IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン- 作:諸葛ナイト
食堂に設置された大型モニタには質素なテロップが表示され、それを読み上げる合成音声が流れていた。
『トーナメントは事故により中止となりました。
ただし、今後の個人データ指標と関係するため、すべての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上──』
それをお茶を飲みながら聞いていた一夏がポツリと、そして他人事のように呟く。
「やっぱりこうなったかぁ」
一夏と同じように熱いお茶を飲んでいた翼がその言葉を拾った。
「一応学園側はやりきるつもりだったみたいだぞ?
結構話し合ってたみたいだけど条約違反のものが出てきてしまったからな」
「うん。たぶんどこもそれどころじゃないって感じになったんだろうね」
シャルルもおそらく今後は少し忙しくなるだろうが、大方の話はすでについているのか余裕そうな表情を浮かべている。
そんな他人事のように話している彼らの近くでは複数の女子グループが今までに類を見ないほどに落胆していた。
「……優勝……チャンス……消え……」
「交際……無効……」
「……う、うわあああんっ!」
泣き出したその勢いのままバタバタと食堂から十数名の女子が走り去っていった。
それを横目で見ていた一夏は疑問符を浮かべる。
「何事だ?」
「さぁ、なにか賭けでもしてたんじゃないか?
優勝したら学食のデザート食べ放題とか」
「う~ん? それにしては落ち込みすぎじゃないかな?」
「……落ち込みすぎ、か」
ポツリと翼はこぼしてお茶を一口飲んで息をつくと液面に映る自分の顔を見た。
(簪、大丈夫かな。
……今回のトーナメントは簪に自信を付けさせる絶好の機会だった。きっかけさえあればあの2人なら)
簪は「今回のトーナメントで結果を出すことができれば胸を張って楯無と話せる」と嬉しそうに語っていた。
しかし、トーナメントは中止。
事件が起きた翼たちの一回戦も「決着はほぼついていた」として終了扱いになったため改めて戦うことはない。
互いが互いに負い目を感じているだけで険悪になっていない以上、きっかけさえあればすぐに和解ができるはずであるのにそのきっかけがうやむやになってしまった。
(無理やりじゃだめだ。でも時間をかけすぎたらもっとこじれるし……)
そのまま堂々巡りが始まりかけた思考を断ち切るように翼は立ち上がった。
「どうした? 翼」
「ちょっと用事ができた」
「用事?」
「ああ、大事な用事だ」
そう彼らに言い残して翼は食堂を出た。
向かう先は生徒会室。普段どこにいるのか翼は知らなかったがそこにならとりあえずはいるだろうと踏んだのだ。
食堂から早歩き向かい、生徒会室にたどり着く最後の曲がり角を曲がろうとしたところで楯無の声が聞こえて翼は咄嗟に隠れた。
直感で咄嗟に隠れた自分に疑問を覚えたがすぐにその行動が正しかったかもしれないと考えを改めることになる。
聞こえた声は楯無のものだったが、その相手は簪だったのだ。
姿は見えないが気配だけで空気がぎこちないことはわかる。
そのぎこちない空気の中で先に口を開いた、いや、呼びかけたのは簪だ。
「お姉、ちゃん……」
「……そう呼ばれるの、何年ぶりかしら?」
「その、まだなんて言えばいいのか全然わからなくて……でも、でも! お姉ちゃんと話したかったの」
「うん」
「本当なら翼と一緒にトーナメントで結果を出して、それから話そうと思ってて、その時になれば言葉にできると思ってて……!」
「そう」
簪は色々な思いが溢れて言葉を上手く形にできていない。
楯無の方は妹が自分の足で自分に会いにきたという喜びに浸っているのと同時に簪の覚悟を汲んで言葉を形にするのを待っている。
(頑張れ……簪。大丈夫だ。
今の君なら……)
