IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
シャルルはベッドに腰掛け、翼と一夏は椅子に座っているその部屋は重い空気に包まれていた。
全員が温かいお茶を手にしてその液面に浮かぶ自分の顔を見ていたなかで切り出したのは翼だ。
「単刀直入に聞こう。シャルル・デュノア、いや、シャルロット・デュノア。君はなぜ男のフリをしていたんだ?」
「……翼は全部知ってて僕に言わせるんだ。結構意地悪だね」
「自供を求めるのは当然だろ?」
肩をすくめる翼の顔を見てシャルロットは観念したように笑みを浮かべて小さく「ありがとう」と言うと主に一夏に向けて話を始めた。
「実家からの命令だよ。男子としてIS学園に入学、織斑 一夏と岸原 翼と接触。あわよくば機体のデータを収集しろってね」
それに眉を顰めた一夏が問いかける。
「実家? えっと、たしか親父さんが社長なんだっけ?
でも、命令って……親だろ? そんな言い方」
「……」
シャルロットはそこで言葉を噤んだ。
そんな彼女の小さな肩を見た翼は冷徹にその情報を告げる。
「シャルロット・デュノアは妾、要は愛人の子どもなんだよ」
「なっ!?」
「彼女がアルベール・デュノア、“より正確”にはデュノア社に引き取られたのが2年前、きっかけは実母の死去だ。
一応はアルベール氏の実子だからな。保護と身体検査をしていたんだが、その過程でIS適性が高いことが判明、非公式だがデュノア社専属のテストパイロットになった」
一夏はもちろん、シャルロットもすらすらと話す翼を見て目を見開いていた。
少し震えた声でシャルロットは言う。
「び、びっくりした……まさかそこまで知ってるなんて」
「そういうのが得意な人がいるんだよ。全部その人が調べてくれた。本当に色々な」
「そうなんだ……じゃあ、デュノア社が経営危機に陥ってるのも知ってるんだ」
確認する問いに対して翼は表情を一切変えずに頷いた。
「ああ、もちろん。まぁ、その辺の話はIS関連企業に明るいやつなら知ってるかもしれないけど」
どんだん進む話に待ったをかけたのは一夏だ眉間を抑えながら彼は疑問を投げかける。
「ま、待ってくれ! えっと、デュノア社ってあれだろ? 量産機のシェアが世界第3位だって、そんな企業が経営危機?」
「結局、リヴァイヴは第二世代機なんだよ。ISの開発っていうのはものすごくお金も時間も、人もいるんだよ」
「そうなのか……?」
シャルロットの真剣な表情から吐かれた言葉を一夏は疑問符を浮かべてながら受け止めていた。
彼はシャルロットから翼へと視線を移して彼女の言葉の真意を問いかける。
「そうだぞ。一夏、お前の周りにいる奴は俺を含めて例外がほとんどってのは意識しておいた方がいい」
一夏に言った翼はシャルロットの方を向いて頷いて話の続きを促す。
「話を戻すと、ほとんどの企業は国からの支援や他の事業があってようやく成り立ってるところばっかりだよ」
「つまり、デュノア社は国からの支援を受けられてないってことか……」
「うん。今フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されてるからね。フランス政府としては支援したくてもその元手がないからどうしようもないって感じなんだと思う。
そんな中でもイグニッション・プランに再び参加するには第三世代機の開発が必須なんだ」
「上手くは、いかなかったんだな」
「もちろん会社としては頑張ってはいたんだよ?
ただ他のEU圏で比べてもIS開発は後手、第二世代型も最後発だったんだ。その分いい機体になったし評価も高い。一定の評価は得られた」
「なら、それを実績みたいに使って話し合って……あ、いや、そうか」
一夏は浮かんだ答えを口にするために思考を回したことでデュノア社が置かれている状況をようやくはっきりと認識できた。
それに正解を出すかのように翼が言う。
「そう、元々フランスのIS開発状況は窮地に立たされている。
今EUでは第三次イグニッション・プランの次期主力機の選定中って状況だ。今出てる札はイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタⅡ型。
どれもまだ完全とは言えないが、それでも開発に着手したばかりのフランスはそこに食い込めるだけのモノがない。
どれほど優秀な機体でも所詮は二世代機っていうのが世間の目なんだ」
たしかにラファール・リヴァイヴは傑作機の1つ。IS開発史に名を刻んだ物ではあるがそれでも第二世代ISだ。
第三世代とは立っている場所が違う。ハイローミックス構想で辛うじて席があるというのが現状であるが、現在の開発ペースを考えるとその立場もそう長く維持できない。
「うん、翼の言うとおり。
たぶん今回のトライアルで一定の評価を得られなければフランスはIS開発から降りることになる。
資本力で負ける国が開発アドバンテージを取れないとどうなるか、なんて一夏でもわかるでしょ?」
「……状況は分かったが、それがどうして男装に繋がるんだ?」
「最初に言ったでしょ? もっと正確に言うと白式とユニコーンのデータを盗んでこいって言われてるんだよ。一応は広告塔としての役割もあるけど、本題はそっちだよ」
一夏からしてみればシャルロットが話した内容は許せるものではない。許容できるものでもない。
ただ家族のことを話す時に妙に他人行儀だったのかは理解できた。
そうでもしなければ自身の精神を守れないのだ。あの人は他人なのだと思わなければ、自分の実の父親だと思わないようにしなければならなかったのだ。
「まぁ、でも2人にはバレちゃったし、僕はきっと本国に呼び戻される。デュノア社は……吸収かな? 多少なりとも技術力はあるし、ラファール・リヴァイヴの権利は持っておきたいってところは多いだろうしね。
僕にはもう、どうでもいい話だけど」
「……それでいいのか?」
一夏は拳を作り、握り締めると首を横に振ってシャルロットに続ける。
「いいはずないだろ。親がなんだっていうんだ!
