IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
第3アリーナでの一件から約1時間後、保健室に翼たちはいた。
軽い検査や治療のために行う簡易的なベッドにセシリアと鈴音は並んで座り、そんな彼女たちの前に翼たちが横に並んで立っている。
幸いなことに2人とも大きな怪我はなく、機体自体も修理は容易な範囲なのだが彼女たちは不服そうな表情を浮かべていた。
「まぁ、とりあえず2人に大きな怪我がなくてよかったよ」
「私は助けなんて頼んでないわよ」
「鈴、そんな言い方は──」
鈴音が翼に対して酷くぶっきらぼうに返したことを咎めるために一夏は声を上げたが、すぐに鈴音が手で制する。
「さっきのは私のプライド。
ありがとう、翼。正直なところあのまま戦ってたらわからなかった」
「ええ、そうですわね。鈴さんの攻撃はほぼ無力化、私のビットも全て破壊されてましたし」
改めて思い返せば手も足も出なかった。
まったく戦えないというわけではなかったが、あのまま勝負が続いていればどうなっていたかなど彼女たちが一番理解している。
そんな沈痛な面持ちを浮かべる2人を見て箒が呟いた。
「にしても、2人を相手取ってそこまで圧倒できるほどの実力か……」
「うん。している動き自体はここでも教えられることだけどその練度が違い過ぎる、ように見えた。
間違いなく強敵だと思う」
簪が少し自信なさげに、しかしはっきりと答えたことをきっかけに全員が脳裏に数少ないラウラの戦闘を思い出した。
冷静さを欠くようなことは度々あるが、それでも判断能力や戦闘能力、経験から生まれる勘の良さは他1年生に比べれば突出している。
そして機体の方も堅実だ。
遠距離にはレールカノン、中距離にはワイヤーブレード、近距離ではレーザーブレードと全ての距離に対して無難に立ち回れる装備を持っているのに加えてあのAIC。全体的に完成度は高く、対IS用ISと呼んでもいい程度の性能がある。
敵としてはあまりにも強すぎるが、そんな相手を一方的に翻弄して叩き潰した者がここにいる。
そんな者へとシャルルが言葉を向けた。
「
すごいよね。あんな動きいつ思いついたの?」
「思いついたって話なら一夏と訓練し始めて客観的に瞬間加速を見るようになってからだ。
一夏の動きって単調だから弱点がわかりやすく出るだろ? それをどうにかしようって考えた時に浮かんだんだ。ただあれをするには360自由に動くスラスターが不可欠でな。
ぶっつけ本番だったから結構怖かった」
一夏が「なるほど」と頷いてしばらくして自分が貶されていることに気が付いて声を上げようとしたがそれを遮るように鈴音が声を荒げた。
「な!? 翼、あんたあんなのぶっつけ本番でやったの!?」
「試す時間がなかったんだよ」
「試験もなしにあんな動きは危険。少なくとも翼は瞬間加速の危険性を理解しているはず。
厳密には違うにしても瞬間加速中に機動を変えることに近いことをしていることを自覚するべき」
聞き方によってはどこかふざけているような物言いの翼は冷静に釘を刺す真剣な眼差しに射抜かれてバツが悪そうな顔で頷いた。
瞬間旋回。
ISのような高速機動戦において急旋回、急加速を行えることは大きなアドバンテージだが、危険性もある。
端的には機動変更する際に瞬間加速を行って即座に中止することによって成立している関係上、もし瞬間加速が終了するよりも早く次の瞬間加速を使用すれば骨が折れるどころの話ではない。
強力ではあるが同時に危険な技でもあるのだ。
「ごめん。気を付ける」
「……うん。次はないようにして」
そうしてとりあえずの状況整理は終わった。
ともなれば話題は次のものへと移る。
「にしても、トーナメント前にこんなことが起こるなんてな。
クラス対抗戦もなんだかんだで中止になったし、次もなにか起きて中止、なんてことになったらなんかすっきりしないよな」
一夏の言葉に翼は同意するように頷いた。
「たしかになぁ。まぁ、その件は俺のせいでもあるからなんとも言えないんだけど」
「あ、その件はたぶん大丈夫。
今回はあらかじめ先生たちを準戦闘体制で待機させる話が出ているの。本音はまだ話し合いの段階って言ってたけど議題として大きいからたぶん決定すると思うよ」
「あら? そうなんですの?」
「へぇ〜って、当然か。学園のイベント中止なんてハプニング早々何度も起こってたら信用問題だものね」
