IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン-   作:諸葛ナイト

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夜の密会

 金曜日の夜、翼は寮の廊下を歩いていた。

 打鉄弐式とユニコーンの調整、一夏との訓練を終えた彼は食堂から自室に戻っていた。

 シャルルと同室になって5日、まだ互いにぎこちなさはあるがそれでも変な緊張をすることはなくなった部屋に入ろうとドアノブに手をかけたところで気配を感じて横を向く。

 

「こんばんは、岸原くん」

 

 そう声をかけてきたのは楯無だった。

 彼女の胸で震えていたことを思い出して翼は少し顔を赤くさせたが、彼女がイタズラっぽく笑っているのを見て咳払いを1つ挟んで返す。

 

「はい。こんばんは……更識会長。なにかご用ですか?」

 

「あら〜? なんかぎこちないわね〜。もしかして、思い出しちゃった?

 もう1回する?」

 

 楯無はそう言うと両腕を広げると「ほれほれ」と翼を誘うように両腕を軽く振った。

 それを見て翼はバッと顔を逸らす。

 

「しません! 弄りに来ただけならもう行きますよ?」

 

「ああ〜、ごめんごめん。話はちゃんとあるのよ。ちょっと久しぶりに2人で話さない?」

 

 翼が再び見た楯無の顔に揶揄うようなものはなく、彼女の言葉が本当であることを如実に表していた。

 

 そうして彼らが移動した場所はIS学園の生徒会室だった。

 屋敷にでもありそうな重厚な扉の先にある室内は他の教室とあまり変わらない。教室にも置いてある机と椅子が中央に寄せられており、壁際には資料でも入っているのだろう棚が隙間なく埋められている。

 

 楯無の「暗い方が密会っぽくて良いじゃない?」という言葉のせいで暗い生徒会室。

 そんな生徒会室で楯無に勧められた椅子に座った翼の隣に自然に楯無は座って口を開いた。

 

「さて、最近の調子はどう?」

 

「それは具体的に何の調子ですか?」

 

「んー、両方かな。岸原くんも、簪ちゃんも」

 

 翼はどちらから先に切り出すか少し迷ったが、楯無が知りたいのは後者の方だろうと推測を立ててそれを切り出す。

 

「……簪についてなら良いと思います。

 打鉄弐式の試験は順調に進んでいますし、彼女自身も周りとコミュニケーションを積極的に取るようになったみたいで……。表情も気持ち柔らかくなったかも」

 

「ええ、そうね。

 にしても驚いたわ。まさか本音に協力を頼むなんて、ちょっと前なら考えられなかったわ。

 当然と言えば当然だけど私に声をかけてくれなかったのはちょっと寂しいけど」

 

 しみじみと言う楯無の顔はその言葉通り少し寂しげに写った。

 大切な妹が周りと少しだが距離を縮めて笑い合っている姿は彼女としては望んだものだが、同時にそれは自身から離れてしまうことも意味する。

 

 だが、彼女の顔にあるのは寂しさだけではない。

 

「……簪の変化は嬉しいですか?」

 

「ん? そりゃ、ね。どれほど孤独が好きと言っても人は1人では生きていけない。少なくとも人らしく生きることはできないもの」

 

「ならそれを簪に伝えてください。打鉄弐式を作り上げた彼女を褒めてください。

 会長自身の気持ちをきちんと話してください。簪の件のお礼はそれで十分です」

 

「それが一番難しいんだけどね〜」

 

「それでもしてください。労働には正当な対価を、ですよ。

 少なくとも俺はそれをしてもらうだけの苦労はしました」

 

 翼にきっぱりと言い渡されて楯無は頬を掻く。

 このIS学園においてそんな物言いをできるのは少なくとも生徒の中では彼ぐらいなものだ。

 生徒会長を相手にした言葉ではなく、楯無という1人の少女に対して言葉をかける彼に甘えたくなるが、さらに世話をかけてしまうのはさすがに忍びない。

 

「まぁ、頑張ってみるわ」

 

「ええ、応援しますよ」

 

「ありがとう。じゃぁ、岸原くんは?」

 

 先ほどまではにこやかな表情を浮かべていた翼だったが、楯無からその話題を振られて表情を固くさせた。

 だがそれも一瞬のことですぐに自嘲の笑みを浮かべる。

 

「正直、自分に失望しました。

 俺は一夏たちを信用していると思ってた。でも違っていた。信頼してなかったんです。一夏たちの力をなにも信じていなかった」

 

 膝の上に置いていた両手がいつの間にか拳を作っていた。

 語調こそいつもと同じだったが、その声音は怒りに似たものが含まれている。もちろん、自分自身に向けた怒りだ。

 

「あなたのトラウマの原因は慢心、ね」

 

「はい。一夏たちだとどうあっても俺には勝てない。今の俺に勝てないのなら暴走したユニコーンを止められるわけがない。

 そうどこかで思って、そう思ってしまうと体が思うように動かなくなって、思考も固まった」

 

「実力がある故の弊害みたいなものね」

 

 楯無の言葉はどこか体験談を語るようなものだった。

 よく考えれば彼女ほどの才能と実力を持つものが翼と同じ悩みを持ったとしてもそれは不思議ではない。

 だから翼は問いかける。

 

「会長はどうやってこの慢心をなくせたんですか?」

 

「あら? 私が遠慮なく他人を頼れてると思う?」

 

 胸を張って問いかける楯無を見て翼は即座に近い速度で首を横に振った。

 

「いいえ、まったく。他人を頼れるなら簪との関係もここまで面倒になってないでしょうし」

 

「そ、そこまできっぱり言われるとさすがの私でも少し傷付くわね……。

 まぁ、いいわ。慢心は無くさないわ。それは自信と表裏一体のものよ」

 

