IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
放課後、翼はシャルルに自室の案内と相部屋になることを考慮して細々としたルール決めをしていた。
「──と、まぁ、大体こんな感じか。なにか質問は?」
「ううん、大丈夫。ありがとう翼」
「これから同じ部屋で生活するんだから当然だろ?」
翼はそういうと小型の冷蔵庫からペットボトルのお茶をシャルルに差し出した。
彼がそれを受け取るのと同時に翼は切り出す。
「なぁ、1つ頼んでも良いか?」
「え? う、うん。僕にできることならいいけど、なに?」
「一夏の訓練に付き合ってほしいんだ」
その言葉をきっかけに翼は一夏のIS操縦訓練をしたいが、簪の打鉄弐式の開発とユニコーンの改修の目処が立ったとはいえまだ終わっていないため手が回らないことを端的に説明した。
「なるほど、状況はわかったよ。
僕に任せて」
「ありがとう。助かるよ。
ただ今の一夏を舐めない方がいいぞ。まだセシリアたちには届いてないがそれも今年いっぱいだろう。
2年に上がった頃にはたぶん並ぶ」
「……そんなに?」
シャルルが持っている情報では織斑 一夏のIS操縦レベルはそこまでではない、というような評価であり彼の感想としても「訓練期間を考えればこんなものだろう」というものだった。
対して翼に関しては代表候補生どころか国家代表にも比類するという評価だった。
そんな彼が念を押すほどに言っていれば疑問符と少しの興味が湧くのは当然だろう。
「少なくとも近接戦闘のセンスは姉譲りだな。
経験がないから見える選択肢が少ないってだけだ。一夏は強くなる、必ず」
「期待してるんだ。翼は」
「期待じゃない、確信だ。
まぁ、経験に関しては俺も足りてないから本来なら一夏と一緒に代表候補生たちの技術を盗みたいものなんだけど……まぁ、学年別トーナメントまでは難しいな」
苦笑いと共に肩をすくめる翼の顔をじっと見たシャルルはあることに気がついてそれを問いかける。
「翼、最近ちゃんと寝られてる?」
「え゛っ!? ……ね、寝られてるぞ?」
「ふーん。何時間ぐらい?」
「……さ、3時間」
「嘘だね」
「なっ!? に、2時間ぐらい、です」
笑顔で優しい語気だがどこか圧倒される雰囲気にたじたじになりながら翼は答えていた。
その様子から嘘を言っていないと確信してシャルルはため息をついた。
「翼が大変なのは話から察したけどちゃんと寝なきゃダメだよ」
「で、でも……」
モゴモゴと言い澱む翼を見てシャルルは笑顔を浮かべて手刀を小さく掲げて振り下ろした。
空気を裂く「フッ!」という音とそれによって生まれた風が翼の頬を駆け抜け、前髪を揺らす。
「なにかな?」
「い、いえ、なんでもありません!!」
「うん。よかった」
そう言うとシャルルは満足気に頷いた。
こうして翼とシャルルの同室生活は幕を開いた。
◇◇◇
シャルルとラウラが転入してきて翌日の放課後、翼は簪があるであろうIS整備室に訪れていた。
そして映った光景に目を見開いた。
整備室は少しざわついているが雑談というよりも意見交換を行っている。
そう、打鉄弐式と簪を中心として意見の交換会が行われていたのだ。数としては5人、あまり見覚えがない顔ぶれから違うクラスなのだろうことは察せた。
整備室の入り口で固まっていた翼の横合いから1人の女子生徒が声をかける。
「見てる方がびっくりするぐらいびっくりしてるね〜、きっしー?」
「のほほんさん?」
翼に声をかけてきたのは
小柄な体躯と長い栗色の髪、余らせた制服の袖と愛称の通りどこかのほほんとした雰囲気が印象的な彼女は簪の方を見ながら言う。
「うん、ちょっと前にね。かんちゃんが急に来て『打鉄弐式の開発を手伝って』って言ってきたんだ」
「え? 簪の方から?」
多少自分に対しては打ち解けてきたかもしれないと思っていたが、その他の人物に対してはあまり変わっていないとどこかで考えていた翼にとっては簪自らが誰かを頼る行動に出ることを想像できなかった。
それを表情から読み取った本音は苦笑いを浮かべる。
「私も最初は驚いたよ〜。でも幼馴染だし、頼られて嬉しくてさ。2つ返事で頷いたんだ〜」
「へぇ〜、じゃあ、今あそこで話してる人たちは?」
「あ〜、ほら私って一応生徒会に入ってるじゃん?