親だからってだけで子どもの自由を奪う権利なんてあるはずがない!」
「一夏……」
「落ち着け、一夏。
とはいえ俺も同意見だ。たしかにシャルロットの立場上、完全な自由なんてものはない。それは俺もそうだ。
でも道がないわけじゃないー
翼はそう言うとカバンから1つのUSBメモリを取り出してシャルロットに差し出した。
「……これは?」
「ユニコーン、ではないけどたぶんデュノア社が実際のところ1番欲してるだろう第三世代機の基礎情報だ。
第二世代と第三世代の差はISコアに対するアクセス方法とそれの処理方法。今のデュノア社はこれのどっちか、もしくは両方がわからないから形にできていないんじゃないか?」
「ッ!?」
翼が差し出したそれはデュノア社だけではなく全IS開発企業、研究機関が欲しているものだ。
それが彼自身が導き出している物だということも忘れてシャルロットは自然と、あるいは咄嗟に手を伸ばしていた。
そんな彼女に対して翼は告げる。
「でも、これを受け取ってしまえば君は父親だけじゃなく、俺にも支配されることになる。
シャルロット・デュノアという存在から自由はなくなるんだ。それでも、受け取るのか?」
「……ッ、それでも僕は!」
「誰かのためじゃない。自分がどうしたいか、どうなりたいかを考えて選ぶんだ」
シャルロットは目の前のUSBメモリを見つめる。
これを受け取ってしまえば翼という存在にも縛られるかわりに誰かを騙し続けるという状況や父親からの重圧から逃れることができる。
背負わされているこの重過ぎる荷物を降ろすことができるのだ。
だが、代わりにその手足に枷をつけられる。体は軽くなっても自由はない。
「僕は……」
シャルロットはUSBメモリに伸ばしていた手を下ろすと嘆くように呟く。
「僕は、自由が欲しい。
これが身勝手なわがままだって言うのはわかってる。恩を仇で返すことになるのもわかってる。
それでも僕は、僕として生きていたい。大切な人から貰った僕という存在を失いたくない」
その答えを聞いて翼は心底から安心したようにふっと笑みをこぼした。
一夏はそれを見てシャルロットがその答えを出すことを望んでいたことを悟ったが、同時に疑問が浮かぶ。
「でも、実際のところはどうするんだ?
デュノア社の危機的な状況ってのは変わってないだろ? 何かしてくるんじゃないのか?
……こう、失敗した工作員はいらない、みたいな」
「まぁ、あるかもしれないが、ここはIS学園だ。
特記事項第21、本学園における生徒はその在学中においてあらゆる国家、組織、団体に帰属しない。加えて本人の同意がない場合、あらゆる外的介入は許可されない」
「つまり、学園にいる限りはデュノア社はシャルロットに何かすることはできない?」
要約した一夏に対して翼は同意するように頷いた。
「元はIS学園を介した引き抜きとかスパイ行為幇助に対する抑止が目的の特記事項なんだけどな。
少なくともシャルロット自身はIS学園にいる限り身の安全は学園、というよりも国際的に守られる」
「……僕はそれで大丈夫かもしれないけど、デュノア社の問題は──」
「ああ、それならこれを渡しとく。デュノア社に送りつけてくれ」
言いながら翼はシャルロットの手にUSBメモリをねじ込んで握らせた。
「え、えぇ!!? で、でも、僕はこれに出せる対価なんて!」
「いらないってそれ自体にそこまで重要度はない。数学で言えば解き方のアドバイスが書いてあるだけのものだから元から一定の技術と人がいないと活用できない代物だ。
まぁどうしてもって言うならそのデータで作った機体の情報をすこーし分けてくれたら嬉しいぐらいだな」
どう考えても数億どころか数兆円はある知識に対してその対価はあってないようなものだ。
完全に固まってしまったシャルロットを見ていてふと気がついた一夏は翼に問いかける。
「なぁ、それ渡すんなら特記事項云々の話はいらなかったんじゃないか?」
「用済みになったから消す、なんてこともあり得るだろ?
少なくとも今のデュノア社は尻に火がついてる状態だ。時間がいるんだよ、どっちにもな」
「考える時間、か。それはたしかに」
USBメモリをギュッと握り締めたシャルロットはそのまましゃがみ込んだ。
「シャルル!?」
「シャルロットだぞ」
「え? あ、ああ、そうか! えっと、シャルロット大丈夫か?」
シャルロットは目に涙を溜めながら心配そうに顔を覗き込む一夏に笑みを浮かべて首を縦に振った。
「大丈夫。色々起こりすぎて、色々な感情とかでいっぱいになって……」
彼女はそう言うと翼を見上げる。
「ありがとう。翼、僕は君に返せないぐらいのものを受け取ってしまったね」
「返してほしいとは思ってないさ。俺がそうしたいと思ったからそうする。それを選んだのは君だからな」
翼は手を差し出してシャルロットとその隣にいる一夏に言う。
「飯を食いに行こう。なんか気が抜けて余計に腹が減った」
「ああ、だな! あ、シャルロットはちゃんと着替えろよ?」
「うん、もちろん。先に行ってて、僕は着替えてから行くから」
シャルロットの言葉に従って2人は部屋から出て食堂に向かった。
閉まるドアを見届けた彼女は両手で丁寧に持っているUSBメモリを見つめる。
「僕は選ぶよ。自分の道を……」
自由に進めるとは思っていない。
挫折もあるだろう。衝突や倒れることなど日常茶飯事かもしれない。
それでも自分が選ぶということに価値があり、自分を形作るものになるのならばそれを選ばない手はない。