「な、なら……どうすれば」

 

「他人は信じなくても良い。あなたを信じなさい。

 彼らを頼ると決めた自分の判断を信じなさい。ある程度の実力があると自負している自分なら信じられるでしょ?」

 

 それは力技だ。あまりにも無茶苦茶な論法だ。

 慢心をどうにかするのではなく、信じるためにどうするかなどのような方法論などでもない。

 楯無からそんな言葉が出てくるとは全く考えていなかった翼はふっと笑みを浮かべる。

 そんな彼を見て楯無も釣られて笑みを浮かべた。

 

「どう? いいアドバイスになってるかしら?」

 

「ええ、とても。なんだか肩の力が抜けました。もう、迷いません」

 

 先ほどまでの自分への怒りも自嘲の笑みも完全に消えてすっきりとした清々しいと言うにふさわしい顔つきになった翼を見て楯無は満足げに頷いた。

 

「ありがとうございます。更識会長」

 

 礼を言った翼だったが楯無の顔は不満があることをまざまざと浮かべていた。

 そのことに翼が気がつくのとほぼ同時、ずいっと顔を近づけてきた楯無が問いかける。

 

「岸原くんって私のことなんて呼んでる?」

 

「え? 更識会長、とか会長ですかね?」

 

「私の名前は更識 楯無、会長じゃないのよ?」

 

「えっと……なら更識、さん?」

 

「簪ちゃんは名前で呼んでるのに、私は名前じゃないんだ〜?

 な〜んか距離感じちゃうな〜?」

 

 さらに顔を寄せて目前にまで迫ってきた揶揄うような顔の楯無から距離を取るように少し下がった翼は彼女が欲しているであろう言葉を口にした。

 

「楯無、さん」

 

「ふふっ、よし! じゃ、さっきのアドバイス料はそれでチャラにしてあげる」

 

 この話合いの終わりを告げるように心底から満足げな楯無は椅子から立ち上がって大きく背伸びをした。

 それに続いて立ち上がっていつの間にか固くなっていた体をほぐすように腕を回していた翼へと優しい声がかけられる。

 

「翼くん──」

 

 意識の外から出てきた今まで聞いたことのない楯無の声を耳にした翼の前にいるのは1人の少し歳上の少女だった。

 暗い生徒会室の明かりは少し大きめの窓、翼の背後にある月明かりだけだ。

 淡く儚いその光はその少女をどこか幻想的に優しく照らしている。

 

「──ありがとう」

 

 翼がそれに答えを返せたのは10数秒後のことであり、それを弄られたのは言うまでもない。

 

◇◇◇

 

 夜の密会を開いていたのは翼と楯無だけではない。

 それが開かれているのは一夏の部屋。人数としては4人、一夏と箒、シャルルと簪だ。

 

 シャルルが転入して5日、簪と話すようになってから3日程度。関係性としては友人と呼べるかもしれない程度だがそれでも今後のことを考えるならば早いうちに話した方がいい。

 

「──っていうのが翼の状況だ」

 

 クラス対抗戦で起きた事件とそれをきっかけとして発生したユニコーンのシンクロシステム暴走と翼がそれでもなお危険なシステムを搭載しているISに乗り続ける理由を箒と共に一夏は話し終えた。

 

「「……」」

 

 2人は完全に言葉を失っていた。

 同時に得る情報にしてはあまりにも密度がありすぎる。

 スタインと呼ばれるシンクロシステムを搭載したIS、シンクロシステムの暴走事件、システムの暴走によって死亡した母親である明星(あけぼし) 月弥(つきみ)と翼の望み。

 

 簪は理解できた。

 彼の中でISという存在は肉親から与えられたなぞなぞのようなものであり、それを解き明かしたいと思うのは当然であり自然なことだ。

 目の前の背中に対して尊敬し、敬意しているからこそその場所に立ち、同じものを見たいと思っているのだ、と。

 

 シャルルは理解できなかった。

 彼からしてみれば翼は自分自身の手で首に鎖を巻き付けているようにしか見えない。

 誰かに命令されたわけでもない。本来ならばもっと好きに安全な生き方もできるのにそうしない彼のことを理解できなかった。

 

 翼の気持ちを理解することはできなかったがそれでも1つの疑問が浮かびシャルルは一夏たちに問いかける。

 

「なんで、このことを僕たちに?」

 

「翼はユニコーンに乗り続けることを決めた。あいつ、結構頑固だから言葉で言ってもどうしようもない」

 

「ああ、一夏の言うとおりだ。

 システムは封印したらしいがもしものことを考えるとやはり私たちも戦えるようになっておかなければならない」

 

「もしもの時のための抑止力になろうってこと?」

 

 簪の確認に一夏は首肯した。

 

「そう! 鈴は打倒翼作戦、とか言ってたな」

 

「だが、もちろんそう易々と止められるとは考えていない。確実に止めるために1人でも戦力がほしいのだ」

 

「ああ、だから僕たちに話したんだ。その、えっと、打倒翼作戦に協力してほしいから」

 

 シャルルの確認に一夏と箒は頷いた。

 簪とシャルルは目を見合わせるとそれだけで互いの立場、意見を交換して頷く。

 

「うん。わかった。僕も協力するよ」

 

「わ、私も。どれだけ力になれるかはわからないけど……」

 

「ほ、本当か?」

 

「うん。むしろ断る理由がないよ。

 みんなに良くしてもらってるからそのお礼みたいなものだよ」

 

「翼には打鉄弐式でたくさん助けられた。だから私も恩返し……そ、それに、翼の力になりたい」

 

「ありがとう。2人とも!」

 

 こうして打倒翼作戦のメンバーに新たにシャルルと簪が変わったことによって専用機が5機となり、戦略としては国家戦力並となっていることを彼らはまだ知らない。

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