IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン-   作:諸葛ナイト

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黒い雨

 それはあまりにも唐突だった。

 歩き寄っていた翼が華片の間合いにラウラを捉える寸前のことだった。

 

「ああああああああっ!!」

 

 ラウラが身を裂かんばかりの絶叫を発すると同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれた。。

 翼は素早く後退、華片を中段に構えながら苦悶の表情を浮かべる。

 

「……間に合わなかった」

 

「ど、どういうこと?」

 

「翼はあれがなんなのか知ってるの?」

 

 シャルルと簪の問いに翼は一度だけゆっくりと頷いた。

 

「ヴァルキリー・トレース・システムって2人は知ってるか?」

 

「ううん。僕は知らないな……簪は?」

 

「噂話ぐらいなら。

 過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムっていうはな、しで……」

 

 簪が話している中でもシュヴァルツェア・レーゲンの異様な変化は止まらない。

 ボロボロだった装甲はアンロックユニットごとドロドロに溶けてラウラを包んではその姿を変え始めた。

 一度卵のような形になったかと思えば脈動を繰り返しつつ表面を波立たせながら変化を続ける。

 

「その噂話が本当だったって話だ。

 まさかとは思っていたが本当にまだ開発が続いていたとは思わなかったよ」

 

 シュヴァルツェア・レーゲン。その名前を日本語に訳すのならば"黒い雨"あたりになるだろう。

 少なくともドイツという国、“核を使用されたもう1つの国”がその言葉の意味と表しているものを知らないわけがない。

 それにも関わらずその名を与えた、与えられたことの意味合いはあまりにも大きすぎる。

 

 シュヴァルツェア・レーゲンという機体には世界への警鐘が込められているように翼は感じた。

 

(でもそれは……1人に負わせるものじゃないだろ!)

 

 両手で握った華片をさらに強く握り締め、歯を食いしばって睨み付けるその先でそれは変化を終えていた。

 そこに立っていたのは黒い全身装甲のIS。

 搭乗者であるラウラを覆い隠す黒い装甲。頭部の目に当たる箇所にはラインアイ・センサーが赤い光を漏らしている。

 ラウラを覆い隠しているせいで細部は異なるがそれでも大まかな造形には見覚えがあった。

 

「……暮桜」

 

 それはかつて織斑 千冬が搭乗し、モンド・グロッソで優勝し、そして彼女がブリュンヒルデと呼ばれる所以となったISである。

 

 半ば見とれていた翼は目の前の黒い暮桜から発せられた殺気と表現するしかないそれを感じて華片を振り下ろした。

 彼が振り下ろした華片と瞬間加速で迫ったそれが持っていたブレード、雪片で繰り出した袈裟切りとがぶつかりって辺りに衝撃波が広がった。

 

「重い……っ!」

 

(でも。これは──)

 

 初撃が防がれた黒い暮桜だったが、そこで攻勢を止めることはない。

 即座に構え直しては振り下し、薙ぎ、切り上げてまた振り下ろす。

 そのすべてが余すことなく鋭く、早く、そして重い一撃。しかし、翼はそれらをすべていなしていた。

 

(──やはりコピーはコピーだな。この動き……千冬さんとはあまりにも違いすぎる)

 

 それはISではなく、生身での数度稽古を受けた程度の翼でもわかるほどの違いだった。

 

 たしかに鋭いが千冬と比べればあまりにも鈍い。

 たしかに早いが千冬と比べればあまりにも遅い。

 たしかに重いが千冬と比べればあまりにも軽い。

 

 模造品としての完成度は悪くはないがこれを織斑 千冬と同様の存在と呼ぶのはあまりにも──

 

「──おこがましい!」

 

 振り下ろされた雪片を翼は華片で弾き飛ばした。

 黒い暮桜の手から離れたそれは宙を舞い、遠く離れた場所に突き刺さった。

 がら空きになったその体に華片を振り下ろそうとした瞬間、翼に電流のような直感が走る。

 

「ッ!?」

 

 黒い暮桜はその手に新たな武器、大太刀を生成していた。

 長い刀身とその下ではなく刀身の峰についたフレームを介して伸びる柄という特徴的なそれは華片そのものだった。

 

(なんで……華片をお前が)

 

 大太刀による横薙ぎの一閃。攻撃態勢に入ってしまっているせいで回避はもう間に合わない。

 せいぜいがダメージの軽減程度だが、そのまま追撃を受けることを考えればこの攻撃をかわせない時点で負けが決まる。

 

