IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
トラウマ
クラス対抗戦から時は過ぎ、6月。
アリーナのピットには全身至る所に灰色の増加装甲兼シンクロシステムの拘束具を付けたユニコーンが鎮座していた。
それを見て簪が改めて感想を口にする。
「たった2週間でここまで形にするなんて……」
たしかに翼はユニコーンの改修作業を対抗戦から2日後に始めていた。システム的な封印は岸原夫妻に任せたとは言っていたがそれにしてはあまりにも早すぎる。
「元々ユニコーンは俺専用じゃなかったからな。改修計画だけはあったんだよ。
ほら、来月臨海学校があるだろ? そこまでにデータを集めて組もうと思ってたんだ。両腰のシールドみたいにな」
翼は言いながらキーボードでユニコーンの調整作業を続けている。
目と指を忙しなく動かしながらも彼の口調はいつもと全く同じものだ。
「だから所々IS学園にあったスペアパーツを使ってる。
肩は打鉄で脚はラファールとテンペスタの部品を切って貼ってって感じだな」
そう言われて簪は一瞬目を見開くとユニコーンに駆け寄ってじっと観察を始めた。
言われてみればたしかにところどころに面影はあるがほぼ別物になっており、完全新規の装甲に見える。
「ん? 待って、ということはもしかしてまだ完成してないの?」
「ああ、そうだな。とりあえず手近にあるもので作ったって感じだ」
静かに簪は息を飲んで改めてユニコーンを見やる。
この完成度でまだ完全体ではないと翼は言っていった。
自身を含め様々な組織で四苦八苦しているISの開発と改修を少なくとも彼はなんの苦もなく成している。
「……」
本来ならこのユニコーンの試運転を見るつもりだったが今の自分にはそれより優先しなければならないことがある。
「翼、ごめん。私ちょっと用事が、できた」
「ん? そうなのか?」
「うん。あとで試験データをくれると助かる」
「それぐらいならいいけど……なにか手伝えることは──」
「翼は今誰かを手伝う余裕なんてないはず、違う?」
全てを言い切る前に出された簪の言葉に翼はそれ以上言うことはできなかった。
打鉄弐式にここ1ヶ月まともに関われてないことは心配であり、気後れしているが今の自分は自覚できるほど憔悴している。余裕もない。
もう1ヶ月近く前にはなるが楯無の胸で縮こまっていた記憶も新しい。
「……そうだな。ごめん、いってらっしゃい、簪」
「うん。いってきます」
簪は手を振りながらそう返してピットから出て行った。
ちょうどそのタイミングでユニコーン・グレードレスの調整が終わった。
(そうだな。他人を気にかけるのはまず自分のことができてから、だ)
翼は立ち上がってハンガーに固定されるユニコーンを睨みつけるように見つめた。
◇◇◇
時刻は午後7時過ぎ。体に重くのしかかる疲労を少しでも癒すために翼はベッドに寝転んでいた。
「今月、か。学年別トーナメント」
学年別のIS対決トーナメント戦であるそれは約1週間をかけて行われる行事だ。
なぜそんなに長期間行う理由は単純明快。
名目上は自主参加ということになっているがこれは自分の力量を測る重要な機会、そのためIS学園の生徒が全員参加するからだ。
そのため結果的にトーナメントは一学年で約120人で行うことになり、必然的に大規模なものとなる。
評価する点は学年ごとに異なる。
一年は浅い訓練段階での先天的才能評価、二年はそこから訓練した状態での成長能力評価、三年はより具体的な実践能力評価がされるため全員が参加する意義があるものだ。
(とりあえずユニコーンは形にできた。今日の試運転でも問題はなかったし機体は万全にできる)
機体は間違いなく間に合うが、精神の方はそうはいかない。
改めてユニコーンに乗ることを決めたのは自身の選択だが、それでも乗るたびにシンクロシステムが暴走した時のことが過ぎって体が強張り、思考が止まる。
