IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
放課後の第3アリーナ。休日に比べて生徒の数はまばらだが、訓練機を用いて真剣に特訓に励む姿は変わらない。
そこにはセシリアと鈴音の姿もあった。
今月末に行われる学年別トーナメントにはほぼ全生徒が出場するが普通の生徒より彼女たちには重い責任が乗っている。
それは代表候補生としての立場だ。
専用機とそれを整備する人員、それに付随する費用の全てを支援として受け取っている手前それ相応の結果を求められており、もしそれに応えられなければ国からは厳しい目を向けられるのだ。
そんな彼女たちにとって1番の敵は岸原 翼である。
甲龍のシステムウィンドウに表示されるステータスを確認する鈴音の目は忙しなく動いていた。それと同様に思考もまた動かす。
(間違いなく1番の敵は翼。
ユニコーンが万全ではないとはいえ、それでアイツの実力が落ちるわけじゃない)
鈴音は横目で同じように自機のステータスを確認するセシリアを見た。
(他にも実力者は多い。専用機持ちはもちろん、そもそもここの生徒はみんなレベルが高いし……)
大前提としてIS学園に入学するに必要なのは財力やコネよりもIS操縦技術に関する才能である。
玉砕混合の中から玉を集めてぶつけ合って磨くことはこのIS学園の役割の1つだ。
だからこそ、金もコネもなくただただ努力を続けて代表候補生となった彼女も入学を認められた。
甲龍のステータスが全て正常。いつでも訓練を始められることを確認した鈴音は気合いを入れ直すように息を吐いた。
(はっ、レベルが高いのがなんなのよ。私は、それを全て引き倒してここまで来た。
それをここでもするだけじゃない)
鈴音とほぼ同時、セシリアもまたブルー・ティアーズのステータス確認を終えていた。
その手にはすでにスターライトmkⅢが握られていた。
(私は勝つ。例えそれがどれほど難しくとも、どれほど険しくとも)
セシリアには戦う理由がある。結果を残さなければならない大きな理由がある。
セシリアの両親は列車事故によって唐突に亡くなった。
なにかの陰謀に巻き込まれたわけでも、標的にされたわけでもなく、ただ整備ミスによって制御を失って事故を起こしたというだけだ。
それ以降の彼女の周りには敵しかいなかった。
両親の莫大な遺産を卑しく狙う大人たちから守るには自分が強くなるしかなかった。
誰にも頼らず、1人で生きるしかなかったのだ。
(翼さん、学年別トーナメントで私はあなたに勝ちますわ)
彼女にとって翼という存在は特別なものだ。
婿養子という立場の弱さのせいかいつも卑屈だった父とは違う少年。自分の実力を知っている故の自信と自身を曲げない芯の強さ。
そして、なにかを目指し進み続ける姿はセシリアにとってあまりにも強い光だった。
しかし、同時に宿敵でもある。
いくら慢心に塗れていた時だったとはいえ自分の戦歴に泥を塗ったのは間違いない。その憂いはいずれ晴らさなければならない。
だからこそ、とセシリアと鈴音は思う。
((岸原 翼を倒す))
その理由こそ違えど彼女たちの目標は同じだった。
そんな彼女たちのISがほぼ同時に警報を鳴らす。
「「ッ!!」」
鈴音とセシリアはそれぞれに回避、即座に攻撃が飛んできた方向へと体の正面を向ける。
彼女たちの先、幾人かの驚愕と疑問や困惑の表情を浮かべる生徒たちのさらに先にその主がいた。
システムウインドウに表示されている機体名は『シュヴァルツェア・レーゲン』、その登録操縦者の名前をセシリアは呟く。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
わずかに表情を強張らせるセシリアの隣にいた鈴音はラウラを睨みつけた。
「……どう言うつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸じゃない」
言いながらも2本の双天牙月を連結、衝撃砲を準戦闘状態に移す。
戦闘態勢に明らかに移っている鈴音とセシリアに対してラウラは鼻で笑った。
「中国の『甲龍』とイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。
……ふん、データで見た時の方がまだ強そうだったな」
わかりやすい挑発に鈴音とセシリアは口元を引きつらせたがそれも一瞬のこと、セシリアはあることを思い出すや否やすぐに嘲笑を浮かべた。
「データ、データですか?