翼がそう心の中で応援して数秒、簪がゆっくりと息を吐いて言葉を形にし始めた。
「私はまだ弱い。お姉ちゃんや翼みたいに色々なことはできない。もしかしたらこれから先もそうかもしれない。
でも、もうそれから逃げない」
簪は自分に才能があるとは思っていない。
姉のような存在にも翼のような存在にもなれない。
だが、それは当然なのだ。
自分の名前は更識 簪。
更識 楯無でも岸原 翼でもない。だから彼女たちにはなれない。なれるわけがない。
だから自分の実力が彼らに劣るからといって下を向く必要はない。
「私は更識 簪だから、私は自分の弱さを背負う。背負ってお姉ちゃんたちを追いかける!」
簪の表情にはいつの間にか力が篭っており、言葉には強い決意が滲んでいた。
彼女の言葉は過去の自分への訣別であり、前を走る者への宣戦布告に近いものだ。
廊下の陰で目を見開いた翼は安心したように息を吐いてゆっくりと腰を下ろした。
それと同じように楯無もまた目を見開くと表情をゆっくりと笑みに変えて簪を抱きしめ、頭に回した手で優しくその頭を撫でながら柔らかい声音で言う。
「そう、自分の弱さは立ち止まる理由にはならない。
だってそれは人が必ず持っているもので克服なんてできないから、でもその弱さを抱えて立ち上がれる人が本当に強い人なのよ。
簪ちゃんもそう。だって私の自慢の妹なんだもの」
「ッ!? そうだね。お姉ちゃん。
ありがとう。お姉ちゃんは昔から変わらなかった。変わってなかったんだ」
楯無は変わっていなかった。
昔から簪という妹を大切に思っていた。守ろうともしていた。助けようともしていた。
簪が塞ぎ込んでいた時も助けたかった。本当なら手を伸ばして抱きしめて「もう頑張らなくていい」と言いたかった。
だが人は1人で立たなければならない。そこから全てがようやく始められる。
一度簪の手を取ってしまえば、抱きしめてしまえざその後もずっと彼女の手を握り続けることになる。
それは彼女の生き方を縛ることに繋がってしまう。
だから翼という他者を頼った。
立ち上がるには気付かせる存在が必要であり、その役目を果たせると見込んだのだ。
その結果が今だ。
自慢の妹の頭を撫でることができている。その温もりを感じることができている。
「ええ、変わらないわ。
なにがあっても私は簪ちゃんの自慢のお姉ちゃんよ」
「うん……! うん! お姉ちゃん!」
楯無は常に簪の前を走っているが、それは独走ではない。後ろにいる自分の妹である簪を引っ張っているのだ。
簪という人間の存在を認め、能力を認め、信じている。
今はまだ小さいがそれでも走っている存在を知っている。
簪は目の前にある背中を常に追いかけている。遠い存在だがその存在への道はずっと照らされている。
だから走れる。追いかけられる。立ち止まることはあるかもしれないがそれでももう迷って蹲ることはない。
暖かい光がすぐそこにあるということを理解したからだ。
2人が今どういう状況なのかを翼はついぞ見ることはできなかったが、それでも彼女たちの関係が修復され前に進めるようになったことに間違いはない。
(……っ、はぁっ!)
翼は息を大きく吐いてポツリと呟く。
「よかった。本当によか──」
「あ、翼くん。ごめ〜ん。簪ちゃんに全部話しちゃった」
「どわぁぁあああ!?」
立ちあがろうとしたところで予想していなかった真横から声がかけられて翼ら腰を抜かせた。
目を白黒させる翼の眼前には心底から申し訳なさそうな顔をしている楯無と目に涙を貯めながら怒りを表している簪。
「翼、私とお姉ちゃんの仲直りをさせようとしてたってほんと?」
「え? あ、ああ……まぁ結果的にそうなったって感じだけど」
簪からの突然の追及に翼は言葉を隠すことができずにそのまま答えていた。
その言葉を聞いて簪は呆れたような目を向けつつため息をついて捲し立てる。
「余計なお世話。お節介。過干渉。バカ」
「バッ!? い、いや、あくまでもきっかけで!
