた者たちであるため彼女たちがコア開発者であることは間違いないが、それでも月弥という人間がいなければまずISというものが世に出ることはなかっただろう。
「俺はあまり覚えてないけど、でもISなんてものを考え付いたような人が自身で作ったシンクロシステムの危険性に気が付かないわけがない。
つまり、危険であることを知っていてなおそれを使った理由があるはずなんだ。
俺はそれを知りたい」
「……知って、知ってどうなるんだよ!」
叫んだのは一夏だ。
自分が言っていることがどういうことなのか、どういう意味を持っているのか、そして友人の想いを否定するものだとしても彼は言葉を吐き出す。
「知ってお前の母親が帰ってくるのか!? お前が命を賭けてそれを知ったって意味なんてないだろ!」
「……ああ、そうだ。本当に、全てお前の言うとおりだ」
一夏の言葉を真正面から受け止めた翼は力少なく、自嘲するような笑みを浮かべる。
翼は理解している。
自分がしてることに意味がないことを、少なくともたった1つの命を賭けるほどのものではないということを。
「なら!」
「それでも、俺は知りたい」
取り付く島を見つけたと言わんばかりに畳みかけようとしていた一夏をはたき落すように翼は言い切った。
「母さんがなにを見ていて、なにを目指していたのか。
富も名声も腐るほど手に入れられたはずの人が、それらを投げ捨ててでも目指していた場所を俺は知りたい!」
一夏だけではなく、全員が返す言葉を見つけられなかった。
目の前でベッドに横たわりこそすれ、その目と言葉は本気だった。必死なもの、そう言い変えてもいいほどのものだったのだ。
意味がないと知っていながら「それでも」と手を伸ばし続ける少年が彼らの前にいる。
「スタインのシンクロシステム実験の時、俺も実験場にいた
たぶんなにかを見せたかったんだ。俺はそれを見なきゃいけない。知らなきゃいけない」
「翼さん……」
不安気な面持ちのセシリアに名前を呼ばれて微笑んだ翼はそこで一息つくといつもより数段落ち着いた言葉を一夏に向けた。
「一夏、これは意味のあるなしの話じゃないんだ。
俺の使命……いいや、責任なんだよ」
その言葉に一夏はなにも言い返せなかったが、そのかわりに箒が声を上げる。
「違う! そんな責任などあるものか!」
「箒……?」
「身内がISコア開発者だからと言って、そのせいで負う責任などあるものか。
あの人はあの人で、私は私だ! それと同じようにお前もお前のはずだ!
私はお前に死んでほしくなどない!」
「あたしも箒と同意見よ。翼、あんたは責任とか言ってるけどあたしには死に場所を探してるようにしか見えない」
箒に続いて出された鈴音の言葉に翼を目を見開いた。
耳に届いた言葉の意味を上手く捉えることができずに少し混乱しているように千冬には見えた。
彼女は翼からセシリアの方に視線を向けて軽く頷く。
「翼さん。私も皆さんと同じ意見です。
ISコアの調査はたしかに進みは遅いですが、それでも文字通り全世界が取り組んでいること。
翼さんが焦らずともいずれその答えに辿り着くと考えていますわ」
「……セシリア、みんな」
翼は俯いて掛け布団を握りしめた。
知らなかった。彼らがこれほどまでに自分のことを思って考えて心配してくれていることを知らなかったのだ。
とても嬉しい。ありがたい。
しかしそれでも翼は母の死を知りたいとも思っている。
2つの感情で揺れ動いている翼を見下ろした千冬は話を断ち切るように両手をパンッと叩き合わせた。
「翼にもしばらく考える時間が必要だろう。
少し1人にさせてやれ」
一夏たちは何か言いたげだったが俯く翼と有無を言わさない千冬の目に射抜かれて渋々首肯して保健室から出ていった。
千冬もそれに続いて行こうとしたところで翼が呼び止める。
「千冬さん」
「なんだ」
「千冬さんは、なにか知りませんか」
ポツリと出された翼の質問に千冬は少しの間を置いて答える。
「……知らん。私はあの時、その場所にいなかったからな」
「いえ、スタイン事件ではありません。ISについてです」
千冬はゆっくりと翼の方に振り向いた。
彼の頭はすでに上げられており、真剣な眼差しが彼女へと向けられている。
「ユニコーン、いえスタインはなにを目指していたんですか?」
「貴様が知らんわけがないだろう。新規軸のシステム、シンクロシステムの開発だ」
千冬はそう答えるだけでシンクロシステムの説明をするとはなかった。
本当に知らない可能性はたしかにあるが翼は「教えるつもりはない」と言っているように受け取った。
そのことを口にしようとしたがすぐに止める。
無理に聞いたところで岸原夫妻に言われた言葉がそのまま返されるだけだろう。
(自身でたどり着く答えに意味がある、ってことか……)
逸る気持ちを息を吐くことで押さえつけて翼は答える。
「……そう、ですね。すみません。変なことを聞いて」
「いや、いい。お前はもう少し休んでから部屋に戻れ」
そう言い残して千冬は保健室から出ていった。
扉が閉まったのを見て改めてドッと湧いた疲労に襲われた翼は上半身をベッドに沈める。
「スタイン、ユニコーン、本来の用途……。
あなた達は一体、なにをしようとしているんだ?」
翼の独り言は夕陽を受け止める保健室に飲み込まれ消えた。