「くッ!」

 

 歯を食いしばって衝撃に備えた翼の前に1機のISが滑り込んだかと思えば自身の得物で受け止め、押し飛ばした。

 肩で息を繰り返しながら翼と黒い暮桜の間に割って入った白いIS、白式の搭乗者である一夏が冷や汗と笑みを浮かべて問いかける。

 

「余計なお世話だったか?」

 

「……は、まさか。いいタイミングだった」

 

 翼は言いながら一夏の隣に立った。

 2つの白いISが黒い暮桜を目前に会話を始める。

 

「セシリアからの伝言だ『先生たちはすぐに来るからどうこうする必要はない』ってさ」

 

「そうか。鈴と箒は?」

 

「鈴は『あんたたちでさっさと片付けろ』って。箒は『ちゃんと戻って来い』だそうだ」

 

 瞬間、翼と一夏は同時に噴き出すように笑い出した。

 

 彼女たちは翼と一夏の性格をよく理解している。

 セシリアも伝言では諫めようとしているがその伝言を伝えているときの呆れたような顔を翼は容易に想像できた。

 

 だからこそここで負けるという結末を迎えるわけにはいかない。

 すぐに表情を真剣なものへと変えた翼が言う。

 

「元々の機体ダメージを考えればあと二撃入れれば止まるはずだ。

 1人一撃、その一撃を確実に決める。いけるな」

 

「当たり前だろ!」

 

「よし、ならやるぞ」

 

 2人の話がまとまったタイミングで黒い暮桜は標的を決めてスラスターを吹かせた。

 それが狙ったのは翼だ。

 彼を狙って上段に構えた大太刀を振り下ろしたその一撃は一夏の滑り込むように繰り出された居合切りによって弾かれる。

 

 すぐに切り返しが来ると警戒していた一夏だったが、黒い暮桜は上体を大きく仰け反らせており隙だらけだ。

 

(これなら!)

 

 一夏は雪片弐型を頭上に構え、振り下ろす。

 

 翼の動きは変則的だがそれでも近接戦をする場合は必ず切り込んでくる。どんな動きをしていようがそれだけは絶対にしなくてはならない。

 ならばその一撃を一足目に閃きいなし、二手目に断つようにすればいい。

 

 一閃二段の構え。

 それは織斑 一夏が岸原 翼を超えるために作り出したもの。彼にとっては集大成と呼べる業だ。

 

 大きく勢いが削がれているにもかかわらず、それは止まらない。

 大太刀の切っ先を向ける黒い暮桜の先には華片で居合の構え取るをユニコーンがいた。

 

 それを見た一夏の脳裏に千冬の言葉がよみがえる。

 

『一夏、奴に勝つ気なら居合を警戒しろ』

 

『居合? 千冬姉がそんなに言うぐらいすごいのか?』

 

『……ああ、ISであの動きができるならば、その一点だけなら──』

 

 一瞬、ほんの一瞬だけユニコーンの腕がぶれたような気がした。

 それから少しの間を置いて黒い暮桜を中心として辺りに「ゴウッ」という衝撃波が広がる。

 

『──私より強い』

 

 大太刀でありながら翼が切り抜いた剣筋が一切見えなかった。

 たしかに一瞬だけ腕がぶれたような気はしたが強風に襲われてようやく彼が華片を切り抜いていたことに気がついた程度だ。

 

 一夏が千冬が語った言葉の意味を目の当たりにしているなかで翼は弱り切った子犬のうなラウラを抱きとめていた。

 

◇◇◇

 

 少女は問う。

 

『強さとは、なんだ』

 

『それは俺にはわからない。たぶん個々人で違うもので明確にこれっていうのが言えないんだ』

 

『そういうものなのか?』

 

『そういうものだ。そもそも人が進むのに必要なのは力じゃない。願いだ。

 どうなりたいか、どうありたいか、そのためにどうすればいいのかじゃないか?』

 

『どう、ありたいか』

 

 少年はただ1回頷いた。

 そのままどれほど考えていただろうか、少女の中に1つの疑問が浮かんだ。

 

『それがあれば、その光景があれば私は、お前のように強くなれるのか?』

 

『それはわからない。君が進み始めるその先になにがあるかなんてわからないからな』

 

『無責任だな』

 