そのせいで今のままであれば一夏より少しマシに動かせる程度の戦績しか残せないだろう。
(トラウマの克服なんてそんなのどうやれば……)
翼が思考の迷宮に入る直前、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「翼、いる~?」
続いて入ってきたのは鈴音の声だった。
「いる––––」
「入るわね」
言い切る前にさも当然のように鈴音はドアを開けて部屋に入ってきた。
彼女はそのまま翼が寝転ぶベッドの側によると両腰に手を当てて見下ろす。
「……勝手に入るなら聞く必要なかったんじゃないか?」
「なに言ってるの? 入る前に声をかけるのはマナーでしょ。ほら、さっさと起きなさい! 夕飯食べに行くわよ」
「ああ、わかっ……待て、なんか俺がおかしいみたいな話になってなかったか今」
「気のせいよ」
即答された翼は「そうかな」と呟きながらベッドから起き上がり、そのまま降りて鈴音ともに食堂に向かった。
◇◇◇
移動した食堂は思春期女子で埋め尽くされておりかなり騒がしい。
IS学園に入学して2ヶ月ともなれば翼も慣れたものではあったが、その中でも特に奥の方でスクラムを組んでいる一団が目に付いた。
「ねぇ聞いた?」
「聞いた! 聞いた!」
「え、何々、何の話?」
「だから、あの岸原君と織斑君の話よ」
「いい話? 悪い話?」
「最上級にいい話」
「聞く!!」
「まぁまぁ落ち着きなさい。いい? 絶対これは女子にしか教えちゃダメよ?
女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで––––」
食券を買いながらその一団を眺めていた翼は彼女たちを指差しつつ隣にいる鈴音へと問いかける。
「あそこのテーブルやけに人が集まってないか? なんかさっきから騒がしいし」
「さぁ、占いでもやってんじゃないの? よくあることじゃない」
「うーん?」
翼は疑問符を浮かべつつ首を傾げた。
鈴音の言うとおり占いなど話が盛り上がっている時は今のように騒がしいが今日のそれはいつもとなにか色が違うように思えた。
「えええっ!? そ、それ、本当っ!?」
「本当! 本当!」
「うそー! きゃー、どうしよう!」
先ほどから「きゃあきゃあ」と黄色い声が津波のように翼に押し寄せている。
やはり盛り上がり方がいつもと違うと翼は感じた。
(んー? でも似たような感じはあったな……たしか、恋バナ?)
「翼」
「あ、ああ」
鈴音に急かされた翼は思考を中断して和食定食を受け取り、空いていた席に移動すると腰を下ろした。
それぞれ手を合わせ夕飯を食べ始める。
翼が焼き魚の骨を丁寧に半分ほど取ったタイミングで鈴音が切り出した。
「大丈夫なの? あんた」
翼の箸が止まった。
図星を突かれた、ということをまざまざと示した翼に対して鈴音はいつもと変わらない語調で続ける。
「あんたの選択に思うことはある。だからアレに乗ることにはなにも言わないわ。
でも、あんな中途半端な動きしかできないならさっさと降りなさい」
辛辣な言葉だったが鈴音の言葉は全て翼のことを想って出ているものだ。
今の状況は翼にとって良いものがなに1つとしてない。
技術の学習においても、周りの視線においても、なにより翼の精神にとっても。
「わかってる……わかっては、いるんだ」
「……なら、いいわ。どうにかしなさい。
私はそんな腑抜けたあんたに勝っても嬉しくもなんともないんだから」
「優しいな、鈴」
「う、うるさいわね! 私はただあんたのため……っ!!」
鈴音は口から出かけた言葉を飲み込むために椅子から立ち上がる。
「お茶取ってくる! 緑茶よね!」
「え? あ、ああ、悪いな」
鈴音は照れから耳を赤くさせて緑茶を取りに向かう。
その瞬間だった。
「あっ! 岸原君だ!」
「えっ、うそ!?どこ!?」