「先生たちが控えているのなら私たちは目の前の相手にだけ集中すればいいのだな?」
箒の言葉に簪は表情としては少し曖昧だったが首肯をはっきりとした。
そしてそれをきっかけに一夏たちは視線を翼に向ける。
ラウラも敵としては脅威だが、それ以上の相手は翼であることは疑いようがない。
彼らとしてはより長い間見てきた翼に対してどう勝負を仕掛けるか、どう勝つかが問題だ。
機体こそ万全ではないが、それでも依然高い戦闘能力とつい数時間前に見た瞬間旋回。それらをどう攻略するか、それしか頭になかった。
翼としても自分が追われている側、今回のトーナメントで首を狙われている自覚がある。
一夏たちが目を見張る速度で成長しているともなれば今は勝ててるからと言って胡座をかいていられない。自身の秀でた部分を自覚し、伸ばしている彼らに勝つのは簡単なことではない。
と、それぞれがそれぞれに思考を巡らせていたため廊下から響いてくる地鳴りのような音への反応が少し遅れた。
全員がその音に気がつき保健室の扉を見たのとほぼ同時、その扉が文字通り吹っ飛び、窓を突き破った。
それと同時にこれもまた文字通りに雪崩れ込んだ生徒たちに翼、一夏、シャルルの3人は割れた窓際に追い込まれるように一瞬で囲まれた。
「な、なん、なんだ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ! 急になんだ!?」
「み、みんなどう、したの?」
翼、一夏、シャルルがそれぞれに自身を取り囲む生徒たちに言葉を向けたが、彼女たちはそれに答える間も惜しいのか1人が持っていた紙を彼らに突き出した。
3人はそれぞれに顔を見合わせてからそれに書かれた内容を読み始める。
「えーっと?
今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦を行うため、2人組での参加を必須とする」
「なるほど、ISの戦闘は基本的に
「うん。急だけど納得はできるね。
ん? なお、ペアができなかった者は抽選で選ばれた生徒同士で組むものとする。締切は──」
続きを読もうとした彼らの前から紙は引っ提げられてそれと入れ替わるように声が飛ぶ。
「私と組もう、織斑君!」
「私と組んで! デュノア君!」
「私と組んでください、岸原君!」
彼女たちのその気迫はかなりのものだ。
1人でも相当なものなのにそれが複数人ともなれば気圧されるなという方が無理がある。
翼もすぐに言葉を出せなかったが、ハッとして勇み迫って来る彼女たちを落ち着かせるように言う。
「悪いけど、俺たちにも急な話ですぐに答えが出せない。
それにここは保健室だ。軽傷とはいえ怪我人もいるから、また今度話さないか?」
翼がチラッと簡易ベッドに座るセシリアと鈴音を見た。
それにつられるように他の生徒たちも彼女たちのほうに視線を向ける。
酷いけがはしていないように見えるが、それでも保健室という場所で治療を受けた者たちだ。彼女たちを見てなだれ込んできた生徒たちもようやくここがどのような場所かを思い出した。
「ご、ごめん。騒ぎすぎた」
1人が謝罪したことを皮切りに他の生徒たちも口々に謝罪の言葉を2人に向ける。
「いいのよ。軽傷だし」
「そうですわね。ただ、場はわきまえたほうが良いと思いますわ」
「うん……ほんとにごめんね。
じゃ、織斑君考えが決まったら教えてね」
「デュノア君もね!」
「お返事待ってます。岸原君」
生徒たちはそれぞれに言葉を残して保健室から立ち去った。
そんな彼女たちを見届けて一息ついた翼は残っていた一夏たちに言う。
「じゃぁ、俺たちも戻ろう。
セシリアと鈴ももう部屋に戻っていいんだろ?」
「ええ、でもさすがにちょっと疲れたからもう少し休んでから戻ることにするわ」
鈴音はセシリアに視線で合図を送る。
彼女が何の話をしたいのか察することができたセシリアは小さくうなづいて答える。
「私ももう少し休んでから戻りますわ。
翼さんは私たちに気兼ねなくお部屋にお戻りください」
「そうか。わかった。
2人ともお大事にな」
翼は2人を特に怪しむことなく保健室から出て行った。
それに続いて一夏たちも出たところでセシリアと鈴音だけになった保健室には静寂が訪れる。
蹴り破られて窓の外で無残に横たわっている保健室の扉を見ながら鈴音が切り出した。
「トーナメント、あんたは誰と組みたい?」
「もちろん! 翼さんとですわ!