簪と楯無さんの仲直りをさせたいって思ったのも、簪の打鉄弐式の開発に協力したのも自分の意思で決めて──」
「うん、わかってる。だから余計なお世話。お節介。過干渉でバカ。
普通はどこかで見切りをつけて逃げてる。逃げてもよかった」
「それは……そう、だけどさ。
傲慢だけど俺が2人には手が届くと思ったんだ。そう思えてしまったら逃げるなんて考えられなかった」
「うん、やっぱり傲慢。でも……ありがとう。私を見てるって言ってくれて」
「どういたしまして」
翼と簪の間に和やかで少し甘酸っぱいような雰囲気が流れたが、それは長くは続かなかった。
彼らの間に楯無がニヤニヤしながら割って入る。
「ねぇ、翼くん。私を差し置いて簪ちゃんとちょ~っと雰囲気良くするのやめてほしいなぁ〜?」
「ぐっ、元はと言えばどうせあなたが墓穴を掘ったんでしょ。俺のせいにしないでください」
「あら、なんのことかしら? 実行犯は翼くんだでしょ?」
「指示役は楯無さんでしょ!」
「ねぇ、翼」
そのまま言い合いに入る直前、今度は簪が2人の間に割って入る。
しかし楯無のように少しからかうようなものではなく責め立てるようなジト目だ。
「お姉ちゃんと仲、いいんだね。名前で呼び合ってるし……ふ〜ん、そういう人だったんだ」
簪の「そういう人」に含まれているものを完全に理解することはできなかったが、それでもなにかよからぬ誤解を持たれてしまっているのはその表情が痛いほど示している。
「え? いや、待て。なにか誤解を招いている気がする。
違う、違うぞ簪。名前呼びはほら、姉妹だし……そもそもこれはいつもの無茶振りで」
「へぇ〜、“いつもの”無茶振り、なんだ……いつも無茶振りされるぐらいお姉ちゃんと話してるんだ」
「あ!? そ、それは言葉のあやで」
慌てて弁明した翼したの言葉にわざとらしく膝からゆっくりと崩れ落ちた楯無は「道楽」という文字が書かれた扇子で口元を隠すと浮かんでもいない涙を拭くように目尻に指を添えた。
「ううっ、翼くんは私とは遊びだったのね……」
「そんな嘘泣……泣いてすらないやつやめてください」
「翼、お姉ちゃんを泣かせるなんて最低」
「えぇ!?」
それからさらに更識姉妹に弄ばれ続けた翼は解放されるや否やよろよろと自室へ向けて歩き出した。
◇◇◇
カーテンの隙間から入る月明かりだけで照らされた薄暗い自室で箒は携帯端末をじっと見つめていた。
その人物の番号は端末に残してはいなかったが、覚えていた指が勝手にその番号を入力し終えていた。
半ば勢いのままに発信ボタンを押そうとしたその指がぴたりと止まる。
脳裏をよぎるのは黒い暮桜と2機の白いISの戦闘。互いが互いに技を繰り出してみせた光景。
その光景から目を逸らすためにうつむいて気がつく。
自分の足が一歩も踏み出せていないことに。
(嫌だ。また置いて行かれるなど……私には!)
箒は発信ボタンを押した。
待機音が鳴るとほぼ同時にその電話は取られてスピーカーから篠ノ之 束の声が響く。
『やあやあやあ! 久しぶりだね!
ずっとずうううっと待ってたよ!』
「……姉さん」
なんと説明すればよいか箒は必死に頭を巡らせていたがそれを「無駄なこと」と一蹴するように束は言葉を待たずに口を開いた。
「うんうん。用件は分かってるよ。欲しいんだよね?
君だけのオンリーワン、オルタナティヴ・ゼロ、自分だけの機体が」
箒は無言だった。
しかしそれを気にすることなく束はその言葉を投げる。
「モチロン用意してるよ。最高性能にして規格外。そして、2つ白と並び立つもの、紅椿をね」