それは本当に信用できるものですの?」
「……どう言う意味だ」
「あら? わかりやすくお言葉にしなければわからないのですか?
あなたの名誉とプライドのために言っていなかったのですが」
「舌が多いイギリス人らしくない物言いだな。なにが言いたい」
「あなた、翼さんに押されていたではありませんか」
「ッ!」
「私や鈴さんの時であればまだ翼さんの戦闘データはあまりなかったでしょうが、今は違うはず。
もちろん、あなたもそのデータを元に対策を考えていた。なのにそれが一切通用しなかった。
それはあなた方が集めたデータが悪かったのではないのですか?」
セシリアの指摘に鈴音も心の中で「ああ、たしかに」と呟いてすぐに彼女の攻勢に加わることを選んだ。
「もしくは、そのデータを受け取ったアンタの実力の問題、とか?」
「なっ!?」
「あらあら鈴さん、それは言い過ぎですわよ。私もあえて言わなかったことですのに」
「言葉でしか言い返せない三下が」
「へぇ〜? なら、やってみましょうか?」
「2対1ですが、卑怯とは言いませんわよね?」
「ほざくな。貴様らが組んだところでたかが知れている。来い」
「「上等!」」
黒い機体がどしりと構え、青と赤の機体が馳り出した。
◇◇◇
第3アリーナのIS整備室に翼と簪はいた。
2人が向かっているのは打鉄弐式だ。簪は今日から本格的な模擬戦闘訓練を行うということでいつもより少し時間をかけて機体の調整を行なっていた。
「……よし、調整完了。簪、そっちは?」
「うん。大丈夫……機体の方は」
簪の顔には緊張がありありと浮かんでいた。
火器管制試験のように一夏に一方的に攻撃するのではなく、攻撃もされる模擬戦闘。
今まで機体の開発に集中していた簪が不安を覚えるのは当然のことだろう。
「大丈夫。誰だって最初は上手くできないものだ。
開発していた時と同じようにみんなの肩を借りよう」
「そうだね」
そう答えた簪は3度ゆっくりと深呼吸をした。
予想よりもずっと早く打鉄弐式をここまで持ってくることができた。あと残っているのは結果だ。
(私、ここまで来られた。みんなの力を借りたけど、私の足で歩いて来たんだ)
まだ小さい結果だが、それでも結果であることに間違いはない。形となったものであることは確かで揺るがないものだ。
それが簪に自身と勇気を与えている。
「簪、行けそうか?」
「うん。やってみる」
「よし、なら一夏たちが来るまで少し休憩しよう。
なんか飲み物と……おやつでも食べるか」
先ほどまで真剣な表情を浮かべていた者から出たとは思えない少し気の抜けた提案に簪は小さく笑みを浮かべて頷く。
そうして2人してISから離れようとしたところでようやくアリーナの異変に気がついた。
戦闘音が断続的に響くのはアリーナであれば普通のことだが、それにしては周りの生徒たちの表情が少しおかしい。
ほぼ全員が不安気な表情を浮かべていたのだ。
翼は整備室にあるアリーナの様子を映すモニターを見る。
「鈴とセシリア……と、ボーデヴィッヒ!?」
「ボーデヴィッヒって翼のクラスに来た人、だよね?
模擬戦闘?」
「……いや、にしては危機が迫りすぎてる。ちょっとまずいかもしれない」
翼はそう言うと整備室から駆け出した。
慌ててその背中を追いながら簪が問いかける。
「ど、どうするの?
また、先生を呼ぶ?」
「まだそこまではしなくていい。これ以上騒ぐと全員によくないからな。
あいつもちょっかいを出されたら引くしかないだろうし、そのちょっかいをかける」
「大丈夫なの? それで」
「わからない。セシリアはたぶん大丈夫だけど、鈴は相性が悪すぎる」
「どういうこと?」
「ボーデヴィッヒの機体、シュヴァルツァ・レーゲンにはAICがあるんだ」
AICとはアクティブ・イナーシャル・キャンセラー、慣性停止を行える能力のことである。
言葉として表してしまうと単純に思えるが、ISを含めありとあらゆるものはこの慣性、慣性力があって成立して動いており、止まっている。
理論上はその物体の質量に関係なく外部から動きを止めてしまえるため、慣性を自由自在に操作できることを前提とした機動能力を持つISにとっては天敵と言えるような能力である。
「え、AICって、完成してたの?
