IS/UC -インフィニット・ストラトス/ユニコーン-   作:諸葛ナイト

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幕間 自身の世界
墓参り


 来週には校外学習。すなわち、臨海学校を控えた日曜日の朝。

 シャルロットは翼の部屋の前に来ていた。

 

(大丈夫。大丈夫……うん)

 

 彼女の目的は臨海学校の自由時間の際に着る水着を翼と買いに行くこと。

 本来ならば今日までに伝えたかったのだがいろいろな要因によってできなかったため、こうして当日に飛び込むことになった。

 

 特別な用事があるとは聞いていなかったため誘えばおそらく来てくれるはずだ。

 シャルロットは数度深呼吸をしても解けない緊張感を覚えながらドアベルを鳴らす。

 

「……?」

 

 しかし足音どころか返答の声すらもない。

 もう一度鳴らしてみたがやはりなにも返ってこなかった。

 

「翼~?」

 

 部屋の主を呼びながらシャルロットはドアノブに手をかけたところで鍵がかかっていないことに気が付いた。

 

(不用心だなぁ~)

 

 だがこれを口実として部屋に入ることはできる。少なくとも言い訳はある。

 一応あたりを見回して近くに誰もいないことを確認したシャルロットはゆっくりとドアを開けて静かに部屋に入った。

 

「お、お邪魔しま〜す」

 

 翼の部屋は新たに割り当てられており、2人部屋を1人で使っている状態である。

 机とベッドは1つ余っており、どちらもある程度整理されているとはいえ物置のような状態になっているそんな部屋に翼はいない。

 脱衣所も覗いたが直近数時間で使われたような形跡はなかった。

 

「もう出かけたのかな。ん?」

 

 脱衣所から部屋に戻ってきたシャルロットはようやくそよ違和感に気がついた。

 1つのベッドは物が置かれているがもう1つは普段翼が使っているようでなにも置かれていないのだが、そのベッドが膨らんでいる。

 翼が入っているにしては膨らみが小さいような気はしたが、彼女は掛け布団をめくることにした。

 

「つ、翼、ってわあぁっ!?」

 

「ん……。なんだ……? シャルロット、か?」

 

 シャルロットが掛け布団をはがしたその場所にいたのはラウラだった。

 

 彼女が驚いたのはそれだけが理由ではない。

 ラウラは眼帯と待機状態の右太ももの黒いレッグバンドとなったISのみを身に着けた全裸だったのだ。

 

「ら、ラウラ!? な、なな、なんでそんな恰好で翼の部屋にいるの!?」

 

「おかしなことを言う。夫婦とは包み隠さぬものだと聞いたぞ」

 

「誰なの? そんなこと教えたの。そんなわけ──」

 

「日本ではこういうが起こし方が一般的と聞いたぞ。将来結ばれる者同士の定番だとな」

 

「……それ、ほんと? も、もっと詳しく聞いてもって、じゃなくて!」

 

 部屋に来た目的を思い出してシャルロットは咳ばらいを1つして問いかける。

 

「ねぇ、ラウラ。翼がどこにいるか知らない?」

 

「いや、私がここに来た時にはいなかったな。朝早くどこかに出かけたようだ。

 仕方ないからこうしてベッド借りていたのだ」

 

「そう、なんだ……はぁ。どこに行っちゃったんだろう」

 

 ラウラが再び掛布団にくるまり、シャルロットが頭を抱えて考え始めたちょうどその時だった。

 

「お前たちは人の部屋でなにをしている」

 

「うわぁっ!?」

 

「教官! おはようございます」

 

 声をかけてきたのは千冬だった。

 半ば腰が抜けそうだったシャルロットと全裸で敬礼するラウラを見て千冬は頭を抱えて大きなため息をついた。

 

「2人揃って不法侵入か……」

 

「あ、いえ、これにはちょっとした事情というか訳が──」

 

「教官。嫁……翼がどこに行ったかご存知でしょうか。

 早朝から姿を見ていないのです」

 