あんまりにも嬉しくて生徒会で話してたらなんか話が広まっちゃってさ〜、気が付いたらああなってた」
「……よく受け入れたな。簪」
驚愕しながらもどこか嬉しそうに呟く翼。しかしそこはどこか他人事のように見えた。
それに気がついた本音は小さく笑って返す。
「きっしーが変えたんだよ」
「俺が? まさか」
「ううん。きっしーがいなかったらかんちゃんはずっと1人だったよ。
誰にも『助けて』って言えなくて抱え込んで潰れてた。ありがとうね〜」
いつもと変わらぬ朗らかな笑みだったが不思議と言葉からは大きな感謝の気持ちが見えた。
本音からしてみればあの簪が誰かを頼ってまだ多少の壁はあれどそれでも協力して何かを成している、成そうとしていることに喜びを覚えている。
「……いや、どうだろうな。俺は簪を変えられるほどのことはしてないと思う。
俺がしたのは『助けを呼んでもいい』って伝えただけだ。
助けを呼ぶことは恥でもなんでもない。協力を得たからといってもそうすることを選んだ自分の手柄だってな」
「なるほど〜、でもそれは変えたってことにならないかな?」
「人は言葉で変われるほど単純じゃない。
その言葉を聞いて受け入れてそうしようと決めたのは簪自身だ。だから俺は──」
「なら、言葉を変えるね〜」
本音は体を翼に向けると咳払いを1つして改めて伝える。
「かんちゃんにきっかけを与えてくれてありがとう〜」
まっすぐな感謝の言葉に翼は照れ隠しで頭を掻いて答えた。
「……どういたしまして」
2人の会話が落ち着いたところで簪が翼たちに気がついた。
彼女は意見交換会の輪から抜けると翼たちへと駆け寄る。
「つ、翼! あ、もう大丈夫、なの?」
「ぼちぼちってところだな。簪の方は?」
「う、うん。みんなのおかげでどうにか飛行試験まで来たよ」
「なに!? 歩行試験は?」
翼が少し詰め寄ったことで近くに迫ってきた彼の顔に少し心臓を高鳴らせた簪は目を少し逸らしながら答える。
「昨日終わった。今、話してたのはそのフィードバック」
「おお〜、すごいな。順調じゃないか」
「ふふっ、うん。でもこれからがもっと大変」
「だな。飛行試験は明日か?」
「その予定、アリーナも使用許可貰ってるし、火器管制系のプレ試験をやりたい」
「わかった。付き合うよ。
あ、データを少し見せてもらっても良いか? 今日は1日付き合えるからさ」
翼が言った瞬間、散り散りになっていた女子生徒たちが一斉に彼の元に集まると目を爛々とさせ始めた。
「き、岸原くん、今日は一緒に整備できるの!? やったー! 頑張ってよかったー!!」
「わ、私意見聞きたい! ここと、ここと──」
「あ、じゃあ私趣味聞きたーい!」
「好きなタイプもー!」
「え、ええ!? じゃあ、じゃあ私は〜!」
彼女たちに引きずられるように打鉄弐式の近くまで連れて行かれた翼を見て簪は無意識にほんの少し頬を膨らませた。
それをめざとく見つけた本音はにやにやとしながら声をかける。
「かんちゃんもあれぐらい行かないときっしーは取れないよ〜?」
「なっ!? ち、ちが! 私は、その……別に……」
「ええ〜? ほんと〜? ん〜?」
「ほ、本音!」
「わ〜!!」
照れ隠しから出てきた怒りの声に本音は小走りで逃げ出し、それを簪が追いかける。というそんな気の抜けた雰囲気から作業は始まった。
◇◇◇
翼が説明を終えたところで1人の女子生徒が手を挙げた。
「あ、じゃあ、この回路をこっちに回してさ。この部分にエネルギーラインを通したらどう?
かなりスッキリしない?」
「ああ、そうだな。でもそうすると裏側はどうなる?」
「裏側?」
「あー! そうだよ。このラインがここと干渉して、んでんでその干渉を避けようとすると……」
「うっわ……なんかすごい汚くなったね」
「そう、回路単体は二次元でいいんだけど組むことを考えるなら三次元的に捉えないとダメなんだ。
ここはもう数をこなして慣れるしかない。この辺りはたぶん教本でもまともに載ってないからな」
「「「へぇ〜!!」」」
元々作業量自体は少なく、翼が入ったことで歩行試験のフィードバックと明日の飛行試験に向ける調整は2時間程度で終了した。
そこで1人の生徒が質問し、それを皮切りに質疑応答が始まり、そこからさらに発展して講義と呼ぶに相応しいものになっていた。
どこからこの講義を聞きつけたのかいつの間にか増えていた数名の生徒のうちの1人である3年生の生徒が手を挙げる。
「ここに無駄がないということはわかりました。
ではこちらのラインについては? 省略し過ぎているように見えます」
「はい。そこは搭乗者に合わせて消しました。
これは専用機ですからある程度のバランスさえ取れていれば無駄な部分はカットします」
「なるほど……」
「ただし、後付けで弄れるようにスペースは作っておきます。
整備性を考えるならば完全にオミットしてしまった方が良いですが、先ほども言った通りこれは専用機。多少の整備性の悪化は許容します」
「では、その許容ラインは?」
「搭乗者と整備施設、整備員の能力によって判断します。
ただこれは実質的な勘での作業です」
「もしそれでミスをしたら?」
「地面に頭を擦り付けて泣いて謝ります」
あまりにも真剣な顔と情けない言葉のギャップによって小さく笑う声が響く。
それを少し離れたところから簪と本音は見ていた。
「いいの? かんちゃん、きっしーと話したかったんじゃないの?」
「うん。でも、ああいうところもたぶん翼だから、いいの。
話す機会はこれからたくさんあるし」
「おお〜、正妻の余裕ってやつだ〜」
「ッ!? 本音!!」
「わ〜!!」
本音が「参った」とでも言うように両手を上げた姿を見て簪は大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせるとまた翼の方に視線を向けた。
その目は楽しそうで、嬉しそうで、愛おしいものを見るような目だった。
そんな見たことがない顔を見て本音は安心したような笑みを浮かべて問いかける。
「かんちゃん、今、楽しい?」
「うん。ISの開発がこんなに楽しいものなんて知らなかった。誰かを目指すことがこんなにやりがいのあることだなんて知らなかった。
私が進んでいる道は苦しいことも多いけど、そればかりじゃないってわかった。だから、楽しいよ。本音」
「そっか……うん、なら良かった」
本音はそう言うと簪と同じように生徒に囲まれて講義を続ける翼を見つめた。