実用は5年後って話だったはずじゃ」
「そう、実用は、な。しかもそれは“操作”を含めたものだ。純粋な停止だけなら試験段階にはあったんだ。
ただあそこまで完成度が高いとは俺も思わなかった」
「……しかもボーデヴィッヒさんはたぶん扱いきれてる、よね?」
「ああ、少なくとも狙った対象を自在に止められる程度には」
2人はそんな会話をしながらピットに雪崩れ込むような勢いで入った。
それと同時に翼はユニコーンを展開、ピットを駆けて出入り口に立った。
そのままユニコーンの背部にあるビームマグナムを装備、フォアグリップを掴むと頭部のカメラアイを精密狙撃モードへと変更して狙いを付ける。
ラウラと鈴音、セシリアの戦闘は激化の一途を辿っていた。
互いにフェイントを織り交ぜた自由自在に線を描き、その度にレーザーブレードと巨大な実体剣が激しくぶつかり合う音が響いている。
2人の近接戦闘能力はほぼ同等、いや、ラウラが僅かに上手だったが出力に物を言わせた鈴音がわずかに押しているように見えた。
「鈴さんの方が押してるように見えるけど」
「いや、そうでもない。甲龍はたしかに出力もあるから近接戦闘の力はたしかだ。
でも、決定打がない」
鈴音は双天牙月の乱舞の合間に龍砲を放つ。
剣閃の隙を埋めるように出される不可視の攻撃。本来であればまともにいなすことは難しいはずのそれだが、龍砲がラウラに命中することはない。
ラウラは回避行動を取っていないというのに龍砲は攻撃として通らない。
「あ、そうか! AICで無力化できてしまうんだ」
龍砲は言ってしまえば衝撃砲、空気に強力な慣性を加えて真っ直ぐに撃ち出している物であるためAICで簡単に無力化できてしまう。
「そう、ある程度の質量がある弾丸や状態が変化し続けるエネルギー兵器と比べて単純に止めやすい。
そして、甲龍は高い近接戦闘能力と龍砲で不意をついた戦法が基本だ。近接戦闘でわずかに鈴が劣ってる現状では勝ち目がない」
鈴音へと向けてラウラはワイヤーブレードが放たれる。
ほぼ一直線に向かう刃をセシリアのブルーティアーズが打ち弾いた。その流れのまま彼女は狙撃を行うがそのどれもがラウラに当たることはない。
涼しい顔をして攻撃を回避したラウラは自身の周囲を飛び回り射撃しようとしていたビットたちの動きをAICで止めるとその全機を丁寧にワイヤーブレードで切り裂いた。
苦い顔をするセシリアだったが彼女の目的は鈴音の後退支援だ。
少なくとも目的は達成できたことに息を吐こうとしたが、一瞬で目前に迫っていたラウラに目を見開いた。
「
「ああ、でも、動きを止めたな! セシリア! どこでもいい、そこから動け!」
突如としてオープン回線で響いた翼の声にセシリアはスターライトmkⅢをラウラへと投げつけると防御姿勢を取りつつ、ゼロ距離で実弾式のブルーティアーズを放った。
そうして広がる爆風を上から塗りつぶすようにユニコーンが放ったビームマグナムの熱線が走る。
ラウラも回避行動を取りはしたが完全に回避することはできず、大型レールカノンがアンロックユニット共に溶けた。
「くっ、なんなんだ、貴様は!」
「それはこっちのセリフだ。乱入しかできないのか、お前は!」
翼は言うと同時にビームマグナムを投げ捨てるとピットから飛び出した。
両スカートアーマーからビームブーメランを取り出し、ブレードモードで刃を展開して振り下ろす。
高速で突っ込んできた彼に対してAICでは間に合わないと判断したラウラはレーザーブレードで受け止めた。
「ちょうどいい、貴様はここで潰す」
「できないさ。お前には!」
受け止めていたラウラの腕を吹き飛ばす勢いで止められていたブレードを振り切った翼はその勢いのままに彼女の懐に滑り込むとその腹を蹴り付けた。
「がっ!?」
腹からくの字に曲げたラウラはそのまま地面に向かう。