 ラウラの質問を受けて千冬は2人を交互に見る。

 シャルロットに関しては不法侵入、ラウラに対してはそれに合わせて全裸でベッドにもぐりこんでいたことを咎めたかったが、その前に伝えなければ彼女たちは話をまともに聞かないだろう。

 

「あいつなら今日1日いないぞ」

 

「どうしてですか?」

 

「墓参りだ。あいつの本当の父親、明星(あけぼし) (よう)のな」

 

◇◇◇

 

 IS学園からモノレール、電車、バスと乗り継いだ翼が訪れたのは少し寂れた港町。数年前は観光地として栄えていたようだが、今はその影が所々に残るだけだ。

 この町からそう離れていない場所にIS関連の企業や研究機関があるため、若い世代はここを離れて企業や研究機関に入るなどしてこの町から去ったのだろう。

 

(朝市は……さすがに終わってるな)

 

 携帯端末に映る時間は10時半過ぎ。食事処も材料がなくなり店を閉めているようなところもある時間帯だ。

 しかしここに来たのは朝市でなにかを買うためでも食べるためでもない。本当の父親である陽の墓参りのためだ。

 

「はぁ……暑いな」

 

 強い日差しの中、人どころか車もほとんどいない港に向かって翼は歩き出す。

 

 明星 陽の墓参りのために翼はこの港町を訪れたが実際に墓があるわけではない。

 ただ彼自身が望んでいた海洋葬をした際に船が出た場所がこの町の港だったのだ。

 

 加えて特段この町と陽に関りがあるとも聞いていない。

 陽が幼少過ごしていた場所はこの町ではなく、少し離れた山沿いの町。大学入学をきっかけに都会に引越して過ごしていたという話だった。

 

 なんの関わりもない町。本当の父親がここから出た船で散骨されたというだけの町。

 だが、だから怖かった。

 

 本当の父親について知ってもなにも得られないことが怖かった。

 ISコアの解析においてなにも進展がなかった時に自分がなにを思うのか知ることが怖かった。

 ISの基礎理論を提唱した母親が愛した父親の足跡を追って得られたものがなにもなかった時に失望する自分が怖かった。

 

 父が最後に来た場所を「無駄だった」と貶したくなかったのだ。

 しかし意味のない日常が好きだと気が付いた。意味がないとしても「無駄だった」と切り捨てるようなことを今の自分が思うことはない。

 だから翼はこの町を訪れたのだ。

 

「海風って案外気持ちがいいものだな」

 

 日差しは強いが海風は気持ちいい港から道路を挟んだ先にある市場に向かう。

 多少店は開かれているがもう閉める作業に入っている店が多く、その理由を示すように並んだ商品棚には空きが目立つ。

 

 目的もない散歩のようなものに近いそれの休憩として自販機で適当なジュースを買ったところでその建物が目に入った。

 

「あれって……」

 

 特に当てもない翼はペットボトルを傾けた後、そのキャップを閉めつつ見つけたその建物に向かって歩き出した。

 

◇◇◇

 

 一夏と千冬はショッピングモールにいた。

 千冬自身の買い物の荷物持ちとして連れ出された一夏は通り過ぎる店を眺めながら問いかける。

 

「なぁ、千冬姉。翼の本当の父親ってどんな人だったんだ?」

 

「気になるのか?」

 

「まぁ、そりゃさ。翼には聞きにくいし……。

 千冬姉ならなにか知ってるんじゃないかって思って」

 

「私もそう多くは知らん。明星夫妻と話したどころか会ったことすらない。

 私が束たちと出会ったのは2人が死んだ後だったからな」

 

 そう前置きしつつ千冬はぽつぽつと語り始めた。

 

「父親は人好きだったらしい。

 他人のことにも平気で首を突っ込むタイプ。ちょうどお前や翼みたいな性格だったらしい。

 研究者で主な研究は神経学だったか」

 