共に戦うことができればそれだけ仲を深められますもの。鈴さんもそう思いますでしょう?」
「ええ、そうね。でも私はセシリア、あんたと組みたいって思ってる」
視線で呼び止めた辺りから予想していた言葉にセシリアは笑みを浮かべる。
なぜ彼女が自分と組みたがっているのかも理由は大方察してはいるが、それでもセシリアは確認する。
その本意がどこにあるのか、どこから生まれたのかを彼女自身の口から聞きたかったのだ。
「理由をお聞きしても?」
「翼と一緒に戦いたいって気持ちはあるわ。それが結果にも繋がるっていうのもわかる。
でも私は今はあいつに勝ちたいって思ってる。あれから訓練を続けた私の力がどれだけ通じるのかを試してみたいのよ」
たしかに翼には好意を持っている。何もしなかった時よりもともに戦ったほうが仲が深まるだろうことはわかる。
だが、そのチャンスとも呼べる機会を棒に振ってでも鈴音は翼と戦うほうを選んだ。その理由はたった1つ。
「私はあいつの背中を見たいわけじゃない。あいつの隣にいたいのよ。
そうするためには強くならなきゃいけない」
勝利欲、たしかにそれも間違いなくあるがその欲を生み出したものは1つの想い。
鈴音はその背中を見ているのではなく、彼の後に続いて歩くのではなく、ただ彼の隣にいたいと思った。
隣に立ってその手を掴んでいたい。隣を歩いて彼が進む道を行きたい。隣にいて彼が見ているものを見て感じたい。
たったそれだけの、ともすれば恋とは呼べないかもしれない想いで鈴音は強くなりたいと思い、トーナメントで翼と戦うことを決めたのだ。
「翼さんが目指すものは、場所は果てしない先にある。隣に立ってともに目指してみたい。
私も鈴さんと同じ気持ちですわ」
鈴音はどこか安心したように小さく息を吐いてセシリアに手を差し出した。
「なら、よろしくセシリア」
「ええ、こちらこそ。鈴さん」
そうして同じ気持ちを抱き、同じ場所を目指すライバルは固い握手をした。
◇◇◇
翼、シャルルと別れた一夏、箒、簪の3人は一夏の部屋に集まっていた。
話題はもちろんトーナメント。その話を切り出したのは箒だ。
「い、一夏は誰と組むのかは決めた、のか……?」
「んー、いや、まだだな。でも組むなら箒かシャルルかな。
箒は動きがなんとなくわかるから俺も合わせやすい。シャルルは逆って言えばいいのかな? 俺の動きをわかってるから合わせてくれそうだなって」
少しほっとしたように息をついた箒の隣、簪は少し驚いたように目を見開いて問いかける。
「え? 翼じゃないの?
てっきり一夏は翼と組みたがるかと思ったんだけど」
「そりゃ勝つことだけを考えたらそうだけどさ。俺、翼に勝ちたいんだ」
一夏はそこで言葉を区切ると待機状態でガントレットとなっている白式に視線を落とす。
脳裏をよぎるのはテレビで何度も見た千冬と実際に何度も戦った翼の姿だ。
「不思議だよな。千冬姉にはこんなこと思ったことなかった。
翼になら頑張ったら勝てる、とか思ってるわけじゃないと思う。でも、なんとなく翼には勝ちたいんだ」
「……うん。わかるよ。私にもその気持ち」
一夏としては予想していなかった人物から予想していなかった言葉を聞いて一夏は目を丸くする。
「そう、なのか?」
「うん。たぶん一夏にとって織斑先生は憧れなんだよ。だから目指そうとは思わない。
諦め、とはまた違うけどどこかで"自分が目指す姿じゃない"って思ってるんだよ。
でも翼は違う。翼は一夏にとって"目指したい姿"になってるんだと思う」
「なるほど、翼は織斑先生と違って一夏にとってはよりはっきりとした存在、ということか。
明確ではっきりしているから目標にできるし、歩いて行ける」
箒の少しかみ砕いた言葉で一夏は少し腑に落ちたのか「なるほど」と言いたげな表情を浮かべた。
そのまま少し2人の言葉を咀嚼し、自分の中にあったどこかぼんやりとしたものに輪郭ができたこと認識して簪に視線を向ける。
「簪はよくわかったな。俺、自分のことなのに全然わからなかった」
「私もそうだから。
私にとっての憧れはヒーローなんだ。困ってる人を勇敢に助けて悪い敵を倒すヒーローだけど、目標はお姉ちゃんと翼だから」
そのまま一夏と簪は会話を続けていたが、箒はそれどころではなかった。
(目標……。私の目標は、なんだ?