衝突する直前にスラスターを蒸して着地、しかしその頃にはユニコーンの踵が目前にあった。
それを後退することでかわしたが、そんなラウラの背後からビームブーメランが迫っていた。
「ッ!」
急速上昇でラウラは回避。ビームブーメランは先ほどまで彼女がいた場所を通り過ぎ、翼の元へと戻る。
そんなビームブーメランを翼は掴むことなく、まるで尻尾で払い飛ばすようにアームドアーマーDEでブーメランを叩き上げてラウラへと飛ばした。
向かって来るそれをAICで止めたが、それと入れ替わるようにユニコーンが迫る。
(AICは強力だが、弱点はある)
ラウラはAICの対象をブーメランからユニコーンへと移すが、彼女が意識を向けるのと同時、ユニコーンは右へと急加速した。
(AICの制御は自機が元々持つPICと干渉するせいで搭乗者の能力に頼るしかない。
だから高い集中力が必要になるし、なにより意識で対象を捉えないといけない)
ユニコーンが移動した先へと再びラウラは意識を向けるがそこにユニコーンはすでにいない。
「なんだ!? こんな加速能力、あり得るはずが!」
「お前も使ってたじゃないか」
「……まさか、瞬間加速か!? そこ!」
反射的に顔を向けた先にたしかにユニコーンはいたが、すぐに急下降するやいなやそのままラウラに見せつけるようにジグザグな軌道を描き始めた。
「瞬間加速はたしかに有用な
だが、それは正確には一直線に加速を続けるからだ」
「……ッ!? まさか!」
「そう、機動変更するほんの一瞬だけ瞬間加速を使う。
名付けるなら、
瞬間旋回を駆使して近付いてきたユニコーンが振ったブレードを防いだが、そこから先のラウラの行動は翼に対して有効打にならない。
なぜなら彼女が動くころにはユニコーンはそこにいないのだ。
翼が習得したマニュアルでの機動操作と増設されたアームドアーマーDEのスラスターによって完成したユニコーンの瞬間旋回。
本来であれば対千冬、一夏を想定して考案したものだが、ラウラを翻弄するのにあまりにも十分過ぎた。
ユニコーンから投げられたビームブーメランをワイヤーブレードで弾き飛ばしたがそのワイヤーをビームサーベルによって切り落とされた。
続け様に瞬間旋回でその場から離れたユニコーンはサーベルを投げ飛ばす。
それをレーザーブレードで弾き落としたが今度はユニコーンの脛が迫る。すでにチェーンブレードは展開され回転を始めていた。
「くっ!」
ラウラはその攻撃をまともに受けるしかなかった。
今度こそ地面に叩きつけられた彼女はゆっくりと立ち上がって地面に降りてきたユニコーンを睨み付ける。
「終わりだ。ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前は俺には勝てない」
「まだだ、まだ私は!」
「いいや、ここまでだ」
黒と白のISが睨み合う間に入ってきたのは千冬だった。
彼女はユニコーン、その搭乗者である翼に釘を刺すように睨みつけるとラウラの方へと視線を向ける。
「模擬戦闘を行うのは構わん。しかし、ここ数日の戦闘はあまりにも過激が過ぎる。
よって学年別トーナメントまで一切の私闘を禁ずる」
「なっ、ま、待ってください! ここで私に引けとおっしゃるのですか!?」
「ああ、そうだ。どうせこのまま続けても今の貴様ではこいつには勝てん。
どうしても納得できないのならば学年別トーナメントで決着を付けろ」
「ぐっ、わ、わかり、ました……」
苦虫を噛み潰したような表情で渋々といった様子で頷いたラウラから翼へと視線を移して千冬は問いかける。
「岸原、貴様もそれでいいな」
「はい。元よりそのつもりでしたから」
「よし、では、解散」
パンッ!と千冬が両手を叩き合わせて広がったその音はまるで銃声のように鋭くアリーナに響いた。