 明星 陽。

 研究者にしては人付き合いがよく困っている人を放っておけないような性格の男性だ。

 他人のことばかりで自分をないがしろにする人物でもなく論文も定期的に複数出してもおり、学界でもある程度の地位についていた。

 

「対して母親(月弥)のほうは真逆だった。人を寄せ付けず、繋がりを拒絶していつも1人だった。

 真逆だが、だからこそあの2人は出会ったんだろう。

 なにがあったか細かいことは知らんが、翼が産まれた。しかしそれの翌日、あいつと入れ替わるように陽は死んだ」

 

 陽はALS、筋萎縮性側索硬化症により死亡した。

 

 運命というのはあまりにも残酷だった。

 発症が分かったのは月弥が翼を身籠ったことを知ったのとほぼ同じ時期。死んだのも翼が生まれた翌日のこと。

 月弥は大切な子どもを得ると同時に大切な人を失った。

 

「だからだろうな。彼女は翼を溺愛していたらしい。ある種の依存だと鳥也は言っていたが……まぁこれは本題ではないな。

 陽は海洋葬を望んで月弥はそれを許した。だからあいつが今日行っている場所に墓はないが、翼にとっては墓のようなものだろうな」

 

「……翼"も"本当の父親のことはなにも知らないのか」

 

 ぽつりと吐かれたその言葉を千冬が拾うことはなかった。

 

◇◇◇

 

 翼がたどり着いたのは小学校だった。

 太い鎖と南京錠で固く閉ざされた正門の前には一昨年に閉校したこと伝える看板が立てかけられている。

 おそらく海が近いことが原因なのだろうが外観だけを見れば数十年は放置されているように見えた。

 

「……小学校、か」

 

 翼にとって小学校にいい思い出はない。それどころか悪い思い出もない。

 いじめられたいたわけではないが行く意味もわからず通っていた時期だったからだ。

 そのため小学校の校内への興味がふっと湧いた。

 

 周りを数度見渡して誰もいないことを確認してから正門に手をかけ、足もそれに続けたその瞬間だった。

 

「ここには何もないよ」

 

 翼がとっさに向いた先に居たのは初老の老人だった。

 足腰がしっかりしており顔つきも年の割にはまだ若々しいがそれでも隠せない老いた雰囲気の男性が翼を咎めるように続ける。

 

「それに危ないから入らないほうがいい」

 

「す、すみません」

 

 正門から離れて男性に向き直った翼はその男性を改めて見て湧いた疑問をぶつけた。

 

「あの、もしかしてこの学校の先生でしたか?」

 

「うん? そうだが……なぜだ?」

 

「なんとなく、です。

 漁師をしていたにしては体はできてませんし、潮の匂いもしない。髪と肌も海風に晒されていたにしては綺麗すぎる」

 

 翼の答えに男性は驚いたように目を見開いてすぐに笑みを浮かべた

 

「探偵みたいだな、君は。

 ああそうだ。一応教頭だったが今はしがない老人だ」

 

 自嘲とも自慢とも取れる物言いで言った男性は懐から多少古ぼけてはいるが綺麗なカギを取り出す。

 そしてチラッと翼を見たかと思えば正門にかかっていた鎖を止めていた南京錠を外した。

 

「あの……」

 

 なにも言わずにされた行動に翼が戸惑い声をかけると男性はいたずらっぽく歯を見せて笑った。

 

「入りたかったんだろう?

 埃っぽくはあるしガタだらけだが一階ぐらいならば問題もなかろう」

 

「なぜ急に?」

 

「なんとなく、だ。君は教えがいがありそうだし、私も先生らしいことしたくなったのだ。

 老い先短い男のわがままに少し付き合ってはくれんか?」

 

 言いながら正門を人が1人通られる程度に開けた男性は中に入っていく。

 振り返ることなく慣れたようにずんずん進む彼に続いて翼は一瞬迷ったがすぐにその後を追って校内に入った。

 

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