私は今、どこを目指している)
一夏たちには明確な目標がある。
憧れを胸に、目標に向かって歩いている。確かにその速度は人それぞれであり、まっすぐに歩けているわけでもない。
しかしそれでも全員が進んでいるのだ。
その姿を見てしまえば箒の中でも自然と問いが浮かぶ。
──自分は?
過去ばかりを見ていないか?
憧れはあるのか?
目標に向かうことができているか?
ただ自分は昔のままただそこに蹲っているだけではないのか?
そんな箒の思考を遮るように、現実に引き戻すように一夏の声が彼女の耳に入った。
「箒? どうした?」
「ん!? い、いやなんでもない。どうした?」
「いや、トーナメントどうするかなって」
「うん。私はできれば翼と組みたい。
今はまだ翼の戦う姿を学びたいから」
「俺はさっき言ったけど箒と組みたいんだけど、いいか?」
「あ、ああ、いいぞ。むしろ私でいいのか?
私は専用機ではない。おそらく一夏の足を引っ張るかもしれん」
箒にしては珍しく少し自信なさげな表情と物言いに一夏は心配の裏に僅かな困惑を含ませて問いかける。
「なんかこういうのでそんな自信なさそうな顔初めて見たな。体調でも悪いのか?」
「……ああ、まぁ、少しな」
「え!? そうだったのか」
「なら、とりあえず話は纏ったし今日は解散しよう」
そうして解散し、途中まで一緒だった簪とも別れて廊下を歩く中で箒はふとそのことに気が付く。
一夏からトーナメントのペアに誘われた。
本来であれば心の中で飛び跳ねる勢いで喜ばしい事で、ときめくことであるはずだ。
なのにその誘いをかけられた時に感じたものは何もなかった。
「……ッ!」
箒は走り出し、部屋に駆け込んで扉を閉じるや否や力がふっと抜けてその場にへたり込む。
そのまま小さく首を横に振った彼女は両膝を抱えて蹲った。
◇◇◇
セシリアと鈴音、一夏と箒、簪がそれぞれに話し合っているころと時を同じくして翼とシャルルもトーナメントで組むペアについて話していた。
「翼は誰と組みたいっていうのはあるの?」
「いや、特には……強いて言うなら簪かな?
打鉄弐式は実践に耐えうるだけのところまで完成したけど、心配だからな。できれば近くで見ていたい。
そういうシャルロットの方はもう決めてるのか?」
「ううん、まだ全然。たぶん皆はもう組む相手を見つけてるだろうし、僕はくじ引きかなって思ってる。
いつもいる人たちならともかく、他の誰かを選んだら波が立ちそうだし」
シャルロットが翼や一夏以外とペアになる。それは彼女の男装がばれる可能性を孕んでいるが、これから先にも似たことが起こりえる以上乗り切れるようになるしかない。
そもそも彼女の男装が怪しまれたのは男性である一夏と行動する時間が多かったことが原因。
そう考えれば普通の生徒にはまだ怪しまれてもいない現状はそこまで不安視する必要はない、とういうのが翼の考えだ。
「ごめん。シャルロット。俺たちも可能な限り協力はする」
「ううん。これからのことを考えたら1人でできるようになっておかなきゃいけないからね。
翼が気に病んだり、謝る必要なんてないよ」
シャルロットの表情には多少の不安が見て取れたが、無理をして笑っているようには見えない。
自分の男装がばれる心配よりも誰かを騙すという罪悪感のほうが大きいように翼は見て取った。
「わかった。でも本当に何かあったら教えてくれよ?」
「もちろんだよ。
あ、それで言うと早速聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ん? なんだ?」
「
そう聞くシャルロットの顔からは先ほどまであった罪悪感は消え去り、勝負師の顔になっていた。
まっすぐな言葉とは裏腹に翼の言動から情報を得ようとしている。
ペアとなるものを騙すことへの罪悪感はあるが、だからこそ勝つために手は抜かない彼女の追及に対して翼は肩をすくめた。
「教えてほしいんじゃなくて確認したいんだろ?
まいったな。今回のトーナメントが終わるまではバレないと思ってたのに」
「翼は僕たちとISの運用思想が違う。そのことがわかっていればそう難しくはないよ。
自分の常識は間違ってることもあるけど、目の前の事象が間違っているなんてことはそうそうないからね」
「……俺はすでにシャルロットにだけは当たりたくないってなってるよ」
ため息をついた翼に対してシャルロットは笑みを浮かべていた。