IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン-   作:諸葛ナイト

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ヒーロー

 翼が保健室から自室に戻る頃には辺りはすっかり夜の帷が降りていた。

 いつもならそれでも寮の廊下には生徒がポツポツといるのだが、今日は侵入者のこともあってか全員自室にいるようで静かなものだった。

 

 彼としても今日はもう誰かと話すほどの余裕はない。

 あまりにも起こったことと考えることが多すぎる。早々に寝てしまおうと考えていた翼だったが自室の扉を背に座り込んでいる見慣れた少女、簪を見つけた。

 待ち疲れているのか膝を抱えて船を漕いでいる。

 

 翼は小さく息を吐いて顔を軽く揉むと静かに簪に歩み寄った。

 しゃがみ込んで彼女の肩を優しく揺らしながら声をかける。

 

「簪、こんなところで寝てたら風邪をひくぞ」

 

「……ぅん? ……あっ!?」

 

 目前までにあった翼の顔を見て顔を赤面させた簪は両手をぶんぶんと振りながら慌てふためきながら口を開いた。

 

「つ、翼!? こ、こんなところで寝るつもりはなかったんだけど、なんかウトウトして!」

 

「いや、いいよ。話したいことがあるんだろ?

 それなら入ってしよう」

 

「え!? わ、悪いよ。翼はたぶん今日一番疲れてるだろうし、そんなに時間取らないし」

 

「なら、俺が簪と話したい。だから部屋に招く。これならどうだ?」

 

 そんなことを言われてしまえば簪も強く否定することはできず、少し躊躇いがちながらこくりと小さく頷いた。

 それを見た翼はいつものように扉を開いて自室に足を一歩踏み入れる。

 

「……あ〜」

 

 急に立ち止まったかと思えば何かを思い出したかのように声を上げる翼に簪は疑問符を浮かべた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでもない。お茶作ってなかったなって思い出してさ」

 

 笑いながら翼は簪を引き連れて部屋に入る。

 一瞬、脱衣所のドアを見るが彼が感じたことを肯定するかのように少し開いていた。

 間違いなく楯無がそこに潜んでいる。

 

 いつもならば当然のように部屋にいて潜んでいることを注意するのだが、今日に関してはちょうどいい。

 簪を椅子に座らせたあとに冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのボトルを差し出しながら翼が切り出す。

 

「それで、話っていうのは?」

 

「……えっと、その、ありがとう。助けてくれて。

 か、かっこよかった。ヒーローみたいで」

 

 躊躇いがちに、しどろもどろに、気恥ずかしさから少し顔を赤くさせながら言った簪の礼を翼は微笑みながら受け取った。

 

「あの時、ああできるのは俺しか居なかったからな。当然だ。

 でも、ヒーローはちょっとこそばゆいな。そこまでのことじゃないよ」

 

「ううん! どんな時でも困ってる人に手を差し出せる人はみんなヒーローなんだよ!」

 

 今まで見てきたことがない簪の声音に翼は驚いて目を剥いた。

 ISに関して話している時はどこか大人びた雰囲気があったが、今は少し違い憧れの存在を話す子どものように見えた。

 

 翼が驚いていることに気がついた簪は言いかけていた言葉を慌てて飲み込んで無意識に上がっていた腰を椅子に落とす。

 

「ご、ごめん。わ、私……なにを」

 

「いや、いいよ。ちょっと驚いたけど簪はヒーローが好きなのか?」

 

 純粋な質問に簪は俯いたがその頭が小さく縦に動いたのを翼は見逃さなかった。

 彼女は俯いたままで答える。

 

「子どもっぽいかもしれないけど……でも、好きなんだ。

 私にはできないことをしててすごいと思うから」

 

 簪の脳裏に浮かぶのは自分とピットにいた生徒たちを助けようとしていた翼の姿だ。

 状況をすぐに把握して指示を出して行動する。足がすくんでどうすればいいかわからなかった自分とはまるで違う姿を浮かべながらボトルのキャップを撫でる。

 

「私にはできない、か……」

 

 翼が呟いて簪は顔を上げた。

 そんな彼女に対して彼は笑う。自分を馬鹿にするかのようなものでも嘲るようなものでもない。

 ただ優しく言い聞かせるようなそんなものだった。

 

「俺は簪もヒーローだと思うけどな」

 

「え? な、なんで? 私はあの時なにも」

 

「ならなんで打鉄に乗ってたんだ? ピットの扉も斬撃と銃撃の跡が残ってた。どうにかしようと浮かぶ限りのことをしてたんじゃないのか?」

 

 簪は翼たちの後に対戦が行われる予定だったが、それでも決着がついていないのに打鉄に乗って待っていたとは考え難い。

 つまり、彼女は侵入者が来た時点でピットから出ようとしたが出られず物理的に扉を破壊するために打鉄に乗っていたのだ。

 

「でも、結局翼が来るまで何もできてなかった、よ?」

 