「ねぇ、あの噂って本と、もがっ!?」
奥で賑わっていた女子たちの一部が翼の存在を見留めるやいなや雪崩れ込んでは言葉の洪水をこれでもかと浴びせてきた。
半ばいつもの事とはいえそれでもどこか懐かしみながら尚且つ若干引きつつ翼は疑問符を浮かべる。
「う、噂ってなんだ? なんのことだ?」
「い、いや、なんでもないの。なんでもないのよ。あはは……」
「バカっ! 秘密って言ってたでしょうが!」
「い、いや、でも本人の前だし……」
1人が翼の前で通せんぼをしてその陰で2人が小声で話している。
会話の内容こそ彼は聞き取ることはできなかったがそれでも不審を覚えるには十分で目の前に立つ女子生徒に改めて問いかけた。
「なぁ、噂って?」
「う、うん?なんのことかな?」
「ひ、人の噂も365日って言うよね!」
「それは長くないか? 1年だぞ」
「そうだよ。な、何言ってるのよミヨは! 49日だってば!」
「75日だぞ。それと、やっぱり何か隠してるだろ」
翼は再び冷静に突っ込む。
その女子3人の焦り具合は尋常ではなく、もはや自ら「なにかを隠している」とでも言っているようなものだ。
自分と無関係であれば翼もこれ以上突っ込むことはなかったが、断片的な情報だけでも自身と無関係なものとは考えられない。
そのため改めて聞こうとしたが──
「そんなことっ」
「あるわけっ」
「ないよ!?」
──図ったかのように口々に言うとその女子3人は撤退した。
その明らかに怪しい様子に翼がさらに疑問符を浮かべた中で彼に声がかけられる。
「なに? あんたまたなんかやらかしたの?」
湯気が出ている湯飲みを2つ持って戻ってきた鈴音だ。
翼はそれを礼を言いつつ1つ受け取って返す。
「またってなんだよ。それじゃあ俺が問題児みたいじゃないか」
「あんた、自分が問題児じゃないつもり?」
「「……」」
沈黙に耐え切れずお茶を飲んだ翼は一息つく。
「あ、ああ、今日もお茶がうまい」
「逃げたわね」
「「……」」
翼は再び訪れた沈黙から逃げるように目をそらした。
「な、なんのことやら……ははっ、まるで、わからないな」
「……まぁ、いいけど。でもあんた一夏よりも無茶苦茶やってるんだから多少は弁えておきなさい」
「はい……気を付けます」
それから約3分程度2人の間で会話がなされることはなかった。
だが気不味い沈黙ではなく、互いが互いのいる空間に居心地の良さを感じていたというだった中で翼が切り出す。
「改めて、ありがとう鈴」
「本当に改まってって感じね。急になに?」
「いや、色々助けられてるなって思ってさ。最初は一夏のことだけ頼もうと思ってたのにいつの間にか俺自身のことも頼るようになっててさ。
頼れる奴がいるっていうのはこんなに心強いものなんだなって」
「……あんた、よくそんな歯が浮くようなこと言えるわね」
「嫌悪ならともかく、好意は素直に伝えるべきだろ?
俺は好きだよ。鈴のこと」
「ッ!? ゴホッ!」
あまりにも予想外の言葉に鈴音はお茶を変に飲んでしまった。
気管に入った異物を吐き出すために出た咳を何度か繰り返し、それが落ち着いたところで顔を赤くさせながら翼に詰め寄る勢いで言葉を放つ。
「あ、あんた! い、いきなりなんなの!! す、好きとか!」
「……? さっきも言ったろ。好意は素直に伝えるべきだって」
そこでようやく翼が言った「好き」という言葉は友愛の意味であることを理解して大きな息を吐いた鈴音は椅子に座り直した。
改めて翼のなにも考えていない顔を恨めしそうに見た鈴音は言う。
「翼さ。それ、アタシ以外に言ってないわよね?」
「……言ってるけど?」
「あんた、いつか刺されるわよ」
「え? ……な、なんで?」
明らかな困惑を表した翼を見て鈴音は改めて大きなため息を吐いた。
それと同時に心の中で1つ言葉を溢す。
(ダメね。私がなんとかこいつを支えてやらないと……)
鈴音は静かに決意してお茶を飲み干した。