『そうかもな。でもまずは周りを見渡すといい。

 すぐに気が付くさ。自分が1人ぼっちじゃないってことに』

 

 優しく包み込むような光のような笑顔だった。

 太陽のような情熱的で力強いものではない。柔らかく淡い、少し目をそらせば見失う光だった。

 あの人とはまるで違うその笑みに彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒの胸は感じたことのない衝撃に強く揺さぶられる。

 

『大丈夫。少なくとも俺はいる』

 

 表情こそどこか儚げだったがその言葉だけははっきりと聞こえた。

 暗闇に沈んだ腕を掴んで引っ張り上げるような力強い言葉だった。

 

『だからまずは立て。ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 そしたら一緒に歩いて行こう』

 

 早鐘を打つ心臓が言っている。こいつの前では、私はただの15歳なのだと、ただの『女』なのだと。

 

 ──岸原 翼

 

(ああ、そうか……これが──)

 

◇◇◇

 

「う、ぁ………」

 

 ぼんやりとした光が天井から降りてきているのを感じ、ラウラは目を覚ました。

 視界に映る天井とカーテンレール、少し硬いベッドに寝かされていることからここが医務室であることを理解したところで人の気配を感じた。

 

「気がついたか」

 

 その声には聞き覚えがあった。いや覚えがある程度ではないこの声は自らが尊敬して敬愛してやまない織斑 千冬のものだ。

 

「私……は……?」

 

「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう。無理をするな」

 

 千冬はそれとなくはぐらかそうとしたつもりだったが、かつての教え子には通じることはない。

 少しほころびかけた口をキュッと絞めて問いかける。

 

「なにが……起きたのですか?」

 

「これは一学生の推測の話だが、それでもいいな?」

 

「問題ありません」

 

「ふむ、では前提だ。VTシステムは知っているな?」

 

 その言葉を聞いたラウラは一瞬目を見開き、そして、自分の身に何が起きたのかを察し、暗い表情のままラウラは千冬の質問に答える。

 

「ええ。ですがあれは──」

 

「ああ、IS条約ですべての国家・組織・企業での研究・開発・使用のすべてが禁止されている。

 そんな代物がお前のISに積まれていた」

 

 ラウラはやはり、と言ったような表情を浮かべ苦い顔を浮かべた。

 

「……」

 

「操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そしてなにより操縦者の意志、願望。それらが揃うと発動するようになっていたのではないか、ということだ。

 少なくともこの推測を話したやつは『自分ならそうする』と言っていた」

 

 千冬の言葉を聞きながらラウラはシーツを握りしめる。その視線はいつの間にかうつむき、眼下の虚空を彷徨っていた。

 

「わたしが……望んだからですね」

 

 あなたになること。その言葉を口にすることはなかったが千冬には十分に伝わった。

 千冬はラウラから隠すように心の中でため息をこぼす。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はいっ!」

 

 いきなり名前を呼ばれラウラは驚き顔を上げる。

 

「お前は誰だ?」

 

「わ、私は……」

 

 言葉の続きが出てこない。自分がラウラ・ボーデヴィッヒであると、どうしても言えなかった。

 反射的に答えることができず詰まらせるラウラに千冬はすべてを察しているように少し表情を緩める。

 

「誰でもないのなら、ちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。

 なに、時間はある。なにせ三年間はこの学園に在籍しなくてはならない。もちろん、その後もな。

 時間はある。たっぷり悩めよ、小娘」

 

 千冬は言い終えると保健室を出ようとドアに向かう。

 そして、ドアに手をかけたところで、振り向くことなく再度言葉を投げた。

 

「お前は私にはなれないぞ。

 そもそもお前はお前だ。他の誰にもなれないし、他の誰もお前にはなれない」

 

 ラウラにはその表情は見えないがなんとなくニヤリと笑っていると思った。

 千冬が去ってから数分経って、急におかしくなり笑みがこぼれた。

 

(ああ、なんて2人だ。揃って言うだけ言って「自分で立て」か……)

 

 あそこまで言って2人は立ち上がるために手を貸すようなことはしない。

 闇から引き上げるまではしてくれるがそこから先の立って歩くことを助けてはくれない。道筋を示すことはしない。

 

(自分で考えて、自分で立って、歩け、か……)

 

 完敗だった。それも完膚無きまでの。

 だがそれを今はたまらなく心地よく感じたラウラは満足げな笑みを浮かべて目を閉じた。

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