「さっき簪自信が言ってたじゃないか。“どんな時でも困ってる人に手を差し出せる人はみんなヒーロー”ってさ。

 助けられたかどうかじゃなくて手を差し伸べられる人をヒーローっていうなら簪は立派なヒーローだと俺は思う」

 

「ッ!?」

 

 簪の努力虚しく打鉄の装備では破壊するには至らなかったが、そのまま乗り続けていた。

 全てを諦めて投げ出して蹲ることまだきたはずなのに彼女はそうしなかった。

 動いているISがすぐ近くにいるというのはあの場にいた他の生徒たちにとっては心の頼みになっていたのは間違いない。

 

「簪はいつも楯無さんと比べて卑下してるけど、君はすごい。

 君が俺をかっこいいって思っていってくれるのなら俺は同じ言葉を君に言う。

 簪はかっこいいと思う」

 

「ふぇ!? あ、わ、私、私は……、ッ!」

 

 恥ずかしさと嬉しさが混ざり合った表情を浮かべた簪は居ても立っても居られずに椅子から勢いよく立ち上がるとそのまま駆け足で翼の部屋から出て行った。

 

 ドタドタという廊下を駆ける音が遠く離れていったのを確認して脱衣所の扉が開かれて楯無が現れた。

 

「岸原くん。ちょーっと今のは簪ちゃんには刺激が強すぎたかもね」

 

「だと思います。でも、言わなきゃなにも伝わりませんから」

 

「ま、それはそうなんだけどさ。いつか君、刺されるわよ」

 

「あっはっはっ! まさかそんな」

 

 自身の言葉がどれほど人に影響を与えているのかまるで察していない翼に楯無は頭を抱えて息を吐いた。

 彼は一夏のことを唐変木と呼んでいるが彼の方も大概だ。

 そのことを指摘しようとも思ったが今回はより重要な話がある。

 咳払いをして楯無は問いかける。

 

「体の方は大丈夫かしら?」

 

「ええ、どうにか。まだ気怠い感じはありますけど、明日明後日には取れてると思います」

 

「そう、では精神の方は?」

 

「……」

 

 翼の言葉が止まる。

 答えが出せない。楯無に対して「大丈夫」という言葉を向けられない。

 

 大丈夫なわけがなかった。

 ISコアのこと、スタイン事件のこと、知りたいことはまだまだある。そしてそれを知るにはユニコーンというISは必要不可欠だ。

 しかしそのせいで友人たちを傷付けてしまうかもしれない。

 

「ユニコーンのシンクロシステムは暴走した。その原因究明もしたいところだけどそれは後々でいいわ。

 あなたはまだあの機体に乗るのかしら?」

 

 ユニコーンは搭乗者もその周りにも危害を加える可能性がある。

 それは理解している。それでも翼にとっては生きる理由になっている。

 そんなものをおいそれと捨てることはできない。

 

「……はい、と言ったらどうしますか?」

 

「私は止めはしないわ。織斑先生も同じでしょう。

 でも、他の人はそうはいかない。ユニコーンに乗り続ける場合はプログラム並びに物理的にシンクロシステムを封印してちょうだい。

 ひとまずはそれで周りを落ち着かせるわ」

 

「ありがとう、ございます……」

 

 翼は俯いているため楯無はその表情を知ることはできない。

 しかしそれでも彼の肩が震えていることはわかった。

 

 彼は恐怖を覚えている。

 自身の選択が過ちなのではないか、この選択によって傷付く人が出てくるのではないか、しかもその選択が他の誰でもないただ自分のためだけに選んだということに恐怖を覚えているのだ。

 

(簪、やっぱり俺はヒーローなんかじゃないよ)

 

 自分は自分のために誰かを簡単に切り捨てられる人間なのだと自覚して翼は自身が怖くなった。

 

 そんな彼に歩み寄った楯無はその頭を優しく抱き抱えた。

 

「大丈夫。あなたは立派なヒーローで人間よ。

 みんなのために戦えて自分の選んだ選択に恐怖を覚えている。そう自分を責め続けないで」

 

「でも、俺は……俺の選択はみんなを!」

 

「あら、私を見くびらないでほしいわね。またあんなことになったら止めるわよ。

 だって私はこのIS学園で最強なのよ? お姉さんに任せないって」

 

「……はい。そう、ですね」

 

 楯無は優しく翼の頭を撫でて離れようとしたが、彼の手が自分の背中に回っていたことに気がついてその動きを止めた。

 自分の行動に彼女が気がついたことを悟った翼はか細い声で言う。

 

「すみません。もう少し、このままで……お願いします」

 

 数度瞬きをした楯無は上がりそうになった口角を無理やり抑えながら彼の頭に回していた腕に優しく力を込める。

 

「私の胸はそんなに心地良いかしら?」

 

「……ええ、まぁ」

 

 翼の赤くなった耳といつもよりずっと小さい背中を見た楯無は慈愛の眼差しを向けて微笑んだ。

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